鳥籠学園でのノーハウなノウハウ   作:TESTSET

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 リメイクです。納得がいくものになった気がしないでもないです。まあ、凡才未満人の戯言ですが


新・もしくはリメイク
新一話『ノーハウなノウハウ その①』


 001

 

『笑えよ──人の冗談だぞ』

 

 背中から体内を渡り胸部に突き出た螺旋状のモノを見ながら、〝なんで〟とか、〝どうして〟とかいう、実にくだらない取り留めのない思考が脳内を入り巡っていた。こんなんじゃあ、僕の慎ましめな胸も、もはや無いに等しいだろう。同じく痛みも、もはや感じない。

 それもこれも、全て、目の前の転校生のせいだ。

 僕は、何一つ、悪く、ない、はず、なのに──。

 

『──僕は悪くない』

 

 そう宣う転校生に、僕は睨みを利かせることしかできなかった──いや、効いてすらいなかったか。

 あいつは、始めから、人の話なんて──

 

 002

 

 あいつは転校生だ。

 僕の大方順風満帆な人生計画に於いて、突如現れた『異端(イレギュラー)』。『異常(アブノーマル)』と言い換えて良いのかも知れない──いや、そう呼ぶのすら烏滸がましい。存在が、許されない。許したく、ない。

 当の本人は、一番後ろの窓際席──僕の隣に当たる席にて、学園内だというのに週刊少年ジャンプを堂々と読み耽っている。言い忘れていたが、授業中である。あんな大きな雑誌は教科書で挟んでもバレバレだろうに。

 だというのに、先生はなんのアクションも起こさない──致し方ない、というものだろう。大人だって、誰だって、彼には絶対に関わりたくない。

 生徒ならば尚更嫌だろう。僕は嫌だ。隣席というだけで吐き気がする。学園にも来たくない。

 それがまかり通らないというのが、学生という身分の辛いところだ。人生が、めちゃくちゃになってしまう。

 

『でもきっと、君の人生は薔薇色だぜ──語り手ちゃん』

「………えっ?」

 

 いきなり話しかけられて、とてもびっくりした。とてもとても。

 いや、びっくりなんて生ぬるい言い草で良いのかは判らないが──けれど事実だった、その唐突な出来事は、覆りようのない理不尽な真実だった。

 ああ、めちゃくちゃだ。ただでさえ隣席だというのに、喋りかけられるなんて。

 

「………」

『おいおい、無視は良くないなぁ。一丁前にモノローグ綴る暇が有ったら構ってくれよ』

「………えーっと、なにかな──球磨川くん」

 

 ……名前を呼ぶことすら苦痛な相手なんて、本当にいるのか。知りたくなかったな。

 

『いーや? なんとなく、ただなんとなく話しかけただけだけれど。授業中だぜ? 私語は慎めよ』

「………」

 

 こいつ。なんなんだ、こいつ。

 ……やめよう。怒りを顕にしていい事なんか有りはしない。落ち着こう。クールにだ。

 そもそも相手は〝()()()〟だ。マトモに取り合ってはいけない。だからといってクレイジーにもなってはいけない。

 ………どこまでも、嫌なやつだなぁ。ただ話すだけで、話しかけられただけで、僕個人の内面まで侵食して、白濁して、剥奪してこようとするなんて――まったく、本当に嫌なやつだ。

 彼は何も感じない様子でジャンプを読み続けている。もはや面倒くさくなったのか、教科書で挟んではいない。何が恨めしいのか、藁人形よろしく教科書は机に打ち付けられていた。……螺子で。

 どこからあんな螺子を取り出して、しかもどうやって打ち付けたのだろう――いや、考えるだけ無駄だ。やめておこう。

 

『あっそうだ。語り手ちゃん』

 

 ………最悪だ。また話しかけられた。そもそも私語は慎まなくっちゃいけないんじゃあないのか? ………嘘、か。

 

「……なにか、用があるのかな?」

『あのね、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ教えてほしいんだ』

 

 彼はもったいぶるように言う。

 

『ちょっとだけ――聞きたいんだよ、この学園の〝守護者〟』

 

 002

 

 別に、彼の言葉は体言止めで終わったわけじゃあない――いや、終わったのだけれども。

 正確には、〝終わらざるを得なかった〟と言うのが正しいところだ。

 なぜ、彼はその先の言葉を綴ることができなかったのか。それは――

 

 ――彼の頭部が潰れ絶命したから。

 

 死人に口なし――もはや頭もない。

 悪い冗談も、ここまで来ると傑作だ。

 教室には今現在、僕と――この愉快な惨劇を演出した張本人――〝対馬小路(つましょうじ)(つめ)〟さんが、立ち尽くしているだけである。

 

「――はは……はっ。ははは、は………」

 

