長かった東部戦線に決着がつき、帝都に戻されたわたし達戦闘団は、一応のその役割を果たしたと言う事で解散となる運びでした。
しかし一時待機を命じられ、間もなく戦闘団の継続運用が決定したと伝えられます。
しかもそのまま新たな配属先まで決まりました。
わたし達の次の行き先は再び西方となるようです。
残る戦線は西か南であり、主に片付けなければならないのは西ですのでそこに向かわされるのは良いのですが、ここまで急ぎでとなると何だかわたしじゃ無くても嫌な予感がするのですよ。
とは言え連邦関連の後片づけがまだ完全に終了した訳ではないので、現状多くの帝国軍が連邦領内に釘付けとなっています。
機動力があるわたし達が取り急ぎで西方に送り込まれるのも仕方無いのかも知れません。
わたし達が西へと向かうと、そこにはなんと南方軍の軍団長であったロメール将軍がいらっしゃいました。
わたしは直接お話しした事はありませんが、大隊としては一度お世話になりましたね。
とは言え今まで南方を抑えてこられたのはロメール将軍のお力あってのものですし、そのロメール将軍が西にいらっしゃるとなってはいよいよ不穏な様子です。
どうやら連合王国の大規模攻勢を想定しているようですが、ターニャの様子では何となくそれ以上がありそうな気がします。
わたしは戦闘団の司令部にてターニャとお話しする事にしました。
「取りあえず動かせる戦力は全てここに集められているようですが、大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫で無くとも、そうせざるを得ないのだろうな」
ターニャは苦虫を噛み潰したような顔でそう呟きます。
「やはり、連合王国の大規模攻勢は事実なのですか?それならやはりここが正念場なのですね」
「今までだってどこも正念場だっただろう?」
「あはは、そう言われるとそうでしたね」
何て二人で苦笑を浮かべました。
しかしターニャはすぐに顔を引き締め、何事か逡巡した後おもむろに口を開きました。
「……だが、今回はかなり旗色が悪くなりそうだ。どうやら合州国が本格的に介入してくるらしい」
「な!?そんな……!」
周りの将兵に聞こえないように声を潜めてそう言うターニャでしたが、わたしは驚愕の余り一瞬声を上げてしまいました。
今までも義勇軍の派兵などはありましたが、本格的な参戦では話が違います。
しかしターニャ曰く、共和国の残党がここまで粘っているのも合州国の援助があればこそだそうで、その物量は想像も出来ません。
それに海洋国家故に陸軍に弱点を抱える連合王国ですが、合州国がいればその弱点を補われてしまいます。
連合王国に対して唯一の帝国の優位性であった陸軍の戦力すら覆されては、わたし達に勝ち目はあるのでしょうか。
「でも一体何故なのです?合州国がわざわざ介入してくる理由が分かりません」
「最大の要因は我々が連邦に勝利した事だろう。少なくとも帝国がこれ以上強大な国となる事が看過出来ないのだろうな」
「そんな、勝手過ぎます!全部向こうから仕掛けて来たのに。わたし達は仕方無く応戦しただけなのに。それなのに勝利したら許されないなんて、そんなのあんまりなのですよ……」
「まあそれだけ各国にとって、覇権国家の誕生は許容出来ない事だと言う訳だろうな。それに合州国と連合王国の関係性からしても、無視は有り得ないだろう。どちらにせよ、我々にとっては堪ったものでは無いがな……」
事態の深刻さにターニャでさえもかなり参っている様子です。
「……どう、するのですか?」
「水際で叩くしか無いだろう。いやそれもかなり苦しいが、かと言って上陸されては勝ち目が無い。その前に敵司令部を潰せればあるいは、と言った所か」
「失敗すれば?」
「わたし達の負けだな」
苦々しくそう吐き捨てるターニャ。
でもターニャがそこまで言うのならそれが真実なのでしょう。
「それなら、やるしかありませんね」
「ああ、わたしはこんな所で終わるつもりは無いからな」
「ふふ、大丈夫ですよ。ターニャの事はわたしが絶対守りますから」
そうなのです。
わたしにはやらなければならない事があるのです。
連合王国と合州国の連合軍であればあの魔導師も、わたしが命を奪った協商連合魔導師の娘である彼女も、きっといる事でしょう。
でももうそんな事関係ありません。
わたしはターニャの為ならば、どんな事だろうと乗り越えてみせます。
わたしがそんな決意を固めているとターニャがこちらをじっと見つめていました。
「どうかしましたか?」
「いや、……ティナもだぞ」
「はい?」
「わたしだけじゃない。ティナもこんな所で死ぬ事は許さんからな」
「………………ふぇ?」
小さな声でそんな事を言うターニャ。
何それ可愛過ぎるんですけど!?
