雪を纏えばシンシンと   作:ミミヤヤ

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一話

 ――もし、神様がいるというのなら。

 

 このONE PIECEという物語らしい(・・・)世界に俺を連れてきた。

 

 ――何故、ここに俺を呼び込んだ?

 

 身包み剥いで、一文なしの情報もなし。事前準備の欠片も無い。

 

 ――何故、俺の自由がない?

 

 百歩譲って、何もないのは良いとして。

 

 ――何故……

 

 

 

 ……生きることすら拒絶する?

 

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)というものが、なにやら今世間を騒がせているらしい。

 

 ゴールド・ロジャーが20年前に処刑されたその時から、世は大海賊時代となり、海には海賊たちが跋扈し始めた。東へ行けば海賊を見かけ、西に行っても海賊である。そんな世の中は、庶民には不安と少しばかりのスパイスを与え、海軍に多忙を届けた。

 

 革命軍と海軍、そして海賊。この三大勢力が、今この世界で位置づけられている大きな力である――

 

 

 

 ――というところまでは理解できた。

 どうやら、ここは偉大なる航路(グランドライン)にあるとある島のようだ。住民に服を貰い、飯をたかり、情報を聞き出した。ここまで生きることに必死になる人生がくるとは思いもしなかった。

 

 ONE PIECEという物語を知らない俺にとって、この世界は前まで俺が住んでいた世界と変わりはないように思う。ただ、少しだけ人種が混在していたり、海賊とやらが滅茶苦茶やってたり、海軍とかいう組織が統治している、という異なる点はあるようだ。

 

「大分違えな」

 

 一言、ここいらで息を吐こうと声を漏らす。今までの、この世界に来てからのたった数時間で、色々な経験をしたものだ。

 

 素っ裸で冬の山に放り出されたり。

 素っ裸で何故か冬眠していない熊らしき生物に追われたり。

 素っ裸で雪雪崩から逃げ回ったり。

 そして最後には、素っ裸の所為で村の住民に襲われた。

 

 良く生きられたもんだ。常人なら最初でゲームオーバーが関の山。気のいい(敬語無しでOKと言ってくれるくらい)おっさんに拾われたのは幸運だった。

 

「なぁ、おっさん。突然なんだが、俺はこれからどうしたらいいと思う?」

「さてなぁ。お主、見た所腕が少しは立つようだしの。海軍にでも士官すればどうじゃ? 衣食住に関しては安心じゃ」

 

 海軍、ねえ? おっさんから聞いた限りだと、そこまで機能しているとも言い切れない組織だった。どうにも、どこの世界も同じようなモノで、正義を掲げていても汚れた部分は少なからず存在するようだ。

 かと言って、海賊は真っ黒、安定しない。

 なら革命軍か? と考えてもこれに至ってはまず加入の仕方が不明である。

 

「ピンとこない事をやっても長続きしないんだよな、……どうしたものか」

 

 海軍、海賊、革命軍と。三大勢力に加入することは止めた方が良い。だが、普通に生きるとしてもその土台がない。おっさんも、そこまで準備させては流石に迷惑だろう。土台が無しでも安定する。……欲深だろうか。

 

「まぁ、俺は俺で色々さがs「モリスさん! ヤバイことになった!!!」……?」

 

 突然、木製の扉を壊さんとばかりに開け放たれたと思うと、息を切らした中年が入ってきた。

 

「って、お前は露出狂の変態野郎じゃねえか!?」

「何だと! 誰が好きで素っ裸で雪の中を走るかッ!!」

「ええい、そんなことは良い!!! ゾルマ、どうしたのだ?」

 

 神妙な表情をするおっさんに、背筋が伸びる。恐らく、このおっさんは村でも高い位なのだろう。不思議と貫禄がある。

 

「それが、シュガーちゃんとモネちゃんの二人が数時間前、山に置き去りにされたらしいんだ!! あの親モドキめ、俺たちが気付かない早朝を狙いやがった!!」

「な、何ぃィ!!?? 村の門番は何をしていたのだ!!」

「あいつら、賭けに夢中で仕事をしてなかったみてえだっ」

 

 何やら、緊急事態のようだ。誰かが雪山に放り出されたらしい。聞いた所、育児放棄とかそこらへんだろうか?

 

 ……ん? 雪山? 嫌な予感がする。

 

「おっさん、雪山ってのは村周辺にはいくつあるんだ?」

 

 若干震え声になっている自分の喉を感じながら、冷や汗がタラリと流れる。

 

「なんじゃ、こんな時に! 一つじゃ、見れば分かることじゃろう!!」

「あ、いや~、その。非常に言いにくいことなんだが」

「早く言わんか。今は一秒も惜しいのじゃッ」

 

 別に、俺は何も悪くないのだが、どうにも罪悪感を感じてしまう。

 意を決して口を開く。

 

「その山、たった数時間前に雪雪崩が起きたばっかなんだ……」

 

「「え、えぇええええええええええ!!!??」」

 

 中年二人の絶叫が狭い一軒家に響く。キンキンと震える鼓膜を意識せざる負えない。

 

