講習の終了を告げるチャイムが鳴った。ここから先は自由時間。
たまには強くなるために特訓をしておきたいな……何人かに付き合ってもらって、少し修練と行こう。
──>【マイルーム】。
「みんな、集まってくれてありがとう」
放課後に呼びかけをおこなったが、驚くべきことに全員の予定が空いていた。
とはいえ、本人に聞いたわけではないが、約2名ほど強引に時間を作ってくれたらしい。深く感謝しなければ。
「べっつに、暇だったしね」
「あれ、ユウ君今日用事あるって昨日言ってなかった?」
「………………用事は午前で終わったからね」
嫌に長い間が空いたな。
確かに空を誘った時、『ユウ君は用事があるって言っていたので、連絡通じないかもしれません』と教えてくれていた。まあ、直後に本人から、『時間があるし行ってあげるよ』と返信が来たあたり、事情も察しやすい。
「それにしても、久しぶりな気がするな。集まったのは終業式以来だけどよ」
「まあ、放課後の自由な時間が増えたからじゃないかしら?」
「あ、分かる。時間を持て余すと、最近してないこととか気になってくるよね!」
つまり、夏休みに入って拘束される時間が減った分、色々なことに想いを巡らせることが多くなった、ということか。
「あー、ボクもその気持ちは分かるかな。時間がないときは気にもしないのに、暇になってごろごろしてると、唐突に放置してたゲームのことを思い出してさぁ。……まあ結局クソゲーすぎてまた放置するんだけどね」
「「そういうものか?」」
「ちょっ、センパイたちほんとに男? ゲームじゃなくても、漫画とかラノベとか、そういうのあるでしょ!」
ない。基本的に読み途中の本の存在を忘れたりはしないし、完全に放置というのは今までしたことがない、はず。
洸と目を合わせる。彼も似たようなことを考えている顔をしていた。
その様子を見た祐騎は、肩をがっくりと落とす。
「あ、ありえない……」
「こほんっ。そろそろ良いかしら」
項垂れる祐騎と困惑する自分、呆れる洸を立ち直らせようと、柊が咳払いをする。
全員の視線が、彼女へと集まった。
「今日の目的はあくまで鍛練……という事で良いのよね?」
「ああ」
「それで、何処へ行くんだ?」
「まだ特に決まっていない。何処か良いところはないか?」
今までに攻略した異界では、少し敵が弱い気がする。そんな風に思えるようになったのは成長だろうか。
まあ、鍛練として行くのだ。少しきつい方が身のためだろう。
「それなら、この前時坂君が見付けた異界なんて良いんじゃないかしら」
「あそこか。確かにシャドウは前回の異界よりやや強いくらいだったな」
「……なるほど。じゃあ、そこへ行こう」
どうやら洸は普段から異界を探して歩いているらしい。自分も探しているんだが、まだ未発見の異界に出会ったことはない。
というか、洸の発見率が高いように思う。どれだけ普段歩いているのだろうか。
────>異界【追憶の遺跡】。
商店街の脇にあった異界。なるほど確かに、少し奥まった場所にある。
内部に入ると、少しだけ気というか、雰囲気は落ち着いていた。暫く歩いてみるが、目に見えて凶暴なシャドウは居ない。異界自体は確かに沈静化しているようだ。
「洸が攻略したのか?」
「オレって言うか、オレと空、柊の3人でな」
呼ばれてない。
別に気にするようなことでもないが。
「っと」
洸のソウルデヴァイス“レイジングギア”が敵へ向かう。
会話の最中にも拘らず機敏に反応した彼は、腕を大きく振って独特な形をした武器を伸ばし、シャドウを仰け反らせた。
「セイッ!!」
大きく足を踏み込ませた空が、生まれた隙にラッシュを加える。
2人の連携で、シャドウの体は崩れていった。
一方で自分たちの前に現れたシャドウが、祐騎と璃音に攻撃を仕掛けてきた。
祐騎は回避しながら、エネルギー弾を放つ。その後方からは柊がペルソナによる援護をしている。璃音の方は回避が間に合わなさそうなので、自分のソウルデヴァイスを間に挟ませ、防御を肩代わり。ソウルデヴァイス“フォティチュード・ミラー”の後ろで態勢を立て直した、“セラフィムレイヤー”を装着する璃音が、全力で突撃を始めた。
一度も攻撃を許すことなく、シャドウ3体の消滅を確認。
ソウルデヴァイスを格納し直し、自分たちは一息吐くことにした。
「何だかんだ言って、オレら結構強くなったよな。昔に比べて」
「あら、もう満足してるのかしら時坂君は」
「そんなんじゃねえっての」
「でも確かに。戦いなんて考えたこともなかったあたしたちがここまでできるようになるなんてねー」
洸の発言を柊が茶化したが、最後には璃音が同調した。
最初の頃を思い出す。
一番最初は、逃げるので精一杯だった。
璃音と洸が加わってからは、色々模索しながらやってきた。
柊が加わってからは、バランスを整えるようになった。
段々と、変わってきている。個人としても、全体としても。
「そう言えば、最初の頃のセンパイたちって、何か面白い失敗とかしてないの?」
各々が恐らく思い思いの回想をしている間に、祐騎がそんなことを聞いて来た。
面白い失敗……何かあっただろうか。
「してたとしても誰が教えるかよ」
「じゃ、誰でも良いからコウセンパイのオモシロイ話持ってない?」
「狙い撃ちかよ!」
洸の面白い話か。
日常なら色々あるだろうが、異界攻略では、どうだろう。
最近では普段頼りになるといった印象しか持っていないが。
「最初の頃、といえば、時坂くんが滑りに滑っていた時あったわよね」
「おい、言い方」
滑る……?
