PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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7月29~31日──【教室】柊と家族 1

 

 

 

 日曜日を旅館のバイトで1日過ごした自分は、休日明けの月曜日もしっかりと登校し、夏期講習を受けていた。

 今日は部活に出ようと考えている。夏休み前だし、今後の活動日程も聞いておきたい。

 それに何より、暑い。夏も真っ盛りというべき気温だ。今からこれでは8月が怖いというもの。幸い家に冷房は付いているが、電気代を考えれば付けたくない。

 ……と、そろそろ行かなくては。

 

 

────>クラブハウス【プール】。

 

 

「お、岸波、来たのか」

「ああ、ハヤト。練習しようと思って」

「良い心がけだな。じゃあやろうか!」

 

 

 みっちりと練習した。

 まだハヤトとの仲は深まりそうにない。

 今日はもう帰ろう。

 

 

──夜──

 

 

 たまには外に散歩にでも行こうか。

 最近の夜は読書に勉強ばかりだったし。

 

 

────>杜宮商店街【入り口】。

 

 

 あれ、あそこに居るのは……空か。

 何をしているのだろう。

 

「空」

「あ、岸波先輩! こんばんは!」

「こんばんは。何をしてるんだ?」

「これからちょっと軽くランニングでもしようかな、と。そうだ、岸波先輩も一緒にどうですか?」

 

 ランニングか。確かに、寝る前の運動としてはちょうどいいかもしれない。

 空に着いて行こう。

 

 …………杜宮を一回りした!

 空との仲が深まった気がする。

 

 

──7月31日(火) 放課後──

 

 

「柊、今日暇か?」

 

 夏期講習最終日。

 この日の授業も終わり、夏休みの諸注意について担任の佐伯先生から話を聞いた後、B組へと向かった。洸か柊が居れば遊びに誘おうと思ったのだが、洸はあいにくバイトがあるとのこと。

 というわけで、柊のみを誘う。

 

「あら、岸波君。どうしたのかしら。プログラミングの件?」

「いや、そっちはある程度目途が立った。時坂のお陰で強力な助っ人が来てくれたからな」

 

 本当に、強力な助っ人だった。数時間授業を受けただけだが、彼女が教師としてとても優れていることを改めて実感したというか。何にせよ、濃い学習をさせてもらった。あの勢いで続けていけば、近いうちにある程度は形にできる気がする。

 

「そうじゃなくて、今日は少し、親睦を深めようかと」

「……ああ、そういうことね」

 

 目的を伝えると、彼女は顎に手を当てて少し考え込んだ。

 

「そうね、今日は大丈夫よ。ちょうど行こうと思っていたところがあるし、付き合ってくれるかしら?」

「ああ、自分が行って構わないのなら。ちなみに何処だ?」

「構わないも何も、岸波君にも関係することよ。……それじゃあ行きましょうか。商店街、【倶々楽屋】に」

 

 

────>商店街【倶々楽屋】。

 

 

「あ、アスカさん!」

 

 看板娘のマユちゃんが、アスカの姿を見て目を輝かせる。

 

「……娘っ子に、坊主か」

 

 店の奥から、頭にタオルを巻いたジヘイさんが出て来た。

 

 倶々楽屋に来るのは異界攻略の少し前が最後になるから、実際1月くらい空いているのか。

 異界攻略の度にしか来ない自分とは違って、柊はよく来ているらしい。それはそうか。彼女にとって異界攻略は仕事。常に最善を尽くす為にも、ここに来ているのだ。

 

「ふふっ、マユちゃんは今日も可愛らしいわね……」

 

 小学生の少女を撫でる柊は、とてもいい笑顔をしている。

 案外、彼女のリフレッシュにも繋がっているのかもしれない。

 

 

──Select──

 >姉妹みたいだ。

  親子みたいだ。

  (黙っている)

──────

 

 

 両者のその姿は、友達というよりは断然近く、どちらかと言えば姉妹のような優しい雰囲気を持っている。

 多分。

 

 いや、実際姉妹なんてほとんど会ったことがないが。想像上の仲良し姉妹というのがこういった風景を指していただけで。

 

「そ、そんな! 恐れ多い……でも嬉しいです」

 

 姉妹に例えられた途端、弾かれたようにマユちゃんは身体を離そうとした。

 だが、一瞬柊が寂しそうな表情をしたことによって、すぐに元の場所へ戻っていく。

 流れるような動きだ。

 

「ええ、私も嬉しい。マユちゃんみたいな妹が欲しかったわ」

「アスカさん……えへへ。私も、アスカさんみたいにカッコイイお姉ちゃんが欲しかったです」

 

