――もし、神様がいるというのなら。
このONE PIECEという物語
――何故、ここに俺を呼び込んだ?
身包み剥いで、一文なしの情報もなし。事前準備の欠片も無い。
――何故、俺の自由がない?
百歩譲って、何もないのは良いとして。
――何故……
……生きることすら拒絶する?
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ゴールド・ロジャーが20年前に処刑されたその時から、世は大海賊時代となり、海には海賊たちが跋扈し始めた。東へ行けば海賊を見かけ、西に行っても海賊である。そんな世の中は、庶民には不安と少しばかりのスパイスを与え、海軍に多忙を届けた。
革命軍と海軍、そして海賊。この三大勢力が、今この世界で位置づけられている大きな力である――
――というところまでは理解できた。
どうやら、ここは
ONE PIECEという物語を知らない俺にとって、この世界は前まで俺が住んでいた世界と変わりはないように思う。ただ、少しだけ人種が混在していたり、海賊とやらが滅茶苦茶やってたり、海軍とかいう組織が統治している、という異なる点はあるようだ。
「大分違えな」
一言、ここいらで息を吐こうと声を漏らす。今までの、この世界に来てからのたった数時間で、色々な経験をしたものだ。
素っ裸で冬の山に放り出されたり。
素っ裸で何故か冬眠していない熊らしき生物に追われたり。
素っ裸で雪雪崩から逃げ回ったり。
そして最後には、素っ裸の所為で村の住民に襲われた。
良く生きられたもんだ。常人なら最初でゲームオーバーが関の山。気のいい(敬語無しでOKと言ってくれるくらい)おっさんに拾われたのは幸運だった。
「なぁ、おっさん。突然なんだが、俺はこれからどうしたらいいと思う?」
「さてなぁ。お主、見た所腕が少しは立つようだしの。海軍にでも士官すればどうじゃ? 衣食住に関しては安心じゃ」
海軍、ねえ? おっさんから聞いた限りだと、そこまで機能しているとも言い切れない組織だった。どうにも、どこの世界も同じようなモノで、正義を掲げていても汚れた部分は少なからず存在するようだ。
かと言って、海賊は真っ黒、安定しない。
なら革命軍か? と考えてもこれに至ってはまず加入の仕方が不明である。
「ピンとこない事をやっても長続きしないんだよな、……どうしたものか」
海軍、海賊、革命軍と。三大勢力に加入することは止めた方が良い。だが、普通に生きるとしてもその土台がない。おっさんも、そこまで準備させては流石に迷惑だろう。土台が無しでも安定する。……欲深だろうか。
「まぁ、俺は俺で色々さがs「モリスさん! ヤバイことになった!!!」……?」
突然、木製の扉を壊さんとばかりに開け放たれたと思うと、息を切らした中年が入ってきた。
「って、お前は露出狂の変態野郎じゃねえか!?」
「何だと! 誰が好きで素っ裸で雪の中を走るかッ!!」
「ええい、そんなことは良い!!! ゾルマ、どうしたのだ?」
神妙な表情をするおっさんに、背筋が伸びる。恐らく、このおっさんは村でも高い位なのだろう。不思議と貫禄がある。
「それが、シュガーちゃんとモネちゃんの二人が数時間前、山に置き去りにされたらしいんだ!! あの親モドキめ、俺たちが気付かない早朝を狙いやがった!!」
「な、何ぃィ!!?? 村の門番は何をしていたのだ!!」
「あいつら、賭けに夢中で仕事をしてなかったみてえだっ」
何やら、緊急事態のようだ。誰かが雪山に放り出されたらしい。聞いた所、育児放棄とかそこらへんだろうか?
