PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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7月7~8日──【教室】後輩たちと料理

 

 

 土曜日の放課後。

 今日は予定がないしどこか飲食店にでも寄って勉強してから帰ろうか。と思っていたが、下校の準備を終えた時にちょうどサイフォンが振動した。

 

『センパイ、今日ちょっと時間いいですかぁ?』

 

 ……1年のマリエからお誘いの連絡だ。

 佐伯先生関係で何かあったのだろうか。

 気になるし行ってみよう。

 

 

────>杜宮高校【家庭科室】。

 

 

 指定された場所へ近づくにつれて、段々騒がしくなってきた。

 家庭科室。正直2年生の授業に家庭科はないので行く用事がまったくない場所だ。以前空の用事で向かった時くらいか。

 その時は利用者が1人もいなかったが、今日は何やら大勢集まっているらしい。

 

 家庭科室の前に、黒髪の少女が立っているのを見つける。

 

「ヒトミか」

「あ、センパイ、来てくれてアリガト」

「いや……」

 

 一応周囲や扉から見える範囲の家庭科室内を確認するが、あの目立つ明るい色の少女が見つからない。

 

「マリエは?」

「中、の奥の方。一緒に行こ」

 

 案内を任せ、家庭科室へと入る。

 外から見た感じでも分かっていたが、人が多い。多少男子も混じっているが、室内の9割近くが女子だ。いったい何が始まるのだろう。

 

 

「あ、せんぱぁい、待ってましたぁ。来てくれてありがとうございますぅ」

「まだその演技忘れてなかったんだ」

 

 マリエの歓迎の言葉を聞いたヒトミがぼそりと呟く。

 待たせてしまったのか。寄り道はしなかったんだがな。

 金髪の長い髪を指先で弄っていた彼女は、いいからここ座って、と逆側の椅子へ着席を促した。

 

「それで、これは何の集まりなんだ?」

「料理研究部の料理教室」

 

 料理教室……なるほど。

 つまりマリエは料理がしたくてここに来たと。

 ……なんで?

 

「自分が呼ばれた理由は?」

「えー、だってぇ、いきなりゴロウ先生に手料理渡して失敗してもアレだし……」

 

 つまりは実験台ということか。

 男性相手であればだれでも良かったのだろう。それでいて協力者である自分に頼んできた、と。

 まあどうやら自分は特になにもしなくて良さそうなので、気楽に待っているとしよう。

 

 

「それじゃあせんぱぁい、こっちお願いして良いですかぁ?」

 

 そう言って、マリエがボウルに材料の一部を入れて渡して来た。

 

「……? 自分も作るのか?」

「働かざる者食うべからずですよぉ」

「…………」

 

 それはまあ、確かに?

 となればやるしかない。

 やるからには最高の料理を作るとしよう。

 

 

「センパイ、結構チョロい……」

「なにか言ったか、ヒトミ」

「なんでもない。私も手伝う」

 

 三人で料理を作ることになった。

 

 

────

 

 

「「「うわー」」」

 

 各々が抱えていた品物が完成し、辺り一面を見渡した時の感想は、すべて同じ。

 

 テーブルの上の惨状は、それはそれは酷いものだった。

 焦げて変色したコンロ周辺、汁物が滴るテーブル淵、洗い物が溜まったシンク。

 経験者がいないだけでここまで悲惨な状態になるとは思わなかった。

 ……いや、経験者というか、部員の人が居るには居るのだが、一部──特にマリエがまったく話を聞かずに暴走。自分とヒトミも自身の抱える仕事で手一杯、といった形で、どんどん取り返しのつかないところに。

 というか途中から部員の人も匙投げてた気がするが、気のせいだろうか。

 

 

「ま、まあ、料理は味さえ良ければ大丈夫だし……」

 

 マリエが恐る恐る完成した料理へ箸を伸ばす。

 が、途中でその箸も止まった。

 

「やっぱりぃ、最初は男の人に食べてもらいたいなぁ」

「………………」

 

 そうきたか。

 そうきたか……っ!

 

 いつもは窘めてくれそうなヒトミも、縋るような表情でこちらを見ている。

 食べるしか……ないようだ……大丈夫……大丈夫。

 幸い、見た目に何かしらの問題は見当たらない。食べられないというほどではないはず……だ。だから沈まれ、自分の右手……!

