原作の裏側で。   作:clp

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本話は原作12巻p.203〜p.206を、一人称・由比ヶ浜視点で見たお話です。
既刊の内容に加えて、「やはりゲームでも俺の青春ラブコメはまちがっている。続」付属のOVAネタもありますのでご注意下さい。



それゆえに一色いろはは画策し、このように由比ヶ浜結衣は受け止める。

「……なぜ、そうまでしてプロムをやりたいの?」

 

 急に口を開いたゆきのんの声が、静かにしっかりと、部室の中に広がって消えた。尋ねられたいろはちゃんもビックリしたのか、すぐには答えられないみたい。驚いたのはあたしも、それからヒッキーも同じ。さっきまで、いろはちゃんを何て言って説得しようか考えてたはずのヒッキーは、それをすっかり忘れてゆきのんを見つめている。

 

 そこまで確認してから、あたしもゆきのんを見る。さっきの問いかけを聞いた時に、独り言みたいな口調だなって思ったのは、やっぱり間違いじゃなかったみたい。顔はいろはちゃんに向けてるけど、意識の半分ぐらいは他のことに向いてる気がする。

 

 

 あの時と同じだなってあたしは思う。バレンタインデーの夜、三人で修学旅行の話をしてた時。ゆきのんがぽそっとラーメンの話を出して、はっと気付いて黙り込んでる間に、ヒッキーがいつものように適当な話でごまかそうとしてた。

 

 同じクラスのあたしとじゃなくて、国際教養科のゆきのんと一緒にラーメンを食べに行くって、どんな成り行きだったんだろうなって思う。昼間はだいたい一緒にいたはずだし。けどたぶん、夜に二人だけでそんな話になるわけないし、平塚先生が関わっているんだろう。あたしでもすぐに答えが分かるくらい、二人には共通の知り合いがいないから。それが、少し羨ましい。

 

 

 繋がりが少なくても、偶然が味方になると強い。マラソン大会の後で、保健室で二人を見た時もそうだった。あの時、せめて二人に気付く前に保健室に入れたら良かったのに、あたしは入る前に気付いちゃった。だから、外から二人を眺めるしかなかった。でも、結局は同じなんだろうなって思う。あたしが来た時には既に二人きりだったんだから。

 

 どうしてだろう。あたしはこんなに頑張って自分から行動して、今日やっと教室から部室まで一緒に歩いて来られたばかりなのに。ゆきのんは何もしてないのに、ヒッキーとラーメンを食べたり保健室で二人きりになれたり。チョコを作ってた時も、床に落ちたボウルを同じタイミングで拾おうとして、二人で見つめ合ってた。あたしが知らないだけで、他に何があっても不思議じゃない。ゆきのんは……。

 

 ダメだ。これ以上は考えちゃダメだ。こんなことまでゆきのんのせいにしちゃダメだ。だって、あたしはもう……。

 

 

「……二年後の話よね?」

 

 いろはちゃんがプロムクイーンの話を持ち出して、苦し紛れに答えたものの、ゆきのんはすぐにそれを未来のことだと切り捨てる。いろはちゃんもそれは予想してたみたいで、時間稼ぎの言葉を続けながら、ゆきのんの真意を探ろうとしている。

 

 さっきいろはちゃんが「生徒会だけでやってみます」って言った時も思ったけど、いろはちゃんは本当に成長してるなって思う。こちらに仕事を丸投げすることもなくなったし、でも使えるなら使っちゃおうって感じで、こう言ったら失礼かもだけど生徒会長らしさが出て来た気がする。

 

 

「……あなたはクイーンに選ばれるわ」

 

 そんなことを考えていたら、いろはちゃんの「根回し」って言葉を聞いたゆきのんが、その必要はないって言い切った。いろはちゃんが二年後にクイーンに選ばれる可能性は確かに高いと思うけど、ゆきのんがここまで断言するのは少し意外だった。けど、あたしと同じようにゆきのんも、いろはちゃんの成長を認めてるんだなって確認できるのが、ちょっと嬉しい。

