原作の裏側で。   作:clp

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14巻の内容を前提とした5つの小話の詰め合わせです。
前話までとは少しノリが違いますが、完結祝いということで軽い気持ちで読み流して下さいませ。



ごちそうさまでした。

1.○○雪

 

 気がつけば高校生活ももう残りわずか。

 色んなことがあったわねと感慨に耽りながら昇降口で靴を履き替えている雪ノ下の耳に、先に外に出た二人の声が聞こえてきた。

 

「わあーっ、雪っ。ゆきのん、雪っ。積もってる!」

「足跡とかぜんぜん無いですね~。これって何か名前とかついてませんでしたっけ?」

 

 由比ヶ浜は今にも校庭を駆け回りそうな口調で喜んでいて。

 一色はこてんと首を傾けながら、背後の二人に話題を振ってきた。

 

「あー、えっと……なんか言いにくいな」

「変なことを考えるからよ。一色さん、これは『処女雪』と言うのよ。誰も足を踏み入れていないという意味なのだけれど」

 

 微妙に顔を赤らめて口ごもっている八幡のすぐ横で、雪ノ下がやや得意げに答えると。

 

「処……わわわわわ」

「結衣先輩、ちょっと過剰反応じゃないですか?」

 

 後輩にすら呆れられるほど由比ヶ浜が動揺していた。

 くすっと笑みを浮かべて、気持ちを落ち着かせてあげようと考えながら口を開く。

 

「由比ヶ浜さん。そんなに慌てることはないでしょう?」

「だ、だって……」

「私たちの歳でヴァージンなのも、ヴァージンじゃ無いのも、特に珍しくはないと思うのだけれど?」

「そりゃそうかもしれないけどさ……えっ?」

「……へっ?」

「お、おい……」

 

 四人の間に何とも言えない空気が立ち込める。

 

「ね、ねえ。もしかして、ヒッキーとゆきのん……?」

「お二人は、もう……?」

「いや、その……」

「比企谷くん。誤解を与えるようなことは口にしないで欲しいのだけれど」

 

 自分のことは棚に上げて、隣の男が変なことを口走らぬように手の甲を思いっきり抓りあげる。

 たちまちすぐ横から絶叫が聞こえてきた。

 

「痛い痛い痛い。ちょっと。お願い。無理。これ絶対に無理。お願い、離して。痛いから。駄目、離して!」

「ななな……なんでそれを言っちゃうのよっ!?」

「……はー」

「……ほー」

 

 感情が死んでしまったかのように、二人の口から言葉にならないつぶやきが漏れる。

 とても目を合わせられないので、頬を染めた雪ノ下が遠くの空を眺めていると。

 

「あ、ママ。……うん。今日ゆきのんちでお泊まりになったから。……うん。何かあったらゆきのんの家に……うん、わかった。じゃあね」

 

 スマホを鞄にしまった由比ヶ浜が、満面の笑みを浮かべているのが目に入った。

 

「さ、ゆきのん。じゃあ行こっか。言っとくけど、ぜんぶ話してもらうまで帰らないからね」

「ひ、比企谷くん……?」

「すまん、俺にも無理だ。お前が何を喋っても不問にするから、あれだ。まあ、頑張れ」

「ほら、いろはちゃんも一緒に行くよ?」

「なんでわたしも……いえ、なんでもないです……」

 

 一面の銀世界に一人の足跡と二筋の線が描かれる。

 由比ヶ浜にずるずると引きずられながら、雪ノ下と一色は出荷される仔牛のような目で八幡を見ていた。

 いつまでも、いつまでも。

 

 

***

 

 

2.理由

 

「ども、川崎大志っす。受験が終わったから姉ちゃんと交替でけーちゃんのお迎えに行ってるっす!」

「大志、あんた誰に向かって喋ってんだい?」

 

 帰って来るなり飛びついてきた妹の京華をしっかりと抱き留めながら、かすかに首を傾げた川崎沙希が弟に問いかけると。

 

「あ、こっちの話。でさ、明日も俺が迎えに行くから……」

「だから受験って言っても一年先だし、あんたは遊んでればいいのに」

 

 このところ毎日、このやり取りを繰り返している。

 弟が気を使ってくれるのは嬉しいんだけどね、と心の中でつぶやきながら。はぁと大袈裟に息を吐いて、そのまま言葉を続けた。

 

「それにさ、最近って入学前からSNSとかで連絡を取りあうって聞いたよ。せっかくの高校生活なんだし、大志にはあたしみたいになって欲しくないからさ。だから明日のお迎えはあたしが行くよ」

 

