PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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8月1日──【ジェミニ】噂調査 2

 

「……あー、何やってんだ?」

「そっちこそ」

 

 

 おろおろしている空は置いておくとして、洸と2人、部屋の隅に縮こまって会話する。

 

「来るのは勝手だが、空を巻き込むのは駄目だろう」

「いや、そりゃあ……ぐうの音も出ないけどよ。そもそもここに行こうっていう発案は空だし」

「後で引き返して1人で来るとかあっただろ」

「……すまん」

 

 まあ、来てしまったものは仕方ない。

 少し居心地悪そうな彼女を見て、早めに帰すべきだと確信した。

 

「それで、どうしてここに来ようなんて話になったんだ?」

「あー、実は今日、蓬莱町のカフェバーで働く傍らジュンの件の調査をしてたんだよ。で、バイトが終わった後。偶然空に出会ってな。そのことを話してる最中にそれっぽい奴らを見つけたまでは良かったんだが……」

「『行きましょう、コウ先輩!』とでも言われて押し切られたのか?」

「恥ずかしながら」

 

 想像に難くなかった。

 停止する暇もなく、空は対象を追いかけて行ってしまったのだろう。

 それに今の話だと、洸自身が気になって調査していたという内容だし、止めるという判断が遅れたんじゃないだろうか。

 

「話は分かったが、後輩をダンスクラブに連れ込むのはちょっと……」

「だよな」

「柊と九重先生と倉敷さんに報告しないと……」

「だよな……っておい待てちょっと待てマジで待て」

 

 何を今更慌てているのか。

 洸を注意するとすれば、柊と倉敷さん。あとは半分保護者の九重先生くらいしか居ないだろう。

 自分がここにいることは棚上げできない事実。端から見たら3人で入ったように思われても何とも言えないし。その点では一緒にお小言を受けるかもしれない。主に柊に。

 

「てか、ハクノはなんでココにいんだよ」

「成り行き」

「流れに身を任せすぎじゃね」

「今更ながらに思ってる」

 

 初めて行く場所だし、少し憧れもあったからという言い訳もあるが、それでも流石にテンションが高過ぎた気もする。

 楽しかったのは確かだし、連れてきてくれた人が悪いというわけでもない。まあ自己責任だ。

 ……恐らく学校の校則では、こういう場所に入ってはいけないという記載は無かったはず。流石に退学や停学になったらマズい。

 念のため、早く立ち去ろうか。

 

「地味男、帰り支度できたか……って、誰だソイツら」

「「ッ!?」」

「偶然ここに来ていた自分の友人で……何笑ってるんだ2人とも」

「ご、ごめんなさい、なんでもないです! ……ふっ、ふふっ!」

「じ、地味男……地味男ってなんだよ……クッ、腹いてぇ……!」

 

 

 ……流石に失礼すぎると思うんだが。

 

 

────

 

 

 アキヒロさんに見つからないうちに出るぞ。

 そう言って、連れてきてくれた2人に続いて店を出る。もれなく洸と空も着いてきた。まあ目立った以上、調査とかは後回しだろうし。申し訳ないような良かったような。

 

「ところで、アキヒロさんって?」

「あ? ウチらの今の大将だよ。テメェも前にゲーセンで会っただろ」

「……?」

 

 あまり思い出せない。名前を聞いた記憶はあるのだが。

 

「イカしたピンク色の髪の男の人だよ。1度見たら忘れねえだろ」

「ピンク髪……ああ」

 

 そういえば以前に会っている。声だって聞いた。

 なるほど、あの人がリーダーなのか。

 

「あの人今ピリピリしてっから、死にたくなきゃ会ったとしても話かけんじゃねえぞ」

「と言うか、アキヒロさんに近い人たちもだな。あそこら一帯が空気悪いっつうか」

「つい最近も一般人を一方的にノしたとかで盛り上がってたしな」

「……あの、コウ先輩」

「……ああ」

 

 どうやら物騒な人らしい。

 そして、今の話を聞いた洸と空は、疑惑が確信に至ったようだ。

 

 だが、妙な話だ。

 彼らはまるで、それを他人事のように語る。一線引いているというか、仲間意識が低いというか。

 聞いても良いことだろうか。

 ……いや、今は置いておこう。

 

 

 

 

 

「今日はありがとうございました」

「おう。またゲーセン来いや」

「ハッ、とっとと帰りやがれ」

 

 

 店の前、ゲームセンター横の裏道で別れの挨拶をする自分たち。

 

「ハクノとこの人たちの関係がいまいち見えてこねえな」

「でも、仲はいいみたいですよね」

「……だなぁ」

 

 後ろで何やら自分たちを評している友人たちを連れて帰ろうとした。

 その時だった。

 

「ンだ、テメエら……」

 

 前方から、例の服装を纏った一団がやってきたのは。

 その中には、一際目立つピンク色の髪の男性も居る。

 

「あ、アキヒロさん……」

「テメェら、アキヒロさんが居ねえ間にガキ引き連れて何やってんだゴラ」

「そ、それは……うぐッ」

 

 一気に険悪になる場。

 どうにかして説明しようとしていた2人だったが、アキヒロさんを取り巻いている人に、いきなり殴り飛ばされた。

 

 ……殴り飛ばされた?

