西方にやって来てから二カ月ほど経ちますが、今日も今日とて代わり映えのしない日々。
わたしは皆に新たな作戦を伝える為に、ヴァイス大尉に命じて大隊を集結させました。
「大隊傾注!大隊長殿からお言葉を頂く!」
ヴァイス大尉の号令で、一糸乱れぬ統制を見せる二○三大隊。
わたしのような未熟者でも指揮官をやれているのは、皆の協力あってのものですね。
改めてそう感じます。
「ヴァイス大尉、ありがとうございます。皆さん楽にして下さい。さて、西方方面軍の目的は依然としてドードーバード海峡上空の制空権の確保になります。しかし新手の魔導部隊が現れたようで、西方軍としてはこれに手を焼いています」
最近ドードーバード海峡で確認される、合州国籍の義勇魔導部隊。
こちらからは積極的に関わらないと言う西方軍の方針により後手に回ってしまっているようですね。
まあ主力の航空魔導師は東部に引き抜かれてしまい、戦力が不足している現状では仕方無いのかも知れませんが。
そしてその状況で実戦経験豊富な部隊にお鉢が回ってくるのは、ある意味必然でしょう。
「そこで、我々にはこの新手の牽制が命じられました。皆さんには今更言わなくても良いかも知れませんが、もちろん今回の作戦も戦技研究の一環となりますのでそのつもりでお願いします」
そこで何か質問は、と促すと同時にグランツ中尉が飛び出して来ました。
「大隊長殿、質問をよろしいでしょうか?」
「はい、何でしょうか?」
「新手とはいえ西方軍が苦戦するほどとは、相手の規模はどれほどなのでしょうか。我々だけで対処出来るのですか?」
大隊の皆の疑問を率先して質問し、共通認識とさせるグランツ中尉の行動は、自身の役割をしっかり理解したものと言えるでしょう。
新人だった頃からは考えられないほどの成長振りに、少し嬉しくなります。
「現在の所、相手は二個大隊規模を想定していますが詳細は不明です。しかしこの部隊は所謂、義勇部隊であるようです。その為我々は敵の殲滅では無く正確な戦力を測るのが目的となります。それを念頭にお願いします」
「了解しました」
「大隊長よりのお言葉、以上である。総員速やかに装備を整え出撃に備えよ」
わたしの説明が一通り終わった所でヴァイス大尉より号令が掛かります。
やはり皆頼りになりますね。
……ほんと何でわたしが指揮官やってるんですかね?
おっといけません。
意識を切り替え、わたしも装備を取りに向かいます。
しかし割り当てられた装備を見た途端、わたしはまたもやうんざりとしてしまいました。
「だ、大隊長殿、それは……?」
「対装甲狙撃ライフルだそうです。良かったらヴァイス大尉使ってみます?」
わたしが手にした武器を見たヴァイス大尉が、困惑した声を上げます。
これ、わたしの身長くらいあるんですけど。
「いえ、それは……。それにしても塹壕戦や陣地戦ならともかく、航空戦でこの装備とは。本国の連中は魔導師を何だと思っているのでしょうか」
「一応防殻を貫けるらしいですよ?まあ、単発式ですけどね。しかしこの前と言い、何でいっつもわたしにでかい銃を押し付けるんですかね?」
「ああ、大隊長殿はあまり銃撃は好まないのでしたか?」
「あ、いえ、別にそう言う訳でも無いですけど」
むむ、ヴァイス大尉が失礼な事言ってますね。
最近はちゃんと銃も使ってますよ!
……短機関銃ですけど。
「確かに、あんまり大きい装備は機動力が落ちるので好きでは無いですけど」
「そうですな、いつもの短機関銃は大隊長殿の戦闘スタイルには合っていますからね。確か、北方での鹵獲品でしたか?」
「は……い、そう、です。使いやすいですし、わたしも気に入ってます」
急に話を振られたせいで、わたしの銃の本来の持ち主が頭をよぎり動揺してしまいました。
上手く誤魔化せたでしょうか?
いえ、決して忘れていた訳では無いのですが、無意識にあまり考えないようにしていたのですかね?
