少女×幼女戦記【完結】   作:ふぃれ

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第11話 ダキア戦役

 一言で言うなれば、異常と言うほかないだろう。

 目の前で繰り広げられる光景に、自分の正気を疑うほどだ。

 

 練成不足だとするデグレチャフ少佐の言により開かれた、第六○一編成部隊の査閲。

 逼迫(ひっぱく)した現状を鑑み前倒しとなった事も相まって高級将校などはその質を危惧していたが、それら全てが杞憂に終わる事となる。

 レルゲン中佐ら担当将校たちは、そこで見せつけられる光景が理解出来なかった。

 

 たった高度八千だとそう言い放ち、少しでも高度を下げようものならば即座に撃ち抜かんと術式が展開される。

 通常、航空魔導師の限界高度は六千ほどだとされる。

 しかし先程から限界以上を飛ぶ彼らに冷徹な指示を飛ばし続けている指揮官は、西方ラインにて自ら高度一万二千を記録、それを追って共和国の魔導師も高度八千まで上がって来たらしい。

 なればこそ、我々は高度一万を目指さざるを得ないと信ず。

 そう(うそぶ)く彼女の言は確かに理には適っているのだろう。

 だがすべき事と出来る事は違う。

 今まで誰もやらなかったと言う事は、実現が難しいからに他ならない。

 実際高度八千まで上がったと言う共和国の魔導師も、それはただ上がっただけでありまともに戦闘を行う事も出来なかったそうだ。

 それをわずか一月で現実の物としたデグレチャフ少佐の手腕は見事と言うしかない。

 しかし技術将校らには別の疑問もあったようだ。

 

「……酸素ボンベも無しに、何故高度を八千まで上げられる?」

「ああ、それは単純です。酸素発生の精製式を常時展開しているそうです」

「常駐式を二つも展開してあの高さかね!?」

「馬鹿な、宝珠が焼き付くぞ!」

 

 技術的な知見が深く無いが故に、事も無げに言ってみせる案内役の憲兵に技術将校らが食ってかかる。

 詰め寄られた憲兵はその剣幕に押され、たじろいでいた。

 その様子を見ていて流石に不味いと思ったのか、デグレチャフ少佐の脇に控えていたアルベルト中尉から補足が入る。

 

「わたし達の扱う九七式はエレニウム工廠にて開発された物で、デグレチャフ少佐の九五式のデータを基に設計されたそうです」

 

 デグレチャフ少佐はかつてあそこで技術開発に携わっている。

 その伝手だろう。

 

 それを聞いてあれこれ話し合いを始めた技術将校らを確認すると、アルベルト中尉は元の位置に下がる。

 憲兵からの感謝の言葉を、軽い笑みと共に受け取りながら。

 

 見て分かる通りアルベルト中尉は演習に参加していないのだが、報告によれば既にデグレチャフ少佐と共に飛べるほどの練度であるらしく、大隊との連携よりもデグレチャフ少佐専属と言った扱いを優先する様だった。

 

 

 しかし彼女を見ていると、子供を戦争へと駆り立てる罪悪感をまざまざと思い出させられる。

 確かに見た目だけで言えば、デグレチャフの方がよほど幼いと言えよう。

 しかし彼女をあの狂気の塊と同列に扱うなど、まともな人間ならば出来るはずも無いだろう。

 背丈に似合わぬまだあどけなさを残した顔を見ていると、彼女もまた本来ならば帝国が守らねばならない者達の一人だと思い知らされるのだ。

 

 しかし彼女がそれほど卓越した魔導師ならば、その力に頼らざるを得ないのが帝国の実情だ。

 なればこそ私は心を鬼とし、彼女を戦場へ送るしかない。

 後世にこれ以上の罪を重ね無い為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダキア大公国からの宣戦布告を受け、わたし達第六○一編成部隊改め第二○三航空魔導大隊は南東方面へ緊急展開となりました。

 進軍してくるダキア軍は、先鋒だけで三個師団あるようで、大隊各位においては緊張した面持ちであります。

 ターニャによると敵は航空戦力も持たない歩兵のみの部隊らしくまともな戦闘にすらならないそうですが、実戦経験の乏しい皆にはやはり表面上の数字が与える影響は大きい様です。

 いや、ラインを経験したはずのヴィーシャですら固い表情をしているので、この世界においてはまだ航空戦力の与える影響が理解出来ないのかも知れないですね。

 空を自在に飛ぶ我々と地を行くしかない彼らとの間には、圧倒的な開きがあります。

 彼らが航空機を竹槍でもって落とせると言うならば、話は別ですが。

 

