原作の裏側で。   作:clp

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本話は俺ガイル新のネタバレが少しあるのと、さらっと捏造を加えているのでご注意下さい。

なお、本話の語り手である富岡美緒さんは、八幡・葉山・海老名と同じクラスの女の子で学級委員をしています。また、クラス会や遠足の話は円盤の公式サイトにあらすじが載っていますので、気になる方は先にそちらをご覧下さい。



謹啓、夢と魔法の国より、彼と彼女の隣から。

 バスを降りてクラスごとに集まって、先生の注意事項をしっかりと頭に入れて。

 じゃあ思う存分に楽しんでこいと言われると同時に、同級生たちはすごい勢いで入園ゲートへと向かっていった。

 

 それを呆然と見送っていると、すぐ隣から聞き慣れた声が耳に届く。

 

「ほら。美緒もぼーっとしてないで、早く行こっ」

「うん。じゃあ行こっか」

 

 私たちは今日、遠足でディスティニィーランドに来ている。

 受験を控えていることもあり、行事が少なめの私たち三年生はこの日を心待ちにしていた。

 それは友人たちも同じだったみたいで。

 

「せっかくのディスティニィーなのに、富岡ちゃんはマイペースだねー」

 

 だから、逸る気持ちは分かるのだけど。

 からかうような口調が引っ掛かったので、あえてむっとした顔を向けてみると。

 

「あー、もう。富岡ちゃんってこう、愛玩動物みたいっていうか、構ってあげたくなるのよねー」

「美緒って、むすっとしてても放っておけない雰囲気を醸し出してるのがうらやまし……ごめんごめん。気にしてるのは知ってるんだけど、でも、ね?」

 

 もう高校三年生だし、大人な雰囲気を出したいなって思ってはいるんだけど……。

 先日も、二年の生徒会長さんには年下と思われたし、一年の部長さんにはタメ口で話されそうになったし。

 今年の春に離任したあの国語の先生みたいに、私もいつか「大人の女っ!」って感じになれる日が来るのかなぁ。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、今度は妙に弾んだ声で。

 

「それで、入園してからどうするの?」

「あ、うん……。できれば、最初はみんなで周りたいかなって」

 

 あの部室でのやり取りを思い出して、その流れでクラス会での会話も思い出しそうになって。

 それを何とか頑張って、意識を別にそらしてたのに……もう。

 

「うんうん。最初から二人っきりって緊張しちゃうからねー」

「美緒の性格だとびくびくぷるぷるしちゃうよね。ほんとにもう、愛い奴め」

 

 好き放題に言っている友人たちからぷいっと視線をそらして、目の前に迫った入園ゲートを眺める。

 それからふうっと息をはいて、どんどん大きくなってきた胸の鼓動を落ち着けようと試みながら、私は事の発端を思い出していた。

 

 

***

 

 

「雪ノ下さんと付き合ってるんですか?」

 

 クラス会のことを海老名ちゃんに相談したら、奉仕部に手伝ってもらえばいいって教えてくれて。

 おかげで上手くいったのだけど、そのかわりに「この人たちって、どんな関係なの?」という大きな疑問が私の中に残ってしまった。

 

 雪ノ下さんと、ゆいちゃんと。それに会長さんとも妙に距離が近いし、部長さんも妹にしては仲が良すぎるというか、高校生の兄妹ってこんな感じだったっけ、と首を傾げてしまった。

 

 だから、クラス会が無事に済んでお疲れさまの乾杯をした時に直接、尋ねてみたのだ。

 あの日「監督責任が」とか言いながら部室から一緒に去って行った雪ノ下さんと、比企谷くんが付き合っているのかと。

 なのに──。

 

「良かった。……二人で周る気でいたから」

 

 遠足は班行動なのかと、はぐらかすような質問が返って来たのでそれを否定して。

 そのままきょとんとしていたら、こんな言葉で()()()()()()()()()()()()()()()

 