そう、忘れてはいけません。
この銃はわたしの罪なのですから。
わたしが意識を余所に逸らしていると、駆け込んで来たグランツ中尉から声を掛けられました。
「大隊長殿、出撃準備完了しました」
「ありがとうございます、グランツ中尉。さてヴァイス大尉、わたし達も行きましょうか」
お仕事の時間です。
余分な事を考えている暇はありません、集中しなければ。
『ガルバ・コントロールよりフェアリー大隊。敵魔導師部隊、急速接近中。二個大隊規模。おそらく、目標の部隊と思われる』
「こちらフェアリー01、了解。ただちに迎撃に向かいます」
『ガルバ・コントロール了解。貴隊が頼りだ、よろしく頼む』
ふむ、宝珠の反応でこちらでも確認出来ました。
相手はこちらの倍はいるようですし、少し様子見といきましょう。
「フェアリー01より大隊各位。お客様です、高度を上げて下さい。敵はこちらより数が多いですが、高度はこちらが有利です。指示があるまで、高低差を活かした遠距離射撃を徹底して下さい」
「「了解!」」
通常、航空魔導戦において上を取られるのは非常に不利になります。
だからこそ他を隔絶する我々は脅威足り得ますし、敵もそれを理解しているからこそ少しでも高度差を無くそうと上昇してくるのがほとんどです。
しかし、この義勇魔導師部隊は上から攻撃するわたし達に対して、何とそのままの高度で応射し始めました。
なるほど確かに、教範通り隊列を維持した見事な統制射撃態勢。
ただし狙いが甘く、火線が全く集中していません。
この高度差であれでは、こちらに当てる事すらほとんど不可能でしょう。
これなら大事を取って高度九千まで上がらなくても良かったですね。
思っていたよりはるかに練度が低いようです。
……どうしましょうか。
こんな時ターニャならどうするでしょうか?
このまま安全な距離から狙い撃ち?
それも悪くは無いですが、どうせならやはりここは。
「……少し掻き回してみましょうか。第一中隊、第二中隊はわたしに続いて下さい。敵に突っ込みます。第三、第四中隊は掩護を」
そう言いながら邪魔くさい狙撃ライフルを背負い、短機関銃を手にします。
ああ本当に邪魔ですね、これ。
流石に捨てるのは、駄目ですよね……。
「敵は思ったより大した事無さそうです。突撃組は爆裂術式を用意しておいて下さい」
「爆裂術式ですか?光学系では無く?」
ヴァイス大尉の疑問ももっともです。
普通なら高機動に向いている光学系を選択するでしょう。
「いえ、多分ですけど敵は自力で隊列の調整が出来ません。せっかく固まっているのですから、纏めて吹き飛ばしましょう」
「なるほど、了解しました」
「突撃後は乱戦に移行。距離を離され無いようにして下さい。では、行きますよ!」
そう指示を出して、わたしは一気に急降下。
敵の指揮官らしき人がいるあたりに、術式を叩き込みます。
思った通り、回避より隊列維持を優先していますね。
わたしの後に続く皆も次々と術式を撃ち込みます。
最初の狙撃と今の突撃で、半分近くは削れたでしょうか?
