「おい、期末の結果張り出されるってよ!」
終業式が終わり、教室に戻り数分。最後に教室に戻ってきた男子が叫んだ。
期末の結果、もう張り出されているのか。
今回は名前の書き忘れなどはない。今だせる力を出し切った、会心の出来だ。
……自分も見に行こう。
────>杜宮高校【2階廊下】。
2階の階段前。窓に大きい張り紙が出ていて、その前に人混みが出来ている。
同級生たちが去るのを待ち、結果を確認。
……かなり上位だった!
「おっ、ハクノ凄いじゃねえか」
「へえ、やるわね」
「ぐぬぬ、負けた……」
「岸波君、すごいね」
「ほう、岸波やるな」
普段付き合いのある人たちが、自分の成績に好意的な反応を示している。
……嬉しいな。
……そろそろ、戻ろう。
────>杜宮高校【教室】。
「よし、全員戻って来たな」
佐伯先生が腕を組んで待っていた。
全員の着席を確認してから、ホームルームが開始される。
「さて皆、1学期間お疲れ様。期末の結果が良い人悪い人居ただろうが、これから夏休み。切り替えていこう。ただし、切り替えすぎて自堕落にはならないようにな?」
はーい。とまばらな反応が聴こえてくる。
気もそぞろ、という感じだ。
「はは、皆休みが待ち遠しいみたいだな。だが、1つ忘れているんじゃないだろうな?」
忘れていること……?
眼鏡をくいっと上げた佐伯先生が、少しだけ口角を吊り上げて発言する。
その手にあるのは、プリントの束。
「何がですか?」
生徒から、質問が飛ぶ。
「なにって、明日からの夏季講習についてだが」
『…………』
全員が、唖然とした。
言うまでもなく自分も開いた口が塞がらない。夏期講習なんて初めて聞いたが。
配られていくプリント。回ってきたそれに書かれた文を見る。
“夏期講習”とでかでかと書いてあり、日程や時間なども記されていた。
「毎年2年生は夏休みに1週間講習を行っていると聞いているんだが……ああ、岸波については連絡が遅くなってしまってすまない。」
御推察のように存じ上げなかったです。
「全員忘れていたという表情をしているな。しっかりと伝えたはずだぞ?」
……もしかしたらいつぞやかのホームルームで言っていたかもしれない。テスト前や異界攻略中などは必死で、聞く余裕がなかったが。
「高校2年生の夏が勝負だと、世間一般で言われているのは皆も知っての通りだ。だが、この言葉の意味は夏休みが終わるまで理解しづらいだろう。だが、覚えておいてほしい。先んじて行っておいて損することはない。転ばぬ先の杖と言うくらいだ。きついかもしれない、遊びたいかもしれないが、全員が休まず参加してくれることを願っている」
じゃあ、今日は解散だ。と手を叩いて起立を促す担任。
一礼と挨拶が、今学期を締めくくった。
ぜんぜん締められてないが。
……空き教室に行くか。
────>杜宮高校【空き教室】。
「私は知っていたわよ?」
「俺もだ」
「教えてよ!?」
「「普通は知ってる」」
それにしても、自分には教えてくれても良いんじゃないかなとは思う。別クラスだが同じ同好会に所属しているわけだし。
生徒会長が黙認しているとはいえ、勝手に同好会の拠点として使用しているこの教室とも、暫くお別れになる。同好会では、夏休みに学校へ入る許可が下りないからだ。
「それで、夏休みの活動はどうするんだ?」
「学校には集まれないだけだし、別に拠点を用意すればよくない」
テーブルに肘を付きながら提案するのは、正式にメンバーに加わった祐騎。不機嫌そうで、今朝登校中に会った時も暑い辛いと愚痴を零していた。
それでも帰りたいと言わなかったのは、彼の変化だろうか。
「ユウ君、どこか心当たりあるの?」
「だからその呼び方ヤメテって。別にハクノセンパイの家で良いんじゃない?」
「「「まあ確かに……」」」
「自分は別に構わないが、誰か1人くらい反論しないのか」