 女の子の誘い方がとても自然で堂に入っているので、思わず小さく拍手をしてしまって。そのまま雰囲気に乗せられるようにして頷いてしまったのだけれど。

 

 それってつまり、私と比企谷くんが二人っきりでディスティニィーを周るんだよねと。その意味にようやく気付いた時には、比企谷くんの姿はもうどこにもなくて。

 二次会へと向かう同級生を送り出しながら、私の心臓は痛いくらいにドキドキ動いていた。

 

 

***

 

 

 結局あれから何も言われないまま当日を迎えてしまった。

 

 そのことに一抹の不安と安堵を覚えながら、バスの中でも比企谷くんを何度もちらちらと目で追ってしまった私は悪くないと思うのだけど。

 

 そのたびに友人たちからネタにされると、恥ずかしいという気持ちとともに、私が深く考えずに頷いちゃったのが悪かったのかなって思えてきて。でもじゃあどんなふうにお返事をすれば良かったのかなって考え始めると、頭の中で色んなことがぐるぐると回ったまま、どこにも辿り着けなくなってしまう。

 

 比企谷くんみたいに経験豊富な人とは違って、私は見た目も中身も実年齢より幼く見られることがほとんどで。だから少しくらいは気を配ってくれても良いのに、なんて。私をせっかく誘ってくれた比企谷くんに責任を転嫁するような思考に陥りそうになって、ようやく我に返るという繰り返しだった。

 

 

「あ、葉山くんと海老名さんだ」

 

 その声を耳にして顔を上げると、クラスの中でもひときわ目立つ二人が入園ゲートを過ぎたところで立っていた。それと、そんな二人を遠巻きにして、あわよくば一緒に周りたいと画策する同級生がちらほらと。

 

 二人はたぶん、どう対処しようか悩んでるんだろうな。

 

「あっ。美緒、あっち。比企谷くん」

 

 どきんと心臓が跳ねるような心地がしたものの、当の比企谷くんが所在なさげにどうしたものかと佇んでいるのを見てしまうと、なぜだかふふっと小さな笑いが漏れてしまった。

 

 本当は経験豊富な男の子なのに、妙な親近感が湧いてきて。いけないいけないと両手を握りしめて、感情が傾かないように心の備えを確認してから、ててっと彼の前へと走り寄る。

 

「比企谷くん。よかったら、二人で周る前にみんなで一緒にどうですか?」

「え、あ、おう。……すまん、助かる」

 

 ますます比企谷くんが女の子の扱いに慣れていないウブな男の子に思えてきて、なるほどこのギャップが大勢の女の子を虜にしてきた秘訣なのだなと、うむうむふんふんと頷いていると。

 

「富岡ちゃん、ちょっと……」

「あ。呼ばれてるので、一緒に来てもらっても良いですか?」

 

 友人が手招きしてきたので入園ゲートの近くに戻ると、葉山くんが私に話し掛けてきた。

 

「俺と姫菜も良かったら一緒にって誘われたんだけど、迷惑じゃないかな?」

「げ。せっかく助かったと思ったのに……」

 

 すぐ後ろから絶望に満ちた声が聞こえてきたので振り返ってみると、比企谷くんがいつもの達観したような斜に構えたような大人な佇まいで遠くを眺めていて。

 

 顔を戻して葉山くんを見ると、いたずらを成功させた子供のように口元が少しだけ持ち上がっているようにも見えたのだけど、落ち着いた大人な雰囲気はこちらも普段と同じ。

 

「じゃあ、このメンバーで今日はよろしくお願いします!」

 

 だから、あんまり気にしすぎないようにしようと考えながら、私は続けて行動開始を宣言した。

 

 

***

 

 

 急造の組み合わせだったけど、葉山くんや海老名ちゃんが上手い具合に気を配ってくれたので、午前中は予想以上に楽しい時間を過ごせた。

 

 というか学級委員なんだから、私が二人みたいな役割を果たさないといけないのに……こんなだから年相応に見てもらえないんだよねと、我が身を省みてため息を一つ。

 

 それでも、むんとお腹に力を入れて顔を上げて。

 さて次はどこに行こうかと考えたところで、視界の端に比企谷くんの姿が映った。

 

 クラス会でも奉仕部の部室でも、それほど長く喋ったわけじゃないので、比企谷くんの性格はまだ掴みきれないところがあるのだけど。

 何となく、今の比企谷くんは楽しそうだなって思って。

 

 気がつけば私は、ふふっと笑みを浮かべていた。

 比企谷くんを優しい目で眺めながら。

 

 ……これってやっぱり、情がわいてるんだよね?