予想以上の戦果です。
「ああぁぁぁぁぁぁ!」
雄叫びを上げながら、こちらに向かってくる敵魔導師。
しかし怒りか恐怖か知りませんが、そんながむしゃらな攻撃では当たりませんよ。
相手の突撃と入れ違うように避け、短機関銃を向ける。
その銃口を追うように向けられる恐怖を浮かべた視線。
その表情にかなり若い女の子だ、わたしと同じくらいかなどと思ってしまいました。
だからでしょうか、引き金を引くのが僅かに遅れる。
普通なら問題にならないほどの遅れ。
でもこの時は大きな意味を持ってしまいました。
わたしの銃を見つめていたその視線が、ふと何かに気付いたかのように変化して、そしてポツリと呟かれる言葉。
「……父さんの、銃……?」
「っ!?」
聞いてしまった。
先に撃っておけば良かった。
しかし、聞こえてしまった。
わたしの右手に握られた銃を見て、父親の物だと言った。
ならば、この女性は、わたしが殺したあの男の、娘。
彼女にとって、わたしは父親の仇と言う事になるのでしょう。
彼女の瞳に見る見るうちに浮かぶのは、驚愕、怒り。
あの男と同じ、憎悪の色。
撃たなければ。
そう思っていても指は動いてくれません。
もう致命的な遅れのはずですが、何故か彼女も微動だにしません
まるでわたし達だけ時が止まってしまったかのようです。
その静寂を破ったのは、絶叫するかのような仲間の声。
「01!上です!」
「そこまでだ!彼女をやらせはせんぞ!」
敵の士官の一人が部下を守ろうとこちらに突っ込んで来ます。
完全に不意を突かれたその攻撃に、それでもわたしはほとんど反射だけで回避機動を取り応射、敵を撃ち落とします。
しかし上官の死が彼女の動きを取り戻したようで、こちらを睨み叫び声を上げながら向かって来ます。
「あ、貴方は!!撃ったな!?父さんの銃で、わたしの仲間を撃った!!」
「……っ!!」
ほとんど反射的に彼女に銃を向け、しかしどうしても引き金が引けません!
「ぁ……ぅ……」
手が震える。
涙が溢れ視界が滲む。
そうこうしている内に彼女は銃剣を構えて接近して来ます。
こちらの短機関銃には銃剣が付いていない。
魔導刃は……、駄目間に合わない!
「ぅ……ぅああぁぁぁぁぁぁ!!」
わたしは咄嗟に背負っていたライフルを思いっきり握り締め、彼女に叩き付けるように振り回しました。
しかし防殻に守られた魔導師には致命傷足り得ません。
痺れる腕で無理やり振りかぶり、もう一度今度は力一杯銃床を振り下ろします。
その衝撃で彼女が墜落していくのを確認し、ようやく少し肩の力を抜きました。
手、痛った……。
折れては……無いようですね、良かった。
あー、今ので銃身イかれましたか?
始末書で済みますかね、これ……。
そんな場違いな事を考えていると、わたしの意識は再び仲間の声によって現実に引き戻されました。
「大隊長殿、敵が撤退していきます」
「……01より大隊各位!追撃中止!こちらも引き上げます!」
「よろしいのですか?」
「構いません。敵の戦力も大体わかりましたし、これ以上は敵地上空。深入りし過ぎは禁物ですから」
「了解しました」
思ったより統制の回復が早いですね。
見た所、ベテランの士官数人に残りが新人と言った感じでしょうか?
まあ半分以上は削りましたし、戦果も充分でしょう。
個人的にも、これ以上は限界です。
帰りましょう。
基地に戻り帰還後の打ち合わせと、いくつか報告を終えたわたしは執務室に戻ります。
狙撃ライフル壊したのはやっぱり始末書でした。
とは言え始末書だけで済んだのでありがたいくらいですが。
何でも元々余っていた物らしく、またデカブツを担いでの航空戦への影響を調べる為だったようで、多少壊れるのは想定内だったそうです。
なら、許してくれても良いんじゃないですかね?
いや、わたしが想定以上に壊したと言う事でしょうか。
とにかくそんな訳でわたしは一人、始末書と格闘する羽目になったのです。
まあ、今はあまり誰とも会いたく無いですし丁度良いです。
そんな事を考えていると扉をノックする音。
むう、気分的にも仕事的にも誰にも会いたく無いって言ってるんですが。
しかし、ここに来るのは関係者以外あり得ませんし、仕方無いです。
「はい、どうぞ。開いてますよ」
そうして扉を開け入って来た人物に、わたしは非常に驚かされる事になりました。
「久し振りだな、ティナ。上手くやっているようで、何よりだ」
「ターニャ!?」
え?何で?
何でここにターニャがいるんですか?
