静謐な雰囲気に包まれた、とある教会。
その中心で祈りを捧げる二人の少女。
少女達はその幼さに見合わぬ神聖さを湛え、誰が見てもまさしく聖女と呼ぶに相応しい有り様であった。
惜しむらくは、一心不乱に祈り続ける彼女達の心を、誰も見る事が出来なかった事であろう。
ある日の休日。
わたしはターニャと共に教会を訪れていました。
普段であれば自室で勉強をしている所ですしわたしもそのつもりで机に向かっていましたが、大学から戻って来たターニャに共に昼食に行こうと誘われた訳です。
わたしは少し迷いましたが、ターニャから余り根を詰め過ぎても逆効果だと諭され、最近は多少講義に付いて行けるようになった事も有り気分転換に外へと繰り出した訳でした。
そう言えばターニャと一緒にお出かけするなんて、初めてじゃないでしょうか?
大体ターニャから誘って頂けるなんて、幸せ過ぎます!
この間ターニャがはしゃいでいた時と言い、最近のターニャは本当にご機嫌ですね。
あの時途中で気を失ってしまったのは一生の不覚でした。
とは言え、風は確実にわたしに吹いていると言えます。
ああ、こんなに幸せで良いのでしょうか。
え?もしかしてこれってフラグですか?
……わたし、死んだりしませんよね?
ターニャは休日はいつも教会に寄ってから近くの食堂に向かうらしく、わたしもそれに付き合って教会にやって来たと言う訳なのです。
そう言えばターニャは孤児院にいた時からお祈りを欠かさ無いのでしたね。
隣で祈りを捧げるターニャを見ながら、初めてターニャとお話しした時の事を思い出します。
でも流石にお祈りの時くらいはライフル置いた方が良いと思いますよ、ターニャ。
わたしはと言うと、……孤児院を離れてからはお祈りなんて忘れてましたね。
孤児院ではシスターにお祈りさせられてはいましたが、まあやらされてるなんてそんな考えですから自主的にはしているはずが無いのです。
しかしわたしが今ここにいるのが神様のせいならば、まあいろいろ言いたい事も有るには有りますがそのおかげでターニャと出逢う事が出来たのです、それについては感謝しておきましょう。
心の中で神様への感謝を述べていると、何やら温かく穏やかな気持ちになって来ました。
昔お祈りした時は感じた事無かったのですが、やっぱり自分の意志でお祈りすると違うものなのでしょうか。
ならばターニャはきっと、いつも感じているのでしょうね。
ターニャとお揃いだと思うと何だか嬉しくなって、今までに無いくらい一生懸命お祈りしました。
するとその分とても満たされた気持ちになります。
ふむ、何か良い事した気分になりますし、今度からはわたしもちゃんとお祈りしましょうかね。
わたしがふむふむと一人で満足していると、ターニャの方もお祈りを終えたらしくこちらを向きました。
「ん?待たせたか?……では、行こうか。ティナ」
いえいえ待っていませんよ~と返しながら、わたしはターニャと並んで教会を後にしました。
教会近くのとある食堂。
ターニャはいつもここを利用しているらしいのですが、何でも武装したまま入れるのがここしか無いのだとか。
じゃあライフル持ち歩くの止めたら?とは流石に言いません。
聡明なターニャがそんな事理解していない筈も無いですし、わたしとしてもせっかくのターニャとのランチに水を差す真似はしたくありません。
それに本当に持ち歩くのをやめてしまったら、大学の入り口でライフルを預けるターニャの可愛い姿が見れなくなってしまいますし。
「へ~。結構、良い雰囲気ですね」
「ここのヴルストはなかなかだぞ?」
そんな会話をしながら、ウェイターに案内されて席に着きます。
とは言えめったに外食などしないわたしとしては、メニューを見ても何を頼むか迷うばかり。
一通り悩んだ後、結局ターニャと同じ物を頼む事にしました。
余りターニャを待たせるのも悪いですからね。
注文した料理を待つ間ターニャとおしゃべりに華を咲かせていると、見た事のある人影が店内に入ってきました。
ちなみに今のわたし達の座り位置ですが、わたしが窓際に座りターニャはその向かい側に入り口に背を向ける形で座っています。
その為ターニャは入り口の人物に気が付いていないようでした。
「……ターニャ、あちら。ウーガ大尉殿では?」
「ん?……本当だ、珍しいな」
ウーガ大尉殿は同じく軍大学に通う級友でありながら、彼もまた軍大十二騎士に数えられる一人でもあります。
店内を見渡していた大尉殿はわたし達に気付いたらしく、こちらに近付いて来られました。
ターニャはすぐに席を立ち居住まいを正し、私もそれに倣うように立ち上がります。
「これはウーガ大尉殿、珍しい所でお会いしました」
「こんにちは、ウーガ大尉殿」
わたし達が敬礼しながら挨拶をすると、大尉殿も答礼されます。
「大尉殿も、良くここを利用されるのですか?」
「いや、君たちがここだと聞いたのでね。少し良いか」
「もちろんであります。アルベルト中尉」
「はい、大尉殿。どうぞこちらへ」
わたしは大尉殿に席を譲り、ターニャの隣に座りました。
しかし大尉殿の先程の口振りでは、わたし達に用があってわざわざいらした様です。