柊の発言で、段々と記憶が蘇ってくる。
そういえば、そんなこともあったな。
あれは確か、相沢さんの異界だったか。
「あー。地面が氷の異界でしょ。ずるって滑ってそのままシャドウに突っ込んじゃったやつ」
「うわー、コウセンパイ、うわー」
「うるせえ」
かなり冷や汗を掻いたことと、その後璃音が平然と氷結床の上を飛んで行ったことは明確に覚えていた。
いや、どちらかと言うと、璃音のソウルデヴァイスがとても羨ましかった記憶の方が残っている。
「その頃に比べると、技量は勿論、判断力も少しは付いて来たかもな」
「ええ、自分の知る限界がより正確になった結果でしょうね。無理してできる範囲と無理しなくてもできる範囲、無理してもできない範囲が判断できるようになっていると思うわ」
「確かに、撤退の判断とか早くなったもんね」
「それだけじゃねえ。連携を取るのに慣れてきたってのもあるだろ。ユウキはもう少しだが、ソラもすっかり合わせられるようになったしな」
「えへへ」
そうか。単純に強くなったのもあるが、それ以上に、絆が深まったというのもあるのだろうか。
そうだと良いな。
「でも、あの……個人の力を上げるにしても限度はあるんじゃないですか?」
空が、ふと気付いたように声をあげる。
彼女なら確かに、そう思うかもしれない。
個人として突出している空だから気付いたことかもしれない。
いつかは、限界がくるのだ。今自分たちが驚異的とも言える早さで成長しているのは、自分たちにとって未知の分野だったから、ということが大きい。
テストでいう、30点を50点に上げるのと、70点を90点にあげることの違いだ
「……確かに」
「その辺りの対策もあることにはあるけれど……そうね。岸波君、この後少し時間を貰えるかしら」
「自分か? 別に構わないが」
何だというのだろう。まあ特に用事があったわけでもない。何であろうと大丈夫だ。
今は取り敢えず、異界の攻略に力を入れることにしよう。
────
「ペルソナには特定のスキルを私たちの意志で、後から覚えさせることが可能なの」
異界から帰還後、柊に声を掛けられていた自分は、彼女と2人マイルームに残っていた。
お茶を出した後、彼女から聞いたのは、ペルソナによって行使される術技について。
「後から?」
「ええ。勿論任意でいつでも、という訳にはいかないわ。基本は1体につき1度まで。それに、シャドウが時たま落とす“外付けメモリ”が必要なのだけど、今は持ってないようだし、1つは私が提供するわね」
手渡されたのは、小指サイズの端子。意識して拾ったことのないものだが、確かに見覚えはある。
「特徴としては、このメモリをサイフォンと繋げ、同期。圧縮されたデータがダウンロードできるので解凍して、あとはペルソナに“プログラミング”するだけよ」
「なるほど」
データをダウンロードして、使えるようにして──
「……プログラミング?」
「ええ、プログラミング」
「どうやるんだ?」
「それをこれから学び、覚えてもらいたいのよ」
なんか急に投げやりになったぞ柊。
「私ではプログラミングできないから。けれど、一通りの基礎がしっかりとマスターできれば、ペルソナだけでなくソウルデヴァイスの強化も可能になるわ。自由なカスタマイズができるということは、スタイルに限りなく合わせられるということ。試しても良いと思うけれど、どうかしら?」
「それは、まあ」
しかし、誰に教われと言うのか。頼みの柊はできないらしいし。
「話によると、流れさえ掴んでしまえばあとは基礎力だけでなんとかなるらしいわ。とはいえ、その求められる基礎力というのも、かなりのものになるらしいけれど」
「取り敢えず、プログラミングを初歩から学んでいくしかないということか」
「ええ、人選は任せるから、好きにやって頂戴」
「分かった」
プログラミングには疎いが、コンピューター関連と言えば……彼、だろうなあ。
────>【祐騎の部屋】。
「だからぁ! そこはそうじゃないって何度言えば分かるわけ!?」
「す、すまない」
────
「違うって! それじゃ命令が終わらないでしょ!」
「……すまない」
────
「あー、そこ違う。ビルドしたら絶対エラー出るって。そのままの状態で取り敢えずデバッグしてみ? ほらエラー出たでしょ。ちゃんと返ってきてないから。組み直しー」
「…………」
────
「ねー岸波センパイ」