「ど、どうしたんですか、突然?何でここにいるんですか?」
「まあ、いくつか報告があってな。これでもお前の上官だからな、わたしが直接伝える事になった」
「報告?」
「ああ、取りあえず。少佐昇進だ、おめでとう」
なるほど、そう言う事ですか。
これで正式に大隊指揮官と言う訳ですね。
と言うか良く見ればターニャの階級章が中佐になってます。
「……ありがとう、ございます。ターニャも昇進したんですね。おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。しかし、せっかくの昇進なのに、お前は余り嬉しそうでは無いな?」
「そんな事、ありませんよ……?」
それは当然なのです。
これでターニャとは完全に離れてしまうのですから。
とは言えそんな事言えるはずありませんけど。
「そう言えばここに来る途中ヴァイス大尉に会ったが、今日の作戦中からお前の様子が少しおかしい事を気にしていたぞ。何かあったのか?」
むう、ヴァイス大尉ちょっと口が軽いんじゃないですか?
ターニャが相手とは言え何でも喋って良い訳じゃありませんよ?
大体こんなのわたしのせいなのですから、ターニャに迷惑を掛ける訳にはいきません。
「いえ、そんな!ちょっと失敗しちゃって始末書になったのがショックだっただけですよ!いやー、指揮官なんて慣れないので大変なのです!ターニャは今までこれをこなしていたんですね?流石……」
「ティナ」
「う……」
ターニャの一言で言葉に詰まります。
ジッとこちらを見つめるターニャの目から逃れるように、わたしは視線を逸らしました。
普段ならあまり人に干渉しないはずのターニャですが、しかし今回ばかりは逃がしてはくれないようです。
「前も言ったが、お前とわたしの仲だ。何かあったのなら話してくれないか?」
その言葉に、とうとうわたしは観念しました。
「……わたしが使っている短機関銃は知ってますよね?」
「ああ、確か協商連合の魔導師が持っていた物だったか?」
「はい、そうなのです。……今日、敵の魔導師がわたしの銃を見て父親の物だと言っていました」
「……そうか」
「覚悟はしていたつもりでした。でも、実際目の前にしたら引き金が引けなかった……!」
「……そう言う事もある」
「でも、再び出会ったらどうすれば良いのですか!?今はわたしがみんなの命を預かっているのです。そのわたしがこんな弱くては、みんなに合わせる顔がありません!」
「あまり気にし過ぎるな」
「わたしは!ターニャの為なら何だって頑張れます!でも、これからは一人で頑張らないと。そう思っていたのに……!もうどうしたら良いのか分からないのです!……何で、どうすれば?わた、わたしは……、ターニャと一緒にいたかっただけだったのにぃ……」
「…………そうか、分かった」
ああ、やってしまいました。
こんな事を言うはずでは無かったのに、喋っている内に感情が抑え切れなくなってしまいました。
「ご、ごめんなさい。ターニャも困りますよね。こんな事を言うつもりでは無かったのですが……」
「いや、そこまで思ってくれているのだ。喜ぶべき所だろうな。それに、分かった、と言っただろう?お前の願いは叶えてやる」
「……え?」
ターニャは今何と?
わたしの願いが叶う?
「だ、だって、わたしは少佐になったのですよね?なら二○三の指揮官は……?」
「ああ、それはもちろんお前だ」
「では、願いが叶うとは?わたしは、どうなるのです?」
「報告はいくつかあると言っただろう?実はな、わたしは新たに参謀本部直属の戦闘団を新編する事になった。基幹部隊は、二○三だ」
「えっと、じゃあ……?」
「ああそうだ。お前は再びわたしの部下になる」
「ターニャぁ!」
わたしはターニャに抱きつきました。
もう何度目か分からないですけど、そんなの関係ありません。
「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」
「喜べ?また地獄へ連れて行ってやる」
「はい……!はい……!わたし、頑張りますから!絶対、ターニャの力になりますから!」
「ああ、よろしく頼む」
良かったのです。
本当に良かったのです。
嬉しすぎて、夢みたいで。
でも本当の事なんですよね?
夢じゃ、無いんですよね?
またターニャと一緒にいられるのです。
それならわたしは何だって出来ます。
ターニャの為ならどれだけでも頑張れます。
これからはずっと一緒なのですよ、ターニャ。