 

 そりゃあ、二人で周ろうなんて誘われたら意識して見ちゃうし。

 こそこそと比企谷くんを見ていると、さりげなく周囲に気を回してたりとか、嫌なことは手早く済ませようとしている様子とか。ものすごく悩みながら、それでも一言一言をていねいに打ち込んで誰かに返事を書いていたり。

 

 今まで知らなかった側面を見つけるたびに、もてるのも当然だなって思えてきて。

 

 雪ノ下さんと、ゆいちゃんと。会長さんと、妹さん。

 そんな四者四様の素敵な女の子に囲まれている時が本物の比企谷くんで、教室にいるのは偽物……は少しちがうか。抜け殻というか、仮の姿というか、適切な表現が出てこないけど何かちがうなって感じがしてたんだけど、今日の比企谷くんはいいなって──と、あぶないあぶない。

 

 で、でも、お昼を過ぎても比企谷くんは何も言ってこないんだよね。

 それなら私から、二人きりになろうって誘ったほうがいいのかなぁ。

 けど、友達の前で誘うのは難易度が高いなぁ……あれっ?

 

「誰っ……?」

 

 もんもんと考えごとに耽っていたら、急に背中の辺りに視線を感じて。

 ぐりんと思わず振り返ってみたものの、怪しげな人はいないし、見られている気配もすっかり失せてしまった。

 だからその場で立ち止まったまま首をひねっていると。

 

「ん。どしたの、富岡ちゃん?」

「あっ、えっと……。うん、気のせいだと思う」

「さては美緒、緊張してるなー。もう、いちいち可愛いんだから、もう!」

「ちょっと。あんまり大きな声で言わないで!」

「ごめんごめん」

「つーん。聞こえませーん」

「ごめんってばー。美緒〜っ、無視しないでよー」

「たぶんだけど、葉山くんと一緒にいるからか、時々じーっと見られてる気がするよね。富岡ちゃんはそれが気になったんじゃない?」

「あ、そっか。うん。原因が分かって、ほっとしたかも」

 

 なるほど。言われてみれば納得だ。

 だから私は再び前を向いてひょこんと首を伸ばして、すぐ近くまで迫っていた白亜の城を目に存分に焼き付ける。

 

 穏やかな青空のむこうでは白い雲が細く長くたなびいていて、そういえば入園してから初めて見たかもしれないなと、緊張がほぐれているのを実感していると。

 

 

「……あー。俺、この後ちょっと」

 

 思わずびくんとなってしまった私だけど、来るものが来たおかげで肩の荷が軽くなったような心地もする。

 

「二人で周るんですよね?」

 

 なので比企谷くんの目の前にぴょこんと飛び出して、何でもないような落ち着いた口調を心掛けた。

 ……心臓がばくばくしてるんだけど、誰にも聞こえてないよね?

 

 小さく頷いた比企谷くんに、こちらは大きく頷きを返して。

 知らず知らずのうちに笑顔になっている自分に気が付いて、私ってこんなに楽しみにしてたんだなぁと呆れるような気恥ずかしいような、それでもやっぱり嬉しい気持ちも確かにある。

 

 比企谷くんにしてみれば気まぐれで誘っただけかもしれないけど、男の子と二人きりでディスティニィーなんて私にとっては一大イベントだ。

 