 だからこの戦いはターニャの言う通り、わたし達大隊の初勝利を飾る事でしょう。

 やはり安全に戦場に慣れる事が出来るのは良い事ですね。

 精鋭部隊とは言え、まだまだ実戦経験が乏しいのですから。

 とは言え安全だと思っていた戦場で一人だけ瀕死の重傷を負った例もありますから、油断は出来ませんけどね。

 

 

 

 出撃前の準備に余念が無い大隊の皆を横目にわたしはターニャに話しかけました。

 

「ターニャ、少し良いですか?」

「どうした?あまり時間もないぞ?」

 

 わたしが“ターニャ”と呼んだ事で個人的な話だと察したのでしょう、少し砕けた口調でターニャは答えました。

 

「先程、今日がターニャのお誕生日だと言っていたので、おめでとうございます」

 

 そうなのです。

 大隊の皆に作戦を説明する時に言っていましたが、何と今日はターニャのお誕生日なのだそうです。

 わたしとした事が、そんな大切な日を失念していたとは。

 とは言え、今まで思い至らなかったと言うのが本当ですが。

 なにせ自分の誕生日すら分からないのですから、当然ターニャも分からないものだと思い込んでいました。

 孤児院では別に珍しい事でもありませんしね。

 しかし、分かっているなら話は別です。

 ターニャのお誕生日なのですから、それはもうお祝いしなければ。

 今までお祝い出来なかった分も、いずれ何か考えなければなりませんね。

 

「急な事で大した物ではありませんが、これを」

「何?……これは、……鎖?」

「はい、わたしが使っていた物で申し訳無いのですが、宝珠を吊すネックレスです」

「いや、これかなり良い品では無いのか?どうしたんだ?」

「孤児院を出る時にシスターから頂いた物です。お守り代わりに持ってました」

「いや、それならティナが持っていた方が良いだろう」

「いえ、良いんです。ターニャに持っていて欲しいんです。わたしもラインを生き残れましたし、きっとターニャを守ってくれます。……どんな時でもわたしがターニャを守りますから」

「……そうか、分かった。ありがとう、ティナ。だが、そうするとティナはどうするんだ?」

「ふふ、だからターニャの使っている物をわたしに下さい。ターニャが一緒にいてくれれば、わたしも頑張れますから」

 

 これからもよろしくお願いするのです、ターニャ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ~!思ったより、すごいですね~!」

 

 眼下を進軍してくるダキア軍を前に、思わずそうこぼしてしまいました。

 野戦装備などではなくカラフルな軍服を身に纏い、武装は単発式の歩兵銃、さらにはご丁寧に戦列を組んで歩いています。

 まさしく時代錯誤、写真や映像でしか見た事の無い光景が現実に広がっていました。

 重火器の発達したこの時代においては、もはやパレードくらいにしか使えないでしょう。

 想像以上のダキア軍を眺めていると、流石にターニャから注意を受けました。

 

「アルベルト中尉。鑑賞も結構だがな?仕事はしてくれ給え」

「はっ、失礼いたしました少佐殿。して我々は何をすれば良いのです?」

「む?……困ったな、やる事が無いぞ」

 

 そう、わたし達は今、暇を持て余しています。

 現在三個中隊により三方向から襲撃をかけており、これは教本通りの基本的な対地襲撃戦術です。

 通常ならば、残る一個中隊で制空権の確保に当たるのですが、敵の航空戦力が無い今回は余ってしまいました。

 だからこそ先程のわたしはゆっくりと敵を眺める余裕があったのですが。

 

 わたし達が冗談を言い合っていると、おずおずと言った様子でヴィーシャが口を開きました。

 

「てっきりわたしは、難戦する羽目になると覚悟していたのですが」

「たった三個師団程度で悲愴になるとは、とてもライン帰りとは思えないな少尉」

「ほら~、少佐殿が“三個師団”なんて言うから、ヴィーシャたちが勘違いしちゃったではないですか」

「なるほど確かに。正確には三個師団ではなく、五万人ちょっとの群衆ないし暴徒と言うべきだったな」

 

 なんて再び二人で笑い合っていると、今度こそヴィーシャたちは唖然としてしまいました。

 わたし達が何故これほど余裕なのか、理解出来無いみたいですね。

 

