「………………ぅ、うぅ」
文字通り半壊した合州国魔導師部隊の生き残りであるメアリー・スー少尉は連合王国の病院で目を覚ました。
「目が覚めたか、スー少尉」
連合王国との連絡官として合州国部隊に付いていたドレイク中佐から声を掛けられる。
「……こ、こは……?」
「連合王国の病院だ。敵に落とされた貴官はここに運び込まれ、半日以上眠っていた。脳震盪を起こしていたらしいが、怪我自体は大した事は無い。打撲程度だろう。運があるな」
「……?」
「貴官を落としたのは、四枚羽と呼ばれる、ラインの悪魔と並び称されるほどのネームドだ。あれを相手に生き残ったのだ、誇って良い」
思い……出した。
わたしを落とした魔導師。
父の仇。
不器用ながら優しかった父。
あいつは、その父の銃を持っていた。
あの銃は協商連合の魔導師だった父にメアリー自身が送った物だ、見間違え様が無い。
父が亡くなった時に共に失われたと思っていた。
しかし、間違い無くあいつはそれを持っていたし、あろう事かあいつはそれを使ってわたしの仲間を撃った。
許せない。
絶対に許せない。
でもメアリーには一つ疑問があった。
あいつは何故わたしを撃たなかったのだろう。
他の人には躊躇無く使っていたのに、何故かわたしだけを撃たなかった。
情けを掛けられたのだろうか?
……何となく違う気がする。
あの時は必死で良く覚えていないけど、それでもあの時あの人は、怯えていたような……?
何故?
実力は向こうの方が数段上。
それくらいはメアリーでも分かった。
それなのに、何故怯える必要があったのだろう。
良く、分からない……。
メアリーの中には父の仇を許せない思いと、その相手の不可解な態度に対する疑問が、ぐるぐると廻っていた。
新たに編成される参謀本部直属試験戦闘団、通称サラマンダー戦闘団は我ら第二○三大隊を基幹に歩兵大隊と砲兵中隊、それに新編の機甲中隊を加えたものになります。
ちなみに戦闘団設立の経緯なのですが、念願の事務仕事に張り切り過ぎたターニャが意気揚々と提出したレポートが元になっているらしく、どうせなら提案者のターニャに運用を任せてみようとなったようです。
いや何で自ら墓穴掘ってんですか。
大隊設立時と言い、相変わらずターニャはちょっと抜けてると言うか、ずれてる子ですね。
まあそこが可愛いんですけど。
それから基幹部隊にわたし達二○三が選ばれたのは、もちろんターニャの古巣である事もありますが、西方で様々な実験的な作戦に従事したわたし達が同じく実験的な要素の強い戦闘団に最も適していると判断されたようです。
西方では大変な事もいっぱいありましたが、でもその時のわたし達の働きが評価されこうして再びターニャと共にいるれる事に繋がったのなら、こんなに嬉しい事は無いのです。
それに折角評価して頂いているのですから、頑張るしか無いでしょう。
とは言えわたし達以外の戦闘団の構成部隊と言えば、ほとんど残っていない予備戦力をかき集めたものでしか無く砲兵隊は旧式の火砲、歩兵隊も何故か新編と言う有り様。
しかも編成期限が非常に短く設定されたらしく、わたし達が合流した時には残り一週間も無い状況です。
その為わたし達もすぐさま、何とか使える装備と人材を集めようと奔走するターニャに協力する事になりました。
そうして絶望的な状況の中、忙しくしているターニャがイライラしているのは気付いていましたが、その日は特に荒れていました。
新編となる歩兵大隊の視察から足音も荒く戻ったターニャは、全身から怒りを滲ませていました。
普段はイライラしていても部下の前では抑えようとするターニャには珍しく、癇癪を起こした子供のようなその様子に、少しだけ微笑ましく思ってしまったわたしはおかしいのでしょうか?
まあ、おかしいのでしょうね。
危機を察した大隊の皆は、我先にと長距離演習訓練に出掛けました。
その中に率先して訓練を提案するグランツ中尉の姿があったのは、何と言うべきでしょうか。
……見逃してあげるのは、今回だけですからね?
逃げられなかった当直の方と、ヴァイス大尉やヴィーシャが泣きそうな顔でこちらを見ていますが、別にわたしはターニャの保護者でも何でも無いんですけど。
とは言え流石にこのままほっとく訳には行きませんか。
「使いものにならん!撃ち殺してやりたいくらいだ!」
「……中佐、何があったのですか?」
「不服従に抗命だ!信じられん!」
「え?ターニャに……?」
ターニャに逆らうなんて、命知らずもいたものです。
しかし、ターニャが良くそんなの許しましたね。
何ならわたしが殺っても良いですけど?