「それは、早朝の頃かのッ?」

「ああ、そのくらいの時間帯だった」

「何で知っておる?」

 

 それを聞かれると困る。何だか、俺が悪者になりかねないのだ。

 

「熊みたいなのに襲われて、結構暴れました」

「「ほぼお前が原因じゃないかぁあああああああああ!!??!!??」

 

 ……ホント、悪い。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 それから、俺は責任、という言葉を盾にその少女たちを探すこととなった。この村で写真はあまり普及していないらしく、発見の為として先ほどの中年の男――ゾルマ――と雪山へ登ることになった。おっさんは他の村民を集めて人海戦術を用いるつもりのようで、先遣隊として俺たちが行くようだ。ゾルマは既に準備が出来ていたようで、俺は防寒着をおっさんから借りて早速登る。

 

「あの家族は両親そろって賭け狂いだ。その所為で娘の二人は辛い生活を送っている。俺たち村民は何とか力になれるように努力はしているんだが、家族絡みとあってはそう簡単には手が出せなかったんだ」

 

 捜索している二人について色々と聞いている最中だ。ゾルマのおじさんによると、そう高くまでは登っていない筈らしい。しかし、雪に脚が取られる中、広範囲の創作は砂漠の中から一つの砂金を探すに等しい。

 

「シュガーちゃああああああん!!!!!! モネちゃあああああああああん!!!! 聞こえたら返事をしてくれぇえええええええええええええええ!!!」

 

 大声で捜索を続けるが、進捗は悪いままだ。

 

 ――いや、それ以上に悪化した。

 

「な、なあゾルマのおっさん?」

「なんだ、変態野郎」

 

 今は、その不本意な呼び方すら些事と化している。

 

「目の前にどデカい壁が見えるんだが、俺は眼科に行った方が良いか?」

「大丈夫だ、お前の目は正常だから」

 

 大木すら、一薙ぎで折ってしまうような太い腕に威圧感のある巨躯。

 嫌な汗が首筋をなぞっていく。

 

『ガァアアアアアアアア!!!』

「「ぎゃぁああああああああああああああ!!!!」」

 

 恥も外聞も知らん! 命あっての物種だ、とにかく逃げろ!! 

 雪がスピードを減衰させるが、気合で走る。しかし、相手は流石、この雪山を縄張りとしているだけあって速い。このままでは追い付かれてしまうだろう。

 

「おい変態野郎、ここは一つ打って出るぞ! 二手に分かれるんだ!!!」

「おい中年オヤジが、それはどっちかが囮になれってことか!?」

「そういうことだ! どちらにしろ、このままじゃ共倒れだぁあああああ!! 行くぞ、あそこにある木の前で俺は谷側、お前は山側だ!」

「え、おい、ちょ、お前の方が楽なんじゃ、ってうおわうぉぉお!?」

 

 腕を大きく振り被った横薙ぎが頭をスレスレで過っていく。頭を下げて居なかったら、今頃頭と胴体は泣き別れしていたに違いない。

 二手に分かれる予定の木が目前となった。

 俺たちは方向転換し、真逆へと進む。

 

「おい熊、あっちの変態の方が美味しいからな!!」

「お前、ってこっち来たぁああああああああああああアアアアアア!?!?!?」

 

 マジ、オボエテロヨ。

 本当になんなの、アイツ!? 同じ人間とは思えないんだがッ。

 

『ガァアアアアアアア!!』(訳:飯ィィィイイイイイ!!)

 

 食欲の矛先が向けられる気持ちを初めて知る十七歳の時分である。

 こうして走っていても、いずれ限界を迎えるのは俺が先。だとすれば、当然選択肢は絞られる。

 

 ①戦う

 ②食われる

 ③死んだふり

 

 ……どれも死ぬな。生きて居られる気がしない。

 そんな時だった。

 

 目の前に、崖が見えてきた。それも、恐らくかなりの深さである。左右を見回すがどちらも木々が茂る障害物の多すぎる道だ。

 そこに入れば、たダでさえ不安定な足取りは完全に止まることだろう。ならば……。

 

 ――ギリギリで崖に捕まり、熊は勢いのまま崖に落とす作戦決行!!!

 

「うぉおおあああああああ!!! アイ キャン アラーーイブ!!!」

 

 身体を回し、崖に捕まる。

      ↓

 熊は急ブレーキをかけ、崖の目前で止まる。

      ↓

 その衝撃で、捕まっていた部分に亀裂が走る。

 

 

「前言撤回、とか。……洒落にならんわ~」

 

 そのまま、底へと向かって真っ逆さまだった。

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 賭けに負けたのか、酒に酔っぱらった父親に山に捨てられてから、早数時間が経った。

 

(何とか、雪崩から逃れられたようだけど……)

 

 翡翠の美しい長髪を持った少女――モネ――は、腕の中で震える水色がかった浅葱の頭髪をもつ妹――シュガー――を見やる。

 

(このままじゃ、シュガーが凍え死んでしまうわ。だけど、こんな谷底から抜け出す方法なんて分からない。せめて、火でも起こせればいいのに、周りに木々も、火を起こせるモノも無い……!)

