突然ですが、皆さんは大切な人はいますでしょうか?
家族、恋人、友人、同僚。
どんな関係でも結構です。
この人と一緒なら頑張れる、そんな人はいますでしょうか?
いると答える事が出来た方は、とても幸せな事だと思います。
しかし突然その人と離れて暮らす事になったらどうしますか?
別にどうもしないだろう?
何も変わりはしないだろう?
確かにまた会う事も出来るでしょう。
連絡を取る手段もあるでしょう。
ですがいままでは自分の世界に確かに存在した物が、もういままでの様には存在しないのです。
それでも何も変わりませんか?
申し遅れました。
わたしはティナ・アルベルト魔導少尉です。
今回は二つほど、大変残念なお知らせがございます。
一つは再び前線行きとなった事。
またあの寒空の下へと舞い戻るのかと思えば、どうやら今度は西に向かえとの事。
どうやら西方にて新たな戦線が繰り広げられているようです。
そもそも周囲を諸列強に囲まれた我が帝国の基本戦略は、第一段階として各方面に展開する守備軍が時間を稼ぎ、第二段階で中央から派兵される大陸軍が敵を叩くと言った物になります。
では大陸軍が戦っている間に、別方向から攻撃されたらどうなるのでしょうか?
守備にあたる方面軍が稼がなければならない時間は大幅に増え、もちろんその分消耗も増大し、更にその上大陸軍が手間取り応援に向かう事が出来ないとすれば守備軍としてはいよいよ苦しくなります。
そして今まさにそんな状況に有るのが、わたしが向かう西方-ライン戦線であります。
協商連合の越境に端を発した北方での戦争ですが、帝国はこれ幸いと協商連合を徹底的に叩きのめす勢いで戦線を拡大。
帝国が北にばかり目を向けている間にその隙だらけの横腹に対して帝国の西側に位置する共和国が宣戦布告、進軍を開始しました。
強大な帝国の脅威に晒され続けていた共和国に取っても、この機を逃す手は無かったのでしょう。
そんな訳で大陸軍の後ろ盾が無い西方方面軍は、泥沼の防衛戦を強いられる羽目になったのです。
そんなライン戦線の状況ですが、もちろん人手は全くと言って良いほど足りず、しかも現在進行形でどんどん減って行く有り様。
そんな中貴重な魔導師を遊ばせておく余裕が今の帝国にあるはずも有りませんので、まあ前線に送られるのはこの際仕方有りません。
しかしです。
もう一つの方が問題なのです。
なんと!
ついに!!
ターニャと離れ離れになってしまったのです!!!
ターニャは教導隊付きの技術検証要員として兵站総監部へ出向だそうです。
何でですか!
貴重な戦力を遊ばせておく余裕なんて無いんじゃないですか!
何で銀翼突撃章保持者を後方に送るんですか!
ターニャ曰く、
「子供を前線に送るのは対外的にもよろしくないらしい」
との事ですが、じゃあ何でわたしは前線に送られるんですかー!
わたしだって子供じゃないんですかー!
大体子供を戦争に送る事にマイナスイメージが有ると分かっているなら、なーんであんなプロパガンダやったんですか!
ターニャと離れて前線に送られたら帝国の事呪ってやるってわたし言いましたよね、本当に呪いますよ!
……いやまあターニャが後方を望んでいるのは知ってますし、実際わたしに嬉しそうに報告してくれたターニャはこの上なく可愛かったですけど。
そうしてわたしは泣く泣くターニャと別れ、西方ライン戦線へと赴いたのです。
はあ、やる気出ません……。
「本日付けで第四○三強襲魔導中隊に配属となります、ティナ・アルベルト少尉であります。只今着任いたしました」
「中隊長のゲオルグ・ハルトマン中尉だ。我が中隊は貴官を歓迎しよう」
言葉とは裏腹にあまり歓迎されてはいないようですね。
まあようやくやって来た補充要員がこんな子供では、仕方の無い事かも知れませんが。
しかしわざわざそれをここで指摘して心証を悪くする必要は有りません。
仕事振りで評価して貰えれば良いのです。
それにハルトマン中隊長殿は内心はどうであれわたしを使って頂けるつもりらしく、淡々と説明を続けられるのでわたしとしても有り難い限りです。
頭ごなしに否定されてしまっては、こちらとしてもどうしようもありませんからね。
「現在大陸軍の集結が遅れており、おおよそ二週間程度を予想している。よってこれ以上の遅延防御は難しいと考え、機動防御戦へと移行する事になる」
なるほど“おおよそ二週間程度を予想”ですか。
それってまるっきり二週間では間に合わないと言う事では無いのでしょうか。
二週間後に、後二週間かかるなんて言われかねません。
いやはや何と言うかまさかこれほどとは、流石に泣きたくなります。
