セシリアに生まれたオリ主がなんとかして一夏を落とそうとするけど中の人が違う面々のせいでなかなか落とせないIS 作:キサラギ職員
一夏視点の独白になります。
番外編 Case/織斑一夏/篠ノ之箒/“Remember”
あれは、そう……姉さんがIS世界大会『モンドグロッソ』二回目に参加するときのことだった。警戒心のなかった俺は黒服の連中に連れ去られ、飛行機に乗せられてどこかへと誘拐された。どんな経路を使ったのか。なぜ俺だったのか。理由はよくわからない。だが決してあのことは忘れられない。
『一夏。私のことはいい。今この連中に逆らえばなにをされるかわかったものではない。私のことを言っているのではない。皆のことを考えろ。割り切れねば、死ぬぞ』
『しかし』
『私のことはいいと言った。私、篠ノ之箒を信じろ』
『嘘だな』
『わかっているではないか。そう、機会を窺えと言っている。一夏、信じているから……いざとなれば躊躇するなよ。私もろともやつらを落とせ』
『できない』
『やるしかないときがいつかやってくる。覚悟はしておくべきだな』
『………』
『なあに、私が全て解決してみせる。篠ノ之箒は逞しい女だ』
任せろと言わんばかりのものぐさ。この女はいつもそうだった。剣道の試合だろうが休み時間だろうがまったくぶれない。俺が虐めを止めにかかって反撃を受けたときも、同じような態度だった。初めて会ったときも同じような態度だった。
あの女――自分をファティマと名乗った金髪の女と、目つきの悪い痛んだ赤毛の女に無理矢理乗せられたEOS(エクステンデッド・オペレーション・シーカー)で戦いを繰り広げる。したことも無い殺しをさせられた。不思議なことに罪悪感はなかった。次々と同じ境遇の人が死んでいった。いつの間にか俺だけが生き残った。現地の傭兵どもは俺のことを狩人だの、ブービーだの、好き勝手呼んでいた。いつの間にか俺が煤けた機体を乗っていたせいか、俺の黒い髪の毛のせいか、黒い鳥などと呼ばれるようになった。
そして、俺はEOSを使い反逆を企てた。もっと強い兵器を――ISを盗み、箒と共に脱出するつもりで。ISとEOSの彼我のキルレシオは1000対1とも10000対1とも言われている。無謀な賭けだった。
この計画には何人かの同じ境遇の子供もいた。EOSを持っているものもいた。装甲車を奪ったものもいた。生身のものもいた。いずれにしても、自由のために戦っていることは確かだった。
『ありえません……たかが、EOSごときで……しかし……』
俺は、ISを倒した。できるとは思っていなかった。ただがむしゃらにやっただけだ。仲間はみんな死んでいた。もしいなければ俺もどうなっていたことかわからなかった。
彼我の戦力差は圧倒的だが、性能の違いが戦力の決定的差ではないと言うことを俺は証明してみせた。
高揚感に包まれて、残り少ないバッテリーと推進剤の数字を睨め付けながら銃を撃ちまくる。漆黒の機体が俺を弄ぶかのように飛んでいく。予測を立て、回避しつつ、撃つ。寄ればブレードで斬りかかる。俺がやったのはそれだけだ。
「たかがEOS程度に何を手間取っているんだ!」
「戦闘ヘリはまだなのか!」
「クソッ……あんなガキ一人に……!」
機能不全に陥ったISを尻目に、俺はやつらの格納庫を襲った。無我夢中で――俺は、男性でありながらISを起動させた。
そして―――。
あの女と戦った。女が操る群青色のISと、俺は最適化はもちろん一次移行もしないまま戦った。女が手を抜いていたのか、本気だったのかはわからない。シールドエネルギーはギリギリ。武器はなく、装甲もほとんど失いながらも、女を撤退に追い込むことができた。
『てめぇみたいなガキに私がやられるたぁなぁ……! 面白くなってきやがった。日本のガキ。てめぇはいつか殺してやるぜ。その綺麗な目を刳り貫いて跪かせてやる』
女が悔し紛れにそんなことを言って撤退していった。
そして俺は、女の行動はいわゆる時間稼ぎに過ぎなかったことを悟った。生き残った子供たちは既に回収されていて、箒も連れ去られようとしていた。
ISは動かなかったし、EOSは全て潰されていた。俺も怪我を負っていた。走り去る車目掛け必死に走ったところで、追いつけるはずがなかった。