 

 でも、相変わらずゆきのんの意図が分からない。ゆきのんは何を知りたくて、こんな話を始めたんだろう。ヒッキーなら分かるかなって思って視線を動かしたら、俺にも分からんって顔をしたヒッキーと目が合った。少し安心して、みんなでゆきのんに「説明して」って視線を送る。

 

 

「今回必ずやらなければならない理由が……」

 

 ゆきのんは、それを説明して欲しいみたい。意識を完全にいろはちゃんに集中して、答えを待っている。いろはちゃんは、来年も「生徒会長をやってる保証はない」って言い訳を出して来たけど、それは通らないなってあたしでも思う。

 

 いろはちゃんは勘もいいし周りのことにはよく気が付くのに、自分のことには鈍いんだよね。自分をアピールするのはあんなにも上手いのに、他の人からどう思われてるのか分かってないなって時が多い。生徒会長に立候補させられた話を例に出すのは可哀想だけど、ゆきのんがちゃんと評価してるって、そろそろ気付いてもいいのに。でも意地悪みたいだけど、自分で気付いて欲しいから教えてはあげない。

 

 それに、自分のことに鈍いって言えばあたしも、それからヒッキーもゆきのんも同じだ。もしかしたらいろはちゃんより酷いかもしれない。そんなあたしたちが、いろはちゃんに何が言えるというのだろう。

 

 

「……能力も実績もあるあなたが勝つわ……」

 

 でも、いろはちゃんを褒めるゆきのんの鋭い口調を耳にして、あたしはやっとゆきのんの気持ちが分かった。

 

 たぶん、ゆきのんは悔しいんだ。いろはちゃんが順調に成長して、あたしたちに頼らなくても生徒会の仕事を自分でできるようになって。さっきもあたしたち奉仕部と、ヒッキーと対等な立場で話をして、協力を得られないって分かったら交渉の打ち切りを宣言した。そんないろはちゃんと自分を比較して、悔しがってるんだと思う。

 

 あたしもそうだけど、ゆきのんもヒッキーに引け目を感じている。でもどうしてもヒッキー抜きだと上手く行かなくて、結局はヒッキーを頼ってしまう。たぶん始まりは文化祭の時。そして決定的だったのが修学旅行の時。あの竹林で「ああいうの、やだ」って言ったあたしは、でも自分だけだと何もできなくて、全てが終わった後でヒッキーに「お疲れさま」って言ってあげることしかできない。

 

 あたしたちが同じ部活で停滞してる間に、いろはちゃんはこんなにも成長している。もちろん総合的に見たら、ゆきのんがいろはちゃんに劣ってるってことはないと思う。でもそんなことで勝ってもゆきのんは嬉しくないんだろうな。それよりも、ヒッキーと対等じゃないっていう、そこで劣っているのが悔しいんだと思う。それはあたしも同じだから。

 

 

「……来年以降でも」

「それはだめです」

 

 そう勧めようとしたゆきのんを遮って、いろはちゃんが迷いのない声で却下する。そっか、と思う。あたしは、いろはちゃんがゆきのんの真意を探ろうとしてるんだって思ってたけど、逆だ。ゆきのんが、いろはちゃんの真意を探ろうとしてたんだ。

 

 さっきまでのあたしたちは、いろはちゃんにどうやって諦めさせるかを考えてたし、ゆきのんが話し出してからはゆきのんの意図を探ろうとしてたけど。そもそもは、いろはちゃんのプロムへのこだわりがスタートだ。いろはちゃんにとっては、ゆきのんの意図を知るよりも、自分の意図を隠すほうが大事だったみたい。

 

 でも、ゆきのんにここまで追求されたら、いろはちゃんも話すしかないよね。どんな理由なのかなって、あたしも聞くのが楽しみだった。今日この場で、あの宣言を聞くことになるまでは。