 こういうのを、心の姉妹、というのだろうか。

 お互い無理なく本心をさらけ出しているように見える。少なくとも柊のその顔は、高校に居る間では絶対に見られないであろう優しさに溢れていた。

 

「水を差すようで悪いが、マユちゃんの両親って今、何処に居るんだ?」

「あ、別々の所でお仕事をさせてもらっています! 今どこに居るかまではちょっと……」

「……そうか」

 

 少し表情に影を落としながら答える少女。

 しまった、聞いてはいけないことだったらしい。

 

「でも、えっと、寂しくはないんです。お爺ちゃんも居てくれますし」

「……」

 

 ちらりとジヘイさんを見るが、彼はこちらの話に反応することなく、背を向けたまま鍛冶に勤しんでいた。

 それでも、聴こていないわけでないのだろうが。

 

「ふふっ、マユちゃんは凄いわね」

「そ、そんな、アスカさんほどでは全然……!」

 

 顔を赤くするマユちゃんを再び撫で始める柊。本当に仲が良い。

 

「おい、いつまで油売ってやがんだマユ」

 

 低い声が、店内に響いた。

 ジヘイさんだ。

 

「あ、う、うん! 改めまして、ようこそ【倶々楽屋】へ! 本日は、どういったご用件ですか?」

「ええ、今日はソウルデヴァイスの微調整をお願いにきました。彼の分もお願いします」

「お願いします」

 

 頭を下げると、ジヘイさんはこちらを軽く一瞥し、フンと鼻を鳴らせた。

 出して見せろとそっけなく言って仕事に取り組む彼の姿は、まさに職人。その動き1つ1つに謎の安心感がある。

 彼に己の半身を預け、自分たちは調整の間、少し席を外すことにした。

 

 

────>杜宮商店街【入り口】。

 

 

「親と、本当に長い間会っていないそうよ」

 

 

 倶々楽屋を出て少し歩いたところで、柊は口を開いた。

 最初、何を言っているのだろうと思ったが……どうやらマユちゃんのことらしい。

 

「一番境遇が近いのは、ソラちゃんかしら。会いたい時に会えない場所に居る、という点で見ればね。尤も、その点で言えば私や岸波君も同じだけれど」

「親に会えない、か。確か柊のご両親は」

「ええ、亡くなっているわ。小学生の頃だったかしら」

 

 それは……たぶん、辛い。自分には考え付かない所にある問題だ。

 だって、小学生ということはまだ子ども。普通なら大人に囲まれて、守られて生活すべき年頃だろう。

 

 

「小さい頃に親と会えない悲しみは、私にも分かるから。……とはいえ、会えるだけマユちゃんの方がマシ、なんて思っている私に同情なんてできないけれど」

 

 

 言うまでもなく、マユちゃんのように親戚に育ててもらっていた可能性もある。だが本当にそうであるなら、今のような発言は出てこないのではないだろうか。

 空虚な瞳で空を見上げる彼女。横顔から表情を伺うことはできるが、その顔が何を訴えているのか、自分には分からない。

 

 それでも、何か言うべきだろうか。

 

 

──Select──

  会えるならまだ親に会いたいか?

  それでも、救いになっているはずだ。

 >(黙っている)

──────

 

 

 自嘲気味な彼女に、掛ける言葉が見当たらない。

 そもそも親がいないという共通点はあるが、自分と柊にだって、最初から居た居なかったというの大きすぎる違いがあるのだ。

 柊がマユちゃんに同情できないというならば、自分は柊の気持ちが分からない時点で、口を出すべきではないのだろう。

 

 

「……何も言わないのね」

「ああ」

「自分で言っておいて何だと思われるかもしれないけれど、反応を求めていたわけではないのよ。ただ……いいえ、何でもないわ」

 

 

 『ただ』。この言葉の後に続くのはなにか。きっと『○○なだけ』みたいな感じだろう。そしてその空欄が、彼女にとっては言葉以上に大事な本音なのだ。

 ……そこに踏み込むには、少し絆が足りないだろう。

 

 

「さて、そろそろお店に戻りましょうか。」

 

 

 

 

 踵を返し、歩く彼女の横顔は綺麗で……いや、綺麗だった。

 

 

 

────>異界【追憶の遺跡】。

 

 

 ソウルデヴァイスを、相手に叩きつけるように振り下ろす。

 

「……」

「どうかしら、感触としては」

「あ、ああ。何というか、しっくり来るな……」

 

 身体の周囲を右回転左回転。そのまま8の字を描く様に動かしたり、身体の正面で急ブレーキをかけてみたりと、色々と試してみる。

 今までより動かしやすい。流石に急ブレーキが完璧に効くということはないが、それでもかなりの制度だ。とても試運転とは思えない。

 