「航空戦力の有無はこれほどまでの影響があるのですよ。しかも我々魔導師には防殻があります。地上からこれをあんな旧式の装備で撃ち抜くのには、それこそ術式でもなければ無理でしょう。彼らは、それを理解出来ていなかったのです」

 

 わたしは、ヴィーシャたちに向かって説明します。

 

「そうだな。奴らは哀れにも無知であったのだ。それを我々が教育してやる。よろしい、我々も襲撃に参加しよう。第一中隊わたしに続け。敵司令部を弄ってやる」

 

 

 

 四個中隊でもって敵を蹂躙していると、何やら敵方に動きがありました。

 どうやら幾つかの纏まりごとで固まっているようです。

 旗を持った指揮官らしき人物を中心に正方形に並んでいました。

 

「えっと?なんでしょうか、あれ」

 

 ターニャも気づいたらしく、訝しげに見ています。

 

「パニックでしょうか」

「でもあれ、何かワザと集めてません?」

 

 ヴィーシャは敵がパニックを起こしたのではと推察しましたが、どうでしょうか?

 何らかの意図で持って集まっているように見えますが。

 

「あれはパニックではなく、方陣では?」

「そんな馬鹿な、騎兵の時代ではないのですよ」

 

 今度は隊員の一人がそう推察しますが、ヴィーシャによって直ぐ様否定されました。

 方陣とは陣形の一種で、その名と通り方形に並んで構える事で全方位からの攻撃に備えるものです。

 騎兵の様に機動力のある敵に対しては有効な戦術でしたが、砲撃が主流の今の戦場であんな風に固まっていては良い的でしかありません。

 流石に時代錯誤が過ぎると、ターニャもヴィーシャの意見に賛成の様です。

 

 どうするべきか様子を見ていると、何とヴァイス中尉率いる第二中隊が敵から距離を取り始めました。

 ターニャは敵前逃亡かと怒り、ヴィーシャに命じてヴァイス中尉を連れて来させます。

 

 ターニャが何か弁明は、と問うもヴァイス中尉はどうやら状況が理解出来ない様子。

 ターニャは時々合理化し過ぎて相手を置いてきぼりにする事があります。

 

「ヴァイス中尉、なぜ先程敵から距離を取ったのですか?」

「敵前逃亡罪だぞ!!」

 

 ちょっとすいません話が(こじ)れるんでターニャは黙ってて貰えませんかね。

 

 ヴァイス中尉曰く、敵が対空射撃隊列を組んだので教範通りに距離を取ったのだそうです。

 それはまた、何と言うか。

 現場で何でもマニュアル通りにやろうと思っても、すぐに限界が来ると思いますが。

 流石にターニャも呆れ返ってますね。

 あ、でもヤバい爆発しそう。

 

「あー、少佐殿?わたし、行ってきましょうか?」

「……そうだな。いや、わたしも行こう。ヴァイス中尉、我々に続け。汚名返上の機会をくれてやる」

「は?少佐殿!?」

 

 ヴァイス中尉を伴い三人で敵を爆撃すると呆気なく吹っ飛びました。

 

「ヴァイス中尉、敵はどうなった?」

「……吹き飛びました」

「言葉も無いよ」

「少佐殿、大変申し訳ありません」

「まあまあ、ヴァイス中尉も悪気があった訳では無いのですし、この辺で。実戦経験を積めば、改善されるとおもいますよ?」

「まあ、そうだな。ヴァイス中尉、貴官の過失は不適切な訓練によるものとしておく」

「でもこう言った形で初戦を迎えられて、わたし達は幸運でしたね」

「全くだな」

 

 

 

 その後敵の指揮所を発見との報告がありましたが、なんと出力も絞らず暗号化もしていない通信が垂れ流しと言うお粗末さです。

 ターニャも最初は偽装を疑いましたがどうやら本物らしく、それならばと早々に叩きに行きます。

 わたし達は碌な反撃に合う事も無く、あっさりと敵の指揮所を制圧しました。

 

「ああ、失礼を。ご引率の方でしょうか。……帝国へようこそ!ご入国の目的は?それと、ビザはお持ちでしょうか?」

 

 笑顔で敵にそう訊ねるターニャ。

 ああ、可愛い!

 流石ですターニャ!!

 

「ふ、ふざけるなぁぁぁぁ!!」

 

 しかし当然敵は激怒し、それどころかターニャに向かって来ましたので、思いっきり蹴っ飛ばします。

 

 テメエ何しやがんですか!ふざけんなはこっちの台詞です!