とは言え詳しい話が分からないと何とも言えないですし、わたしはターニャに付いていたはずのヴィーシャをチラリと見ました。
なのですが、わたしと視線が合うなりヴィーシャはビクリと肩を震わせます。
しかもちょっと涙目です。
ああ、すみませんヴィーシャ。
ターニャが蔑ろにされた事にちょっと気が立ってしまっただけで、ヴィーシャが悪い訳じゃ無いのですよ。
だから、そんなに怯えた目をしないで下さい。
自分のせいとは言え、ヴィーシャにそんな態度を取られると流石にかなりへこみますよ。
ヴィーシャが説明してくれた所によると、歩兵大隊の皆さんはターニャを侮り、自分達のやり方があると独自行動権すら求めたそうです。
「戦争に別のルールもあったものじゃ無い。そんな事も分からん奴が士官とは、狂っている!」
とはターニャの言ですが、行く先々で独自行動権を求めるターニャが言えた事では無いと思いますが……。
しかしそこまでされてターニャが何も行動を起こさなかったと言う事は、多分何か別の手があるはずです。
「それで、どうするのです?」
わたしが分かっているとばかりにニヤリと笑みを浮かべると、先ほどまでの怒りはどこ吹く風、ターニャもそれに応えるように穏やかに微笑みました。
「決まっている。代わりを手配する」
ターニャは休養再編中の第二親衛師団降下猟兵大隊と交換すると言い出しました。
親衛師団とその司令部はあまり関係が良くないらしく、どうせお飾りなら精鋭部隊を現場に回すべきと言う事らしいです。
しかしまた、相変わらずとんでもない事を思い付く人ですね。
ああ、ヴァイス大尉が思考を放棄してます。
とは言えターニャが何の考えも無くそんな事を言い出す訳は無いので、何か勝算があるのでしょう。
「なるほど、許可は?」
「第二親衛師団の大隊長は同意済みだ」
そこまで進めているのなら、話は早いですね。
なら、わたしは早速貰って来るとしましょう。
「分かりました。では、そのように。ヴァイス大尉、行きましょう」
「は?はっ。了解です」
後の細かい事は道すがら。
まあ、手続きの際にわたしではターニャみたいに舐められるかも知れませんし、そこはヴァイス大尉に任せましょう。
頼りにしてますよ。
「戦闘団諸君、孤立した友軍の救援だ。魔導師が先行、機甲・歩兵部隊は包囲を突破支援する。ちなみに今回は敵の魔導師が確認されている。連邦がようやく重い腰を上げた理由は分からんが、交戦記録がほとんど無いゆえ注意しろ」
東部戦線での、戦闘団の運用試験を兼ねた各種支援任務。
便利使いされると言う点においては、大隊の頃と何も変わらないですね。
相変わらず引っ張りだこと言うかオーバーワーク気味です。
愚痴の一つも言いたい所ですが、言っても変わらないでしょうから我慢しましょう。
それに友軍の救援に否応もありません。
それより敵の魔導師が気になりますね。
今まで全然姿を見せなかったのに、ここに来て現れたのは何か理由があるのでしょうか?
投入されたのなら魔導師自体がいない訳では無いのでしょうが、それなら尚更ここまで温存した理由が分かりません。
しかし今それを考えた所で意味は無いでしょう。
敵に魔導師がいるなら、そのつもりで戦うだけです。
ちなみにターニャは今回機甲部隊と共に行くみたいで、わたしが大隊指揮官です。
むう、まあ同じ部隊と言うだけで我慢です。
「サラマンダー02より大隊。間もなく会敵します。敵の戦力が未知数の為、一撃離脱を……きゃあっ!」
何!?敵の狙撃?