 

 

「来年……たぶん無理……次の一手のための布石を……」

 

 ごまかすために返事をしていたさっきまでとは違って、いろはちゃんの言葉からは身を切るような覚悟が伝わって来る。でもあたしには、いろはちゃんが結局なにを言いたいのかが分からない。

 

 ゆきのんは静かにいろはちゃんを見据えている。ヒッキーは、いろはちゃんのために今にも口を挟みたそうにしている。ちくっと胸の奥が痛んだけど、たぶんいろはちゃんはヒッキーの気配を感じ取ったんだと思う。ヒッキーが口を開く前に、自分の意図をはっきりと口に出した。

 

 

「……今始めれば間に合うかもしれないから」

 

 もしかしたら、いろはちゃんは今回も、あたしたちの後押しをしようとしてるのかも。今の奉仕部は、あたしたちだけだとどうしようもない状態になっている。それを変えるために、外から協力しようとしてくれてるのかも。この時は、そう思った。

 

 だって、フリーペーパーを作った時がそうだったから。いろはちゃんがヒッキーを強引に連れ出して、でもその取材だけじゃ足りないからって、あたしたちも三人で出かけることになって。あの時は意味が分からなかったけど、いろはちゃんは確かにこう言ったんだ。「ちゃんと参考になったみたいで良かったです」って。あたしたちが撮ってきた写真を見ながら。

 

 マラソン大会の時も同じ。隼人くんになかなか声をかけられなかった優美子に見せつけるように、いろはちゃんは声援を送った。隼人くんと、それからヒッキーに。あれで優美子も声を出すことができたし、あたしたちも応援の声を届けられた。

 

 チョコの時もいろはちゃんは、優美子やあたしたちに張り合うような行動をしてた。いろはちゃんがいなかったら、あたしたちの行動はもっと控え目なものにしかならなかっただろうし、そもそもイベントになってなかったと思う。

 

 

 どうしていろはちゃんは、あたしたちの背中を押すような行動をするんだろうって、ずっと考えてた。いろはちゃんが隼人くんを狙ってるのはみんな知ってるし、ヒッキーにちょっかいをかけてるのも知ってる。でも本当は、どっちも本気じゃないのかなって、ほんの少し期待してた。

 

 優美子のためにもって気持ちは、正直に言うとあんまりない。だって、隼人くんがどうにかならない限りは、いろはちゃんが本気だろうが遊びだろうが、状況は変わらないと思うから。だからこれは、あたしの利己的な願望だった。いろはちゃんが、ヒッキーにも隼人くんにも本気ではありませんように、って。

 

 でも、ずっと前から、あたしたちは気付いてたんだと思う。あたしもゆきのんも、いろはちゃんが何を考えてこんな行動を取っているのか、その理由に。でも分からないふりをして、いろはちゃんが状況を動かしてくれることに甘えて、ここまで来た。だから、罰があたったんだと思う。

 

 

「……何のために、誰のためにやるの?」

「……わたしのためです!」

 

 ゆきのんが決定的な質問を口にすると、いろはちゃんは今度こそゆきのんの意図を確かめようと、その言葉を頭の中で繰り返しているみたいだった。でも、ゆきのんもあたしも、やっと覚悟が決まったんだ。やっと、いろはちゃんの意思をはっきりと、受け止める準備ができたから。罰を受け入れるための、心の支度ができたから。

 

 たぶん、あたしの気配も感じ取ってくれたんだと思う。いろはちゃんはこの部屋にいる全員に言い聞かせるように、全ては自分のためだと、そう宣言した。つまり、いろはちゃんの行動は決して、あたしたちのためでは、ない。

 

 

 ゆきのんが少し戸惑っているのは、何のために、って部分の答えがなかったからだと思う。でも感覚で分かるよね。いろはちゃんは全てに答えてるって。

 

