PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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7月3日──【妖精の回廊・終点前】才能至上主義

 

『気を付けてください、その扉の先から大きな力を感じます!』

 

 

 異界探索を始めてから、体感で2時間。

 自分たちは異界の中で大きなゲートを目の前に立っていた。

 

「そろそろボスってわけね。現実でもレベリング作業って面倒だなー」

「でも、大切だ」

「そりゃまあね。強くならないと、救いたいものも救えない」

 

 拳を握りしめて、祐騎が言う。

 ここまで全員、色々なことを試しながらやってきた。

 正直、祐騎の練習などをぶっつけで行うことに多少の不安はあったが、そこは本人が言う通り、彼の天才性でなんとなかったという印象だ。

 洸や空のように格闘技の心得があるならまだ分かるが、彼にそういった武道の経験はない。

 まあ祐騎のソウルデヴァイスの特性として、そこまで格闘戦を挑む必要がないというのも理由の一端にあるだろう。

 槌と砲台のソウルデヴァイス“カルバリー・メイス”。あのよく分からない浮遊球体は、祐騎の意志で動き、ビームを出すことのできる遠距離攻撃型の武装だった。

 彼が戦うのに必要なのは、腕力より、計算。

 だからこそ、運動慣れしていない彼がここまで着いて来るのに、そう苦労はなかった。

 半分以上の道を共に攻略し、粗方彼の考える必勝パターンもつかめてきたので、指示を出すのに苦労もない。寧ろ祐騎の視点はとても勉強になる。彼の考えを追ううちに、自分の指示の精度も少しだけ上達した気がするのだ。

 

「扉を開いたら、もう後戻りはできないわ。どうするの、岸波君?」

「いったん引き返すまででもない。呼吸を整えて、装備の最終確認が終了し次第、すぐに突入しよう」

「分かったわ」

 

 各々がソウルデヴァイスの調整を行ったり、手持ちの回復薬などを確認している。中には今の内にと休息を取っている人もいた。

 確認がてら、全員に声を掛けて回ろうか。

 

 

 

 

 

 

「絶対助けねえとな。オレは兄妹とかいねえから分からねえけど、家族同様に近しい人を巻き込んだ経験があるからまあ、気持ちは分かるつもりだ」

「……倉敷さんか」

 

 

 自分と璃音が初めて異界に巻き込まれた日、彼も異界に巻き込まれていたらしい。その後、自分が入院している間に、倉敷さんが異界に巻き込まれたんだとか。

 彼がその時、どういった感情を得たのかは分からない。無力感か、喪失感か、はたまた別の何かなのか、本人ですら分かっているかは曖昧な所だ。

 でもその訳の分からない感覚を共有することは、できる。

 祐騎にとっては、大切な理解者だ。

 

「なにかあったら、支えよう」

「ああ、絶対失わせねえ。頑張ろうぜ、ハクノ」

 

 拳を突き合わせ、奮闘を約束する。

 洸は大丈夫そうだな。

 

 

 

 

 

「……何か用かしら、岸波君」

「最終確認、みたいなものを」

「……特に問題はないわ。いつも通り全力を尽くすだけ」

 

 休みながらも、緊張を解いていない柊は、鋭い眼光を向けてくる。

 

「貴方こそ、疲労は溜まっていないのかしら。かなりの仕事量だったでしょう」

「疲れていないと言えば嘘になるが、不調を感じる段階からは遠い」

「問題ないのなら、良いわ。絶対に助けましょう、岸波君」

「ああ」

 

 ……少しだけ、彼女との会話に違和感を感じた。

 無理をしているのは、彼女ではないだろうか。

 体力的には、そこまで疲労していないはず。確かにここに来るまで連戦もあったが、決して休みなしということでもなかったし、柊に頼り過ぎるなんてことはしなかったはずだ。

 

 だとしたら問題は、心の方か。

 そういえば、自分の家で行ったミーティングの時から、彼女は少し様子がおかしかった気もする。

 ……今聞いたところで、素直な答えは返ってこないだろう。氷のような意志の硬さを彼女から感じる。恐らく、それは彼女にとってもとても大切な事。おいそれと話せることではないのかもしれない。