「……なんだ祐騎」
「向いてないんじゃない?」
「……かもしれない」
とはいえ、向き不向きで諦めることでもない。自分の、自分たちの命の為にやっているのだ。
指導の前半は真面目にやっていて、途中から呆れた表情になり、最後にはソファーで寝ながら付き合ってくれた祐騎に礼を言い、彼の部屋を後にする。
……さて、これからどうしよう。
正直、途方に暮れてしまった。これはまた、教本などを購入して1から行うべきなのだろうか。
そんなことを考えていると、ポケットのなかで何かが振動した。
サイフォンがメッセージを受信したらしい。送信者は……洸か。
『よう、お疲れ。プログラミングの勉強を始めたって聞いたぜ。オレじゃ力にはなれないが、力になれそうな人なら1人だけ心当たりがある。なんか困ったことがあるなら取り次ぐから言ってくれ』
思わぬところから救いの手。その文面を見て、すぐさま洸に電話を掛けた。
コール音を聞きながら考える。確かに、人材のことについて自分たちの中で一番詳しいのは洸だろう。璃音と同様に幼い頃からこの地に住んでいて、かつ積極的に交流している。璃音が知られている側の存在だとすれば、洸は知っている側の存在だ。
「洸」
『おう。どうしたハクノ、さっそく困り事か?』
「ああ。正直とても助かる」
『分かったぜ。連絡取ってみるが、質問したいことを教えてくれるか? オレには理解できないかもだが、相談内容は明確な方がいいだろ』
「ああ。──全部だ」
『……は?』
「何も分からなかった」
『マジかよ……』
一応ハッキリさせておくためにも、自分が悪いのだということだけは伝える。祐騎に非があったわけではない。彼は熱心に指導をしてくれた。自分の物覚えが悪かったことにそもそもの原因はある。
『話は分かった。伝えてみる。けど、あんま期待するなよ?』
「ああ」
対策を練ってくれるというだけで有り難いのだ。元より無茶を言っているのは自分。洸の案に頼りきるわけにもいかないし、仮に不可能だったとしても彼を責められる立場に自分はいない。
今は取り敢えず、相手方の反応を待つとしよう。
──7月28日(土) 昼──
今日も講座が終わる。
さて、今日はバイトでもしようかな、と席を立った時、聞きなれた声に呼ばれた。
「ごめん、岸波君いるかな?」
少しだけ幼い、年齢には似合わないが外見通りな声。
数学科教師──
「あ、居た! 岸波君、ちょっと良いかな?」
「九重先生、どうしました?」
「うん、少しお話があってね。時間があったらで良いんだけど、来てもらっても良いかな?」
ここでは拙い話なのか、どこかへ誘導しようとする九重先生。
バイトしようとは思っていたが、既に入れた予定ではない。それにそんなに時間が掛からなければ、終わった後からでも行くことが可能だろう。
ということで、ついていくことにした。
初めて彼女の後ろを歩く。というか、先生をこうしてじっと見るのは初めてかもしれない。
最初に出会ったのは編入の日。それ以来は数学の授業に取り組む先生を着席した状態で見ていただけだった。
こうして見ると、確かに小柄だ。自分の胸辺りまでしか頭がなく、細身。
だが、彼女の足取りは“ブレない”。そういえば実家は道場だったなと思い出すほどに、しっかりと軸の通った歩き方をしていた。
「着いたよ。……って、どうしたの?」
振り向いた九重先生と目が合う。
「あ、いえ、九重先生ってお強いんですか?」
「え? どうしたの急に」
「体幹がしっかりしてるなあって」
最初は首を傾げた先生だったが、以前道場の前で会ったことを思い出したのか、ああと声を上げる。
「そうでもないよ、自衛ができるくらいかな」
「そうなんですか」
まあ、あまり自分から攻撃に行く人には見えないしな。少しイメージ通りだった。
案内された場所は、視聴覚室。
ここで、何を話すのだろう。
「……あ、岸波君1つだけ良いかな?」
「はい?」
室内に入ろうとした九重先生が、思い出したように振り返る。
「一応、その……悪気があったわけではないって分かってるんだけど……女性のことをそんなにマジマジと見ない方が良いかなぁって。ちょっとびっくりしちゃったから」
「……ごめんなさい」
────>杜宮高校【視聴覚室】。
授業で何度か使ったことのある部屋だが、夏休みが開始してから入ったのは初めてだった。
……少しだけ、風変わりしたか?
