木曜日。テスト休みの最終日は、バイトに注ぎ込むことにした。
ゲームセンター。昨日小日向と遊んだ場所だ。
なぜここを選んだかと言えば……まあ、昨日負けたから。負け続けたからだ。
祐騎や洸とゲームをした時も思ったが、他人のプレイというのは勉強になる。一昨日までは協力プレイで、昨日は対人プレイでゲームに没頭し、1人でやるということに限界を覚えた。
どれだけ相手の動きを研究しようと、自分の動きが理想に着いていかない。大事なのは、しっかり観察すること。その時その時の対応や目線の向きなどを研究し、自分にとってやりやすいやり方を探っていくことが重要になる。
というわけで、バイトをしながらプレイヤーたちを見学しようというわけだ。
バイトは6時間。そのうちの3時間は大したことのない。観察を行いつつ仕事を進めてきた。その後30分の休憩を取り、戻った後の勤務。
そこで、数人のグループが同じ服を着て入店してきたのを見た。
「岸波くん、気を付けて」
「なににですか?」
「あの人たち。今噂になってる不良グループだよ」
不良……? そういえば以前にも噂を聞いたことがあった。蓬莱町で有名になっているのだろうか。
専用の衣装があるなんてカッコいいな。自分たちの同好会も、何かユニフォームみたいなのを作った方が気が引き締まるだろうか。
「……おい、何ガン飛ばしてんだテメエ」
黒い生地に炎のマークが刻印されたパーカーを着る彼らのうちの1人が、こちらに来る。
その彼につられるように、1人、また1人と近づいてきた。
「こんにちは」
「ンだコラ」
「良い服ですね」
「────」
なんだと聞かれたので、素直に見ていた理由を答える。
「なんだなんだガキ、テメエ俺らのウェアに興味があんのか?」
「格好いいと思います。色合いも良いし」
「話が分かんじゃねェか! テメエ、ちょっと付き合えや!」
リーダー格の男性に連れていかれそうになる。
バイト中なので、社員の方に少しだけ職務を離れて良いか聞こうとしたが、目を合わせた瞬間にうんうんと強く頷かれた。
……凄い勢いで頷き続けている。
「ギャハハハハ! コイツ弱え!」
「イメージ通りの地味さだな!」
「ザ、平凡って感じ。オレらと遊ぶには早すぎだぜ!」
自分と相手のプレイを見ていた彼らが、失礼な盛り上がり方をしていた。
だが自分が弱いのに変わりはない。故に特に反論できることもなく、取り敢えず黙っていることに。
「……飽きた、行くぞ」
「おい戌井さん、俺らまだやってねえんだけどよ」
「行くっつったろ」
地団駄を踏もうとした青年の胸倉を、戌井と呼ばれた男が掴み上げる。
間近で睨み付けられた男性は、冷や汗をかきながら静かに頷く。
ぞろぞろと筐体の前から去る男性たち。
彼らはそのままゲームセンターを後にした。
「はぁ、行ったか」
「チーフ」
「大丈夫? 殴られなかった?」
「殴るような人には見えなかったですけど」
「いや、でも不良だよ?」
「不良にだって良い人悪い人いますよ」
多分だけど。
それにしても、相手を飽きさせてしまうなんて、まだまだだな。もっと他人のプレイを観察しなくては。
その後は特に何の問題もなくバイトを終えた。
──夜──
────>【マイルーム】。
本当なら読書をしようかと思ったが、手持ちに未読の本がない。
……買いに行くか。
────>駅前広場【オリオン書房】。
「……あれ、たしか岸波君……だよね?」
本を選んでいるところに、声を掛けられた。
聞き覚えのある、透き通るような声。
振り返ると、やはり見たことのある女子が立エプロン姿でっていた。
「倉敷さん」
倉敷 栞。洸の幼馴染。柊曰く通い妻。
まあ多方面から悪い話を聞かない同級生。そんな彼女が、後ろに立っていた。
「わっ、わたしの名前憶えててくれたんだ」
「洸たちの話によく出てくるから」
「ふふっ、コーちゃんがお世話になってます」
「こちらこそ、洸がお世話になってます」
お互いに深々とお辞儀をする。
くすっと、笑い声が聴こえてきた。
「同じ学校にいるけど、あまり話す機会無いよね」
「ああ。すれ違うことは何回かあったけれど、こうして話すのはあの壱七珈琲店以来か?」
「そうかも。なんか不思議だね」
確かに不思議だ。知らない仲でもないが、ろくに話した記憶がない。挨拶くらいはしているとおもうのだが……まあ、一瞬一瞬の挨拶を覚えていられるほど記憶力が良いわけではない。そんなものだろう。
「ねえ、岸波君、1つ聞いて良いかな?」
「洸のことか?」
「わ。なんで分かったの?」
だって、倉敷さんがわざわざ畏まって聞いて来るなんて、よほど彼女にとって重要な事なのだろうから。
そんな中で、わざわざ付き合いの浅い自分に相談するとなれば、テーマも限られてくる。
……答えられるものなら良いが。
異界に関わることの説明は流石にできない。いくら幼馴染だとしても、巻き込むべきでないことはあるのだから。
少しだけ、倉敷さんの質問に構える。
数秒、時が流れた。
「……ううん、やっぱりなんでもない」
「いいのか?」
「うん、聞くべきじゃないと思ったから」
「そうか」
よく分からないが、彼女の譲れない一線に触れたのかもしれない。
……少しだけ、彼女の奥底を覗けた気がする。
────
我は汝……汝は我……
汝、新たなる縁を紡ぎたり……
縁とは即ち、
停滞を許さぬ、前進の意思なり。
我、“審判” のペルソナの誕生に、
更なる力の祝福を得たり……
────
「じゃあね、岸波君」
「ああ、また」
去って行く彼女の背を見送る。
……なんとなく、洸に一言言ってやりたい気持ちになった。
“水泳・入門編”、“中級手芸キット”を購入し、家に帰った。
コミュ・審判“倉敷 栞”のレベルが上がった。
審判のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。