別の意味でここで死んでしまいそうですよ!
今すぐ抱きしめたい衝動に駆られますが、流石に人目があるこの場所ではマズいでしょう。
わたしは湧き上がる衝動を何とか堪え、平常心を保ちます。
心を殺せ、いつもやってんだから出来るはずです!
「……。分かってます。わたしが死んでしまったらターニャを守れなくなってしまいますからね。だから大丈夫なのですよ」
「そうか、そうだな。これからも頼むぞ、ティナ」
「はい!」
よっし耐えきった!
流石わたし、やれば出来る子!
しかし今のはヤバかったですね。
まったくもう、こう言う不意打ちはダメなのですよ。
こう言うのは、ちゃんと二人っきりの時にして欲しいのです。
でもやる気はいっぱい貰えましたし、頑張るのです!
「第四中隊は我々の直掩!残りは敵の海兵魔導師を引き剥がせ!第一中隊続け、対艦攻撃だ!」
上陸前の敵を攻撃すると言う事で、わたし達も二○三大隊のみでの出撃です。
敵司令部を狙っての攻撃。
しかし敵の猛攻によりなかなか上手くいきません。
数もさる事ながら、その練度もかなりのものです。
「クソ!今ので抜けんか。……もう一度だ!」
「申し訳ありません中佐殿!このままでは押し切られます!」
しかしそこでヴァイス大尉の悲痛な叫びが聞こえます。
「何とか持ち堪えろ!」
「全力を尽くしております。しかし物量差が違い過ぎます!」
「く、ぐぅっ……!大至急司令部に繋げ!失敗だ!我々は失敗したのだ!撤退するぞ!」
ヴァイス大尉とてここで敵司令部を落とせなければ、どうなるかは理解しているでしょう。
何が何でも止めなければならない。
しかし彼ほどの歴戦の猛者が、それでも無理だと判断したのです。
ターニャもそれを理解しているのでしょう。
悔しそうに呻きながらも、撤退を指示します。
しかし敵は追撃してくるようですね。
一人飛び出して来ました。
……あの魔導師、あの反応は。
「中佐、追撃が来ます。わたしが殿を務めますので、急いで離脱を」
「何!?お前まさか……!」
「大丈夫です!死ぬつもりはありませんよ。さあ、急いで!」
「っ、分かった。絶対に戻って来い。命令だ!」
「了解です」
「大隊、離脱するぞ!急げ!」
わたしも少し引いてから、迎撃の態勢を整えます。
さてこちらに向かう魔導師、やはり貴女でしたか。
それならば多分わたしが目的でしょうし、他の皆は大丈夫ですね。
しかしわたしとてターニャから命令を受けているのです。
ここでやられて上げる訳にはいきません。
あの時とは違い、今度はこちらから行きますよ!
「待ちなさい!貴女は、……な!?」
全速力でこちらに飛ぶ彼女に向かってわたしも加速し、その身体目掛けて蹴りを叩き込みます。
お互いに相当のスピードでしたので、今のはかなりの威力となったでしょう。
しかし彼女は吹き飛ばされながらも何とか体勢を整えようとしています。
今ので無事とは、かなり頑丈なようですね。
「う、げほっげほっ!くっ……ど、どこ?」
「……ふっ!」
咳き込みながら必死で周りを見渡す彼女の後ろに回り込むように近付き、その頭部を蹴り飛ばします。
彼女は再び吹き飛んで行きました。
……しかしかなりふらついているとは言え、今のでも落ちないとは。
結構本気だったのですがね?