 女の子の扱いに慣れている経験豊富な比企谷くんなら私が嫌がるようなことはしないだろうし、安心して身を委ね……ねねねって別に変な意味じゃなくてエスコートを任せるってだけで身を寄せ合ったりとかそんなのはもちろん考えてないしましてや身も心もなんて……ぷしゅう。な、なんだか暑くなってきちゃったかも。

 

「美緒、暴走しちゃわないようにね」

「富岡ちゃんは可愛いなぁー」

 

 にやにや笑いをやめない悪友たちのせいで、頬のあたりの熱がとんでもないことになっている気がするんだけど。

 今の私は本当にいっぱいいっぱいだから、お願いだから勘弁してって涙目になりながら訴えたら、うんうん皆まで言うなって感じの生暖かい視線が返ってきた。

 

 ……いっそのこと、今から私、家に帰ろうかな?

 そんなふうに現実逃避に走りつつあった私の耳に、二人の男の子の声が届く。

 

「今日は『何から乗る?』って訊かれても、京葉線には目をやらなかったな」

「は。誰だよそんな失礼なことをしでかす奴は?」

「家に帰る気まんまんだった昔の君だろ?」

「花火の時に何かしでかした奴のことしか記憶にねーな」

「へえ。君でもそういうことは覚えてるんだね」

「おかげで荷物持ちにまで身を落としたからな」

「ああ。あの時は助かったよ、雑用係」

「マスコットに比べりゃ楽なもんだわ」

 

 えっと、二人の間に割って入れる気がしないんだけど……。

 で、でも海老名ちゃんが笑って見てるから止めなくても大丈夫、だよね?

 

 どうやら、すがるような目つきになってたみたいで。

 仕方がないなーって顔をした海老名ちゃんが、てこてこと二人に近付いていく。

 やっぱり頼りになるなぁ。

 

 海老名ちゃんって、いつも冷静なイメージだけど、取り乱すことってあるのかな?

 なんて変なことを考えていると。

 

「そろそろ優美子たちと合流しよっか」

「そうだな……」

 

 ちらっと時計を確認して、葉山くんは静かに頷きを返した。

 その仕草を、つい最近どこかで見たような気がして。

 むむっと首をひねっていると、その間に友人たちも別行動の予定が立ったみたいだ。

 

 ……今さらだけど、なんだか心細いよぉ。

 

「んじゃ、おとみとヒキタニくんもまたね」

 

 目だけで友人たちを引き留めていると、海老名ちゃんと葉山くんは先にさっさと離れていった。

 

 頼れる二人がいなくなって。

 ますます潤んでくる視界の向こうで、からかうでも茶化すでもなく穏やかに頷く友人たち。

 

 彼女らが私にエールを送ってくれたのが分かったので。

 ぎゅっと目をつむってから大きく見開いて、私もしっかりと頷きを返した。

 

 

***

 

 

「さて。どういうことなのか説明して欲しいのだけれど?」

 

 二人きりになっても、すぐに移動しようとは言われなかったので。

 心を落ち着ける時間をもらえるのは嬉しいなって。ほんとうに女の子の扱いを心得てるんだなぁ、なんてほんわかとした想いを抱いていると、雪ノ下さんがやって来た。

 

 そっか、今日の監督役は雪ノ下さんかぁ……。

 ゆいちゃんなら話しやすいし気楽に過ごせるなって、そう思わなくもなかったけど。雪ノ下さんとも仲良くなりたかったから、チャンスだと前向きに捉えよう。

 

「クラス会の時に比企谷くんが、私と二人で周る気だからって誘ってくれたんです。私、雪ノ下さんとも仲良くなりたくて。だから雪ノ下さんも監督責任とか考えないで、みんなで楽しく過ごせたらいいなって」

 

 私の説明を聞きながら、こてんと頭を傾ける雪ノ下さんが可愛すぎて、内心できゃーとか叫んでいると。

 

「さて。どういうことなのか説明して欲しいのだけれど」

「いや、俺も……あ、いや。うん、なんか分かったかもしれん」

 