……ん? 雪山? 嫌な予感がする。
「おっさん、雪山ってのは村周辺にはいくつあるんだ?」
若干震え声になっている自分の喉を感じながら、冷や汗がタラリと流れる。
「なんじゃ、こんな時に! 一つじゃ、見れば分かることじゃろう!!」
「あ、いや~、その。非常に言いにくいことなんだが」
「早く言わんか。今は一秒も惜しいのじゃッ」
別に、俺は何も悪くないのだが、どうにも罪悪感を感じてしまう。
意を決して口を開く。
「その山、たった数時間前に雪雪崩が起きたばっかなんだ……」
「「え、えぇええええええええええ!!!??」」
中年二人の絶叫が狭い一軒家に響く。キンキンと震える鼓膜を意識せざる負えない。
「それは、早朝の頃かのッ?」
「ああ、そのくらいの時間帯だった」
「何で知っておる?」
それを聞かれると困る。何だか、俺が悪者になりかねないのだ。
「熊みたいなのに襲われて、結構暴れました」
「「ほぼお前が原因じゃないかぁあああああああああ!!??!!??」
……ホント、悪い。
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それから、俺は責任、という言葉を盾にその少女たちを探すこととなった。この村で写真はあまり普及していないらしく、発見の為として先ほどの中年の男――ゾルマ――と雪山へ登ることになった。おっさんは他の村民を集めて人海戦術を用いるつもりのようで、先遣隊として俺たちが行くようだ。ゾルマは既に準備が出来ていたようで、俺は防寒着をおっさんから借りて早速登る。
「あの家族は両親そろって賭け狂いだ。その所為で娘の二人は辛い生活を送っている。俺たち村民は何とか力になれるように努力はしているんだが、家族絡みとあってはそう簡単には手が出せなかったんだ」
捜索している二人について色々と聞いている最中だ。ゾルマのおじさんによると、そう高くまでは登っていない筈らしい。しかし、雪に脚が取られる中、広範囲の創作は砂漠の中から一つの砂金を探すに等しい。
「シュガーちゃああああああん!!!!!! モネちゃあああああああああん!!!! 聞こえたら返事をしてくれぇえええええええええええええええ!!!」
大声で捜索を続けるが、進捗は悪いままだ。
――いや、それ以上に悪化した。
「な、なあゾルマのおっさん?」
「なんだ、変態野郎」
今は、その不本意な呼び方すら些事と化している。
「目の前にどデカい壁が見えるんだが、俺は眼科に行った方が良いか?」
「大丈夫だ、お前の目は正常だから」
大木すら、一薙ぎで折ってしまうような太い腕に威圧感のある巨躯。
嫌な汗が首筋をなぞっていく。
『ガァアアアアアアアア!!!』
「「ぎゃぁああああああああああああああ!!!!」」
恥も外聞も知らん! 命あっての物種だ、とにかく逃げろ!!
雪がスピードを減衰させるが、気合で走る。しかし、相手は流石、この雪山を縄張りとしているだけあって速い。このままでは追い付かれてしまうだろう。
「おい変態野郎、ここは一つ打って出るぞ! 二手に分かれるんだ!!!」
「おい中年オヤジが、それはどっちかが囮になれってことか!?」
「そういうことだ! どちらにしろ、このままじゃ共倒れだぁあああああ!! 行くぞ、あそこにある木の前で俺は谷側、お前は山側だ!」
「え、おい、ちょ、お前の方が楽なんじゃ、ってうおわうぉぉお!?」
腕を大きく振り被った横薙ぎが頭をスレスレで過っていく。頭を下げて居なかったら、今頃頭と胴体は泣き別れしていたに違いない。
二手に分かれる予定の木が目前となった。
俺たちは方向転換し、真逆へと進む。
「おい熊、あっちの変態の方が美味しいからな!!」
「お前、ってこっち来たぁああああああああああああアアアアアア!?!?!?」
マジ、オボエテロヨ。
本当になんなの、アイツ!? 同じ人間とは思えないんだがッ。
『ガァアアアアアアア!!』(訳:飯ィィィイイイイイ!!)
食欲の矛先が向けられる気持ちを初めて知る十七歳の時分である。
こうして走っていても、いずれ限界を迎えるのは俺が先。だとすれば、当然選択肢は絞られる。
①戦う
②食われる
③死んだふり
……どれも死ぬな。生きて居られる気がしない。
そんな時だった。
目の前に、崖が見えてきた。それも、恐らくかなりの深さである。左右を見回すがどちらも木々が茂る障害物の多すぎる道だ。
そこに入れば、たダでさえ不安定な足取りは完全に止まることだろう。ならば……。
――ギリギリで崖に捕まり、熊は勢いのまま崖に落とす作戦決行!!!
「うぉおおあああああああ!!! アイ キャン アラーーイブ!!!」
身体を回し、崖に捕まる。
↓
熊は急ブレーキをかけ、崖の目前で止まる。
↓
その衝撃で、捕まっていた部分に亀裂が走る。
「前言撤回、とか。……洒落にならんわ~」
そのまま、底へと向かって真っ逆さまだった。
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賭けに負けたのか、酒に酔っぱらった父親に山に捨てられてから、早数時間が経った。
(何とか、雪崩から逃れられたようだけど……)
翡翠の美しい長髪を持った少女――モネ――は、腕の中で震える水色がかった浅葱の頭髪をもつ妹――シュガー――を見やる。
(このままじゃ、シュガーが凍え死んでしまうわ。だけど、こんな谷底から抜け出す方法なんて分からない。せめて、火でも起こせればいいのに、周りに木々も、火を起こせるモノも無い……!)
