「四宮、お前、どうして……」
唖然とした表情で洸が尋ねる。
それはそうか。こんな命の危険がある場所に、生身で入ってくる訳がないと思う。
だがそれは、危険度を知っている自分たちだからこそ、できる判断だ。
「質問してるのは僕だ! 話せよ! ここはいったいなんなんだ!」
ユウ君が錯乱するのも無理はない。
彼はただ、自分たちが何か知っていると勘付いて、後を追ってきただけ。行きつく先が異世界だとは聞いていないし、シャドウたちが跋扈しているなんて考えもしないだろう。
「……随分な態度ね。置いていこうかしら」
「そうする?」
「「コラコラ」」
女性陣2人が物騒なことを言い出したので、洸と2人で止めた。
まあ実際に苦労させていた柊の気持ちは分からなくもないけれど。
「それで、岸波君。どうしてここまで彼が着いて来ることを容認したのか、聞かせてもらえるかしら」
「……流石に、柊は気付くか」
「そういう貴方も、気付かれていることに気付いていたでしょう」
「ああ、柊みたいに確信していたわけではないけれどな」
とはいえ、万が一居ても良いように、と打ち漏らしがないよう最善の注意を払い、少し余分な所までシャドウの姿を探しながらも、後ろを行く彼に危険が及ばないようにしていたのは、主に彼女と自分、あとは璃音だ。
璃音に後方を気にする様子はなかったから、自分と柊に合わせた結果なのだろうけれど、柊は別。
今にして思えば、払わなくていい注意力を割き、安全の確保に努めていた。洸が不機嫌と言った姿はそれが理由だろう。
「まずはそうだな、ユウ君に現状を説明するとしよう。その後で今後の対応についての話をする、って感じで良いかな?」
「……そうね、このまま騒がれても、話の邪魔だもの」
「なっ──……聞き捨てならないんだけど。子ども扱いしないでくれる?」
「あら、さっきまで理由を話せと駄々を捏ねていたのは誰かしら」
「駄々じゃない。正当な説明要求。僕はあんたらと違って天才だから、少しでも情報があればすぐに状況の整理くらいできる」
「聞かれる側の気持ちを考えない時点で、高が知れてるわね。……貴方の命、それから貴方のお姉さんの命、誰が握っているか分かっ「柊ッ!!」」
冷静な表情で、しかし確かに激昂している柊。いつも感じる余裕はそこにない。初めて見る表情だ。
だが、止めざるを得ない。
今の発言は、“私たちがその気になれば、貴方をここで見殺しにすることも、貴方のお姉さんを助けないこともあるわよ”、という脅し。本人や、その大事な人の命を逆手に取った、最悪の話し合いだからだ。
売り言葉に買い言葉で、言って良いことでもない。
自分たちは嘘でも、救わないという選択肢を提示してはいけないのだから。
少なくとも自分がその発言を容認することは、絶対にない。関わると決めた日に、誓ったからだ。
悲劇から目を逸らさない。出来ることをする。
救わないとすることは、目の前にある悲しみを取り除かないのと同じ。努力を放棄することと同じ。
そんなこと、許されるわけがないだろう。
「……」
柊は謝らない。苦渋を飲むような顔をしている。
恐らく自身が言おうとした内容は分かっているのだろう。罪の意識もあるのだろう。
だがその上で、許せないものがある、と、そんな葛藤の表情だ。
全員が無言になる。
「……確かに、最初に声を上げたのは僕だ。謝る」
そんなとき、ユウ君の声が響いた。
「だけどさ、頼むよ。関わらせてくれ。姉さんのピンチなんだろ……さっきの様子見てたら分かる。きっと命に関わるような、ヤバいことに巻き込まれてるんだって」
ぽつり、ぽつりと言葉を零していく。
そこに攻撃的な色はなく、ただ、懇願するように呟いているだけ。
「姉さんは……姉さんはウザイし、ウルサイけど、姉さんなんだ。大事な僕の……家族なんだ」
きっとその言葉を聞いていたら、葵さんも喜んだだろう。
彼女の愛は、正しくユウ君に届いているのだから。
「だから、僕にできることがあるならしたいし、指をくわえて待ってるだけなんてできない! 大事な家族の命を、他人に任せてられるかっての!」