 比企谷くんをじろっと睨み付ける雪ノ下さんは、抜け駆けを怖れているとかそんな感じなんだろうなぁ。

 こんなに美人で頭もすっごく良くて、そんな雪ノ下さんが惚れちゃうくらい比企谷くんもすごいってことなんだよね。

 

「その、二人で周るって言えば、通じると思ってたんだがな」

「もっと詳しく説明すれば良かったじゃない。どうして貴方は」

「いや、詳しくっつってもだな。てか、お前も監督責任とか」

「それはだって、貴方が……」

 

 比企谷くんが何だかはっきりしない口調なのは、関係を白黒つけちゃうと哀しむ子がいっぱいいるからなんだよね。

 うん。なんだか私、比企谷くんのことが理解できてきた気がする!

 

「大丈夫ですよ。二人で周る気だからって言われたのは確かですけど、比企谷くんと二人きりにはならないんだろうなって。誰か監督役も一緒なんだろうなって思ってましたから」

 

 ほんの数分前までのドキドキを棚に上げて、二人の仲裁を買って出たのだけど。

 二人とも微妙な顔つきなのはどうしてだろ?

 

「そう言ったのが確かなら、貴方が何とかしなさい」

「あいったぁ……」

 

 あ。雪ノ下さん、こっそり比企谷くんの脇のあたりをぽすんって。

 なにをやっても可愛く見えちゃうんだから、美人って得だよね。

 

「あー……えっと、その」

「はい。なんですか、比企谷くん?」

 

 平然と応じたつもりだけど、私はいつの間にドキドキを棚から下ろしちゃったんだろ?

 きっと、今から言われる言葉が予想できちゃったからだよね。

 

 私は本当に気にしてないのに、監督役が加わるのは気の毒だって比企谷くんは考えてくれてるんだよね。だからたぶん、二人で周りたかったって気持ちは本物だから、なんて女の子を蕩けさせるようなことを言われちゃうんだろうなぁ。

 

 知らず知らずのうちに両手を握りしめていたのだと、気付いた時には視界までぼやけてきて……。

 

「あの……。えっと、三人で周ってもいい?」

「比企谷くん、貴方ね……」

「仕方ねーだろ。あの潤んだ目を見てもお前は……」

「いえ、そうね。確かに庇護欲をそそられるというか、一色さんに甘い貴方なら仕方がないとは思うのだけど」

「余罪をさらっと追及してくるの、やめてくれない?」

「罪の意識はあるのよね?」

「じゃあお前が、泣かせる覚悟で説明してみるか?」

「うっ……。はあ、仕方がないわね。もう」

「あいったぁ……」

 

 うるうるしている私を見て、きっと比企谷くんは刺激が強すぎると判断して言葉を取り下げてくれたんだよね。

 雪ノ下さんもたぶん、ライバルが多い現状を説明してくれようとして、でも私にその手の経験が全くないのを見抜いて勘弁してくれたんだよね。

 

「富岡さん。……もしもし、大丈夫ですか?」

 

 雪ノ下さんが名前を呼んでくれたのに、うまく返事ができなくて。

 でも続けて優しい口調で尋ねてくれたので、うんと大きく頷いてからめいっぱい息を吸って。

 

「じゃあ今日は、よろしくお願いします!」

 

 袖口でそっと涙を拭ってから、私はふふっと頬を緩ませながら頭を上げた。

 どこか困ったような顔つきだったのに、すっと目尻を下げる二人を見て、いい人たちだなって私は思った。

 

 

***

 

 

 それからは思いがけない展開の連続だった。

 

「とりあえずパンさん行くか」

「いいの?」

「さっきはショップに行く時間がなかったですからね」

「いや、二回目な」

「四回目でも五回目でも楽しめるわよ。それと、乗っている間は静かにね」

 

 てっきりお店に行くものだと思っていたのに、比企谷くんは二回目でも普通に楽しめるみたいで。

 それに雪ノ下さんがアトラクションを堪能している姿を見ていると、エモいってこういうことなんだなって。

 途中からは私、雪ノ下さんをじっと見つめたままで……へ、変に思われてないよね?