 

 八方塞がりのこの状況。日常的に、家庭内暴力を受けてきたモネは、常人よりは精神的に遙かに打たれ強い部類に入るだろう。しかし、肉体的にも、そして頭脳的に言っても常人でしかない。齢八歳の妹を抱いて暖めようとするが、モネの肌も既に冷え切っている。

 このままいけば、あと数十分もせずに凍死することだろう。

 

「……」

 

 しかし、モネの瞳には諦観の念は無かった。

 シュガーの頭を撫で、一度強く抱きしめると体を離した。シュガーは、既に言葉を発する気力もないのか、目線だけで意図を問う。

 

「お姉ちゃん、少し頑張ってくるわ」

 

 笑顔でそう言うモネ。

 この状況で、このどうしようもない、一縷の望みもない自然の恐怖に、モネ一人に何ができるのか。例え、姉であろうと何かが出来る訳は無い。それが、一般論で、多数を占める考えの筈。

 しかし、シュガーの瞳もまた、モネを信じ切っていた。ここまで、辛い境遇を二人で過ごしてきたのだ、信頼関係なんて言葉も生ぬるい。

 

 雪が積もり、体温を奪っていく。真っ白な素肌は、血色を失い、不健康に色を滲ませる。惨憺たることこの上ない姿に、活力は見られない。ただ、心だけが肉体を動かしていた。シュガーが言葉を発することもできなかったのだから、彼女を温めていたモネは一層冷えていることだろう。

 

(こっちよ、分からないけど、こっちに何かある)

 

 彼女は勘に従い脚を進めていた。腕で身体を掻き抱き、歯と歯がかみ合わないほど震えて居ようと。筋肉が収縮し、脳へ送られる血液が減り、猛烈な眠気に襲われようと。

 

 決して、この歩みは止めない。止めてたまるものか。

 

(今まで生きてきたのッ。それが、こんな所で、こんな雪の中で終わらせたくないッ!!)

 

 一歩、また一歩と進んでいく。既に振り返ったとしてもシュガーの姿は見えないことだろう。それでも、望みはあると、希望はどこかにある筈だと、変わり映えのしない、昏く冷たい谷底を歩く。

 

 ――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……

 

 上から何か声が聞こえてきた。叫び声であろう、その余裕のない声にモネは耳を傾ける。

 

(……どこから聞こえているの? 段々大きくなっているけど)

 

 切羽詰まった絶叫は、一瞬毎にモネへと接近している。思わずと言った様子で上を見上げると、影が出来ている。

 

(何か来る……!?)

 

 脚を下げようとするが、既に酷使された脚はその機能を発揮しない。後ろに大きく倒れ込み、しかしそれが幸いとなり、落下してきたモノを無事回避することができた。

 

 新雪が深く積もった場所に、大きな人型の穴が出来ている。

 モネはそれが人だとは思っていなかった。上から人間が降ってくるなんて、常識では考えられない。考えられるとすれば、人型の生物。

 

(そういえば、この山には危険な生物がいるようだし、それが落ちてきたのかしら)

 

 だとすれば、まぁ、不思議でもない。村の人はモネ達を気遣ってくれているが、それでも谷を落ちて降りてくるなんてことはしないだろう。自分の身体が危ない。

 

 そんな時だった。人型の穴から、雪の塊が飛び出してきた。思わず身構えそうになるモネだが、そんな体力は既に残されていない。ただ、尻もちをついた状態のまま、這い出てくる生物に眼を向ける。

 これが予想通りの、危険な生物ならば、モネの命はここで終わる。……しかし、もしこれが希望となり得るのなら、と。そんな幻想を抱くのは何ら間違いでは無い筈だ。

 

 そして、雪の次に出てきたのは“手”だった。

 

(にん……げん?)

 

 まさか、本当に人が上から降ってくるとは。驚愕を禁じ得ない。

 

 そして、手が出てからはそこまで時間はかからなかった。手の次は脚が出てきて、穴の縁の部分で踏ん張ると、白髪と黒髪の混ざった少年が出てきた。

 雪が身体中に張り付いているが、その姿は比較的元気そうである。

 

「あっぶね……。下が柔らかい雪じゃなかったら死んでたな」

 

 雪を払いながらそう呟く少年を見ていると、モネの姿に気付いたのか目を見開いた。

 

「っ、なんでこんな所に……。いや、もしかしてモネさん、ですか?」

 

 モネは二度目の驚愕に襲われた。落ちてきた人間が、まさか自分の名前を知っているとは。

 

「あれ、でももう一人のシュガーさん? は居ないな。あの、貴方がモネさんで合ってますよね」

 

 少年の問いに、モネは混乱状態にあった意識を引っ張り戻し、冷静に首肯した。

 

「偶然、谷底に落ちたけど、そのおかげで見つかったなら不幸中の幸いか。ともかく、俺の名前はリヒト。貴方、いやモネさんとシュガーさんを助けにきました」

 

 真剣な表情で言い放つ少年を見て、モネが思わず温かい涙を流した。

 

 

 

 

 

 


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