デスゲームの半死人   作:サハクィエル

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告発と覚悟の話

 あの日から一週間。現実時間の6月8日。俺はメールで、キリトから呼び出されていた。

 

 キリトはすっかり月夜の黒猫団のメンバーで、今はテツオや俺と並ぶ、優秀なアタッカーとしてパーティーのレベリングに貢献している。

 

 しかし、俺は知っているのだ。キリトが本当のレベルを隠していることも、エクストラスキルを入手していることも、そして、レベリングの時にパーティーを誘導していることも。

 

 だからこそ、「知らない」この呼び出しには驚いた。キリトが俺を呼び出す理由など思い当たらない。

 

 呼び出された場所、25層の安全コード圏内に存在する路地の裏手に行くと、そこでは一層ボスのドロップアイテムにして標準装備である黒コートを着込んだキリトが佇んでいた。

 

 今日はギルドで、一旦レベリングを休みにして休息日にする、と取り決めたので、本来なら武装をする必要はない筈だがーー。キリトは背中に剣を差している。

 

「話って何だ?」

 

 俺は警戒心も威圧も嫌悪もない、純真な声色でそう問いかけた。相手の目的も、心理も知らずに。

 

「ーークロ、あんただよな。一層の、「エクストラスキル使い」ってのは」

 

 どきりとした。ここ数ヵ月、俺はエクストラスキルのことを追及されなかったからだ。

 

 因みに、俺のエクストラスキルのことはこのゲーム中の新聞に載っており、今でも、様々な憶測が飛び交っているらしい。尤も、エクストラスキルのことを宣言した時点では記録結晶を所持しているプレイヤーは居なかったらしく、スキル概要のみが語り継がれている。

 

 プレイヤーネームがわれていなかったのは何よりの僥倖であったと言えるだろう。俺のプレイヤーネームは「Kuro」で、一層の剣士の碑まで確認に行ったところ、同一のプレイヤーネームを使用しているプレイヤーはなんと三桁単位で存在していたので、名前を流布させても無意味だと思ったかもしれないが、名前がわれてしまえば、今の立ち位置に俺は居なかっただろう。

 

「気付いてたのか」

 

 俺は警戒の滲んだ声色でそう答えた。

 

「あの時のことを思い出したのは数日前さ。おかしいと思ったんだ。クロは戦いへの恐怖が全くと言って良いほどない。普通、HPバーが5割りに迫ってくれば誰でも動きが僅かに鈍る筈なんだ。でも、この前のあんたは動きが鈍るどころか、逆に動きが機敏になっていた」

 

 そんなことができるのは余程の戦闘狂かバカか、エクストラスキル使いさ、とキリトは付け加えた。

 

 全く、よく見ている。この男に隙はないんじゃないかと思えてくるくらいだ。

 

 キリトは尚も雄弁に語る。

 

「で、思い出したのさ。「コンテニューしてでもクリアする」なんてキザな台詞を。どうやら、あの時からプレイスタイルは変わってないみたいだな」

 

「そっちもな。盾なしの片手剣士。そう言えば、前線のダンジョンでそんな風貌のプレイヤーをよく見かけるって聞いたことがあるな」

 

 売り言葉に買い言葉。俺はつい、知っていること(原作知識)を使い、キリトを逆に煽ってしまった。

 

 因みに、この口調はキリト譲りだ。前世のMMOでよくしていたロールプレイがここでも出てしまう。

 

 それを宣言した瞬間、彼の顔が曇る。彼にとっても、ステータスに関する秘密は暴かれたくないのだろう。

 

「今のレベルはどれくらいだ? サチやケイタ、皆のレベルより20は上だろう?」

 

 俺はそこに畳み掛ける。脅迫じみてきているが、そんなことは知ったことではない。早く、論の焦点を俺のエクストラスキルのことから離さなければ。

 

「ーー互いに秘密があったとはな。秘密がない人間なんて居ない、か」

 

 ふと、キリトは遠い目をした。それは、キリトの、他人との間に壁を作りたがる気性と何か関係があるのかもしれないと思ったが、今はそんなこと重要じゃない。

 

「なあ、キリトよ。この、黒猫団は居心地がいいと、そう思わないか」

 

 ふと。俺は知らず知らずのうちにそう呟いていた。ダメだ。これじゃ、本当の脅迫じゃないか。

 

 だが、一度言ってしまったものは止められない。俺の口は止まらない。

 

「互いに、この秘密は仕舞っておこう。口に出さなければいいんだ。ただ、それだけだ」

 

 そんなことはない、と、心の中のもう一人の自分が言う。

 

 このエクストラスキルの性質上、プレイヤースキルや各種ノーマルスキルの熟練度は上昇しても、レベルによって上昇するアバターステータスは上昇しない。このままでは、上がり続ける皆のレベルについていけなくなる筈だ。

 

「ーー分かった。まさか、あんたが逆にこっちを脅迫してくるとはな。正直なとこ、そんなに気が強い奴には見えなかったけど」

 

「それはこっちだって同じことだ」

 

 それだけ言い残すと、俺はその場から去った。

 

(しかし、さっきも考えていたが、本当にこのままでいいんだろうか)

 

 別段することもなく、フラフラと歩いていた10層の圏内で、俺はそんなことを考えていた。

 

 原作では、今、6月のいつかに黒猫団が壊滅したのだった。この世界ではそんな気配はないが、しかし、いつそんなことになってしまうか分からない。

 

 それは、自分の数値的ステータスの低さを憂いているが故の葛藤であるかもしれなかった。

 

 俺の残りライフは昨今、全く減っていない。90だ。つまり、11レベル相等だということ。それは喜ばしいことではあるが、数値的な成長がない、というのはそれはそれで悲しくもある。

 

 否。悲しい、なんて問題ではない。正直、ギルドのメンバーから怪しまれているような気がする。

 

 スキル構成は別に悪くないーーと思う。片手剣スキル、盾スキル、自動回復スキル、そして、隠蔽スキルの派生、誇大スキル、言わずもがな、「プロトマイティアクションゲーマーレベルX-0」

 

 俺が装備しているのはその五つだ。そして、装備数の限界はそこでもある。スキルスロットの増加量速度の早さには驚いたが、とにかく、今の俺には、スキルスロットが五つあるのだ。

 

 しかし、それだけで現在の狩り場のモンスターとやり合うのは些か不安が残る。今も黒猫団の平均レベルは俺を加算しなければ上がり続けている。この調子で狩り場が後一層でも上になれば、俺は死んでしまう。初めて、ギルドメンバーの前で無様な死に体をさらしてしまうかもしれない。

 

 そろそろ、覚悟を決めるか。

 

 思えば俺は今まで、このゲームで、自身に於ける「現実の死」を感じたことはなかった。自分だけは死なないだろう、と自負してさえいたかもしれない。

 

 だが、いつまでもそんな傲慢を抱えているわけにはいかない。

 

 そう思考すると、俺はウィンドウを開き、慣れた手つきで武装を整えていくと、ゆっくりと歩き始めた。

 

 向かうは、圏外、ダンジョンの方向。

 


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