しかしその割には大尉殿は押し黙ったまま、口を開く様子がありません。
「本日は、如何されたのですか?」
仕方なくこちらから話しを促すと、大尉殿は意を決した面もちで意外な事を仰いました。
「……、失礼な事を聞くが君たちはなぜ志願した?」
「「……は?」」
あ、ハモった。
「君たちはなぜ志願した?」
なんと切り出すべきか迷ったが、彼女達を前に言葉を飾る事に意味は無いのだろう、結局単刀直入な疑問が口から出た。
休日ですら軍服を身に纏い、飾り気の一つも無い、まさに模範的な軍人と言える彼女達はしかしながらまだ子供である。
いや子供と侮るのは彼女達に失礼だろう。
デクレチャフ中尉は、末席とは言えあの軍大十二騎士の一翼を占めるに至り、アルベルト中尉とてそこまでは行かずとも非常に優秀な成績を残している。
何より二人共、北方ノルデン西方ラインと帝国が抱える戦線のその両方共を経験し数々の戦果を挙げたエース達であるのだ。
しかしそれでも彼女達は、普通ならまだ軍属となる様な年齢ではない。
今までは気になりこそすれ、彼女達を侮辱する言葉だと飲み込んできた。
しかし結局知りたいと言う欲求を抑える事が出来ずつい口にしてしまった。
とは言え流石に簡略化し過ぎたのか、彼女達は質問の意図を掴みかねているようだった。
まさかあの二人のこんな姿を見る事になるとは。
鉄面皮と噂されるデクレチャフ中尉は眉をしかめて疑問符をうかべ、アルベルト中尉に至っては可愛らしく目を見開きこちらに顔を向けたまま呆けている。
そこで再び、今度はより真意が伝わるように言葉を選びながら口を開いた。
「ああ、大尉からの問いかけではなく、同期の疑問だと思ってほしい。君たちほどの才幹があれば、道はいくつもあるだろう。なぜわざわざ軍に?」
上官としてではなく、単なる個人的な話だと前置きをしてからそう切り出した。
彼女達はその年齢で、軍大学に認められたのだ。
単に魔導師としての才能だけでは、ここまで来る事は無いだろう。
ならばどんな道でも選び得るのではないかと言う、単純な疑問もあった。
だが出来るならば、彼女達のような子供が戦場に行くのを止めさせたいと、そう思うのだ。
前の自分ならば、そう思う事はあっても決して口にする事は無かっただろう。
しかし自分に娘が生まれてからと言うもの、その気持ちが日に日に大きくなり、ついに抑えられなくなったのだ。
もし自分の娘が戦場に送られる事になれば、平静ではいられないだろう。
ただそんな思いからの言葉だった。
しかしすぐに自分の迂闊さを後悔する事になる。
確かに二人は孤児院の出だとは聞いている。
だがその事実を、自分は正しく認識していなかったのだ。
彼女達の口から淡々と語られる世界は自分の想像を絶する物であり、それを平然と受け入れている彼女達を前に、自分は何も言う事が出来なくなってしまった。
どうやらウーガ大尉殿はご自身のお嬢様とわたし達を重ねて、わたし達に軍を辞めさせたいと思っておられたようでした。
わたしは子供を持った事は無いですが、それでもターニャを見ていると、我が子を思う親の気持ちとはこんな感じなのかと思う事もあります。
それに親のいない身としては大尉殿の気持ちは大変ありがたく思います。
それでもターニャが軍を辞めるつもりが無い以上は、わたしとしても非常に心苦しいですが大尉殿のご好意に甘んじる訳にはいかないのです。
逆にターニャは大尉殿こそお嬢様の事を思えば軍人を辞めるか、そうで無くとも後方に下がるべきだと説得していました。
わたしとしても自分達の事を心配して頂いた、心優しい大尉殿には悲しい思いをして欲しくはありません。
ターニャと共に大尉殿を説得したのですが、わたし達の思いが通じたのか最後には考えておくと言って下さいました。
その大尉殿の言葉には、ターニャも満足そうな様子でした。
ターニャは周りから勘違いされやすいですが、本当は優しい心の持ち主である事をわたしは知っているのです。
その後三人で食事をしたのですが、なんとその場は大尉殿が支払って下さいました!
本当にお優しい方ですね。
わたしの親もあんな方だったなら、いえそれは言っても詮無い事ですね。
とにかくウーガ大尉殿のお嬢様はきっと幸せになれるでしょう。
食堂を出た所で、ウーガ大尉殿とはお別れしました。
その後はターニャと二人で少し歩きましたが、ターニャもこの後参謀本部に召集されているとの事で、名残惜しいですがお別れです。
わたしは一人、寮へと帰宅する事にしました。
今日は久しぶりにとても穏やかな一日でした。
思えばターニャに付いて軍に入ってからは、確かに充実はしていましたが同時にとても忙しい日々でしたし、明日からはまたその忙しい日々にもどるでしょう。
でもたまには、またこんな日があればいいな、と思うのです。
その後ひどく不機嫌な様子で帰って来たターニャによって、わたしの穏やかな一日はすぐに幕を閉じる事になるのでした。
お呪いしている幼女の隣で信仰心発生。
しかしその信仰心は隣の幼女がいないと生まれないジレンマ。
心優しいターニャはティナにしか見えません。
あしからず。