 

 

「ふははははっ。来たな八幡よ待ちわびたぞ。我はもう既にレアポケ大量、貴様との勝負は見えたな!」

「はあ。ちょっと見せてみ……せいぜい中レアじゃねーか」

「ざ、ざい、財津……くん。この園内の果ての果てに、なんとかGOの巣があるって比企谷くんが言ってたわよ?」

「むむっ。貴重な情報に感謝する。さらだばー!」

 

 ショップに向かう途中で変な人と出くわしたり。

 

 

「その、妹のお土産を選んでてさ」

「けーちゃんの希望とか聞いてないのか?」

「訊いてはみたんだけど、その……」

「なら希望どおりのものを買えば良いじゃない」

「それが、その……夜のうなぎパイ」

「は?」

「だから、夜のうなぎパイがいいって、けーちゃんが」

「そう……。その、私で良ければ見繕ってあげても構わないのだけれど?」

 

 ショップであれこれ悩んでいた川崎さんは、体育祭でチバセンの大将を務めた頃からだったかな。女子の間で密かな人気を誇ってるんだけど、まさか比企谷くんとこんなに仲がいいなんて知らなかったなぁ。

 

 

「八幡っ!」

「おおっ、戸塚は今日もかわ……ぐへっ」

「戸塚くんも買い物に来たのかしら?」

「うん。みんなでパンさんの耳を着けようって話になって」

「パン耳……いい。似合う。マストバイ」

「貴方は黙ってなさい」

 

 え……戸塚くんって、一部の女子の間では王子様あつかいされてるんだけど。

 一緒に行動して初めて分かることが色々あるんだろうなって思ってはいたんだけど、比企谷くんって交友関係広すぎない?

 

 

「気のせいか遭遇率があれだな。ちょっとベンチで休んで行くか?」

「そうね……ごめんなさい、助かるわ。あら?」

「あっ、八幡?」

「んんっ、と。ああ、ルミルミか」

「ルミルミっていうの、キモい」

「一緒にここに来る友達ができたんだな」

「……うん」

 

 あの……中学生か、もしかしたら小学生の女の子なんですけど?

 それも雪ノ下さんに匹敵するくらいの美少女なんですけど!

 どこで知り合って声を掛けてメロメロにするんですか比企谷くんは!?

 

 

『千葉の名物……って、おーい。雪ノ下さんと比企谷くーん!』

「ふむ。東京を名乗るこの園内で、千葉を強く主張するのはいったい?」

「貴方わざと言ってるのよね。城廻先輩がバイトを始めたという話は聞いていたのだけれど、ちょっと恥ずかしいわね」

 

 前の会長さんとは、たしか文化祭でバンドをやってたもんね。

 仲がいいのは知ってたつもりだけど、あんなに嬉しそうに声かけてくれる先輩っていいよね。マイク越しじゃなかったらもっと良かったんだろうけど、うん。私も恥ずかしいよぉ。

 

 

「つまり園内を効率的に周回するにはクリアなビジョンがコモディティ化する前にイノベーションにフルコミットしてファクトベースのマインドアップでパラダイムシフトに備えるべきなんだよね」

「それあるー!」

「……見付かる前に逃げるぞ」

「私にも異存はないわ」

 

 その、あの人たちとも知り合いなんでしょうか?

 

 

「お、いたいた。ちょーっす!」

「ゆきのーん。ヒッキーも。……あれ?」

「富岡さんも一緒だったんだな。さっき城廻先輩が呼びかけてたからさ」

「愚腐腐っ。急いで駆け付ける隼人くん、それを待ちきれないヒキタニくん。二人の熱い抱擁が……キマシタワー!」

「はいはい。ちーんってして、ちゃんと擬態するし」

 

 そもそも、葉山くんと戸部くんと三浦さんとゆいちゃんと海老名ちゃんのこのグループと仲がいいって時点で、比企谷くんがただ者じゃないのは解ってたつもりだけど。

 