 乾いて渇いた、そんな笑いをする〝対馬小路爪さん〟――人一人殺しているんだ。相手が球磨川くんだとはいえ、相手が球磨川くんだからこそ――彼女は、焦っている。

 彼女のスキル──『動々(フォールダウンフォール)』。物事を『重く』して、『圧迫』して、『押し通す』──そんなスキルだ。

 少なくとも、『人を殺すためにあるスキル』では、まったくもってない。ただの、本当にただの、ちょっと便利な〝能力(スキル)〟にすぎない。そのはずだったが──現に、死んだ。球磨川くんが、死んだのだ。

 球磨川くんの頭が潰れ消えて、無限とも思えるほんの数秒を置いてから、教室にいた『ほとんどすべて』の人たちは逃げ出した。対馬小路さんを置いて──彼女は〝人殺し〟というおぞましい重圧を、一人で耐えなくてはならなかったのだ。

 ………まあ、僕も残っているのだが。

 

「………教楽来ちゃん――どうしよ、これ……」

「………」

 

 僕は答えない。答えることができない。質問にも、期待にも。

 ……。………。…………。

 

「あたしはさ、あたしはたださ――」

 

 彼女の言葉は歪だった。何を言うにも、何を言おうにも、詰まって詰まって詰まって――苦しそうに、辛そうに、言う。

 

「ちょっとだけ、本当にちょっとだけ重くして、ちょっと脅してやろうって……ただそれだけで――」

「――落ち着いて」

 

 落ち着いてください。そう続けるはずだった。そう言おうとした僕の声は――〝まっくろ〟に遮られた。

 

『まったく──酷いじゃあないか、痛かったぜ。ほんとにさ』

 

 ぬめり――と、〝彼〟は起き上がった。

 〝球磨川禊〟は、起き上がった。

 生きて――いる。

 そこに――いる。

 死んだはずなのに──

 

「──なんで……」

 

 その声が、僕から出たものなのか対馬小路さんから出たものなのか分からなかった。

 理解不能だった。ただ、ただ、理解不能だった。

 死んだはずの〝球磨川禊〟がなぜ生きているのか──思考が停止する。彼の瘴気(マイナス)に当てられて、思考が破壊(こわ)される。破滅(こわ)される。壊滅(こわ)される。喪失(こわ)される。消失(こわ)される。

 ──こわされる。

 

()るならもっと、確実に()らないと──復讐が帰ってくるからね。お得ではあるけれど、実戦向きじゃあないよ』

 

 分らない。何を言っているんだこいつは? 死人が喋るなよ、何なんだ? 解らない、判らない、きもちわるい。

 ──まて、落ち着け。落ち着くんだ、僕。落ち着け。

 冷静になれ、彼はスキルホルダーなんだろう。きっと死んでいなくて、幻覚とか、たぶんそんな感じの何かでだまくらかしていただけだ。焦ることはない。取り乱すことはない。

 死んだ人間が、生き返ることなんか、絶対に、ありえないんだから。

 

「球磨川──くん」あくまで冷静を装って、球磨川くんに話しかける。「いったい──なにを……?」

『あはは、そんなに震えた声出してどうしたんだい──というか、むしろ僕から〝なにを?〟って、質問したいところなんだけれど』

「…………」

『ま、大方予想はついてるんだけれどね』と続けて、から球磨川くんは対馬小路さんを一瞥する。『空いた口も塞がらないって顔だね。可愛いお顔が台無しだぜ』

 

 球磨川くんにつられた僕も対馬小路さんの方を見た。球磨川くんに指摘されたからか、口は閉ざされていたものの、その驚愕と畏怖の表情はそう簡単に消えるものじゃあない。恐怖の余韻はその表情に強く焼き付いていた。

 真っ青な顔。信じられないものを見るような目。冷や汗が頬を伝い床に垂れたことにも対馬小路さんは気付いていない。どこにも『人殺しにならなくて済んだ』とか、そんなプラスでポジティブな感情を一切持ち合わせていない、酷い、顔だった。

 駄目だ──完全に球磨川くんに飲まれてしまっている。まずい。

 こうなったら──

 

「お──おまえ……なにが……どうなっ──」

 

 ──混乱しきった対馬小路さんの、実に無警戒な襟首を掴み、僕は教室を飛び出した。

 

『あっちょっ──』

 

 球磨川くんの声が聞こえるが、気にしない。無視をする。

 逃げろ。逃げれば何もかも解決する。逃げればいい。逃げれば、あとに繋がる。

 

「すみません、対馬小路さん。今は(おもんぱか)ってる余裕なんかないんです──逃げないと、今すぐに」

「ぐぁっ──くる……しい……!」

 

 よし、こんなに元気があるなら大丈夫だろう。逃げ切る頃には大人しくなってくれてるはずだ。

 

「飛ばしますよ──対馬小路さん!」

「がっ! あががが、ががぁっ!」

 


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