 でも明後日は大志が行くって言い張るんだろうなと思いつつ、ひとまず話を切り上げようとしたところで弟と目が合った。

 

「姉ちゃんさ。その、あんまり他の人と過ごさなかったのを……後悔、してる?」

 

 神妙な顔つきで変なことを言い始めたので、ふっと笑い飛ばしてあげた。

 

「そんなわけないよ。たしかに大勢と過ごしたわけじゃないけどさ。数は少なくても一緒にいた連中とは付きあってて楽しかったし、あたしはそれでいいんだよ。でも大志はあたしより社交性があるでしょ。だから言ってんの。スタートで出遅れたら、三年なんてあっという間に過ぎちゃうよ」

 

 言い終えると同時に、靴も脱がないで玄関口で突っ立っている弟の頭をわしゃわしゃしてやった。また子供扱いして、とでも言いたげな膨れっ面を見せてくるので頬がほころぶ。

 

「ほら、早く上がって手を洗っておいで。それにしても、三年前って言えばけーちゃんがさ……」

「あー、三年前だと片足立ちとかできるようになって、姉ちゃんが……」

 

 妹の話を振るとすぐに乗ってくれるのでお互いに助かっている。そう考えながら話題を更に重ねようとしたところで、ふと気になったので。

 

「あれっ。三年前ってたしか、けーちゃんがチョコを作って……じゃないや。あれってもう四年以上前になるんだね」

「ぷっ。姉ちゃんやっぱり疲れてるんじゃないか。あれは今年の二月だろ?」

「えっ。そういえば、でも……あれっ?」

 

 川崎は不都合な真実に気がついた。

 ……川崎姉弟の出番が減った。

 

 

***

 

 

3.はひ腐腐腐

 

 体育祭を目前に控えた三年生の教室では、話し合いが白熱していた。

 

「最後のリレーだけどさ。アンカーに比企谷なんて意外と適任だと思うんだよね」

「あのなあ。そういう目立つ役回りはお前のほうが合ってるだろ?」

 

 進級してからは呼ばれ方も変わって、当初はむず痒い気持ちでいたのだけれど今やすっかり慣れてしまった。

 とはいえクラスも同じなら体育祭の組まで同じなんて、腐れ縁っぽくて嫌だなあと八幡が考えていると。

 

「でもさ。去年のマラソン大会でも折り返し地点までは俺と競ってただろ?」

「リレーと長距離は違うんじゃね?」

 

 こんなのを混同するとは葉山らしくないなと思いながら軽く返したその瞬間、猛烈に嫌な予感がした。

 

「たしかに競技は違うけどさ。比企谷がたまに見せる根性っていうか……()()()()ってやつは侮れないからさ」

「げほっ、げふっ……。お前、あれだよな。喧嘩売ってるよな。なら表に出ろ。走って勝負して俺が負けるからお前がアンカーな」

「俺は誰かさんとは違って、そんな()()()()には乗らないよ?」

「げはっ……。なあ、誰かからなんか聞いたのか?」

「さあね」

 

 もはや話し合いのことなどすっかり忘れて、冷ややかな目つきの男と腐った目をした男が仲良くいがみ合っている。

 そんな二人に向かって常人が口を挟めるわけもなく。

 つまり、口を挟めるとすればそれは常人では無いわけで。

 

「そういえば、私も聞いたことあるなー。比企谷くんってさ、意外と走るのが……()()()()()()()()()()()、って」

「ぐはあっ!」

「でも、自分からは()()()()がなかなか言えないんだよねー?」

「ぐふぅっ!」

「じゃ、アンカーは比企谷くんで決まりってことで。あ、みんな心配しなくてもさ。誰かさんが()()()()()だから、比企谷くんも頑張って()()を取ってくれると思うよ」

「ぐほぉっ!」

 

 腐った話題を出されるまでもなく、そしてどこから情報を得たのかと疑問に思う余裕もなく八幡は力尽きた。

 そんな感じで進級後は、葉山・比企谷・腐女子の三人がクラスの話題の中心になっているそうな。

 

 

***

 

 

4.ははははは

 

 母と並んで応接室を出て、静ちゃんに見送られて車の中に腰を下ろすと、知りたかったことを単刀直入に尋ねてみた。

 

「お母さんは、あれで良かったの?」

「ええ。あれで良いのよ」

「でもさ。合同プロムはどうでも良いけど、雪乃ちゃんの問題って……」

「都築。近くの海浜公園に行って頂戴」

「かしこまりました。ヨットハーバーの駐車場でお待ちしています」

「陽乃。話はそこで聞きますよ」

 

