その日、俺はいつもの狩り場から五層先の階層へと足を踏み入れた。ポーチになけなしの資金を費やして購入した転移結晶を忍ばせ、万全の体制で。
その日、俺はいつもの通り、技後硬直時間の短いソードスキルをモンスター相手に連発し、二桁単位でモンスターを狩り続けた。
その日、俺はーー
久しぶりに、数ヵ月ぶりに、「死」を体験した。身体中から力が抜け、アバターが殆ど動かなくなる、あの感覚を体験したのだ。
そして、コンテニューの感覚も。
俺が十層でした「覚悟」とは、残機を削る覚悟だ。自分の数値的ステータスを能動的に高めるためのクレイジーな行動ーー。
俺はそこが「安全コード圏外」であると知りながら、ウィンドウをやけに緩慢な動きで操作し、ダンジョンの中でスキルポイントを振り分けようと画策した。
そして、ウィンドウの数値を見て息を呑むことになる。
なんということか。ウィンドウに写し出されている数値は、通常の上昇値の倍、否、3.5倍は増加していた。
俺はずっと、ゲームオーバーによるステータスの上昇値は固定されていると思っていた。通常のアバターのレベルに準拠しているのだと。
だが、違った。
考えれば分かることだ。この、死亡によりステータスが上昇する現象は、「プロトマイティアクションゲーマーレベルX―0」のレベルX要素、「デンジャラスゾンビ」の死亡データ収集を再現したものだ。
つまり、このステータスの上昇は、何らかのデータによって変動するということになる。
これは予想となるが、死亡時、それまでに減少したHPの総量がそのまま上昇値として反映されるのではないだろうか。
ーーと、そんなことを考えていた矢先、俺はまた死亡した。俺がさっき2桁単位でモンスターを葬ることができたのは、この階層のモンスターに鈍重で重攻撃を主体とするものが多かったからだ。鈍重なモンスターの攻撃は回避しやすいのだ。
しかし、まともに食らってしまえばその限りではない。今、注意が散漫になっていた俺は真正面から大剣のソードスキルを受けた。だから死亡してしまったのだ。
蘇生直後、俺はその場から離れることなくウィンドウを確認した。
そこに表示されていた数値は、かなり前のステータス上昇値より高まっていたが、それでも、さっきのポイントと比較すれば明らかに低かった。
そして、良く良く見てみれば、その数値は現在のHP数値と同一だった。
決まりだ。ステータス上昇値は、受けたダメージ量に依存している。
これは、捉え方によっては物凄く大きなアドバンテージとなるものだ。普通、ステータスの上昇値はシステムに定められており、それを変えることはできない。
しかし、このエクストラスキルがあれば別だ。このスキルはその定立を崩壊させる。
俺はそれを確認すると、転移結晶を取りだし、それを発動させようとした。
しかし。転移を宣言した所で、ふと、俺は回廊の奥から、さっきまで狩っていたモンスター、「ストッパー・オーク」の咆哮を聞き取った。
このダンジョンのーーいや、そもそもこのゲームのモンスターは、意味もなく咆哮をしたりはしない。するとしたら、それはある1つの条件下の場合のみだ。
ーープレイヤー、つまり、人間と遭遇した時のみ。
地名を宣言していなかったのが功を奏した。俺は主街区への転移をすんでのところで打ち止め、回廊の奥へ向かって、敏捷力補正の許す限りの速度で走り出す。
俺はステータス上昇値の殆どを敏捷力に注ぎ込んでいる。だから、その地点まではものの数秒で駆けつけられた。
そこでは、剣をさらわれ、満身創痍という形容が似合うくらいにモンスターに追い詰められた女性プレイヤーが、少しでも後退しようと、倒れこんだ姿勢のまま地面を掻いていた。
しかし、それによって発生する推力は微々たるものだ。実際、彼女の眼前で大剣を構えるモンスターが腕を冷酷に降り下ろす速度よりも、彼女の後退のペースの方が遅いだろう。
刹那。あらゆる逡巡を捨てた俺は駆け出した。あのモンスターは刺突攻撃に弱い。レイジスパイクが有効だろう。
俺は思考した通りに片手剣カテゴリの初歩スキル、レイジスパイクを奴に向かって打ち込んだ。仮想の空気が焼ける音が響き、ダメージサウンドエフェクトとダメージエフェクトを伴い、モンスターが仰け反る。
俺はそこから、剣を引き戻し、片手剣カテゴリ重攻撃技、「ジャスト・クレイドル」を発動。大上段に振りかぶった片手剣を勢い良く奴に向かって振り下ろし、HPバーを5割位置まで削り取る。ーーと、そこで、奴はこの攻撃に堪えかねてスタンする。
この技は重攻撃にしては技後硬直時間が短いが、それでも、他の軽いソードスキルと比較すれば長い方だ。
俺が硬直し、モンスターがスタンしているうちに、こいつに襲われていたプレイヤーはそそくさと剣を拾いに行った。その彼女はその短剣を素早く拾い上げると、モンスターに向かって突進を繰り出した。その手にはしっかりと探検が握られている。
ーーと次の瞬間、彼女の突進を食らった奴は、無数のポリゴン片となって爆発四散した。
彼女が使ったソードスキルは短剣カテゴリの中でもそれなりに熟練度の必要な、「カスタード・バイ」か。確か、うちのギルドに一人、あれを使っている奴が居た筈だ。このソードスキルは、短剣の中でも随一の爆発力を秘めている。技後硬直時間が長いことから忌避されがちだが、使えるソードスキルではあるーーとシーフのハルカゼは言っていた。
「た、助かりました、ありがとうございます!」
彼女は礼を言うと、そそくさとその場から立ち去ろうとした。しかし、あのモンスターに苦戦するようでは、ここから無事に生きて帰るのは難しいのでないか。
そう判断した俺は、彼女に声をかけた。
「ここは危ないモンスターも多いです。良かったら出口まで同行しましょうか?」
彼女はそれを承諾。俺はその日、彼女をそのダンジョンから脱出させた後、しばらくモンスターを狩り続けていた。
作中に登場した女性と、シーフの名前、「ジャスト・クレイドル」というソードスキルに、「カスタード・バイ」という怪しげな名前のソードスキル。これらはすべてオリジナルです。想像で書いてます。