 

「……いただきます」

 

 箸でマリエの作った料理を摘まみ、口元へ持っていく。

 ……ええい、ここまで来たら度胸だ。

 

「「行った!」」

 

 逝ってない、逝ってない。

 

「ど、どう……? おいしい?」

 

 

──Select──

  まずい。

 >個性的な味だ。

  ……食うか?

──────

 

「それってマズいってことじゃん」

「……平たく言えば」

「……ま、そうよね」

 

 マリエが低いトーンの声で言う。

 落ち込ませてしまっただろうか。

 

「……」

「……」

 

 ついなんて言えば良いか分からず、黙ってしまった。ヒトミも何か言おうとはしているが、出てこないらしい。

 慰めの言葉を探すのは、とても難しかった。

 惨状がすべてを物語っていたから。目で見た光景がすべてのフォローを消してしまいかねない。

 

「……やっぱ向いてないのかなぁ」

 

 例え自分にできるとしたら、慰めるのではなく、発破を掛けることくらい。

 

──Select──

 >諦めるのか?

  ……(何も言わない)。

──────

 

 

「諦めるのか?」

「……センパイ?」

「これから頑張れば良いじゃないか。諦めるのは、もう少し努力した後でも良いだろ?」

 

 諦めてしまったら、何も残らない。

 マリエが料理をしてみようと思った気持ちも、きっと思い描いていた成功時のアタックも、すべて無駄になってしまう。

 それは、悲しいことだ。

 

「なんで料理だったんだ?」

「え?」

「やったことない料理を練習しようとした理由」

「だって、胃袋を掴むのが異性を落とすときの基本って聞いたから……」

「なら、練習しないと。大丈夫、練習なら付き合うから……ヒトミが」

「あたし!?」

 

 それはそうだ。いつも一緒にいるのはヒトミなんだし。

 裏切り者を見る顔を向けてきたが、必死に顔を逸らしておいた。

 

 

「あー、センパイに言われるの癪だけど、その通りだわ。努力、してみようかねー」

 

 マリエが、いつもと違った口調で言う。

 違った口調というか、自分と接する際は貫いていた甘え口調のようなものがなくなっている。

 自然体で向き合っても良い人間、と見てもらえたのだろうか。

 

「ゴロウ先生に喜んでもらうためだもんね。ばっちり決めてかなきゃ」

 

 気合を入れて頷く彼女を見て、発破かけが成功したことを確信する。

 良かった。良かった。

 さて、後片付けをして──

 

「待ちなよセンパイ」

 

 ガッと肩を掴まれた。

 後ろには、食べかけの料理を持った黒髪の少女の姿が。

 

「ど、どうしたんだヒトミ。今から片づけをしようと思ってたんだけど……」

「それはどうでもいいから、食べて」

「いや、でも」

「食・べ・て?」

 

 

──Select──

 >食べる。

  黙って頂く。

  あーん。を要求する。

──────

 

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

──7月8日(日) 昼──

 

────>旅館【神山温泉】。

 

 

「というわけで、絶賛体調不良です」

「なるほど、大変だったんだな」

 

 

 温泉バイト。今日はいつもの先輩と一緒だ。

 

「先輩は料理とかできます?」

「そこそこ。生活に困らないくらいはできるつもりだ」

「凄いですね」

「そんなことないさ。岸波にだってできる。要は慣れだな。あとはしっかりと考えながらやること」

 

 そんな会話を先輩とした。

 いつも飄々としている先輩だが、不味いものを食べた時など、どんな反応をするのだろう。黙々と食べそうなものだけど。

 あれくらい落ち着いていられたら良いなと思う。

 

 

 

──夜──

 

 

 今日こそは勉強をしよう。

 思いっきり集中してやりたいな。

 

「サクラ、音楽を流してくれないか?」

『はい、どんな音楽が良いですか?』

 

 

──Select──

  穏やかな曲。

 >明るい曲。

  激しい曲。

  お任せで。

──────

 

 

『分かりました。お任せください、先輩』

 

 

 ………………!

 

『どうでしたか?』

「ペンが止まらないレベルで捗ったよ」

『……それは良かったです!』

 

 この調子で頑張ろう。 

 

 




  

 コミュ・悪魔“今時の後輩たち”のレベルが3に上がった。
 
 
────


 知識  +3。
 度胸  +10。
 根気  +2。


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