別に文句があるというわけでもないが、それでも誰1人として疑問に思わないのはどうかと思う。
まあ自分の家が居場所みたいになって、少し嬉しいのも確か。
次に集まるとしたらウチか、考えたくはないが次の事件の発生場所だろう。
「それでは場所問題は解決として、他に話し合うことはある?」
柊が全員の顔を見渡す。
「うーん……あ、みんなで遊びに行かない?」
「良いけど、どこに?」
難しい表情をして、腕を組んで考え込む璃音。
だが、その表情は晴れぬままだった。
「ぐぬぬ、行きたいとこ多すぎて決まらない……次の時までに皆で案を出していくっていうのはどう!?」
「ああ、良いんじゃないか」
考えて出ないものは仕方ない。
それに出かけるというなら、全員で案を出し合った方が良いだろう。
「あ、じゃあ僕は自宅で──」
「出すのは…… 外! 出! 案!!」
「「「「「はい」」」」」
全員が無表情に頷いた。
──夜──
さて、明日から休みか……いや、夏季講習だったか。
特段起きる時間などを気にする必要はないけれども、今日は早く寝よう。
──7月21日(土) 昼──
講座は午前で終わり。午後を丸々使用できるようスケジュールを組まれている。
つまりは午後、丸々空いているわけだが……誰かを遊びに誘うとしよう。
……そうだな、洸を誘ってみようか。
「というわけで、暇か?」
「どういう訳かは分からねえが、まあ夜までなら空いてるぞ」
……洸と遊びに行くことにした。
────>杜宮高校【1階入り口前】。
「うん?」
取り敢えず何をするかは外に出てから決めようか。と話し合い、下校しようとしたところ、後者から出る直前で洸が足を止めた。
彼の視線は1階の廊下に向いている。
「どうした?」
「ちょっと待っててくれ」
彼が廊下を駆けていく。待っててと言われたので、取り敢えずこの場で待っていることにした。
洸はそのまま1年生の教室の前で誰かに話しかけている。
そうして2、3言話し、頷くと、また走って戻ってきた。
「悪い、待たせた」
「いや、何かあったのか?」
「まあ、少し……な」
言葉を濁す洸。
まあ大体の察しは付く。大方何かしらの依頼を引き受けたのだろう。黙っているのは、自分を巻き込まないためか。
「それで、何をするんだ?」
「は? ……いや、別に何も」
「手伝った方が早く解決してあげられると思うけれど?」
「……いや、今回は心当たりがあるから大丈夫だ。また今度、必要になったら声を掛けさせてもらうぜ」
そろそろ出るか、と校門へ向けて歩き出す洸。どうやら関わらせるつもりはないらしい。取り敢えず着いていこう。
目的はないまま。このまま何も見つからないようなら、それを理由に手伝えればいい。
────>七星モール【1階】。
取り敢えず遊びで困ったら此処、といった感じで七星モールへとやってきた。
蓬莱町でも良かったが、この前行ったしな。
「……うん?」
「どうした」
「ちょっと行ってくる」
モールへと入るなりすぐに駆けだしていく洸。
さっきもこのような姿を見たな。
ということは。
「────」
「────」
なにやら宝石店の女性と話している洸。
そうしてまた数回言葉を交わすと、彼はこちらへ戻ってきた。
「また頼まれ事か?」
「ん? まあな」
どうやら何かを抱え込んだらしい。
人の助けになるのは良いことだと思うが、それでも複数抱え込むものではないだろう。
何が彼を動かしているのか。
……そうだな、手遅れになる前に確認した方が良いかもしれない。
「なあ洸、少し話さないか?」
「ん。ああ、別に良いが」
「じゃあ……あそこに座ろう」
1階、階段前にある大きな木の周囲にあるベンチへと腰を掛ける。
彼が座るのを確認して、さてどうやって切り出したものかと悩んだ。
「あー、最近どうだ?」
「どうって?」
「……いや、何でもない。今のなしで頼む」