 

 

「……大丈夫ですか!?」

 

 地に倒れる男性を呼び掛ける。

 意識はあるが、口が切れたのか唇から血が垂れていた。

 

「ひ、酷い」

 

 空はその光景に両手で口を押える。瞳は震えていた。

 その姿を見て、竦んでいる場合ではないと動き出したのは、先輩たる彼。

 

「オレらがここに居ることがマズいって言うなら、立ち去ります。どうか、この場は納めてもらえないっすか」

 

 低めに、伺うようにして暴力的な一派に問いかける洸。その声には、分かりづらいが強い感情が乗っていた。何を考えているかまでは分からないが。

 青年たちの視線が、洸に集まる。

 そのうちの1人が、彼へと詰め寄った。

 

「おい、誰に向かって口利いてンだ」

 

 そう言うと、胸倉を掴み上げようと青年は腕を動かした。

 後ろに後退しながら避ける洸は、尚も口を開く。

 

「気を悪くしたなら、すみません」

「テメェ……!」

 

 避けられた青年の目が血走っていく。

 マズい。

 振り被られた腕を見て、即座に身体が動いた。

 だが、遠い。距離にして5歩分。一気に詰めるには難しい距離。

 自分より洸の近くに居た彼女が、その手を受け止める。

 

「させません!」

「チッ、このクソガキどもがァ!」

 

 空や洸に攻撃の意志はない。あるのはあくまで防衛と回避の心のみ。

 それが最善だ。誰にだって分かる。しかしそれでは、状況が打開しない。

 向こうが飽きて見逃してくれるか、こちらが脇目もふらずに逃げるか、はたまた第三者の介入でうやむやになるか、それくらいでしか動かないだろう。

 現状、相手側は頭に血が上っているのか、手を引く素振りを見せない。

 一心不乱に逃走すれば、逃げ切ることは可能だろう。あくまでこの場においては、だが。それにここで退けば、自分の前に倒れている青年はどうなる。そんなの、見過ごせるわけがない。

 第三者の介入は、ある意味一番難しいだろう。この場に介入するには、相手側に顔が通っていて、かつ言うことを聞かせられる人間。かつ相当な実力者であることが絶対条件とされる。前者のみなら警察を呼べばいいし、後者のみならこの場の空と洸で事足りた。

 少なくとも、自分が持つ人脈で解決することは不可能。

 

 ならばどうする。諦めるのか。

 否。

 ならば何をする。祈るだけか。

 否。

 

 自分にできることは少なくても、自分たちにできることは少なくても、やれることくらいはやらなければ。

 差し当たっては、説得。交渉。危険な役回りを洸と空に任せてしまうのは気が引けるが、格闘術経験者である彼らの方が上手く捌ける。もしも自分なら最初の一撃すら受け止め切れなかったかもしれない。そう考えると彼らに任せて、彼らをいち早く助けることが重要だと思えた。勝手な理論だが。

 

 それじゃあ、どうする。

 何を言えば良い。

 考えろ。考えろ。考えて──ああ、駄目だ、まともな交渉の術がない。

 

 どうすれば良い。どうすれば良いんだ──

 

 

 

「オイ、そこで何してやがる」

 

 

 かくして何もできないまま、救いの声は齎される。

 

 

「シオ、さん」

 

 倒れていた青年が、助けに入った金髪の男性を見て、その名を口にした。

 相手側にも、動揺が見える。

 ……いや、約1名ほど、まったく別の感情を抱いているように見えるが。

 

 

「お前らは下ってろ」

「……でも」

「そいつらは任せておけ。……よく耐えたじゃねえか」

 

 

 無力感に唇を噛み締める。

 だが、無遠慮に込み上げてくるそれに圧し潰されている場合ではない。

 

「……行こう」

「ああ」「はい!」

 

 

 

 

 

 少し離れたところに移動。やり取りは聴こえないが、視界には入る距離。

 そこで自分たちは足を止め、形勢を見守ることにした。

 

 

────

 

 

 

