「まったく授業中だぞ! サイフォンを見るのは止めるんだ! ……サイフォンが普及して、今の世の中が便利になったのは確かだが、その反面こうして叱りつけることが多くなってしまったことは、大いに嘆かわしい!!」
国語のタナベ先生の説教が続く。
そもそもは最後尾の生徒が授業中、先生に隠れてサイフォンを弄っていたのが始まり。それからお叱りが開始して早8分。授業は一向に進まないままだ。
「今の子どもたちは、連絡網で友だちの家の電話番号に掛けたり、そもそも家の電話で取り合いになったりしないんだな……活字離れと同じく、時代の移り変わりで切り捨てられていくものか……」
……連絡網ってなんだろうか。
というか、話がそれ始めている気が。
「この中で希望が持てそうなのは……岸波!」
「……?」
「サイフォンを持つようになったのはいつからだ?」
サイフォン……?
初めて弄ったのは去年だが、しっかりと持ち歩くようになったのは先々月辺りからだな。
まだ連絡先も少なかった時、特に洸や柊と知り合う前なんて、入っていた連絡先は片手で数えられるほどだった。
「5月ごろです」
「そ、そうか! いやあ、岸波ならそうだと思ったぞ!」
どういう意味だ。
「では固定電話は知っているな? 固定電話番号の頭の並びを市外局番と言い、地域によって与えられる番号が異なるのは知っているだろう。そこでここ、東亰都の23区に与えられている市外局番が何か、教えてやってくれ、岸波!」
……市外局番って何だ?
──Select──
01。
02。
>03。
──────
さっぱり分からないが、移住地域によって番号が割り振られているなら、01は北海道の方なのではないだろうか。そして東北で02。関東は03、みたいな。
「……正解だ! すごいぞ岸波!」
「……よし」
小さく隠れてガッツポーズをする。
「ちなみに01という市外局番はなく、北海道の札幌が011が一番小さい番号だ! 逆に一番大きいのが鹿児島の0997となる。沖縄ではないのがミソだな!」
へえ、電話番号にそんな基準があったのか。
しかし、口行から察するに固定電話……つまりは家や会社に置いてある電話番号にその法則が成り立つのであって、サイフォンには適応されないのだろう。
サイフォンの番号はどうやって決められているのだろうか。
こんど、美月にでも聞いてみるか。北都グループもサイフォンの開発に携わっていたはずだし、何かしら知っているかもしれない。
……はあ、なんか結構頭良くなれた気がする。
──午後──
『岸波先輩! 今日の予定ってまだ空いてますか? 前回の特訓の続き、お願いします!』
特訓? と首を傾げ、空との間に結んだ約束のことを思い返していく。
……恐らく、料理の練習のことだろう。
そんな仰々しい名前を付けられるような約束ではなかったはずだが。
「『いいぞ』っと。よし」
家庭科室へ急ご……いや、そういえば場所の指定をされていないな。どこに行けばいいのだろうか。
────>九重神社【境内】。
改めて尋ね、指定された集合場所は、九重神社。
商店街を抜けた先にある階段を昇った先。つまりは商店街脇にある空の家から少しだけ離れた場所。どうやらこここそが、修行の地らしい。
「あ、岸波先輩! こんにちは!」
「空、お疲れさま」
大きな木の下に、鞄を膝の前に持って待っていた空を見つける。
彼女は自分を見つけると、わざわざこちらまで駆け寄ってきてくれた。
どうやら下校途中の様で、今日はしっかりと制服を着ている。
「実は今日、九重先生に相談したら、ご実家のキッチンを使って良いという風に言われて……」
なんでも職員室で出会った九重先生が、家庭科室の鍵を求める空を不審に思い詳しく事情を聴いたらしい。説明の1つ1つに頷づき、彼女の努力を好ましく思ったものの、流石に教員の監督がない学内で火を使わせることはできないらしく、調理は勧められないとのことだった。
そこで出た代案が、先生のご自宅を使って練習すること。
道場横に併設された九重家ならば、おじいさんの目もあるし、大丈夫との判断だったのだろう。空ならば昔からの付き合いもあるし、教師の家とは言え呼んでも問題は少ないは、ず……? そういえば九重先生は自分が手伝いに行くことを知っているのだろうか。
…………まあ、九重先生なら大丈夫か。
「どうかしましたか、岸波先輩。ぼーとして……」
──Select──
なにも考えていないだけ。
きょうもそらがあおいなって。
>おなかすいた。
──────
「!? わたしの為に空腹で来て下さるなんて……光栄です!」
