そろそろ夏休みシーズン。更新を早めなければいけないと思っておりますが、中々ペースが上げられずーー本当になんと申し上げればいいのでしょう。
申し訳ないです。
あれから5つほどライフを削ったところで、「その策」は完成した。
俺は眼前に迫り来る蜂の攻撃をすんでのところで回避してのけ、そこから、そいつを曲刀で斬り倒して、さっき実体化させた短剣を、曲刀を持っていない方の手で抜き放った。
ーー言っておくと、俺は片手剣と曲刀は扱えても、短剣は扱えない。スキルを持っていないからだ。
しかし、それでも、短剣には使いどころがある。俺はそれを証明するべく、抜き放った短剣の白刃を二本指で持って構え、それを振りかぶった。
次の瞬間。短剣から、出現する筈のないライトエフェクトが迸った。青いエフェクトだった。
ーー「投擲」スキル。その名の通り、小さいものを投げる動作を支援するためのスキルである。これはそのスキルのうちの1要素、「ヘヴィー・シュート」だ。もう1つの初期スキル、「シングルシュート」よりも重いオブジェクトを投擲できるスキルだが、速度や速射性は落ちるところが難点である。
たった今習得したこの「投擲」スキル。これを使って、俺はあの産卵するNM「グラッド・メイデン」を葬り去る。
刹那。弓の弦の如く引き絞られた自分の腕が視認できないほどの速度で閃き、手に握られた短剣が投擲された。最早弾かれた矢と言って差し支えないような速度のそれは、真っ直ぐNMを射抜き、そのHPバーを3割地点まで減少させた。
いける。そんな思考が浮かぶと同時、俺は二本目の短剣を抜き放っていた。それをさっきと同じモーションで投擲すると、青いライトエフェクトを伴って、そいつも宙を駆けたので、もう「グラッド・メイデン」の運命は決まったようなものだった。
次の瞬間。あまりにも呆気なく、短剣は奴の頭部へ刺さりーーそして、HPバーを消滅させた。
それで戦局は動いた。モンスターを追加できなくなった虫は、俺の曲刀で次々葬られていく。最後の一体を葬ったとき、ライフはたった1つだって減っていなかった。
俺が剣を背中の鞘に納めると、どうやら入り口が解放されたようで、背後から黒猫団のメンバーが駆けてきた。それにどこか淡い視線を向けつつ、同タイミングで解放された出口を見据える。
ここまで長かった。漸く終わったのだ。
しかし。この戦いが終わっても、また次の戦いがやってくる。果たしてそれを、俺一人の力で乗り越えられるだろうか。
「ーークロ.....」
疲労からか、どこか虚脱したような表情を浮かべる俺に、真っ先に声をかけてきたのはケイタだった。否、それを「声をかけた」と名状していいものかは分からない。実際、彼は名前を呼んだだけだ。その後に言葉が続いていかない。ーー何を言っていいか分からないのだろう。
俺はそんなケイタと、そして、一様に複雑な表情をした黒猫団の仲間の前で、自分のスキルについて、プロトマイティアクション・レベルX―0について、解説を始めた。
このスキルを保有する限り、HPバーが消滅しようが、従来のゲームのように、「残機」を消費して復活できること。そのスキルが発動している時、自分のレベルは一切合切高まらなくなること。そして、そのスキルの存在をずっと包み隠してきたこと。
全てを、自分でも嫌になるくらい饒舌に語り終えた後で、俺は、場の空気が一変したのを認識した。
全員が、同じような目でこちらを凝視している状況。「SAO」は、感情の表現がオーバーな世界だ。それで、彼ら彼女らの心の中にある、「本来包み隠されている筈の思い」が、表現されてしまったのだろう。それで気付いたのだ。
全員が。こちらを。妬みや、憤懣にまみれた視線で見つめてくる。
そう。俺が今説明したスキルは、デスゲームの最も忌むべきルールから逸脱できる。誰ででも、そんなスキルがあると知れば渇望するだろう。