「……凄まじい威力ですな。中佐殿並みです」
「び、びっくりしました。でもあまり精度は良く無いみたいですね。……皆さん一撃離脱を心掛けて!当たれば痛いじゃ済まなそうですよ!」
確かに火力は凄まじいですが、当たらなければ意味がありません。
それに機動力も鈍重です。
航空魔導戦は機動戦だと言う事を教えて上げましょう。
そう思っていたのですが……。
「嘘、無傷!?」
「防殻も並みでは無いと言う事ですか。厄介な!」
「拡散する爆裂系は駄目です!収束光学系に切り替えて!」
とは言えわたしの銃では距離が離れていては威力が出ません。
後は皆が頼りですが……。
「クソ、あれで落とせないとは……」
「いえ、無傷と言う訳じゃ無さそうです。それなら……!」
一気に肉薄し、魔導刃を叩き込みます。
良かった、これなら通るようですね。
「近接戦闘用意!足止め後、魔導刃で止めを刺して下さい!敵は鈍重です!本当の機動戦を見せて差し上げましょう!」
「「了解!」」
しかし厄介な敵が出て来ました。
動きはほとんど素人ですからこちらが落とされる事は無さそうですが、しかしその素人にわたし達が苦戦したのも事実です。
数が少ない内はまだ何とかなりますが、いつまでもそれが続くとは連邦相手には楽観的過ぎますね。
とにかくターニャに報告しましょう。
何か対策があれば良いですが。
「脅威足り得ないが驚異的ではあるとはどう言う事だ」
「そのままの意味ですが」
「わたしは言葉遊びをしたい訳じゃ無いんだが?」
ターニャが憮然とした顔でこちらを見て来ます。
うへへ、可愛いなぁもう。
「僭越ながら、中佐殿。連中ほとんど素人です。我々ならば問題無く倒せるかと」
んもう、ヴァイス大尉ってば真面目なんですから。
とは言えいつまでもふざけてる訳にもいきませんし、わたしも切り替えますか。
「それならば、何が問題だと言うんだヴァイス大尉?」
「やはり一番の問題はその強度でしょう。爆裂系は効果無し。貫通系は辛うじて効きますが、致命傷にはなりません」
「それと攻撃の威力もすごいのです。精度自体は大した事ありませんが、あの威力ではかすっただけで一溜まりも無いかと」
わたしとヴァイス大尉の説明にターニャは考え込んでしまいました。
「……有効打は?どうやって倒した?」
「わたし達は魔導刃を使いました。現状効果が確認出来たのはそれだけです。空間燃焼系も効果あるかも知れませんが、試す余裕はありませんでした」
「なるほどな……」
確かに驚異的か、などとターニャは呟きます。
「どちらにせよ、厄介な事には変わりありません。いずれ何らかの対策を講じなければ。あれが大量に出て来たら、ちょっと困った事になるのです」
「……分かった。こちらでも何か考えておく。後で正式な報告書に纏めてくれ」
「分かりました」
ああもう、本当に厄介なのです!
ただでさえオーバーワークなのに、これ以上疲れるのは嫌なのですよ!
来る日も来る日も敵の襲撃を撃退する毎日。
いや分かってはいましたけど、一体どんだけいるのですか。
全く、嫌になりますね。
しかしこれだけ執拗に襲撃して来る割には、こちらが迎え撃つとあっさりと投降するのも意味分かりません。
一体連邦軍の戦意は高いのか低いのか。
それとも単なる嫌がらせなのでしょうか。
それなら、効果てきめんですね。
戦闘団のみんなもいつやって来るか分からない襲撃に備えているせいで、かなり疲労が溜まって来ています。
流石にラインの時よりかはまだマシですが、それでもこの状態が長く続けばあまり良くは無いでしょう。
とは言え現状どうする事も出来ないのですが。
何となく嫌な感じだなぁと思いながらも少しでも休んでおこうとしたのですが、丁度その時ヴィーシャが一人でどこかへ向かうのが見えました。
何かお仕事でしょうか?
「ヴィーシャ、どこ行くんですか?」
「アルベルト少佐。その、捕虜の聞き取りを行おうと思いまして」
わたし達が捕らえた連邦兵士は憲兵の下へ送られ、そこで取り調べを受けるはずですが、どうやらヴィーシャはその前に簡易な聞き取り調査を行うつもりのようです。
仕事熱心過ぎませんか?