 出鼻を挫かれたと感じてしまった。

 でも、たしかに運転手に聞かせる話ではないけれど、都築は口が堅いし信頼できる。外で話すよりもよっぽど……などと考えていると。

 

「木を隠すなら森の中と言うでしょう。騒がしい場所のほうが内緒話には都合が良いのよ」

「うーん。気のせいか言い訳みたいに聞こえるんだけどなー」

 

 ここまで来たついでに、お気に入りのお店に寄り道したかっただけだなこれはと陽乃は思った。言っても無駄なので口に出す気は無いのだけれど。

 

 

 駐車場を出た母は迷いなくオーシャンテラスに足を向けると、一階のベーカリーカフェの前で立ち止まった。少しだけ辺りを検分して、海にいちばん近いソファー席にすいっと腰を落ち着ける。まだ少し肌寒さがあるものの、風が吹き抜けていくのが心地よい。

 

「じゃあ、適当に買ってくるね」

 

 母が自分から動かないのはいつものことなので、返事を待たずにカウンターに向かった。

 新商品のタピオカミルクティーとタピオカつぶつぶいちごミルクを両手に持って戻って来ると、閉じた扇子の先端を顎の辺りに触れさせながら所在なさげにお店の周りを窺っている母の姿が目に入った。

 

「どっちにする?」

「んー。……まいっか」

 

 ざっくばらんな口調でそうつぶやくと、母はミルクティーに手を伸ばした。

 そういえば、雪乃ちゃんが野菜生活100いちごヨーグルトミックスにご執心だった時期があったなと思い出しながら、わたしもいちごミルクを口に含んだ。

 

「雪乃はあれで良いのよ。相手の男の子は、陽乃が()()くれたのよね?」

「まあ、比企谷くんなら馬鹿な真似はしないと思うけどさ」

「そう。それ以外には問題がなかったのだし、なら良いじゃない」

「んーと……ああ、事故の時に調べたってことね?」

 

 母からの返事がないのは「何を今更」と言いたいからだろう。

 比企谷くんが入学式の直前にうちの車の前に飛び出して来たのは、もう二年近く前の話だ。その時に、変な言い掛かりをつけてくる親戚がいないか等の調査は完璧に済ませてあるというわけだ。

 

「真面目な仕事人間が多い家系ね。面白みは少ないけれど、そこの部分は彼のキャラクタで補って余りあるんじゃない?」

「そこはわたしも異論は無いなー。雪乃ちゃんには勿体ないかもね」

 

 仮に比企谷くんと親戚になったとして、雪ノ下家にとってはプラスにはならないけれどもマイナスにもならない。

 そして、家業を拡大させ政治の分野にも進出している今のわたしたちには、前者よりも後者の方が圧倒的に重要なのだ。

 そこで確証が得られているからこそ、先程の応接室でも母は成り行きを見守るだけで強いて動かなかったのだろう。

 

「強いて言えば、小町さんと言ったかしら。妹さんの相手が気になるところではあるのだけど……。ねえ陽乃。戸塚くんなんてどうかしら?」

「げほっ……。ちょ、ちょっと待って。お母さんもしかして比企谷くんの友人関係まで把握しきってない?」

 

 こちらが納得できるだけの時間を与えて、その上で隙を突いて来ているとしか思えないタイミングだ。行儀悪く飲物をこぼしてしまうのだけは避けられたけど、話に頭が追いつかない。

 

「把握しきるという程ではないわ。でも彼は交友関係が狭いみたいだし、妹の相手として許せるのは戸塚くんぐらいだと思うのだけど?」

「いや、だから待ってって。隼人とか、あと同じクラスの腐女子ちゃんに聞いたんだけどさ。妹ちゃんがこうと決めたら、比企谷くんに拒否権はなさそうだったよ?」

「あら。それは頼もしいわね」

 

 扇子で隠したその向こうでは、ころころと機嫌良さそうに喉を振るわせているのだろう。

 何だか無性に一矢を報いてやりたくなったので、母の背中の向こうに視線を送った陽乃は目を大きく見開くと。

 

「あれっ、お父さん?」

「えっ。……いえ、その、これは違うの。あなたと一緒に飲みたいと言っていたのに陽乃が買って来たから仕方なく……でも写真は撮っていないから……あ、そうだわ。あなたのタピオカミルクティーを真ん中にして二人で並んで座ったところを陽乃に撮って貰いましょうよ。久しぶりに腕なんか絡めてみても良いじゃない。ねえ、あなた、何か言って…………居ないじゃないの」

 