ーーしかし、俺は、「出現条件は不明」だとその渇望を一蹴してしまった。
彼ら彼女らにとって俺は、あの「ビーター」と同じなのだ。アドバンテージを貪欲に貪る、ゲームに棲む本物の魔物。
「ーーああ、分かったよ」
気付いたら、俺はそう言っていた。それは別れの言葉に他ならなかった。
「それじゃあ、な。元気でやれよ」
吐き捨てるように呟いてから、俺は緩慢な足取りで出口へ歩き始めた出口は厳めしい意匠の階段であり、その階段に足をかけた時、僅かに体が停止する感覚があったので、俺は、その階段は、あのコロシアムとマップ的に隔絶されているのだと悟り、試しに転移結晶を使ってみた。
ーーそれはしかして成功した。次の瞬間、俺の体は空色の光とともに宙に溶け、気付いた時には、10層の主街区画に立っていた。
「おわ、ったなーー」
「はは、なっさけねー」
気付けば、喉から声がもれていた。10層に訪れる人間の数は少ないので、その呟きは誰の耳に届くこともなく消えていくのだが、しかし、俺の心に呪いかのようにのし掛かっていた。
間違っていた。根本的に。あのスキルのことが周知されて尚、黒猫団のメンバーと良好な関係が築けるという脆弱な希望は、下らない妄想に過ぎなかった。
ずっと考えていた。俺がこの世界に居る理由はなんだろう、と。
転生者としての記憶を持っている俺がやったことと言えば、なんだ? 今のところ、騎士ディアベルの命を救ったことと、黒猫団のメンバーを守り通したことだがーー。俺はその他に、重大な罪を犯していた。
キリトの成長を、妨げている。
原作のキリトは鬼神のごとき強さを持っていた。しかし、それは、黒猫団壊滅後の、精神を削る無茶苦茶なレベリングに裏打ちされたものに他ならない。皮肉なことだが、黒猫団が壊滅したからこそ、キリトは強くなれたのだ。
だが、この世界では黒猫団が壊滅していない。それにより、キリトがレベリングに原作2巻のように尽力することはなくなりーー結果として、この先のシナリオ進行に多大なる影響を及ぼしてしまうのではないか。俺はそう考えていた。
そうであるならば。俺がこの世界に生まれ、存在している意味は「無」ではないか。
せめて、何かを成し遂げたい。荒んだ心に、そんな1つの思念が浮かぶ。
俺にできることーー。何があるだろうか。自分にあるのは、読み込んだ「ソードアート・オンライン」の知識と今まで鍛えてきた剣の腕だけでーー。
そこまで考えたところで、俺は気付いた。自分にできることが存在していることに。
ああ、そうだ。
俺の手で、
そう考えた俺の行動は早かった。先の戦いで貯まった「経験値」を全てステータスに割り振ったうえで、同じく手に入った金銭をはたいて、最前線の武器屋で上質な片手剣を購入。その後、路地の裏にあるような怪しげな露店で麻痺毒入りの小瓶を購入し、同じく手に入れていたナイフに塗りたくり、麻痺属性を付与させてから、情報屋と接触する。
ーー俺が情報屋から買い取るのは、血盟騎士団の動向だ。ヒースクリフが戦場に現れるタイミングを聞くのだ。
その情報を寄越してもらうと、装備を整え、精神的な疲労を癒すために宿屋で一睡したうえで、件の、「ヒースクリフが現れる戦場」へと向かう。
情報によれば、ヒースクリフは周期的に、自分のギルドのメンバーを連れてレベリングに行っているらしい。そこが狙い目である。
その「狩り場」は、ジャングルだった。最前線から2層ほど下の、それなりに腕の立つモンスターが何体も生息しているような狩り場。
俺はそこに現れた、血盟騎士団の編隊を遠目に捕捉すると、腰の麻痺毒入りナイフを全て投てきし、ヒースクリフ以外のメンバー全員を地面に倒した。
残るはあの男だけだーー。
俺は一瞬瞑目し、精神を集中させてから、その男の前に躍り出た。