全体的に新しい印象を受ける。以前までも綺麗ではあったが、ここまでではなかった。
「あ、岸波君は初めてだったよね。実は夏休みに入って、パソコンを全部最新のものに替えたんだ」
「全部ですか。道理で新しいわけですね」
それに、だいぶ思い切ったことをする。
家電の高さは身に沁みて分かっているから、素直に驚いてしまった。
「コー君も搬入を手伝ってくれたんだけどね。設置やセッティングは岸波君の担任の佐伯先生がほとんど手伝ってくれたの。良ければ覚えておいて」
……そうなのか。佐伯先生が……コンピューターにも強いんだな。何というか、あの人も万能だ。
「それでね、岸波君。本題なんだけど」
「はい」
「これからしばらくの間、岸波君にはプログラミングの特別授業を実施しようかなと思っています」
「……はい?」
耳を疑った。
プログラミングの授業。渡りに船だが、どうして……いやもしかして、洸の言っていた心当たりって九重先生のことなのか。
「コー君から聞いたの。岸波君がプログラミングを勉強したがってるって。私なら情報系の大学を出てるし、プログラミングもある程度は習得できているから、力になれるかなって」
「でも、九重先生忙しいんじゃ……」
それに、一教師が一生徒を特別扱いするのも良くない気がする。
「そんなことないよ。それにね、プログラム自体は一年生の教育課程にあるから、岸波君は1年分の情報リテラシー授業を受講していないことになってるの。その分の補習も兼ねてるんだ。ほら、岸波君は事情が事情だし……」
「ご存じだったんですね」
「つい最近だよ。この補習を校長先生にお願いされたんだけど、その時に。安心して、誰にも話してないから。本当は2学期の放課後を予定してたんだけど、ちょうど昨日コー君に話を聞いて、せっかくだしどうかなって」
そうか。どちらにせよ補講は受けなくてはいけなくて、その上で自分が今プログラミングを必要としている情報を洸経由で得たから、時期を早めるよう気を回してくれたということだろう。
何にせよ、断る理由はない。本来ならこちらから頭を下げてお願いすべきことだ。
いや、実際頭を下げなければ。感謝する対象は目前に居るわけだし。
「本当にありがとうございます。ぜひ、よろしくお願いします」
「わわっ、そんな畏まらなくて大丈夫だよ。それに、私だっていつでも見れるわけじゃないしね。“水曜日と木曜日、それから土曜日”が理想かな。“夏休み中なら開校日であればいつでも大丈夫”だけど」
「ありがとうございます」
凄い良い条件だ。
本当に良いのだろうか。いやでも、この場合はお言葉に甘えるしかない。それに自分が早く習得できれば、それだけ彼女の時間を奪わずに済むのだ。
……頑張ろう。
特別講義の約束を通じて、新たな縁の息吹を感じる。
────
我は汝……汝は我……
汝、新たなる縁を紡ぎたり……
縁とは即ち、
停滞を許さぬ、前進の意思なり。
我、“法王” のペルソナの誕生に、
更なる力の祝福を得たり……
────
「さっそく今日から、お願いできますか?」
「うん! これから頑張ろうね!」
──夜──
洸に感謝の連絡をし、報告を終える。
さて、今日は読書でもしようか。
“手芸中級編”を読む。今日で2回目、内容も中盤に差し掛かっている。
今日も布の縫い方についての勉強だ。返しの仕方やまつり縫いのワンポイントアドバイスなど、少しだけ内容が進んでいた。なんとなく分かった気がする。
次回はキットを使った練習をしよう。まだ教本片手だが、少しくらいはできるはずだ。
さて、そろそろ寝よう。
コミュ・法王“九重 永遠”のレベルが上がった。
法王のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。
────
優しさ +1。
根気 +1。
────
この第一部ラストのインターバルも残すところあと少しなので、現状のパラメーターを公開。
人格パラとかは次回。
現状の岸波白野 ステータス。
レベル 45。
所持ペルソナ
タマモ・カハク・クイーンメイブ・スザク・サラスヴァティ・サマエル・セイリュウ。
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