 背後を振り返ることもできずにタピオカミルクティーをぎゅっと握りしめたまま、しどろもどろに言い訳を並べ立てていた母だったが、ようやく変だと気が付いたのか後ろを確認して真顔に戻った。

 なんだろう。綺麗に反撃が決まったはずなのに、わたしのほうがダメージを受けている気がするんだけど。

 

「というか、わたしの気のせいだと良いんだけどさ。雪乃ちゃんたちも同じようなことをしそうだなーって。……やっぱり、お母さんそっくり」

 

 会長選挙の時期に妹に告げた言葉を思い出してしまった。この感情を胸の中に収めておくのは面白くなくて、でもお母さんに聞かれたくもなかったから、小さな小さな声でつぶやいたつもりだったのに。

 

「あら、勘が良いわね」

 

 地獄耳を発揮した母は、そのまま言葉を続けた。

 

「雪乃が誰かと付き合ったら、絶対にデレデレになるわよ?」

「……デレデレ?」

「見ている方が恥ずかしくなるような感じよきっと。賭けても良いわ」

「……賭けても?」

 

 あの可愛い可愛い妹なら間違いなくそうなるのだろうと自分でも確信しながら、びっくりするほど虚ろな声で相鎚を打っていると。

 

「雪乃も、陽乃も、好きになった人の前だと性格が変わるはずよ。早く見てみたいものね」

「ちょ、ちょっと待ってお母さん。わたしは……」

 

 わたしはきっと、酔えない。

 バレンタインの時期だったかに比企谷くんに伝えたように、わたしはきっと酔えない。

 たとえ周り全員が酔っていても、上辺では楽しそうな姿を偽れても、わたしは酔えない。

 

 それはおそらく彼も同じ。

 例えばカラオケで、遊び慣れた面々は勿論のこと、そういうノリに慣れていないオタク寄りの面々までが盛り上がっていたとしても、おそらく彼は最後まで酔えない。

 

 それにそもそも、わたしにはそんな相手なんて……。

 

「だから陽乃。早くあの、平塚先生と言ったかしら。あの人を早く連れて行きなさい」

「えっ、だって静ちゃんを家に連れて来ても……あれっ。今もしかして『連れて行きなさい』って言わなかった?」

 

 最初は性別を誤解しているのかと思ったものの、それ以上に不穏な表現に気が付いたので問い返すと。

 

「ええ、言ったわよ。早くモロッコに連れて行きなさい」

「モロッ……ごほっ。ちょっとお母さん、最近はモロッコよりもタイのほうが有名らしいよ?」

「あら、そうなのね。ちゃんと調べが付いているなんて、さすがは陽乃ね」

「そんなことで褒められても嬉しくないんだけどさ。……っていうか、静ちゃんの性転換を前提にしてるのがまちがってると思うんだけど?」

 

 我が母ながら何を考えているのかと胡乱げな視線をすぐ横に送ると、すぐに返事が返って来た。ぐうの音も出ないお返事が。

 

「あのね、陽乃。雪乃もだけど、あなたたちのような面倒くさい娘を心から好きになってくれる人なんて、日本中を探してもそうは居ないわよ。それを自覚なさい」

「いや、まあ、それはそうかもしれないけどさ……。雪乃ちゃんの問題がなんにも解決してないのにお母さんが乗り気な理由も理解したけどさ。でも、わたしの相手が静ちゃんって……」

「仕方がないじゃない。他に誰かいるのなら、早くうちまで連れていらっしゃい」

 

 そう言い終えると、話は終わったとばかりに母は席を立った。

 聞こえよがしに盛大な溜息を吐いてから、わたしはトレイを片付けて駐車場に向かう母の後を追う。はははっと乾いた笑いしか出て来ないし、何というのか母は母だなという感想しか浮かんでこない。

 

 

 その翌々日、初々しい高校生カップルが同じ席に座ることになるのだが、それはまた別のお話。

 

 

***

 

 

5.雪ノ下は正(以下略)

 

 ホームルームが終わってからも机に突っ伏していた八幡は、同級生の大半がクラスを去った頃になってようやく立ち上がると、走り疲れた身体を引きずって部室に向かった。

 

 体育祭の余韻が残っているせいか校内はざわざわと騒がしかったけれど、特別棟はしんと静まり返っている。今日はみんなが気を利かせてくれたので、待ち人は彼女だけのはずだ。

 

「悪い、遅くなった」

「リレーで頑張ってるのを見ていたから、気にしなくても大丈夫よ」

 

 そう言って、つと立ち上がった雪ノ下はお茶の用意を始めた。

 その間に八幡は、二つ並んで置かれた椅子の片側にどさっと腰を下ろす。

 