え、違うけれど。
咄嗟に口を突いて出て来た言い訳がそれなだけで、別にお腹が空いているわけでは……
「よーしっ、腕に撚りをかけて作るので、楽しみにしててくださいね!」
言葉の通り、袖をまくってやる気をあらわにする空。もう何も言うまい、と黙秘を決め込むことにした。
恐らく、空のことだ。冗談でしたと言った所でおどけて許してくれそうだが、それでも1度言ったことを嘘にするというのは良くない。
何より、こんな活き活きとした笑顔を見せられては、水を差すのも躊躇われるだろう。
せめて、試作品だけでお腹がいっぱいにならないでくれると助かるな。
──────
「ハッハッハ。まだまだ修行不足だぞ、ソラよ」
「うう……すみません。上手くできた気はしたんですけど……」
いや、実際上手くはなっている。前回に比べて。それでもお爺さんのように笑い声を上げる気力はない。自分にできることと言えば、ただこのテーブルの上に大量に並んだ料理の数々を食べ続けるだけ。ただそれだけなのだ。
腕に撚りをかけて作る、という彼女の発言に嘘はなかったのだろう。ただ作り過ぎただけ。仮にどれだけ美味しくても、これだけの量を食べるのは苦痛にしかならないだろう。
それでも、彼女に悪意はなく、努力の結果だというのは分かっているから、修行に付き合うと決めた以上完食するつもりでいる。
……しかし、前回も凄い量のお菓子を食べた気がする。
──Select──
おいしくなった。
>量が多い。
……。
──────
はっきりと指摘した方が良いだろう。褒めることは容易だ。けれどもそれが彼女の求めていることとは限らない。
武道家の彼女が、これを修行と言ったのだ。生半可なものは求められていない気がする。
「や、やっぱり多かったですよね」
「量の基準が分からない?」
「はい……作ってるうちに、これじゃ足らないんじゃないかって思っちゃって。実際に足りなかったら困りますし……」
それは、今回みたいなお菓子ではなく、普通の料理についてか。
そういえば空は、普通の料理自体はできるんだよな。実際に後ろから見ていても手際は良い方だし、お菓子を作り慣れていないというだけか。
「普通の料理とお菓子作りって何が違うんだ?」
「うーん……いつもの料理だと、レシピとか見なくてもこうすれば美味しくなるかな、っていうのは分かるんですけど、お菓子作りだと分量を間違えることが怖くて」
「気を張り過ぎなんじゃ」
「確かに、肩に力が入り過ぎていた気がするのう」
時坂のお爺さんが、数分前まで台所に立っていた空の後姿を回想し、自分の意見に賛同する。
おそらくそういった部分は、意識して練習していくことで慣れていくだろう。
あと肝心なのは量についてか。
「どうしてこの量を?」
「えっと、わたしが普段食べている量より、1.5倍多くしました!」
「「……」」
普段食べているということは、朝食や夕食のことだろう。
つまり、夕食で食べている分より多めに、といった感じで作っているのか。
それは、多くもなるわけだ。
「空」
「は、はい!」
「お菓子パーティーをしよう」
「……はい?」
習うより慣れろ、だろう。
予行演習といっても良い。
まずはセッティングをしなければ。
準備が出来次第、また彼女に声を掛けよう。
少しだけ、空に対する理解が深まった気がする。
──夜──
今日は勉強をしよう。日中動き回っているわけだし。
「サクラ、音楽を」
『はい、今日はどういった音楽を流されますか?』
……そうだな。
──Select──
穏やかな曲。
明るい曲。
激しい曲。
>お任せで。
──────
「お任せ……ですか? では、全曲シャッフルしますね!」
そういう意味のお任せではないんだが……まあ、良いか。
────
『どう、でした?』
……ひどく頭がこんがらがった気がする。
曲に意識を引っ張られ過ぎて、微塵も集中できなかった。
『……?』
首を傾げるAI、サクラ。言葉にしないと、自分の感じている気持ちは分からないだろうか。おそらく、カメラなどを通じてこちらの様子を把握することはできると思うが。
「次回に期待、だな」
とやかく言っても仕方ない。サクラに責任はないのだから。
また今度、注意して臨むとしよう。
コミュ・戦車“郁島 空”のレベルが3に上がった。
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知識 +4。
根気 +1。
>根気が“粘り気のスゴイ”から“起き上がりこぼし”にランクアップした。