 自分たちに出来るのは、彼女の負担を減らすことと、暴走しないように影ながら気を配ることくらいか。

 

 

 

 

「やっほー、どうしたの?」

「疲れてないか、璃音」

「ダイジョーブ。もとから体力には自信あったしね」

 

 アイドルはまず体力と胆力だよ、と言って力強い笑みを見せる璃音。本当に心強い。

 

「……悩み、晴れた?」

 

 少し不安そうに見上げてくる彼女。

 感情の起伏が激しいな、と少し申し訳ないことを考えてしまった。

 それくらいの、ゆとりはあった。

 

「少なくとも、目の前に疑問が転がっている状態ではなくなった。自信を持って答えを出せるかは分からないが」

「それで良いんだと思うよ、キミは」

「というと?」

「いざという時に、勇気を出せる人だと思うから。結局地道に、1つ1つ問題を片づけていけば、答えが見つけられるんじゃない?」

「なんでそう思う?」

「人を見る目なくして、芸能界でやっていけないよ」

 

 今度は自信有り気に目を合わせてくる璃音。数秒目を合わせていると、勝手に顔が逸れて行った。見続けることに飽きたらしい。

 ……璃音がそういうなら、信じよう。自分は自分に、できることをしっかりやるんだ。

 

 

 

 

 

「岸波先輩、お疲れ様です! 飲み物どうぞ!」

「ありがとう、空」

 

 黒髪の彼女が差し出してくれたペットボトルを受け取る。

 飲んでみると、心に沈んでいた疲れが解れるような感覚を得た。

 

「これ、どうしたんだ?」

「自販機に売ってました」

「凄いな自販機」

 

 そういえば普段は水ばかりで、他の飲料水を飲んでいない。

 そのうち、自販機を覗いてみようか。面白い飲み物もあるかもしれないし。

 

「空は元気そうだな」

「えへへ、気合バッチリです! いつでも行けます!」

「頼もしい。それじゃあ頑張ろう」

「はい!」

 

 胸の前で拳を握りしめる彼女の姿を見て、湧き出るやる気を強く感じ取った。

 空にとっては祐騎と同じ、初めての異界攻略。説得に挑むのも当然初めてだ。力が入り過ぎないよう、こちらでコントロールしなければ。

 

 

 

 

 

「つくづく変な世界だね。それに、もっと気になるのはそのAI……サクラ、だっけ?」

 

 祐騎が興味深そうな目で、自分のサイフォンを見る。

 何がそんなに気になるのだろう。確かに可愛いとは思うが。

 

「単純に、よくできてるって話さ。そこまで高性能なAI、悔しいけど見たことない」

「祐騎はAIに興味があるのか?」

「発展しそうな分野に興味があるってだけだよ。儲かるしね。……まあでも、憧れないといえばウソになるかな。僕もプログラミングしてはみたけど、それ程のものはできなかったし」

 

 そこで祐騎は、顎に手を当てて考え始めた。

 

「……ねえセンパイ、この事件が終わったら、暫くサイフォン貸してよ。夜から朝までで良いからさ」

「なんともなく終わったらな」

「じゃあ、約束ね。破ったら個人情報さーらすっと」

「なんだその脅し方!」

 

 

 ……どうやら演技でも何でもなく、気負っているということはないらしい。

 姉や父がこの扉の向こうに居て、一刻も早く突入したいだろうに。

 強いな、祐騎は。

 

 

 

 

 

 1人、1人とまた立ち上がっていく。

 ソウルデヴァイスを起動状態にして、自分たちは再度、扉の前へと立った。

 

「準備は良い?」

「ああ、いつでも」

「それじゃあ、行きましょう」

 

 

 扉を、潜る。

 

 

 

 

 

 

 ────>妖精の回廊【最奥】

 

 

 そこには、1人の男が立っていた。

 その傍に、1人の女性が横たわっていた。

 

 

「姉さんッ!!」

 

 

 祐騎と柊、璃音がいち早く駆け寄る。

 自分と洸、空は、もう1人の男性のもとへと向かった。

 

 

「四宮君のお父さんでよかったですか?」

「フン、誰だ君たちは」

「祐騎君の友人です」

「友人? コイツに?」

 