少し傷付きますよ。
「ぐぅ……!う……」
「よそ見していては駄目ですよ」
「っ!?」
今度は彼女の目の前に飛んで行き、右足を大きく振りかぶってから蹴り落とそうとします。
彼女は咄嗟に“その両腕で”わたしの蹴りを防ぎました。
おお、ちゃんと防ぎきりましたね。
でも隙だらけです。
僅かに見上げるようにしてわたしの右足を受け止めている彼女の、その無防備な喉目掛けて反対の足で蹴りを入れます。
「ごっ!……か……は」
流石に喉を潰すほど全力で蹴ってはいませんが、今ので一時的に呼吸が出来ないでしょう。
彼女はとうとう意識を手放し、その身体は落下を始めます。
わたしは彼女の身体を受け止めるようにして支えました。
しかしどうしましょう。
おや、どうやら彼女のお仲間の一人が迎えに来たようです。
ならば、彼女の事はあの方にお任せするとしましょう。
「何故突破を防げない!」
「上を取られるな!鴨撃ちだぞ!」
「何なんだこいつらは!何でこの状況で平然と突撃してくる!?」
「クソ!高度を上げろ!」
「これ以上は限界だ!」
「何としても抑えろ!抜かれたらお終いだぞ!」
連合王国海兵魔導師部隊を率いるドレイク中佐は内心毒づいていた。
帝国軍の主力が連邦に向いている隙に攻勢を掛ける。
残っているのは僅かな方面軍のみで、こちらの勢いを止める事など出来ないだろう。
少なくともドレイク中佐はそう聞いていた。
それが何故最も厄介な敵を相手しなければならないのか。
ラインの悪魔。
情報部はあの部隊も対連邦戦線に投入されているので、我々とぶつかる事は無いと言っていた。
しかし厳然たる事実としてここにいるのだ。
情報部の奴ら適当な仕事をしやがって!
決して口にこそ出さないが、しかしその尻拭いをさせられる身にもなって欲しいものだ。
「無理に落とそうとするな!数はこちらが優位なのだ。囲んで突破を防げ!」
ドレイク中佐は何とか敵を阻止する為に指示を出す。
しかし少し風向きが変わったらしい。
「中佐、敵が引いていきます。追撃しますか?」
「いや、深追いするな。罠かも知れん。奴らの目的は間違い無く司令部だ。我々の任務はその護衛だ。それを忘れるな!」
「了解しました!」
首狩りは奴らの常套手段。
ここでそれを許せば、我々の敗北が決まるだろう。
それだけは阻止せねばならない。
それに今は余計な荷物も背負っている。
それに上陸さえしてしまえば、こちらの勝ちは決まったようなものだ。
引いてくれるならば、それに越した事は無いのだ。
そう思っていたドレイク中佐だがしかし、その荷物のせいで更なる厄介が増える事になったのだった。
「ち、中佐!スー中尉が一人で追撃を!」
「何だと!?あの馬鹿がぁ……!私が連れ戻しに行く!貴官は部隊を纏めて艦隊の直掩を続けろ」
「そんな、危険です!?」
「分かっている。しかし無視も出来んだろう」
「……もう、放っておけばよろしいのでは?」
「私もそうしたいのは山々だがね。あのじゃじゃ馬は曲がりなりにもかの国からの預かり物だ。そう言う訳にもいくまいよ」
所属していた部隊が壊滅したメアリー・スー中尉は何故かそのままドレイク中佐の麾下に入る事になった。
新人の面倒を押し付けられた形だが、しかしそこまではまだ良い。
問題はスー中尉の人格にある。
正義感が強いのか、義憤に駆られ度々こちらの命令を無視した行動を取る事がある。
なるほど人としてはさぞかし英雄的で正しい行いだろう。
しかしここは軍隊であり、我々は軍人なのだ。
上からの命令を聞けない奴は、それだけで最悪の無能である。
しかしだからと言って処分する事など出来ないだろう。
ドレイク中佐の部下とは言え、スー中尉の所属はあくまで合州国なのだ。
しかもどうやら合州国は彼女を評価しているらしく、昇進まで果たしていやがった。
帝国に対する為には合州国との関係性の悪化は最も避けなければならない事態である。
ならば、見殺しにしたなどと言われない為にも彼女をここで放っておく訳にはいかないだろう。
ああ、全く厄介事を押し付けやがって!