「お、おう」
そこそこ長く接してきたつもりだったが、こんなに踏み込むのが難しいとは思わなかった。
……いや、そうだよな。
決して、上辺だけの付き合いだったわけではない。本音で話もしたし、色々と苦難を共にした仲間だ。
……今の彼との関係性なら、変に小細工せずに聞いても大丈夫だろう。
「洸、“何を焦っているんだ”?」
「──」
一瞬何を尋ねられたのか分からないといった恍け顔を晒し、それから再度思案しようとして。
「……は?」
やはり理解が出来なかったのか、聞き返して来た。
彼自身には、心当たりがないのかもしれない。
だとしたら、心当たりがないこと自体が問題だ。
何もかもをため込んで、やろうとしている姿。次から次へと厄介事を引き受ける姿勢。まるで、“じっとしていると死んでしまう”かのような態度。
それが最近、会った時より酷い……いや、会った時よりよく見るようになってしまったからかもしれないけれど、それでも最近は顕著にその傾向が見られる。
だから、何度だって聞き返そう。
「何を焦っているんだ?」
「焦って、なんて」
「いない、か? 本当に?」
彼の本音が聞きたい。
じっと、真剣に、洸の目を見続けた。
「……わからねえ」
「分からない。って、何が?」
「分からねえんだ」
洸は、真剣な表情で、自分の手を見詰める。
「ずっと、何かをしなくちゃいけないと思い続けてきた。何もしてないと、心の奥底から出てくる何かに、押しつぶされそうで……ああくそ、なんて言えば良いのか、マジで分からねえ!」
握った手を膝に振り下ろす彼は、何かに藻掻き苦しむような顔をしていた。
……どうしたものか。尋ねたは良いが、彼が把握できていない感情に対して、他人が口出しできることなんてない気もする。
それでも、何か言わなくては。
彼の開いてくれた扉を、無駄にすることなんてできない。
「一度、落ち着いて考えてみたらどうだ?」
「……」
「何かしなくちゃいけないという衝動、ってのは身に憶えがあるけれど、同じとは限らないしな。まずはその感情の発生源を特定しないと、根本的な解決にはならないと思う」
「そいつは……」
自分もすべてが理解できているとは思わないが、少なくとも、杜宮に来た当初のような危機感などは抱いていない。
何かしたいとは思うが、それは自分が空っぽであるという自覚からだと認識している。
洸は恐らく、その認識すら抱けていないのだろう。もしくは分かっていても本能的に認識しないようにしているか。
何にせよ、このままいけば、待っているのは“破滅”だ。
「感情に任せて激務に身を投じていたら、きっと、誰かを悲しませるんじゃないか?」
「──ッ!!」
彼は既に、バイトで多くの人に心配をかけているらしい。ご両親、倉敷家、九重先生とお爺さん、伊吹に小日向、あとは柊など自分たちも。
洸に何かあったら、絶対に悲しむ。
だから、一度だけ、足を止めてほしい。
そう願って、彼を諭すように提案した。
「……だな。少し、考えてみるわ」
「ああ……良ければその依頼は預かるか?」
「……いや、取り敢えず、受けちまった以上はやるしかねえ」
「手伝うぞ」
「ああ、サンキ──」
礼を言おうとした洸の口が、止まる。
「わり、やっぱ良いわ」
今は1人にしてくれ、と、洸は小さく呟いた。
……彼の去って行く姿を見送る。
きっと間違ってはいなかった。
けれど、もっと良い助言ならできたかもしれない。
柊ならなんて言っただろう。璃音ならなんて言っただろう。空なら、倉敷さんや伊吹、小日向なら、いったい何と言うだろう。
疑問は、尽きない。
──夜──
何もする気が起きず、寝た。
『今日は悪かったな。……暫く1人で考えさせてくれ。同好会の活動とかには参加するから、その時には声を掛けてくれると助かる』
コミュ・魔術師“時坂 洸”のレベルが5に上がった。