 祐騎を指差す父親。その言葉に、喜色は含まれていない。

 

「それで、祐騎の友人とやらが、何をしに来た。まさか、他人の家庭に口を出すつもりではないだろうな」

「それが祐樹を苦しめているものなら、口を出すこともあるでしょう。苦労している様子を捨て置けるような関係を、友人関係とは呼びません」

「フン、それで、何が知りたい」

 

 腕を組み、仁王立ちで自分たちの言葉を待つ、祐騎のお父さんのシャドウ。

 その様子に、洸が口を開いた。

 

「……拒絶しねえんだな」

「する必要がない。間違っているのは私ではなく、愚息なのだからな」

「愚息って……そんな言い方ないと思います! そんなユウ君を下に見るような!」

「見るも何も、下だろうソイツは。私の課すノルマも越えられず、私の足元にも及べていないのは事実」

「──」

 

 

 空が、言葉を失った。

 一見すると、冷たい言葉だ。

 だが、昨日璃音と話し合った内容が、頭を過る。

 

 

────

『子どもの成長を願わない親なんて居ない。子の幸せを願わない親なんて親じゃない』

『きっと2人に行き違いがあっただけで、お互いがお互いをしっかり想い合ってたんじゃないかなって』

────

 

 だから自分は、シャドウの言葉の裏には祐騎を思いやる気持ちがあると信じて、話を進めよう。

 

 

──Select──

  息子を下に見るな。

 >ノルマ、とは?

  足元に及べていないから、何だ?

──────

 

 

「単純なことだ。私が社会を生き抜いてきた上で、必要だと思ったことをやらせている。これが出来ないなら、到底社会で役立つ人間にはなれんからな」

 

 それはつまり、将来祐騎が困らないようにテストをしていた、ということか?

 

「そのことを、祐騎には?」

「そのこと、とは?」

「課したノルマが将来どんな意味を持つか、しっかりと説明したのか?」

「何を言っている。“言わなくても問題ないだろう”。できる奴は汲み取る。それにわざわざ一々説明していたら、説明がないと動けない人間になるだろう」

 

 言っていることは分かる。分かる気がする。

 思考するということは、癖である。答えを与えられる環境に居たら、きっと気付くことさえできなくなってしまう。そんな危惧はあっても良い。

 自分だって、最初から何も持っていなかったからこそ、色々な行動をしている。最初から持っていたらこんなことしなかっただろうな、と思うことだって多々あった。

 

 しかしだからと言って、その考え方はすべてが正しいとは言えない。

 すれ違いの一端は見えたが、今はまだ情報を集めよう。

 

 

「なあ、祐騎のオヤジ、祐騎がなんでアンタの所を出て行ったか、知ってるのか?」

「愚問だな、辛かったから、逃げたのだろう」

 

 洸の問いに、悩む様子もなく答える。本当にそう思っているらしい。

 逃げた、か。まあ彼の視点からいけば間違っていない。事実祐騎は家を飛び出しているわけだし。

 大事なのは、父親が息子を理解しようとしているのか、だ。

 なんと問いかけるのが良いだろう。

 

 

──Select──

  追わなかったのか?

  何が辛かったのかは知っているのか?

 >なにから逃げたのかは分かっているのか?

──────

 

 

 追った追わなかったを問うのは意味がない。事実として連れ戻していないのだから。

 辛かった理由は多分、分かっていないだろう。何が辛かったのかが分かっているなら、少しでもノルマの意味を教えていただろうから。

 だから問うべきは、何から逃げたか。

 父親の視点で、祐騎が何を恐れていたのかを理解しているか、だ。

 

「知れたことを。“用意された課題を越えられない己の無力さ”を痛感したくがないゆえに逃げ出したのだろう」

「……本当に」

「うん?」

「本当に、そう思っているのか?」

「ああ。寧ろそうでなければ、出ていく必要がないだろう。“言われたことさえできるようになれば、社会で役立つ人間になれる”のだ。耐えて努力していれば良いだけの話。それをしないということは、その努力を続ける根性が、努力をして見つかる無力さが、耐えがたかったというだけのこと」

 