彼は必死だった。必死で自分に、自分たちに想いを分かってもらおうとしてた。
泣き縋ってでも、しがみついてでも着いて来る。そんな覚悟が、彼の瞳に宿っている。
まっすぐ、どこまでもまっすぐに、自分たちの方を向いて、ただひたすらに声を上げていた。
──だから、だろう。
「だから頼むよ、センパイ……いや、お願いします。僕に、姉さんを助ける手助けを、させてください」
彼は、自身の身体が──いや、彼の魂が放つ輝きに、気付くことはなかった。
「この光は……」
「似てる……」
璃音の時と、空の時。2回ともに見られた、輝きの収束。あの時は倒したシャドウが本人へと吸収されていく過程で生じたソレと同じ光。だが、今回は今までの2件と少し違った。
他に何の要素も干渉もなく、四宮祐騎から出た光が、四宮祐騎自身を輝かせている。
自分たちの反応を受けてか、ようやくユウ君も自身の異変に気付いたらしい。
「う、うわああああ! なんだコレ! 光り過ぎでしょ!?」
いつか、美月が言っていた。
ペルソナは、自分の本音としっかり向き合った時に。ソウルデヴァイスは、困難に抗おうと決意した時に顕現する。
つまり彼は、本来であれば認めたくない本音を家族の為に受け入れ、関わりたくもない状況でも家族の為に抗って見せようと覚悟したということだ。
彼の
なら、自分たちがしてあげられるのは。
「手を伸ばせ!」
「ッ!?」
「君の求める
ユウ君が、虚空へ手を伸ばす。
手先に光が収束を始め、やがて、何かを形どり始めた。
それは棒状のような、それでいてふくらみのある何か。
「叫べ四宮! お前の
「う、ぁあああああああっ!!」
時坂の激励に、輝きから目を逸らすことを辞める彼。
光の棒を、小さな手が、掴む。
「
そして、“槌”が現れた。
横薙ぎされた槌。ハンマーのようにも見える。
だが、それで終わりではない。ブォンという音を立てて、小さいボールのようなものが顕れた。彼の周りを縦横無尽に飛び回る球体、動き自体は恐らく自身で制御できるのだろう。自分のソウルデヴァイス“フォティチュード・ミラー”と多分同じようなものだ。
あれはいったい、なんだろうか。少なくとも、ソウルデヴァイスの一種、というのは間違いないが……
「これが……ああ、なんだコレ、知らないはずなのに、使い方が分かる……超科学すぎるでしょ……」
困惑しているようにも聞こえるが、喜色が混ざっているようにも見える。
「さて、ユウく──」
「待って、
柊が声を上げ、ユウ君以外の全員が身構えた。
地面から影が溢れ、形を成す。
シャドウ。それも大型。さっきの個体によく似たものだ──!
「なるほど、これがシャドウ。敵って訳だね」
「下ってユウ君、この敵は!」
悠然と歩きだそうとしたユウ君を庇う様に、“ヴァリアント・アーム”を構えた空が前に立つ。
しかし、そんな彼女の横を、ユウ君は通り過ぎた。
「ちょっ」
「あー、良いってそういうの。分かるって言ったよね。僕にも戦わせてよ」
「四宮クン……?」
「状況は分かんないけどさ、まずは示してあげるよ。僕の有能さを、さ。置いていくなんて選択肢、残してやらないから」
戦えることの証明、それを今、ここでしようと言う。
大した度胸だ。
「空、洸、まずは切り崩そう! 柊はユウ君のサポート、璃音は遊撃! ユウ君は自由に動いてくれ! 行くぞ!」
「「「「「応!」」」」」
4人から5人へ。新戦力を含めた戦闘が、開始する。
「どうせ弱点はねえんだろ……ソラ!」
「はい、コウ先輩!」
洸が“レイジング・ギア”をクロスを描く様にソウルデヴァイスを振るう。最後の反動を利用して、回転切りを放った。
かなりの衝撃が襲ったはずだが、シャドウは倒れない。
そこに追撃するように、ソラが跳び掛かる。
「はああああっ! 砕け散れぇっ!」
しっかりと溜め込んだ、渾身の1撃が振りぬかれる。
しかし、シャドウは耐えた。
空中で発動させたから、威力が下がったのかもしれない。
反撃の拳が空を捉える。