ドレイク中佐は上層部への不満を押し込みながら、スー中尉の後を追った。
しかし帝国の魔導師は表面上は撤退を始めている。
いくらスー中尉でもどこまでも追いかけて行くとは考えられない。
いやそう思いたいが、既に帝国領上空である以上あまり期待も出来ないか。
とにかく敵の攻撃が無いだけマシだろうと、ドレイク中佐は不満を飲み込む事にした。
だからこそスー中尉の姿を捉えた時、絶望する。
確かに敵部隊はほとんど引き上げており、スー中尉に向かっているのは殿らしき一人だけだ。
しかしその一人が問題だった。
四枚羽。
何だってわざわざ事態は面倒な方向に転がるのか。
一人であれ相手にスー中尉を助けなければならないのか。
ドレイク中佐は部下を連れて来れば良かったと今更後悔するが時すでに遅し。
今から部隊をこちらに向かわせても間に合うはずも無い。
そもそもドレイク中佐が向かうまで保つかも分からないのだ。
とは言えスー中尉はかつて一度あれ相手に生き残っている。
ならば今回も持ち堪えてくれるかも知れない。
そんなドレイク中佐の期待はしかし一瞬で打ち砕かれる事になる。
あれは、一方的過ぎる。
何故か敵が武器を使用していないのが幸いか。
しかしその理由は不明だ。
四枚羽は近接戦を好むと聞くから銃を使わないのはまだ良い。
だが魔導刃まで使用していないのは如何なる理由か。
そのお陰でスー中尉もまだ無事なようだが。
敵が魔導刃を使用していたら、最初の一撃でスー中尉はやられていただろう。
とは言えこのままでは長くも保つまい。
ドレイク中佐は全速力でスー中尉の下へ向かう。
しかしその努力も空しく、三度目の交錯の後、スー中尉は撃墜されたようだった。
しかし何故か敵はその身体を抱えてこちらを見ている。
まるでドレイク中佐を待っているかのようだ。
どういうつもりだ?
攻撃してくるつもりは無いらしい。
スー中尉の生死が不明な以上、こちらから攻撃を仕掛ける訳にもいかないだろう。
ドレイク中佐は警戒しながらも四枚羽に近付いていくのだった。
四枚羽へと近付き、その姿をはっきりと認めた時、ドレイク中佐は驚愕していた。
確かに遠目で見てもあまり体格が良いようには見えなかった。
しかしこれではスー中尉とそう変わらない少女では無いか。
こんな少女が今まで我々を脅かしていたエースだとは。
「あなたが彼女の上官ですか?」
「ああ、そうだ」
少女から掛けられる声に意識を戻される。
そうだ、今重要なのは敵魔導師の姿では無い。
スー中尉の安否である。
しかし少女の腕に抱かれたスー中尉はピクリとも動かない。
「ああ、大丈夫ですよ。気を失っているだけです。命に別状はありません」
ドレイク中佐の視線に気付いたのか、少女がそんな事を口にする。
どうやら彼女は無事のようだ、ドレイク中佐は少しだけ安堵した。
しかし問題はここからだ。
「それで?彼女を返して頂けるのかな?」
「ええ、もちろんです。その為にお待ちしていたのですから」
身構えていたドレイク中佐の思惑に反して、少女はあっさりとスー中尉の返還に同意する。
何か交換条件でもあるのかと思っていたのだが。
「……何も条件はないのか?」
「ええ、特には。しかしそうですね、……それではこの場はわたし達を見逃して頂けますか?」
少し考えてから、そんな事を口にする少女。
ドレイク中佐としては面食らった。
むしろ見逃して貰うのはこちらの方だと言うのに。
しかしそれで済むのならお安いご用だろう。
「ああ、分かった。この場で君達に追撃はしないと約束しよう」
「ありがとうございます。それでは彼女を……」
そう言ってスー中尉を差し出してくる少女から、彼女を受け取る。
これで終わりだろうか。
あまりにも突拍子も無い体験に、ドレイク中佐としても少し戸惑っていた。
「ああ、そうでした。もう一つだけ」
後ろを向きかけていた少女が思い出したように振り返る。
「すみませんが、これを彼女に」
そう言って少女が差し出したのは短機関銃だった。
「これは?」
「彼女の父親の形見です。どうか彼女に渡して上げて下さい」
そこでドレイク中佐は何となく事態を察した。
スー中尉がこの少女に向かっていった理由も、この少女の奇怪な態度も、全てを理解した。
恐らくこの少女がスー中尉の父親の仇なのだろう。
スー中尉ら合州国の義勇軍魔導師達は元は協商連合の出身だと聞く。
ラインの悪魔率いるこの部隊はノルデン地方でも確認されているので、その中に彼女の父親の仇がいると言うのは充分あり得る話だ。
ならば少女がここでスー中尉に向かい合ったのも、それでいながら中尉を殺さなかったのも分かる気がした。
少女のそれは軍人としては有り得ない感傷だろう。
しかしドレイク中佐はそれを馬鹿にする気にはなれなかった。
ドレイク中佐は短機関銃を受け取る。
「分かった。必ず、彼女に渡そう」
「よろしくお願いします。それでは、わたしはこれで」
そう言って今度こそ少女は飛び去った。