 ……まあ百歩譲って怒るのは分かります、ターニャもちょっと遊びが過ぎました。

 でも選りによってターニャに危害を加えようとするなんて、切り刻まれ無かっただけ有り難いと思って下さい!

 そもそも今の可愛さが分からん奴にターニャに近付く権利は無いのです!

 まったく、これだから文明の遅れた野蛮人は嫌なのですよ。

 

 

 その後はターニャの指示で将官以外を撃ち、後は適当に縛って捕虜に。

 残敵掃討は友軍の航空隊に任せて、わたし達は進軍します。

 なんとターニャは敵国首都を目指すつもりみたいですね。

 ターニャは、口では前線は嫌だ嫌だと言いながらやるときは一生懸命頑張るのです。

 そう言う所もターニャの魅力なのですよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダキア公国の首都上空には航空機も魔導師も飛んでおらず、それどころでか対空砲火の一つもありません。

 およそ襲撃など想定していない様子で、まさか自分たちから戦争を仕掛けておいて反撃されないとでも思っていたのでしょうか?

 とは言えこれならば仕事もやりやすいと言う物でしょう。

 

 ターニャとヴァイス中尉が攻撃目標である兵器工廠を確認していると、突然ヴィーシャが声を上げました。

 

「わたし達には好機です!敵国首都に襲撃を掛けますか!?」

「……えっと、ヴィーシャ?本気で言っているのですか?」

「少尉、我々は戦時国際法を無視する野蛮人では無いのだぞ。市民への無差別爆撃や軍とは無関係の施設を攻撃してはならん」

「はっ、失礼いたしました!」

 

 ターニャに諌められ、納得した様子のヴィーシャ。

 何でしょう今の、突然だったので良く分かりませんでした。

 ヴィーシャはそんな事言うタイプだと思ってませんでしたが、実は結構過激なんでしょうか。

 だとしたら、ちょっと怖いんですけど。

 

 

 

「セレブリャコーフ少尉、避難勧告を発しろ。規定通り国際救難チャンネルだ」

「宜しいのですか?」

「少佐殿、お待ち下さい」

 

 ターニャは警戒され難いヴィーシャを選んだ様ですが、そうは行かないのですよ!

 

「それならば、少佐殿がやった方がより効果的なのでは?わたしでも良いですが、少佐殿の声が最も警戒され難いと思われますが」

「それなら貴官がやり給えよ」

 

 なるほどやはりそう来ますか。

 しかしその程度でわたしを止められると思ったら大間違いなのです。

 

「良いですか少佐。この中で最も幼い声を持っているのは間違い無く少佐です。ならば、“リスクを減らして成功率を上げる最も合理的”な方法は少佐が勧告を行う事なのです!」

「………………いや分かった。確かにわたしがやった方が良いな。せいぜい子供らしく聞こえる様に努力しよう」

 

 おお!流石ターニャ!

 分かってくれると思いましたよ!

 

 

 

「けいこくします。わたしたちていこくぐんは、これからぐんじゅしせつをこうげきします!さんじゅっぷんごにわたしたちは、こうどうをかいしします!せんせい、ぼくたちわたしたちは

、こくさいほうにのっとり、せいせいどうどうせんそうすることをちかいます!」

 

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!何ですか今の!!!え?わたしを殺す気ですか!?可愛いです!かーわーいーすーぎーでーすー!最っ高でした!完璧でしたよターニャ!!」

「……ち、中尉殿!?」

 

 あ、やべ。

 素が出ちゃいました。

 くそぅ、皆の前では気を付けてたつもりでしたのに。

 久々の核弾頭クラスだったので、我慢出来ませんでした。

 ああ、皆の視線が痛いです。

 ついでにターニャが睨んできて怖いです。

 

「……こほん。大変失礼いたしました。少々取り乱しました」

 

 

 その後わたしは皆からの視線に耐えながら、三十分間ターニャの怒りを沈める為に奮闘する羽目になったのでした。

 くっ……、やはりどんな戦場でも油断してはいけませんね。

 

 ちなみに兵器工廠への攻撃は成功しました。

 ターニャの術式の威力が半端じゃ無かったのですが、あれは八つ当たりでは無い事を祈ります。




今回から後書きは活動報告でやる事にします。
別に裏設定明かしたりとかはしないので、いらない人は読まなくて大丈夫です。

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