美しい春である。
「桜の雨」という縁起のよい現象が起きている。
アの国を始め、隣国のク、リ、ラウまで実に小さな桜色の結晶が降り注ぐ幻想的な光景である。
「均衡を崩すか?」
ドレイクはビショットに訊ねる。
「何を今さら」
ビショットはそれでも他の者へ意見を聞く。
「ケムの国は常に分裂状態なのは解っておりますでしょうに……」
ケムの女将軍、地上人マリアがズケズケと言う。
「リはドレイク殿にお味方はしたいのですが……」
「ラウとの関係は?」
リの国の聖戦士王、シュンジが意見を言ったあとにドレイク揮下のバーンが口を挟む。
「……」
シュンジは答えられない。
「グズグズといつまでもしてるわけにはいきますまい……」
小国ハワの女君主ルーザ・ホルンがかつての夫に囁く。
「国境警備隊には最新のマシンをあてがわなくてはいけますまいな……」
ドレイク軍技術顧問のショット・ウェポンが頬杖をつきながらそう言い放つ。
「……状況に馴れすぎたか?」
ドレイクは自問自答する。
「ウィル・オ・ウィスプはいつでも発射できます」
ゼット・ライトがドレイクにそう告げる。
「うむ…… 発射は明日の朝と決定した」
「はっ! ではさっそくチャージを開始します」
技術者ゼット・ライトは技師達のもとへと去っていった。
「ドレイクの元へ来たのは一年位前さ」
「フーン?」
シュンジはゼットの野太い声を聞く。
「ケムにいたんだが、あそこはとにかく仲間割れの国さ」
「だろうな……」
「へんな国に降りたもんだと嘆いていたもんさ」
地上人であるゼット・ライトはシュンジに愚痴を話す。
「マリア殿は頑張っているんだけどな……」
「ドレイクの元での仕事は楽しいか?」
「ああ、やりがいがある」
「聖戦士になろうとしたことは?」
「少しやってみたが、今一つだったな。俺が作ったヴィーヴィルやザーベントに乗ってはみたがな」
「ウィル・オ・ウィスプはどうだった?」
「あれは俺一人で作れるもんじゃないよ、シュンジ殿」
ゼットはそう言いながら、ウィル・オ・ウィスプの元へと歩いて行った。仕事が残っているんだろう。
「感謝するよ、シュンジ殿」
その日の夜、ドレイクはシュンジの天幕へ挨拶に来た。
「いえ…… 砲の建設はあなたの部下達のお陰であります」
シュンジは謙遜ではなくそう言った。
「ナの国な…… 動くと思われるか?」
「ふーむ……」
シュンジはなんとも言えない。
ドレイクも深くは聞かず、天幕を出ていった。
次の日も「桜の雨」は降ったいた。
オーラノヴァ砲ウィル・オ・ウィスプ、通称「ドレイク砲」の周囲には疑似オーラ発生器がいくつも連なっている。
フォォォォォ……!!!
意外にも静かな音がドレイク砲の周辺に響く。音が停止する。
ギッ…………
発射音が果たして鳴ったのかどうか、聞き取れる者は誰もいない。
ジッジッジッ……!!
砲門から白い閃光がエルフ城へ向かって走る。
大気を焼きつくしながら、閃光がエルフ城の幾重にも列なる大規模城壁群へと迫る。
ボフゥゥゥウウウウ!!!!!
白い閃光がエルフ城の中心、天守閣と第一から第五まである大城門群を貫いた。
静寂がドレイク包囲軍の陣地に広がる。
「ない……!!」
シュンジはつむっていた目を開いたとき、地を這うエルフ城の陣地が半分に割れているのを見た。城の残骸へ桜の雨が降り注ぐ。
「シュンジさん……」
フィナが震えている。シュンジはそっとフィナを懐へ入れた。
ドレイク軍のオーラバトラーからエルフ城の生き残りへ降伏勧告をしているのが聞こえた。
桜の雨が降り注ぐなか、二年以上にも長きにわたり続いたエルフ城攻防戦は幕を閉じた。