聖戦士伝説 ~カ・オスの聖戦士~   作:早起き三文

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2話 ケムの地上人

「許されぬ悪行を働き、地に落ちたフェラリオ?」

 

シュンジは隣国ケムの国の女将軍の話に耳を傾けた。

 

「ああ、我々ケムの国にはそういう伝説がある」

 

その伝説の概要はこうであった。

 

そのフェラリオはみずからの野心のためにコモン界の人間達に天上界ワーラー・カーレンに伝わる禁断の秘術を伝えようとしたらしい。

 

だが、その行為がフェラリオ達の長「ジャコバ・アオン」の怒りに触れ、ガロウ・ランの世界であるポップ・レッスに落とされたというのだ。

 

「まるでプロメテウスの火の話ですね」

 

「若いのによく知っているではないか、シュンジ殿」

 

女将軍は茶をすすりながら嬉しそうに微笑んだ。

 

彼女はひと呼吸をおくと、俺の肩に止まっているフェラリオ――フィナを指差した。

 

「で…… フィナがその生まれ変わりと?」

 

「ああ、そのフェラリオの名前――ファナ・プロテウティナとそのフィナ・エスティナと言ったか? 少し似ていると思ってな」

 

フィナはさっきからじっとその言葉に耳をかたむけている。

時おり、彼女の羽根が不安そうに震える。

 

「落とされたフェラリオは反省と時を重ねれば、またワーラー・カーレンに帰れるという」

 

「しかし、もしその話が本当なら、なぜフィナはコモン界に……?」

 

「さあな…… ジャコバ・アオンにとっては、彼女のした事は簡単には赦せないほどの罪だったのかもしれないな」

 

シュンジはクッキーを口に運びながら、話の核心の部分に触れることにした。

 

「で、俺がそのガロウ・ランの世界に落ちたフェラリオに召喚されたと……?」

 

「可能性に過ぎないがな。ただ、君が召喚された時期とそのフェラリオが消えた時期が同じらしいからなあ……」

 

彼女はそう呟きつつ、宙を見上げた。

 

「俺が召喚された理由はあなたにはわからないか?」

 

「解る訳がないだろう…… 自分が召喚された理由すらわからんのに。もう何十年も前の事になるのにな」

 

ケムの国の地上人、黒人の女将軍である彼女はそう言ってため息を吐いた。

 

「まあ、私が召喚された時もガロウ・ランの侵攻があった時であった。

その時にはもちろんオーラマシンなんぞなく、切ったはったの戦いさ」

 

少し遠い目をしながら話す。当時の事でも思い出しているのだろうか。

 

「落ちたフェラリオに召喚されたとしたら、俺は何のために召喚されたんだろうか?」

 

「フェラリオはコモンの人間に対して義理やしがらみは無い。

もし、コモンに恨みをもつフェラリオがいたならば

コモン界に混乱を巻き起こすために召喚しようっていう奴だっているだろう」

 

女将軍はそう言ってフィナに目を向けた。

フィナが怯えたようにシュンジの背中に隠れる。

 

「ま、この嬢ちゃんは悪いやつではなさそうだけどね」

 

彼女はそう言い、白い歯を見せた。

 

「どっちにしろ、自分の運命は自分で決めるしかない、こんなヘンテコな異世界であろうともな」

 

「……そうですね」

 

シュンジはギィ・グッガの最後の言葉を思い出しながらそう呟く。

 

「カ・オスの聖戦士……」

 

「シュンジさん……」

 

フィナはシュンジがその言葉を発する度に不安そうな顔をする。

 

フィナは気づいているのだ。

この言葉を噛み締めるときにシュンジが知らず知らずのうちに「何か」を感じているのを。

 

シュンジはフィナを安心させるために彼女の小さな頭に手をやった。

 

「シュンジ殿」

 

リの国の騎士見習いであるレンが声をかける。

 

「時間のようだな」

 

ケムの国の女将軍がそう言い、立ち上がる。

 

「では、シュンジ殿、いずれまた」

 

彼女は手を差し出し、シュンジと握手をする。

 

「マリア殿、これからドレイク殿のもとへ?」

 

シュンジは固く握手をしながらそう訪ねた。

 

「ああ…… まあ、外交という奴だ」

 

地上人マリアはそう言いながら、ケムの国の兵に指示を出す。

 

「シュンジ殿」

 

マリアは指示を出し終えてからシュンジに向かい直す。

 

「ドレイク殿には気を付けろよ、彼はただの一領主で満足する男ではない」

 

シュンジはマリアの緊張を走らせる黒い肌の顔に向き合った。

 

「ええ…… ゴード王が怪我で臥せっている今、リの国は危険な状態です。

たとえガロウ・ランの主力部隊が壊滅したとしてもね」

 

「シュンジ殿、我々にも出撃命令がザン団長から出されています」

 

レンがそう口を挟む、人の話し合いに横から入るとは、真面目な彼にしては珍しい。

少し長話が過ぎたのかもしれない。

 

「レン、ガロウ・ランの残党が相手か?」

 

「ええ、ザン団長が言うには、今回シュンジ殿にはアルダムの試作型に乗ってもらう、とのことです」

 

レンが少し早口でしゃべる。

 

「ほう、リの国の作り上げたオーラマシンか、これは我々ケムの国もうかうかしてられないな」

 

マリアは頼もしげにシュンジを見つめ「では失礼」と言葉を残して客室から出ていった。

 

「シュンジさん」

 

フィナが細い声で呟く。

 

「ガロウ・ランとの戦いはどのくらい続くのでしょうか……」

 

「ザン団長が言うには、あと二、三年はかかると言っていたな」

 

「そんなに長く……」

 

フィナが不安そうに呟く。

 

「大丈夫ですよ、フィナさん」

 

レンが自信満々に声をだす。

 

「リの国製のオーラマシンも出来ています。

隣国の方々も協力してくれるのですよ。

この戦いは勝ちますよ」

 

レンはそう言い、部屋から立ち去った。

入れ替わりにリの国の騎士がシュンジに近寄る。

 

「聖戦士殿、アルダムの調整のチェックをお願いします!」

 

「おう、わかった!」

 

シュンジは威勢よく返事をし、騎士と一緒に機械の館――オーラマシンの生産や整備を行う工場――へ向かおうとした。慌てて羽根を震わせながらついてくるフィナ。

 

 

 

「シュンジさん……」

 

フィナはシュンジに聞こえないような声で呟く。

 

「シュンジさん…… 私はガロウ・ランが怖いというよりも、このオーラマシンが怖いのです…… この恐ろしいものが……」

 

フィナのその言葉は誰にも聞こえなかった。

 


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