「なるほど……ひとつだけ聞いても良いかしら」
自分や洸の話を腕を組みながら聞いていた柊が、眉を寄せながら口を開いた。
「貴方たち、巻き込まれ癖でも着いた?」
「「そんなわけあるか」」
「は、はは……」
まあ言いたくなる気持ちも分からないわけではない。毎回事後報告しているし。
「貴方たちは素人なんだから、首を突っ込むにしても程々にしておきなさい」
「まだ素人扱いなのな」
「当然よ」
少しだけ不満そうな顔をした洸をばっさり切り捨てる柊。間髪入れない否定は、心の底から思っている証拠か。
彼女からするとまだまだ足りていないらしい。
自分も、洸も、みんな精進が必要だ。
「でもホント、野次馬根性が過ぎるよね。ボクの時もそうだったけどさ。自分で言うのもなんだけど、通路上でもめ事が起こってたら迂回するでしょ、フツー」
「いや、普通理由とか聞くだろ」
「聞かないわよ……」
「え、聞くよな?」
「え、えっと……はい、聞いちゃいますね」
「うっそでしょ」
自宅の円卓を囲む5人の意見が2つに割れる。璃音は遅れて来るとのことだから、全員集合はするらしい。彼女の意見も聞いてみたいところだ。
「こほん、改めて状況を整理しましょう。書記の岸波君、後で璃音さんに纏めたものの説明は頼むわよ」
「書記……」
「嫌かしら?」
「いや、庶務かと思ってた」
「卑屈すぎる……」
「ハクノ、最初っから話を逸らすなよ」
その通りすぎる。
横道に逸れるつもりはなかったが、結果としていつもの雑談パターンに持って行ってしまいそうだった。自重しなければ。
「順を追って確認していくから、何か足りていない認識があれば都度指摘して頂戴」
柊が全員に目を配らせる。
姿勢はまちまちだが、全員が耳をしっかりと傾けている。それを確認して、彼女は指を3本立てた。
「分かっていることは3つ。日時、発生した場所、巻き込まれた人数ね」
まず1つ目。
「昨日──8月1日の夕方、16時頃」
そして2つ目。
「蓬莱町のダンスクラブ【ジェミニ】。その入り口から少し離れた場所」
最後に3つ目。
「被害にあった人数は異界の起点となったであろう“アキヒロ”という男性を含め、男性6人。……ここまでで何か追加したい情報や聞いておきたいことなどあるかしら?」
「はいはーい」
祐騎が手を上げる。
「僕の時は家族全体で巻き込まてたから良かったけど、今回みたいな場合、捜索願とか出されないわけ?」
「普通なら出されるでしょうね。けれど、今回に限っては恐らく大丈夫なはずよ。限度はあるけれど。時坂君、説明を」
「あいよ。……そういや黒板がねえな、ハクノ、何か書くものとかあるか?」
「ノートなら」
「さんきゅ」
言われてみれば書記のわりに何も書いていなかったな。
ノートにでも書くべきだったか。そんなことを考えながらペンと一緒に洸へと渡す。
受け取った洸は、ノートをペンでコツコツと叩いた後に、筆を進め始めた。
「まず初めに、“BLAZE”っていうグループ、聞いたことあるやついるか?」
誰1人として手を上げるものはいない。
「まあ、そんなもんだよな。杜宮じゃそこそこ知名度のある連中なんだが、ここにいるのは外から来たやつばっかりだし」
「そういえば、久我山さんもいない今だと、杜宮に土地勘があるのは時坂君だけなのね」
「ああ。もしかしたら久我山も知ってたかもしれねえな」
「有名だったんですよね、どういうグループなんですか?」
「一言で言えば、“正義の不良”って感じか」
「不良……」
不良、か。確かに、最初にゲームセンターで出会った時の周囲の反応などは、明らかに怯えているそれだった。
だが、それだと“正義の”とはどういうことだろう。
「何年か前から噂になり出してな。どこかで悪さをした不良が居たら叩きのめし、何かを悪事を企てるヤツが居れば叩きのめし……まあとにかく悪を以て悪を制すって感じの連中だった、と思うぞ」
オレも噂でしか知らないけどな、と首裏を抑えながら彼は言う。
しかし今の話を聞いていると、まあ危ない人たちだとは思うが、一般人には然程関係のない存在のような気がする。
何故、以前のように恐れられるようになったのか。
「……何年か前ってことは、最近は違ったってわけ?」
「いや、寧ろめっきり話題を聞かなくなってたんだ。なんでも、一時を境に解散したとか言われてたんだが……」
「こうして目の前に現れたというわけね」
それは、どういうことだろう。
つまりは名前こそ同じだが、解散を経たことで以前とグループの在り方が異なっている、ということか?