 本当に、ボタンを掛け違えているというか、悉くが噛み合っていない親子だ。

 恐らく最初から見ているものが違うのだろう。だからここまで食い違ってしまった。この差を埋めるのはきっとコミュニケーションだっただろうに、それを取らなかった彼らの落ち度。

 だからこそ、葵さんは話し合いの場を設けようとしていたのか。

 

 

「でも、ユウ君は……」

「ん?」

「ユウ君は平凡なんかじゃないです。確かにちょっと生意気で、無茶をすることはあるけれど、それでも先生方に認められているくらい凄い人なんです!」

 

 それは恐らく、職員室へ話を聞きに行った時に知ったことだろう。彼らは祐騎のクラス担任から話を聞いたと言っていた。教員から素直な言葉を聞いていてもおかしくはない。

 あの時は不登校のことしか言っていなかったが……まあ、情報の共有は今後の課題にしないとな。

 

 空の必死の訴えを受けて、シャドウはどういう反応をしているかと思えば、“特に何の感動も受けていなかった”。

 

「それはそうだ。そう躾けたからな。寧ろほかの生徒に並ばれているようでは、恥でしかない」

「……なんで、なんでそんなことを!」

「“元より無駄な才能しか持たない凡才”の身。過度な期待はしていないが、その程度はこなしてくれなければ、将来苦労することになるだろう」

 

 無駄な才能、か。

 

──

 

『アイツの要求は、狭すぎるんだ』

 

──

 

 一昨日、祐騎はそう言っていた。

 その言葉と照らし合わせて見るなら、聞くべきことは。

 

 

──Select──

  努力の成果を褒めてあげなかったのか?

  ノルマを下げることなどをしなかったのか?

 >その無駄な才能がどんなものか知っているのか?

──────

 

 

 褒めるということは大事だと言う。どこかの本に書いてあった。“3年F組・金鯱先生”だったかな。祐騎が覚えていないだけで、実は褒めているかもしれないとも思ったが、無さそうだな。

 成果が目標に届いていなければ恥、ということは言い換えると、父親の中でそれは出来て当然という扱いになっているということ。

 きっとできたからと言って褒めることはなかっただろう。

 ノルマを下げるなど言語道断。それを必要と思っているからノルマとしている、と言った時点で、下げられるものでもないのだろう。

 一歩ずつ進んでいけば良いと思うのは、自分の意見でしかない。シャドウの考えに沿うなら、聞く必要のない意見だ。

 だからこそ気になるのは、父親が認めなかった才能の中身。彼がそれを、正しく認識しているのかということ。

 

「フン、当然だ。“高々他人より情報処理が早い程度”で、“コンピューターを使いこなせる程度”、努力すれば到達できる領域だ。才能と呼ぶには、少々烏滸がましい」

「……程度?」

 

 個人が持つ可能性を、程度という言葉で片付けた?

 才能を持っているということは、凄いことなのに。祐騎だって、たぶんこの人だって、等しく尊敬できる人のはずなのに。

 ああ、そうか。確かに。分からないことはないと思っていたが、きっと自分は祐騎の気持ちを理解できることはないのだろう。

 これは、否定だ。祐騎が祐騎らしくあることに対する、明確な否定だ。

 

 突き付けなければならない。この想いを。

 祐騎ではなく、第三者の、親も才能もない自分が。

 

「……分かりません」

「ソラ……」

 

 隣で空が、涙を零した。

 

「私には、分かりません! 岸波先輩、教えてください! 決定的に間違っているはずなのに、それが何か分からない! あの人は、何を諦めているんですか!?」

 

 空が涙を流して訴えてくる。

 その悲痛は、受け取った。

 安心させるように頷き、一歩、前へ出る。

 

「フン、言ってみろ。私が何を間違えているというのか。何を諦めているというのか。本当に、そんなものがあると言うならな」

「ありますよ」

「ハクノ、言えるのか」

「ああ。──貴方の間違いは、理解し合うことを放棄したこと。自分の経験が絶対だと思い込んだこと。そして、貴方が諦めたこととは──」

 

 

──Select──

 

  >息子の成長を見守ること。

 

──────

 

 

「息子の可能性を信じず、挑戦をさせない。大成するのを待たずに、親として子を“見守ること”を諦めた。違うと言うなら、反論してください」

 

 


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