車から箒が身を乗り出した。目には包帯が巻かれていて、血が滴っていた。それでも必死に俺のいる方に手を振っていた。
『一夏ぁぁぁぁ!』
俺は、ついに追いつけなかった。他の子供たちと同じように箒は連れ去られていった。
俺は動かなくなったISを自力で修理する羽目になった。自力でできるはずがなかった。積み込めるだけの物資と、機体をトラックに積んで当てもない砂漠を彷徨った。中東に展開していた多国籍軍と接触した俺は、やっと救助された。
あとで知ったことだが俺たちのいた場所は航空機が落ちたということになっていて、俺は航空機事故の被害者という扱いだった。そんなことはありえない。俺がいくら言っても大人たちは聞き入れてくれなかった。俺が戦っていたという記録さえも塗り替えられていた。何か大きい力が働いていることに俺は気がついたが、どうすることもできなかった。
俺は帰国して千冬姉さんに全てを打ち明けた。話を信じてくれた。姉さんの独自の情報網を使って“航空機事故”の被害者である篠ノ之箒の捜索が始まったが、いつまで経っても見つからなかった。
それから数年の時間が経過した。
俺は、まったくの不意を突かれた。IS学園への入学が決まったのだ。たまたま間違えて入った教室でISを起動させたのが切っ掛けだった。俺は驚かなかった。以前にも起動させたことがあったからだ。試験官にやれと言われて仕方がなくやったに過ぎなかった。入学者の名簿に篠ノ之箒の名前があったことが一番の驚きだった。彼女は生きていたのだ。
そして入学式を経て、初日。俺は驚いた。篠ノ之箒が五体満足だったこともあるが、仮面をかぶっていたからだ。性格は変わらないし、声も大人びたとはいえ元のままに聞こえた。あの仮面の下に何があるのか。知りたいような、知りたくないような、恐ろしさがあった。連れ去られたあとで何があったのか根気強く問いかければ答えてくれるだろう。けれど俺は仮面について聞くだけで精一杯だった。俺は怖かったのだ。俺はそれ以上質問することをやめた。
この学園に入ったことも、箒を連れ去った連中がそうしたように、大きい力が働いているのだと思う。常識的に考えて男の俺がIS学園の入試にたまたま偶然入れるなどありえないからだ。そしてその大きい力を行使している連中は俺に興味があるらしい。
それを確信したのは、クラス対抗戦で赤毛の痛んだ女があのパルヴァライザーとかいうデカブツを引き連れて襲撃をかけてきたことだ。あの女はファティマと名乗った女の横にいた女と容姿がよく似ていた。誘拐事件と今回の襲撃が無関係であるはずがない。俺は最初入学式を蹴ってどこかに消えようかと思っていたが、気持ちが変わった。受けて立ってやると思ったのだ。
そしてこの一連の事件はきっと、俺がある一定の期間より前を思い出せないことに関係しているのだろうという確信があった。俺には小学一年生より前の記憶がない。写真さえない。そんなことはありえないと役所で調べたが、俺は確かにいたらしい。だが調べても人の話が出てこない。生まれた病院の記録があっても、当時の看護師は俺のことを知らなかった。保育園の記録にあっても、当時の人は誰も俺を知らなかった。記録だけあって、記憶にはまるでない。これは、塗り替えられている。見られたくない不都合な真実が隠されている。そう思った。
箒は俺に好意を向けてくれているが、果たして受け取っていいのかということさえ俺にはわからない。俺にそれを受け取るだけの資格があるのかと、今でも自問自答している。本人に聞けばきっともちろんだともと胸を張ることだろうが。
―――とにかく、俺はあの日のことを決して忘れない。
俺が青春期を殺しという黒で塗りつぶしたあの日を。
俺が現地の傭兵達に黒い鳥という名のプロフェッショナルであると言われるようになった日を。
そして俺は同時に恐れている。
封じられた記録を司る俺は、きっと全てを知っているだろうことを。
俺は表面上強者に見えることだろう。
それは違うのだ。
俺は臆病者なのだ。
知ることを恐れ、思い出すことを恐れ、ようやく手に入れた日常が壊れることを恐れている。無愛想な俺にかまってくれている皆の表情にひび割れができることを恐れている。
いずれ答えは出るだろう。そしてそれは、近いうちにやってくると思っている。
その日になったら、俺は…………。