「詳しいことまでは、何も。そこら辺は調査しねえとな」
「そうね、大事なことだわ。けれど、どうして今回は捜索がかけられる心配をしなくていいか、ということについて、答えを聞いていないわよ?」
「ああ……単純に、朝帰りや連泊とかが前から多かったらしいしな。その時偶然被害を免れてた、ハクノと仲の良い? 奴らにも頼んで、勘付きそうな所は家を含めて誤魔化してもらったし」
「へえ、コウ先輩にしては手際良いじゃん」
「お前はオレの何を知っててその発言をしてるんだ」
上から目線の誉め言葉に対し、半目を向ける洸。
実際、あの場で一番早く再起動したのは洸だった。まだ頭の切り替えが済んでいなかった自分に時間を与えつつ、必要な手配を済ませておいてくれたことには、本当、感謝しかできない。
「でも、本当に流石の対応でしたよ、コウ先輩!」
「記憶消去の手間が増えて困るのはわたしだけだから、良い手だったんじゃないかしら」
「……悪かったよ、事後承諾で」
「いいえ、褒めてるのよ」
「分かりづらいわ。嫌味かと思っただろ」
「時坂君が捻ねくれているだけだと思うけれど」
その言葉を受けた洸は、確かめるように全員へ顔を向けていく。
祐騎は腕を頭の後ろで組み、口笛を吹いていた。
空は苦笑いをしていた。
いい度胸をした後輩2人の後は、自分の方。目が合った洸はアイコンタクトで助けを求めてくるが、無言で首を横に振って返答することに。
「……まあ、いいか。そういう訳で、捜索云々は気にしなくても大丈夫そうだ。限度はあるけどな」
「おっけー。ありがとコウセンパイ。それじゃあ、先進めて良いよ」
祐騎も自身の疑問が晴れてスッキリしたらしい。
ひらひらと手を振ると、会議の進行を促した。
「グループの経緯については、異界発生の根本的原因にもつながる可能性があるから調べてもらいたいけれど、それとは別に1つ、今回の異界化ではいつもと異なる点があるわ。岸波君、何か分かるかしら」
いつもと異なるところ?
それは……
──Select──
日時。
場所。
>人数。
──────
「人数、だろう。こんなにも大勢巻き込まれたのは初めてだ」
「ええ。6人なんて数字、人的要因での異界発生では極稀よ」
「人的要因……って、確か人間のシャドウとかが出る異界のことだよな?」
「そうね。人の諦め……押し込めていた欲の暴走の結果、生まれてくる異界。この異界は基本的に、“自身と対象者の2、3人しか巻き込めない”」
「「「!?」」」
つまり、人的要因ではない?
いや、でも自然にできた異界でもなかったはず……いや、そもそも自分たちは、その時のやり取りを一切聞いていない。断言することはできないだろう。
「仮に、人的要因だとしたら、そこまで被害規模が拡大するのに理由とか考えられるんですか?」
「……一応、前例がない訳ではないけれど、その場合は“異界適性が高すぎる人”が異界を発生させた時に限られてきたわ。けれど……」
けれど?
柊を除いた全員が首を傾げる。
言いかけ、呑み込もうとした言葉だったのかもしれないが、みんなの視線を集めていることを居心地悪く感じたのか、躊躇いがちに口をひらいた。
「ここら一帯の高適性者は、“北都が把握していない訳がない”」
「……北都? って、その言い方だと……」
「まるで、管理でもされてるみたいな言い方だね?」
「……」
「「「「…………」」」」
空気が沈む。
どういうことだ。
北都グループは、そういった部分にまで手を伸ばしている、と?