かなり重い攻撃だが、重傷というほどのダメージは受けていないらしい。
回復指示は後回しだ。
まずは、押し込む。
「“べリス”! 【スレッジハンマー】!」
自分が召喚したのは、馬に乗った甲冑姿の男のペルソナ。
物理スキルが放たれる。複数のシャドウを相手取ることはできない技だが、敵が単体で威力の大きい技を求めるなら、これは結構使い勝手がいい。
鬼の姿をしたシャドウは、反動で1歩だけ後退して……それだけだった。
「追撃するぜ!」
洸がシャドウへと“レイジング・ギア”の切っ先を放ち、その剣先を追うように身体を飛ばす。
いつもは自分の元へソウルデヴァイスを戻しているが、ソウルデヴァイスの方へと自分を引っ張ることができるのか。相変わらず読めないソウルデヴァイスだ。
「────」
だが助かる。おかげでシャドウのバランスが崩れた。
「今だユウ君!」
「言われなくても!」
ソウルデヴァイスである槌をくるくると振り回し、その流れで、サイフォンへと格納する。
そして画面上に指を滑らせ、『PERSONA』の文字列を思いっきり振りぬいた。
「来なよ──“ウトゥ”!」
台座に座り、棒のような何かを持っている男が、ユウ君の後ろに現れる。
これが彼のペルソナ。
「“ウトゥ”、【ジオンガ】だ!」
ユウ君の呼び掛けに応じ、雷のスキルが発動する。
強烈な稲妻がシャドウに落ちた。
目立った効果はないにしても、的確なタイミングでの追撃、心強い。
最後の攻撃に反応したのか、ユウ君目掛けて拳を構えたシャドウ。
だが、護衛の彼女はそれを見過ごさない。
「【タルンダ】! 防御よ四宮君」
「分かってるよ」
柊が敵の攻撃を阻害、リスクを抑えた上でユウ君に攻撃を受けさせる。
見事受けきったユウ君に、傷や疲れは見られない。
璃音が飛びまわり、敵の注意を引いている。ここに強烈な一撃を与えられれば……!
「空!」
「行きます!」
殴り、殴り、裏拳を含めて連撃を放った彼女は、締めと言わんばかりに大きな溜めのモーションを作ってから、敵へ攻撃を放った。
「……倒れました! 岸波先輩、みんなで行きませんか!?」
「ああ行くぞ、総攻撃だ!」
「「「 応 !! 」」」
全員で倒れたシャドウを囲み、容赦のない連撃を放っていく。
幾度となく繰り返された攻撃が、ついに敵の許容限界を超えたのだろう。
シャドウは闇へと霧散していった。
「か、勝ったのか……? はぁああああ……!」
大きなため息を吐いて、地面にへたり込むユウ君。
「お疲れ様、ユウ君」
「マジで疲れた……でも、これでボクがそこら辺の無能とは違うって分かったでしょ」
「そこは最初から信じていたさ」
最初から、資格云々のような話ではないのだ。力に目覚めている以上、目標に向かって突き進む覚悟はあるのだろう。
自分としては、今回の件にユウ君がいると嬉しい。何の手がかりもないまま進むより、道を知っている者と進んだ方が、効率だって良いはず。
柊は基本、一般人に足を突っ込んで欲しくないらしい。危険度の話もそうだし、彼女からすれば覚悟が足りないように見えるのも仕方ないだろう。
だから、一回話し合った方が良さそうだ。
「今日はいったん戻ろう」
「え、もう帰るの?」
「ああ。ユウ君が着いて来るなら準備も必要だろうし、着いて来ないなら置いて来ないといけないから」
「……たしかにそうだね」
璃音が納得したように頷く。
周囲のみんなも基本的に同意見らしい。反対の声は上がらなかった。
『あ、今日は帰られるんですね。また次回、頑張って下さい』
サクラがそう言って、ナビゲーションを終える。
明日はどこかに集まって話し合いだな……どこにしようか。学校も開いていないし……
「って言うかさ、いつまで僕のこと、ユウ君って呼ぶわけ!?」
「今更名前で呼ぶのも何かなって」
「いや良いから! 呼びなよ! 逆にユウ君って呼ばれる方がヤだね!」
「えー」
一瞬だけ、アスカの台詞を「話の途中だけれど、シャドウよ!」にしようか悩みました。
それだけ。
そろそろこの章も折り返し。