 ソウルデヴァイスの最終調整の前に使用感に異常がないかを確かめるべく、異界へと赴いた。

 実際に動かしてみると、とてもじゃないがまだ調整が済んでいないとは思えないほど感度が上がっている。

 はっきり言って動かしやす過ぎと言っても良い。

 

「……岸波君、そのソウルデヴァイス、“そんなに動かしやすい”?」

「ああ、思い通りの動きに近くなってきたな」

「そう。それは良かったわ」

 

 最初は“フォティチュード・ミラー”の動きを目で追っていた彼女だったが、やがて追うのに疲れたのか、数歩後退り全体を視認できるようにしたらしい。だから今、彼女と少し距離が離れている。

 

「どうかしら、岸波君」

「ん?」

「少し、手合わせしてみない?」

 

 

 柊は己のソウルデヴァイス“エクセリオンハーツ”を抜く。

 相変わらずの細身で、美しさを内包した剣だった。鋭く、冷たく、それでいて“優しそうな”、彼女の主武装。

 

 ……戦えるのか、柊と。

 

 

──Select──

 >戦う。

  戦わない。

  また今度。

──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はッ!」「シッ!」

 

 

 柊の接近を阻みつつ、機を伺う。

 だが、そんなものはそう容易く訪れない。

 状況はジリ貧だ。自分は守るだけで精一杯。彼女はただ距離を詰めるだけで良いのだから。

 

 

「そろそろやめておきましょうか」

「……もういいのか?」

「ええ、大体分かったから」

 

 ……何かを測られていたらしい。 

 

「良いかしら、岸波君。異界攻略の前後は必ず倶々楽屋に……いえ、誰かしらの職人のもとへ行きなさい。回数は多い方が良いわ。万全な状態ならともかく、ソウルデヴァイスの整備不良で大怪我でもすれば、自分のせいの怪我でも普段お世話になっている整備士の方に責任が及んでしまうから」

「責任か。援助してくれる人たちも、闘っているんだよな」

「ええ。勿論。私たちが命を賭けて誰かを救うように、彼らは私たちの命を守るために頑張っている」

 

 

 それを忘れないで、と彼女はまっすぐ自分を見て言った。

 支える側の戦い。自分たちと共に戦っている人たち。

 祐騎の父の異界攻略の前に諸所へ顔を出したことを思い出す。

 皆、自分たちのことを案じていた。僕/私にはこれくらいしかできないけれど、と苦笑いをしながら援助をしてくれた。

 忘れられるわけがない。

 

「それにね、岸波君。あなたの戦い方は、ソウルデヴァイスありきのもの。私たちはある程度自分の意志で振るっているけれど、あなたのは違う」

 

 視線を、“フォティチュード・ミラー”に向ける。

 

「わたし達のソウルデヴァイスは切れ味が悪くなったところで、防御に使うなり囮にするなり色々とあるけれども、それはあくまで自分の腕で振るっているから。あなたのソウルデヴァイスが動きを鈍らせたら、何ができ得るか言えるかしら?」

 

 言え、ない。

 漂わせたり打撃に使ったりしかできないが、それはそもそも浮かせられる場合だ。自分で持つには持ちづら過ぎて、フリスビーのように投げるのが精一杯だろう。まあそれも隙を曝すだけだろうが。

 

「だから、岸波君には念入りにソウルデヴァイスの調整をしてもらわないと困るのよ」

「分かった」

「……それじゃあ戻りましょうか。最終調整をしてもらわないといけないし」

 

 

 困る、か。

 彼女は何に困るのだろうか。そんなに力を持っていて。

 足を引っ張られると困る? それは違うだろう。彼女は冗談や牽制でそういった嫌味を言うが、本音でそれを言うことは早々ない。洸との話を見て思っただけだが。

 勿論、最初の頃は色々と言われた。平等に。全員が。

 けれども最近はそんな毒を吐くこともなくなり、軽口まで叩いてくれるようになったのだ。

 

 自分たちが想っているように、彼女も自分たちを、仲間だと想ってくれているのだろうか。

 ……彼女について少し知ることができ、縁が深くなった気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 柊と修理代を折半して、感謝の言葉を伝えるとともに帰路に着いた。

 

 

──夜──

 

 

 今日は病院の夜間清掃のバイトがある。

 しっかりと取り組もう。

 

 




 

 コミュ・女教皇“柊 明日香”のレベルが3に上がった。 
 

────


 度胸  +2。


────



 次回から第5話です。
 早いですねえ。


 前回後悔し損ねた、現状の人格パラメーターです。


────


 知識 秀才級(レベル3)
 度胸 怖いものなし(レベル2)
 優しさふつうに優しい(レベル2)
 魅力 好青年(レベル2)
 根気 起き上がりこぼし(レベル3)



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