「それは、憲兵隊の皆さんに任せておけば良いのではありませんか?」
「そうなのですが、少しでも助けとなればと思いまして」
ヴィーシャも疲れてるはずですのに、何と言うか。
……仕方ありません、お手伝いしましょう。
「分かりました。それならわたしもお手伝いしますよ」
「いえ、そんな!少佐は休んでいて下さい。わたし一人でも大丈夫です!」
「でも、二人でやった方が早く終わるかも知れないじゃないですか。わたしでは役に立たないかも知れませんが、少しでもヴィーシャの力になりたいのです」
「あ、アルベルト少佐……。ありがとうございます!」
そうしてわたしはヴィーシャと共に捕虜の下へ聞き取り調査に向かいました。
最初は捕虜の方も驚いていましたが、わたし達の姿を見てすぐに警戒を解いたようでした。
「ほう、あんた達将校か。見かけに依らないもんだな」
「あはは。あの、少しお話しよろしいでしょうか?」
ちなみにここに来る途中ヴィーシャと話した結果、わたしが直接捕虜の方とお話ししてヴィーシャは通訳をする事になりました。
わたしは連邦公用語はほとんど使えないのですが、それでもヴィーシャはわたしが直接相手と向き合った方が得られるものがあるだろうと言ってくれました。
それなら、わたしも頑張って自分の役割を果たすのです。
「別に構わないが、その前にタバコを貰いたいな。ああいや、流石にあんたは持ってないか」
「ええと、すみません。わたしは吸わないもので」
「だよなぁ。いやすまない、気にしないでくれ」
「すみません。後で誰かに聞いておきます」
「……あんた、変わってるな」
「そうですか?」
そう首を傾げるわたしに対して、相手は苦笑してました。
良く意味が分からなかったのですが、まあ相手の警戒心は解けたようですので結果オーライとしておきましょう。
「それで、何が聞きたいんだ?」
「あ、では、……あなたは何故戦うのですか?」
「あんたも変な事を聞くね。軍人なんだ、決まってる。国の為だよ」
「それは、連邦の為と言う事ですか?やはり共産主義を信奉しているのでしょうか?」
ヴィーシャが翻訳したわたしの言葉を聞いた途端、相手は少しの間押し黙ってしまいました。
「……はっ、共産主義か。そうだな、あんたらと同じくらいは信じているよ」
そう吐き捨てられる言葉に込められたのは、嫌悪感。
連邦の兵士は共産主義を信じている訳では無いのでしょうか。
「では、あなたは言葉通り国を守る為に戦っていると?」
「そんなにおかしい事かい?逆に聞くが、あんたは何で戦ってるんだ?誰が、祖国を思わざるものか」
なるほど、そう言う訳ですか。
しかしそれなら今までわたし達が戦って来たのは何だったのでしょうか。
もしかして共産主義者を打ち砕こうと帝国がやって来た事は、無意味だったのではないでしょうか。
しかし彼らの目的が護国であるならば一つ疑問があります。
「ならば、何故帝国に攻めてくるのですか?帝国にはあなた達連邦を攻撃する意志はありませんでした。戦端を開いたのは、そちらでは?」
「それは上の決めた事だ。その思惑なんざ、知らんよ。それでも拒否すれば収容所送りだ!なら故郷を守る為、家族を守る為、他にどんな選択肢があるってんだ!」
それは嘘偽り無い彼の本心なのでしょう。
つまり帝国と戦争をしたがっているのは連邦上層部だけで、一般兵士にとってはその命令に従わざるを得ないと言う事でしょうか。
大切なものを守る為に自分の心を殺す。
わたしにも覚えがあるので、その気持ちは良く分かります。
「ごめんなさい。あなたの気持ちも考えず、無神経な事を聞きました」
「……いや、あんたの言う事はもっともだ。こちらこそ熱くなって済まない。……何て言うか、あんたは軍人って感じがしないな」
「あはは、そうですね。自分でもそう思います」
「……そうか。さて、質問は終わりかい?他に聞きたい事は無いのか?」
「あ、では……」
その後、部隊の規模や配置など連邦軍内部の事をいくつか質問しました。
彼らは故郷を守る為に、唾棄すべき相手にも頭を垂れている。
名目上はどうであれ祖国に忠誠を誓っている訳では無いわたしとは、正反対のようで本質的には似ている気がします。
帝国が本当に連邦の地を欲していないのならば、いずれ彼らに返してあげられれば良いのですが。
それについてもターニャにお話ししてみましょうか。
とは言えこれ以上は、わたしが今考えても仕方の無い事ですね。
とにかく今までわたし達は間違った敵と戦って来たようです。
今すぐターニャに知らせなくては。
わたし達の報告を聞いたターニャは酷く驚いていましたが、しかしすぐにターニャも立ち会いの下での捕虜の再尋問を行う事になりました。
「アルベルト少佐、引き続き尋問担当をしてくれ。セレブリャコーフ中尉も通訳を頼むぞ」
「わたしで良いのですか?」
「出来るだけ正確な情報が欲しい。聞き取りならお前の右に出るものなど、帝国どころか世界中でもそうはいまい」
「分かりました。ターニャがそう言うのなら、わたしも頑張ります!」
まさかそこまで評価してくれているとは。
よーし、やってやるのです!