八方塞がりのこの状況。日常的に、家庭内暴力を受けてきたモネは、常人よりは精神的に遙かに打たれ強い部類に入るだろう。しかし、肉体的にも、そして頭脳的に言っても常人でしかない。齢八歳の妹を抱いて暖めようとするが、モネの肌も既に冷え切っている。
このままいけば、あと数十分もせずに凍死することだろう。
「……」
しかし、モネの瞳には諦観の念は無かった。
シュガーの頭を撫で、一度強く抱きしめると体を離した。シュガーは、既に言葉を発する気力もないのか、目線だけで意図を問う。
「お姉ちゃん、少し頑張ってくるわ」
笑顔でそう言うモネ。
この状況で、このどうしようもない、一縷の望みもない自然の恐怖に、モネ一人に何ができるのか。例え、姉であろうと何かが出来る訳は無い。それが、一般論で、多数を占める考えの筈。
しかし、シュガーの瞳もまた、モネを信じ切っていた。ここまで、辛い境遇を二人で過ごしてきたのだ、信頼関係なんて言葉も生ぬるい。
雪が積もり、体温を奪っていく。真っ白な素肌は、血色を失い、不健康に色を滲ませる。惨憺たることこの上ない姿に、活力は見られない。ただ、心だけが肉体を動かしていた。シュガーが言葉を発することもできなかったのだから、彼女を温めていたモネは一層冷えていることだろう。
(こっちよ、分からないけど、こっちに何かある)
彼女は勘に従い脚を進めていた。腕で身体を掻き抱き、歯と歯がかみ合わないほど震えて居ようと。筋肉が収縮し、脳へ送られる血液が減り、猛烈な眠気に襲われようと。
決して、この歩みは止めない。止めてたまるものか。
(今まで生きてきたのッ。それが、こんな所で、こんな雪の中で終わらせたくないッ!!)
一歩、また一歩と進んでいく。既に振り返ったとしてもシュガーの姿は見えないことだろう。それでも、望みはあると、希望はどこかにある筈だと、変わり映えのしない、昏く冷たい谷底を歩く。
――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……
上から何か声が聞こえてきた。叫び声であろう、その余裕のない声にモネは耳を傾ける。
(……どこから聞こえているの? 段々大きくなっているけど)
切羽詰まった絶叫は、一瞬毎にモネへと接近している。思わずと言った様子で上を見上げると、影が出来ている。
(何か来る……!?)
脚を下げようとするが、既に酷使された脚はその機能を発揮しない。後ろに大きく倒れ込み、しかしそれが幸いとなり、落下してきたモノを無事回避することができた。
新雪が深く積もった場所に、大きな人型の穴が出来ている。
モネはそれが人だとは思っていなかった。上から人間が降ってくるなんて、常識では考えられない。考えられるとすれば、人型の生物。
(そういえば、この山には危険な生物がいるようだし、それが落ちてきたのかしら)
だとすれば、まぁ、不思議でもない。村の人はモネ達を気遣ってくれているが、それでも谷を落ちて降りてくるなんてことはしないだろう。自分の身体が危ない。
そんな時だった。人型の穴から、雪の塊が飛び出してきた。思わず身構えそうになるモネだが、そんな体力は既に残されていない。ただ、尻もちをついた状態のまま、這い出てくる生物に眼を向ける。
これが予想通りの、危険な生物ならば、モネの命はここで終わる。……しかし、もしこれが希望となり得るのなら、と。そんな幻想を抱くのは何ら間違いでは無い筈だ。
そして、雪の次に出てきたのは“手”だった。
(にん……げん?)
まさか、本当に人が上から降ってくるとは。驚愕を禁じ得ない。
そして、手が出てからはそこまで時間はかからなかった。手の次は脚が出てきて、穴の縁の部分で踏ん張ると、白髪と黒髪の混ざった少年が出てきた。
雪が身体中に張り付いているが、その姿は比較的元気そうである。
「あっぶね……。下が柔らかい雪じゃなかったら死んでたな」
雪を払いながらそう呟く少年を見ていると、モネの姿に気付いたのか目を見開いた。
「っ、なんでこんな所に……。いや、もしかしてモネさん、ですか?」
モネは二度目の驚愕に襲われた。落ちてきた人間が、まさか自分の名前を知っているとは。
「あれ、でももう一人のシュガーさん? は居ないな。あの、貴方がモネさんで合ってますよね」
少年の問いに、モネは混乱状態にあった意識を引っ張り戻し、冷静に首肯した。
「偶然、谷底に落ちたけど、そのおかげで見つかったなら不幸中の幸いか。ともかく、俺の名前はリヒト。貴方、いやモネさんとシュガーさんを助けにきました」
真剣な表情で言い放つ少年を見て、モネが思わず温かい涙を流した。