 いろはちゃんは、全部欲しいんだ。隼人くんもヒッキーも、それから二人を取り巻く環境も全て。だから、優美子やあたしたちが諦めて、二人から遠ざかって行くのを許さないし、二人がいろはちゃん以外とくっつくのも許せない。

 

 確信を持って言えるのは、あたしもそうだったから。あたしも全部が欲しかった。ヒッキーもゆきのんも奉仕部も、全部をひっくるめて貰えたらどんなにいいかって思ってた。でも、あたしの願いはもう叶わないから。ヒッキーの依頼とかち合ってしまうから。

 

 欲を出しすぎたら、報いを受ける。全部を望んだあたしは、それを得られなかったあたしは、全部を失うことになる。でも、それでもよかった。ダメだったら全部失うって分かってても、それでも全部が欲しかったんだから。あたしが勝負するタイミングは、あの時しかなかったから。

 

 

 いろはちゃんは本当に凄い。ゆきのんが望んで果たせていない状態に、ヒッキーと仕事で対等に話せる状態にまで成長して。そして、あたしが欲しかったものも望める状態にある。それを目の前で見せつけられるのが、あたしたちが受ける罰だ。

 

 でも、このままだと近いうちに、奉仕部が決定的に損なわれてしまうから。それはいろはちゃんが望む形じゃないから。だからいろはちゃんは、今回に賭けてるんだ。だから来年じゃダメなんだ。

 

 ゆきのんは、あたしたちはやっと、動くって決めたから。ゆきのんが「せめて、これだけはちゃんと言葉にして」って言った時に何を諦めたのか、ヒッキーは気付いていないと思う。ゆきのんのためにも、これだけは気付かないままでいて欲しい。

 

 でも、もしも。もしもヒッキーの依頼と、ゆきのんの依頼がかち合ってしまったら。その時は、あたしはヒッキーの味方をしようと思う。だって、ゆきのんはいつか、ヒッキーと対等になれると思うから。でもあたしは、たぶんどんなに時間が経っても、ヒッキーを助けることはできないから。

 

 だから、ヒッキーには絶対に秘密にして欲しいってゆきのんが言っても、後でヒッキーが後悔するようなら、あたしはそれをヒッキーに伝える。それが、ヒッキーのためにあたしができる、最後のことだと思うから。

 

 

「……答えてくれてありがとう」

 

 いろはちゃんの意図を完璧に理解して、ゆきのんが心底からの笑みを浮かべている。プロムに賛成したゆきのんは、成長の機会を得たって考えてるのだろう。見届けるだけでいいって言ってた以上、あたしにもヒッキーにも、できることは何もない。

 

 このまま上手く企画が進んで、ヒッキーに頼らなくても仕事が済んでしまうのが一番いい。けどあたしは、どうしてもそうなるとは思えなかった。ゆきのんのことを誰よりも信じてるのに、それ以上にあたしは、二人を結びつける偶然を信じている。

 

 

 目の前では、プロムに賛成してくれたゆきのんにいろはちゃんが抱きついている。それを見ながらあたしは、さっき想像した未来が確実に来るのを予感して、そっとため息を吐いた。

 

 息を吐きながら、あたしの耳がヒッキーの息づかいを捉える。あたしの偶然は、こんな風にしか働いてくれない。同時に息を吐くような偶然なんて、何の慰めにもならない。改めてそれを思い知らされて、もう一度ため息を吐きたくなるのを堪えて、あたしは何も分かっていないヒッキーの呟きに一言、返事を返した。

 




本話は、最新巻を読んだ私の「いろはす凄い」「ガハマさん切ない」という感想を、作品という形にしたものです。
解釈に異論はあるかと思いますが、それも含め感想をお気軽に頂けると嬉しいです。

またいつか、本作を再利用できる機会があることを願いつつ。
長編も宜しくお願いします。

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