 雪ノ下が俺だけの為に淹れてくれた紅茶を飲む。

 一位でゴールテープを切ったのだから、それぐらいのご褒美は許されるだろう。

 

 

「あ、そういえば……」

 

 しばらくは二人だけの静かな時間を満喫して過ごした。

 けれどもこんな機会はそうそう無いので、八幡はわざとらしさを極力抑えてそう口にすると、鞄の中から紙とペンを取りだした。

 

 今こそ、練習の成果を見せる時だ。

 さすがに一度ぐらいは、伝えておきたい言葉がある。

 

「走りながら思い浮かべる感情って、色々あるんだよな。苦しいとか、早く終われとか、でも負けたくないとか……」

 

 口に出した感情を紙に書き留めながら、八幡は話を続ける。

 

「負けたくないのは、戦犯になりたくないとか悪目立ちしたくないとか、その手のマイナスの感情もあるんだけどな。それと同時に、少しは良いところを見せたいとか、そういうのも、まあ、あるっちゃあって」

 

 小さな紙の中で文字が重なっても気に留めず、八幡は感情を書き連ねていく。

 

「初芝とか堀とかサブローとか……」

 

 途中からは何の話をしているのか自分でも分からなくなったけど、手の動きは決して止めない。ひたすらに紙を黒く塗りつぶしていく。

 今から伝えようとしている言葉を待ってくれているのか、すぐ横に座る雪ノ下も小さな紙をじっと見つめたまま身動きをしない。

 

「面倒とか迷惑とか頑固とか可愛げがないとか……って書くところが無くなって来たな」

 

 震えそうになる指先を必死に落ち着けながら、両手で紙を持ち上げた。真っ黒に埋まった紙の中から白抜きの文字が浮かび上がる。

 それを雪ノ下に見せつけながら、ごくっと唾を飲み込んだ八幡が口を開こうとした瞬間。

 

「で、それって誰のパクリ?」

「ぐふぉぅっ……」

 

 思わず紙を手放してしまった八幡は、たまらず机の上に突っ伏した。こんな醜態を晒してしまったからにはもう起き上がれない。

 材木座の小説を部室で批評した日のことを昨日のことのように思い出しながら、もうちょっとかっこつけたかったけど俺にはやっぱり無理でしたと未来の義母に向かって心の中で謝りを入れていると。

 

「こんな行動が似合うのは、平塚先生ぐらいのものよ。貴方には貴方のやり方があるでしょう?」

 

 八幡が見ていないのをこれ幸いと、ひらひらと宙を舞っていた紙を回収して丁寧に折り畳んでから懐にしまい込んだ雪ノ下が口を開いた。

 そして、それに続けて。

 

「でも私は、失敗が目に見えていてもかっこつけようとしてくれる貴方のことが、好きよ」

 

 それを耳にした八幡が思わずがばっと起き上がると、柔らかい笑顔を浮かべた雪ノ下が視界に映った。ちょっと可愛すぎて死ねる。

 

「なんか、俺が手を出して良いのか自問したくなるレベルで可愛いな」

「ちょ、ちょっと比企谷くん。か、可愛いと言われるのは最近では珍しくないのでまだ良いのだけれど、手を出すって、貴方まさか……!?」

「あっ、いや、あの……違う違う違う。そ、そうじゃなくてだな」

「……違うのね」

 

 八幡には聞こえないように小さな声でぼそっとつぶやくと、雪ノ下は八幡の耳に指を伸ばして。

 

「痛い痛い痛い。ちょっと。お願い。無理。これ絶対に無理。お願い、離して。痛いから。駄目、離して!」

「本当に、仕方のない人ね」

 

 八幡の悲鳴を聞き届けた雪ノ下はくすっと笑うと、指の力を抜いて今度は優しく撫でてあげた。たちまち目の前の男の子の頬に朱色が差す。

 と、そんな八幡がおもむろに居住まいを正して、雪ノ下と目線を合わせると。

 

「お、俺も、お前のことが……す、す、素晴らしいパートナーだなと、はい……」

 

 往生際の悪さに思わず吹き出してしまった。

 この調子だと、ほんとうに手を出されるのはいつになる事やらと考えながら、雪ノ下は形の良い唇をそっと動かして。

 

「そんな貴方のことも好きよ、比企谷くん」

 

 

 雪ノ下、正正(以下略)。

 八幡、いまだゼロ。

 




ごちそうさまでしたっ!!

では、短編が出た時にまた再利用できそうなら宜しくお願いします。

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