これについては中隊長殿も同じ思いである様で、半ば呆れたような様子が見受けられます。
いえ直接的に表現されている訳ではありません。
流石に中隊長を務められるほどの方ですので、部下の前であからさまに軍への不満を表し、またそれを部下に察知される程の不手際は致しません。
ただ人の感情と言うのは複雑な物で、意識的には表さなくとも無意識的には表れる物なのです。
そしてたまたま、わたしはそう言った物を察知するのに長けていただけの話です。
「続いて、我が中隊の状況を説明しよう」
「よろしくお願いいたします」
「早速だがアルベルト少尉、小隊指揮の経験は?」
「いえ、正式な任官後は有りませんが」
「そうか……。だが、残念ながら我が中隊には士官を遊ばせておくほどの余裕は無いのでな、やって貰わねば困る。……第三小隊を預ける。これが、貴官の部下となる者たちだ」
「はっ。拝見いたします」
受け取った書類をペラペラと捲りながら、目を通していく。
幼年学校卒の新兵が三人、内一人は訓練未修。
なんともまあ、これでは三人合わせて半人前以下でしょう。
まさか子供に子守を頼むとは、それほどまでに帝国は苦しい状況なのでしょうか。
書類を手に固まってしまったわたしの心情を察したのか、
「現在我が隊は定数割れが激しく、人員についても悪いがこれが精一杯だ」
まあここではどこもそんなもんだがな、と中隊長殿からフォローが入る。
「新兵についてはしばらく実地訓練だ。やり方は任せる」
「了解しました。それで我々の任務はどの様な物になるのでしょうか?」
「うむ、我が中隊は前線での拠点防衛及び敵の撹乱に当たる。まあ第三小隊については弾着観測任務が主となるだろう。敵魔導師については他の小隊で対応する」
なるほど、実地訓練とは良く言ったものですね。
新人達が戦場の空気に慣れるだけの猶予は貰えるらしいです。
そしてその間に対応出来なかった人は、残念ながら縁が無かったと言う事ですね。
それにしてもこのタイミングで敵魔導師の存在に触れたと言う事は、敵による観測手狩りが予想され得ると言う事でしょう。
わたしは経験した事無いですが、ターニャが北方でやられていましたね。
あの時のターニャの姿を思い出し、今度は自分がそうなるかも知れないと思うと気分がへこみます。
流石にあの時のターニャみたいに、一人で中隊を相手にする事は無いと信じたいです。
とにかく、わたしはわたしに出来る事をしなければ!
「なるほど、では新兵諸君にはせいぜい死なない程度に戦場を学んで頂きましょう」
「よろしい。早速中隊に貴官を紹介しよう」
わたしの決意表明は中隊長殿にご満足頂けたようです。
少しは認めて頂けたでしょうか。
「初めまして、皆さんの上官となります。ティナ・アルベルト少尉です。よろしくお願いいたします」
わたしは中隊長殿に促され、我が小隊となる者達に挨拶します。
中隊長殿が隣に立っておられた事も関係するのでしょう、新兵の三人は緊張した面持ちを崩しはしませんでしたが、それでもやはり驚きと疑惑の視線でわたしの言葉を聞いていました。
いや全くどこに行ってもこんな反応ですね、流石に慣れてきましたよ。
彼らの目にはこんな子供が、と言った思惑がありありと見てとれます。
中隊長殿ほどとは言わずとも、もう少し隠す努力をして貰えませんかね。
まあ隠した所でわたしには意味無いんですけど。
しかし。
中隊長殿の時はわたしも我慢しましたけど、流石に半人前以下のひよっこにこんな態度を取られるのは面白くないのです。
少しばかり注意喚起を施しておきましょうかね。
「貴官らの考えは分からないではありません。だからこそ言わせて貰いますが、わたしを子供と侮るならば戦場ではこんな子供に侮られない程度の振る舞いを期待します。せめてわたしに見捨てられない程度の気概は見せて下さい」
それだけ言って下がります。
ふむ、どうでしょうか。
今のは結構良かったのではないでしょうか。
中隊長殿は、わたしと目が合うと少し口端を歪めてみせました。
おお、やはり中隊長殿の評価はなかなかのようです。
いやはや、わたしも軍人らしくなって来たものです。
いえ、決してターニャに逢えない不満を解消しようとした訳ではありませんよ。
……本当ですってば!
ティナはターニャ以外どうでもいいわけじゃないです。
中隊長殿のこととかちゃんと好意的に思ってます。
ターニャのことが好きすぎるだけです。
ティナの配属された四○三は一応は原作に名前が出てきますが、ほぼオリジナルです。
部隊名で察した人は彼女を応援してあげて下さい。