いくら人を守るためだといえ、そんなことをしているのか。いやでも、そうでもしないと未然に防げるものも防げないというのも分かる。
……一度、美月に話を聞いてみよう。
静寂が場を支配していて、誰も何も言葉を発しない。全員色々考え込んでいた。
その沈黙を破ったのは、ピンポーンという機械音。
「ちょっと行ってくる」
「おう」
辿り着いたモニターには、見慣れた菫色の髪が映っていた。
『やっほー、遅れてゴメン!』
「璃音か。今開ける」
『アリガト!』
玄関まで行き、鍵を開ける。
少し顔を朱くして、肩で息をする璃音が、そこには立っていた。
「そんなに急がなくてもよかったのに」
「急がない訳にはいかないでしょ」
「とにかくいらっしゃい。そういえば、下のオートロックはどうした?」
「あ、ちょうど人と入れ替わりになったから入って来ちゃった。一応連絡は入れたんだけど、見てない?」
「……あ」
そういえば、サイフォンを確認していなかった。
それどころではなかったということもあったが、少し申し訳ないことをしたかもしれない。
「すまない」
「いやいや、気にしないでイイって。それだけマジメな話してたんでしょ?」
真面目、といえば真面目だった。と思う。途中色々な話をしてはいたが。
「みんな、お待たせー……って、空気重っ」
「ああ……まあ、そういうこともある」
「どういうコト!?」
全員で、苦笑い。
なんにせよ笑顔が戻って、部屋が少し明るくなった。
やはり璃音がいると違うな。
「久我山さんも来たことだし、要点を纏めてしまいましょう。久我山さん、細かいことは書記の彼から聞いてくれるかしら」
「どうも、書記の岸波白野です」
「……場所が移っても記録する係なんだ、キミ」
「人事の文句は柊にお願いします」
「私への文句は時坂君にお願いするわ」
「そんじゃ、オレへの文句はソラに頼むわ」
「え、わたしですか!? じゃ、じゃあわたしにはユウ君を通してもらえると……」
「はいはーい、総合受付係の四宮でーす。ただいま留守にしておりまーす。3年後にまたどうぞー」
「3年後……って、卒業してるじゃん!」
ひどいたらい回しを見た。
「こほん。調べるべきことは2つ。異界発生の経緯と、異界被害拡大の理由。この2つは繋がっているかもしれないし、まったく別ものかもしれない。だから捜査を2組に分けることを提案するわ」
「「「異議なし」」」
「じゃあ、振り分けは岸波君、お願いするわね」
「ああ」
どうしたものか。
まずは洸だな。土地勘もあるが、BLAZEには先入観があるようだ。自分とは分けた方がいいかもしれない。となると、理由探しに行ってもらった方が良い。
柊も拡大理由探しだな。専門家がいないと分からないことも多いだろうし。
後は……祐騎かな。一味違った着眼点を持つ、という意味では彼が適任だろう。洸と柊が手堅い分、彼が居れば死角はなさそうだ。
自分はあの時の2人に、経緯を聞きに行くべきだろう。
空もこちら側だ。もし万が一何かあっても、彼女ならなんとかなるだろう。それに、その万が一を一番防げるのは彼女だと思う。礼儀正しさがあって、快活。敵意を持たれることはそう多くないはずだ。
問題があるとすれば、璃音だろう。
休職中とはいえ、現役アイドル。彼女をそういった場所に連れ出すのは、少し宜しくない。
いや、宜しくない度で言えば空も相当だが。
璃音と目が合う。
……考えてみれば、情報収集は現地でなくても良いのか。学校や周辺での噂を集めることも立派な情報収集だ。
「ねえ、ちょっと」
「? どうした璃音」
「一応言っておくけど、あたしに遠慮とかしなくて良いからね」
「……え」
「なんか気にしてる目でこっちを見てたから」
ね。とウインクする彼女。
いつの間にか、仕草から心情を読まれるようになってしまった。
……でも、そうだな。彼女に対して、変な遠慮とかはすべきじゃない。璃音自身の判断が一番適格だし、なによりこちらが決めつけて仕事を限定するなんて、彼女に失礼だ。
「それじゃあ、班分けを伝える。自分、空、璃音で経緯の調査。洸と柊と祐騎で被害拡大理由の調査を行ってくれ」
「「「「「了解!」」」」」
途中選択肢は、残りのどちらを選んでいても、
────
「そりゃあ毎回違うだろ。寧ろ同じことがあったら怖いわ」
……それもそうだな。
────
ってな感じになります。