 海老名ちゃんがあんなふうに取り乱してる姿も初めてだし、三浦さんはすっごく慣れた手つきで優しく介抱してるし、近くで見ないと分かんないことって本当にたくさんあるんだなぁ……あ。

 

「この面々だと、見られても仕方がないよね」

 

 また視線を感じたので後ろを振り返ってみたんだけど、気にしてもしょうがないなって思えてきたかも。

 こんなふうに大勢に注目されながら過ごすのって、やっぱり大変なんだろうな。

 

 

 そんなことを考えながら、みんなの方へと視線を戻すと、戸部くんがどこかに電話を掛けていて。

 どうしたのかなって見ていると、スマホをひょいっと比企谷くんに。

 

『久しぶりのディスティニィーを楽しんでますか〜、先輩?』

「なに。お前ひまなの?」

『そんなに荷物が持ちたいなら、今度は家までお願いしますね〜』

「いや、それはまずいだろ」

『じゃあ、お米ちゃんに代わりますね〜』

「おう。でかした一色」

『ちょろいな〜この人。ほい』

『そこが兄のいいところなのですよ。今の小町的にもポイントかたい!」

「なあ。そこは高いじゃねーのか?」

『小町は安売りをしないことにしたのです』

「わけがわからないよ……」

 

 うん。会話が漏れてきたんだけど、本当にわけがわからないのが正直なところかも。

 比企谷くんがスマホを雪ノ下さんに渡して、それから順番に一言ずつ喋ってるけど、みんな妹さんとも仲がいいんだなぁ……え、私?

 

「ど、どうも……」

『お姉ちゃん候補が増えるのは小町的には大歓迎なので、不束者の兄ですがよろしくお願いします!』

「は、はぁ」

 

 びくびくおどおどすっかり萎縮しちゃったのが丸分かりで、情けないなぁ私。

 そう思ってしゅんとしていると。

 

「じゃあそろそろ、別行動にしましょうか」

「うん。ゆきのんまたね!」

 

 

 そう言い残して、ゆいちゃんは葉山くんたちと一緒に去って行った。

 他には誰も別れの挨拶をしてなかったのが逆に、絆の深さというか関係性の強さを感じさせて、よけいに自分が場違いな感じがして。

 だから──。

 

「あの、私そろそろ別行動に……」

 

 スプライドマウンテンが見えてきた頃から、二人がちらちらと私を窺っているのには気付いていた。

 

 そもそも比企谷くんが気まぐれで誘ってくれただけで、もともと私は今日だけのお付き合いなのだから、二人の間に割って入るのはやっぱり良くないことなんだって思えて来て。

 

 でも、夕暮れが近付いてくる中で、この広い園内に独りだけで放り出されるのは……けど、うん。ちゃんと自分から断らないと!

 

 そう考えて、私が言葉を続けようとしたところで──。

 

「きゃっ?」

「誰っ……かと思えば、お久しぶりですね」

 

 急に走り寄ってきた誰かが私と雪ノ下さんの肩を抱いて、比企谷くんから引き離そうとしたのかな?

 突然の事態に頭がついていけない私とは違って、雪ノ下さんは顔を見なくてもそれが誰だか判ったみたいで。

 

「悪いな比企谷。スプライドマウンテンは三人用なんだ」

「いや、なに言ってるんですか。というかスネ夫が相手なら玉の輿ですよね?」

「ぐはあっ……」

 

 振り返ると、去年まで国語を担当していた平塚先生が血の涙を流していた。

 

「結婚式の二次会で、また当てたんですね?」

「いや、それは違うぞ比企谷。今日のこれは教育委員会のお墨付きだからな!」

 

 比企谷くんと仲のいい女の子は今日だけでもたくさん見てきたけど、平塚先生との距離感は独特だなって思いながら、私も一緒に事情を聞くことに。

 

 どうやら、三年生になって国語の担当が変わったことを不安に思う生徒が少なからずいるみたい。だって総武は進学校を謳ってるわけだし、保護者も教育熱心な人が多いみたいだし、そういう声が出るのも当然といえば当然なのだろう。