「あの人は……」

「知ってるのか、洸」

「……いや、あまり」

「……そうか」

 

 確か、シオと呼ばれていたな。

 ガタイの良い、金髪の男性。

 否、男子生徒か。

 着ている制服は同じに見える。コスプレの類でなければ、同じ学校の生徒ということだろう。

 

「高幡先輩……」

「知ってるのか、空」

「お名前は高幡() 志緒()先輩。杜宮高校の3年生で、商店街のお蕎麦屋さんで働かれている人です。何でも住み込みで弟子入りしているとか。一生懸命で紳士な方で、挨拶したら必ず返してくれますし、お蕎麦を食べに行くとたまにサービスしてくれるんですよ!」

「思ったよりエピソードが出てきてびっくりした」

「しかも十割良い人エピソード……まあ、ソラだしな……」

 

 確かに、空に語らせればそんな感じになるかもしれない。

 明確な悪いところがない限りは自分から言わないだろうし、発言を求められたとしても渋るほどだろう。

 だが、今の彼女の様子を見るに、口ごもった感じはしない。

 ということは、郁島 空から見て十割近く良い人ということだろう。

 

「なんつうか、意外だな。もっとヤバい話が出てくるかと思ったぜ」

「え、どうしてですか?」

「高幡先輩って言えば、学校内では素行不良で有名だからな。とはいえオレも実際に見たわけじゃねえし、話したこともねえから、外見から広まった噂かもしれねえけど」

「確かに最初は怖かったですけど、良い人ですよ!」

「……そうか」

 

 少なくとも、信を置くには十分とのことらしい。

 元より助けに入ってもらった身。信じていない訳ではなかったが、空のお墨付きともあれば安心感も一入だ。

 

 

「……ん?」

「どうかしました?」

「いや、様子が変じゃないか?」

 

 

 目を凝らして、高幡先輩たちの方を見る。

 先程までは相手側のリーダーであるアキヒロさんと高幡先輩とが主に話していて、間でその周囲が口を挟むという流れだった。

 だが今は、アキヒロさんが何かを訴えかけているように見える。それを聞く高幡先輩の後姿は、先程までに比べて、何というか、小さかった。

 

 そして、“それ”が起こる。

 

 

 ──独特な、空間の軋む音。

 

 自分たちは来た道を引き返した。

 祐騎の時のように目の前で起きた事象ではない。少し離れている。この距離が無限のようにも思えたが、それでも全力で足を前に出す。

 間に合わせるのだ、なんとしても。

 

 

 ──割れ往く世界、顕現する“扉”。

 

 見えないはずの扉の前に立つアキヒロさんの異変に気付き、高幡先輩が距離を詰める。

 名前を呼び、離れてと叫ぶが、聞いてもらえなかった。それどころか声を上げたことで何かあると確信したのか、高幡先輩もアキヒロさんの元へ寄る。

 

 

 ──そして、すべてが呑み込まれていく。

 

 消えゆく様に、歪むように、アキヒロさんを。加えてその周囲の男性すら巻き込んで、“異界化”が起こってしまった。

 前進を続けていた足から力が抜け、膝が地面に着く。

 

「また……また、届かなかった」

 

 まだ、自分は無力だ。

 異界でどれほど強くなったって変わらない。

 誰かを危険に巻き込む前に救うことは、できるはずなのに。

 間一髪、高幡先輩だけは巻き込まれるのを避けられたが、今回の事例に対して“防げた”などという表現はできない。その単語では自発性が強すぎる。偶然、彼が間に合わなかったというだけの話なのだから。

 結局のところ何もできていない。いつだって間に合わず、伸ばした手は宙を切る。

 

 

「ハクノ……」

 

 洸に肘を掴まれ、引き上げられる。

 

「早く立て。こうなった以上、次の行動に移らねえとだろ」

「そうですよ、岸波先輩。気持ちは分かりますけど、落ち込んでいる暇はありません」

 

 胸の前で握り拳を作る空が、まっすぐ自分を見詰めてきた。

 ……そうだな、その通りだ。

 回数を経るごとに、取れなかった手の重さは増していく。

 分かっていたはずなのに。もっと上手くやれば防げていただろうに。

 そんな“もしも”がたくさん思い付くようになって、考えているだけでも数日掛かってしまいそうだ。

 実際、考えるだろう。1人になったら考え込んでしまうかもしれない。

 けれど仲間の……友人たちの前くらいでは、気丈に振る舞おう。

 

 

「……各々、情報を纏めておいてくれ。明日の朝には、作戦会議をする」

「「応!!」」

 

 






 というわけで、高幡志緒編またはBLAZE編もしくは夏休み編、開始です。


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