 新しい先生は大学を出たばかりで、なんだか頼りない印象なんだよね。

 

「けど相互訪問授業って、普通は海外の姉妹校とかじゃないんですか?」

「二週間や三週間という短期の訪問授業よりも、月に数度という形にして長期的に実績を積み上げていくほうが良いんじゃないかって話は以前から出ていたのよ。だから、平塚先生はたまたま条件に合って……まさか!?」

 

 平塚先生の代わりに説明していた雪ノ下さんが急に顔色を変えて、どこかに電話を掛け始めた。それを見た比企谷くんは何かを察したみたいで急に遠い目をして……なんだか疲れて見えるんだけど大丈夫かな?

 

「姉さん、説明して」

『えー、めんどくさいなぁ。どうせそこに静ちゃんがいるんでしょ?』

「つまり、そういうことなのよね?」

『さあ。雪乃ちゃんがそう思うのなら、そうなんじゃないの?』

「……分かったわ。でも、そうね……ありがとう」

『ふふっ、雪乃ちゃんは可愛いなあ。じゃあ比企谷くんに代わってくれる?』

「いやよ。だって姉さんぜったい」

『比企谷くーん。あのねー、雪乃ちゃんのネイ』

「黙りなさい」

 

 うわ、容赦なく通話を切っちゃった。しかも抜かりなく電源を落として、って比企谷くんにも平塚先生にも同じようにしろって……うん、雪ノ下さんには逆らわないようにしよう。

 

 一連の騒動が終わって、付近には微妙な空気が漂っている。

 少しだけ口元を気にした平塚先生は、すぐにそれを諦めて、苦笑を浮かべながら雪ノ下さんだけを比企谷くんの方へと押しやった。

 

「ほら。富岡は私が引き受けるから、君たちの口から伝えたまえ」

 

 肩に再び温かい手が添えられる。

 これから起きることが何となく理解できて、それでも私はさっきほど寂しいとは思わなかった。

 ……そっか。私さっき寂しいって思ってたんだ。

 

「富岡さん。今日は三人で周れて予想以上に楽しかったわ。でも……」

「あのスプライドマウンテンだけは二人用なんだ。その、悪いな」

 

 涙は、流れなかった。

 きっとそうだと、心のどこかでとっくに理解していたから。

 それよりも──。

 

「私も、今日は朝から比企谷くんと、途中からは雪ノ下さんとも一緒に周れて楽しかったです。だから……比企谷くんや雪ノ下さん()()と、もっと仲良くなりたいなって。三年になってからなのが残念ですけど、お願いできますか?」

 

 私の提案が耳に届いた瞬間の二人の表情を見てしまえば、育つどころか芽が出ることさえなかった想いもきっと報われるというものだ。

 

 

 遠ざかって行く二人の影のほんの一部分が、静かに重なったように見えた。

 それを並んで見届けてから、私は先生に質問の山を浴びせた。

 

 比企谷くんと雪ノ下さんと、それから園内で出会った人たちが、去年どんなことをして来たのか。

 朝からずっと私たちを陰ながら見守ってくれていた先生が、あの二人をどんなふうに想っているのか。

 

 長い長い話を聴き終えて、ゲートの近くで先生と別れて友人たちと合流した私は、家に着くなり部屋に飛び込んで日記帳を開いた。そして今日あった全てを書き記していく。

 

 今日の出来事なんて、長い人生と比べるとほんの一瞬に過ぎないのだろう。

 けれど、かけがえのないその一瞬は、なんてことない未来のためにあるんだって。

 

 そう思えた私は、今日で少しだけ大人に近付けた気がした。

 




こうして役者が揃って、物語はいよいよ──
新プロジェクト『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。結』
Coming Soon!


なお、本作のどの部分が原作準拠でどこが捏造かを知りたい方は、円盤を買って下さい(ダイマ)。

またこの作品を再利用できる日が来ることを願いつつ。
最新話が難航していますが、長編も宜しくお願いします。

ではまたいずれ。

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