「みんな集まってくれてありがとう。今日、異界攻略へ行こうと思う」
空き教室へ集った洸、柊、璃音、空に対して感謝を告げてから、意気込みを話し始める。
「まあ、大した新情報もないしな」
「ええ、動き始めるなら今でしょう」
ちょうど一週間と1日前、こうして対策会議を行った。
そこで出た結論は、臨機応変に対応。情報不足が故の、苦肉の策だ。これを策と呼んで良いのかも分からないが。
できるなら万全の準備をしてから挑みたかったが、それは高望みというものだろう。
「なにか前もって言っておくことはあるか?」
全員が黙る。伝え忘れたこともなく、本当に今のまま異界へ挑むことになりそうだ。
「よし、行こう」
────>杜宮記念公園【マンション前】。
異界の出現場所へやってきた。
ここでサーチアプリを起動させれば、不可視となっているゲートが顕現する。
……通行人もそんなに多くない。今が好機だろう。
サイフォンに語り掛ける。
「サクラ、準備を頼む」
『はい。“echo”を起動。ナビゲーションを開始します。頑張ってくださいね、皆さん』
キィン、とサイフォンから機械音が鳴る。
なんでも、特殊な波を出して、周囲にある入口を検索しているらしい。
そして、顕れる。すべてを呑み込んでしまう、“赤い扉”が。
「……顕れたわね」
「ソラちゃん、大丈夫? 緊張してない?」
「はい、いつでも行けます!」
「ソラが居てくれんのは頼もしいぜ」
「そうね、誰かさんと違って」
「……まあ頼りないのは否定できねえけどよ……」
「冗談よ、それなりに期待しているわ。岸波君も久我山さんも、それは同じ」
相変わらず冗談と本音の区別がしづらい柊と、真に受けやすい洸の会話を耳にして、ああ、いつも通りの光景だなと思う。
少しこのやり取りにも見慣れてきて、心配より安心感が勝るようになってきた。
この2人にはいつまでもこう、仲睦まじい形であってほしい。
「さて、入るぞ」
みんなが口々に反応を返してくる。
そこに躊躇や忌避感を感じない。全員やる気は充分みたいだ。
もう一度仲間たちの顔を見渡してから、異界へ端を踏み入れた。
────>異界【妖精の回廊】。
──そこは、空中に浮かんだ、ある種の神殿のような造りだった。
「何度見ても見慣れない、不思議な場所ですね。綺麗なのに、ゾッとするような不気味さもあるというか……」
「なんか分かる気がする。わたしとソラちゃんは助けられた側だし、特にそう思うのかも」
既に数回、練習と鍛練ということで異界に訪れていた空は、手甲のソウルデヴァイスの調子を確かめつつ、関わった複数の異界を総評してそう纏めた。
その意見に同意したのは璃音だ。
彼女たちは2人とも、意味も分からずこの世界に連れてこられ、ただ閉じ込められ、本音と向き合わさせられていた。
自分や洸とは違う。最初から化け物たちが跋扈しているところを見てきて、感動よりも危機感を覚えた自分たちとは。
……柊はどちらなのだろうか。
「なんだって異界は毎度毎度こんなに入り組んでんだろうな」
ふと洸が疑問を零す。
確かに、すべてが一本道だったら、終点が見えている分自分たちも救出が楽だが。
「みんながみんな、まっすぐではいられないということでしょう。見たいもの、目を逸らしたいものは誰にだってある。時坂君も、そうじゃなくて?」
「そういうもんか」
「そういうものよ、普通は。異界は一種の心の歪みが引き起こす事象。知って欲しい。そっとして欲しい。関わって欲しい。聞いて欲しい。触らないで欲しい。そういった無数の無意識が絡み合って、迷宮化するのだと思うわ」
柊はそう言って、足を進めた。
「さすが異界のプロ、詳しいな」
「貴方たちよりはね。それより、はやく行きましょう。時間が勿体ないわ」
────
「気のせいだったら悪いんだけどさ」
「?」
「アスカ、今日調子悪かったりする? それとも、何か気になることとか」
「……どうしてそう思うの?」
「勘」
「……久我山さん、貴女ね……」
頭を抱える柊。決して、頭痛がするわけではないのだろう。別の意味で頭が痛いのかもしれないが。
「別に気にしなくて良いわよ。“どうせすぐに解決するわ”」
「……そう? でも、辛かったら言わなきゃダメだからね!」
ビシッと指をさして、璃音は前へと先行する。どうやら警戒の手を引き受けてくれるらしい。
「ねえ岸波君」
「なんだ柊」
「私、そんなに手のかかる子に見えるかしら」
「……璃音がおばちゃん気質なんじゃないか?」
「そう。……久我山さんに伝えておくわね」
「何が正解だったんだ……!」
この話が始まった時は、まさか自分が頭を抱えることになるとは思っていなかった。
世の中、どんなことがあるか分からない。常に気を引き締めないと。
────
「そういや、今回はなかなか声が聴こえねえな」
何かを思い出したかのように、突然洸が言い出した。
「声?」
「ほら、形成者の想いが強いとなんとか……ってやつ。ソラの時は聴こえてただろ?」
後ろで空が、えっ何聞いたんですか!? といった驚愕の表情を浮かべている。
知らない方がいい。
そっと目を逸らした。
「その例を参考にするなら、ユウ君のお父さんの想いがそんなに強くないってことじゃないか?」
そうなら良いな、と思う。
親が子を心の底から嫌う、とか、そういう話は、あまり聞きたくない。
「つっても、異界を発生させるくらいの感情はあったんだろ? そこんとこどうなんだ柊」
「……そうね、まだ半分も潜っていないのだから、今気にすることではないわ。後半で1回聴こえるだけでもヒントになるし、大切なのは聴こえることを聞き逃さない事よ」
「なるほどな。別にどのくらい潜ったら聴こえる、なんて基準はねえのか」
となると道中、戦闘中などに聴こえてきたら拙いな。
そこに割く余裕があると良いんだが、シャドウに遮られでもしたらどうしようか。
「……止まって」
先行していた璃音が、小声で自分たちを止めた。
「シャドウか?」
「うん、大きい。サクラ、敵の脅威度は分かる?」
『そうですね……油断は禁物、といった所でしょうか』
「つまり、気を引き締めていけば勝てるかも、ってことですね」
「そういうことみたいだね」
「岸波先輩、どうしますか?」
空がこちらに指示を仰いでくる。
……全員、まだ疲れた様子はない。
──Select──
>行こう。
一旦引き返そう。
──────
行こう。躊躇う理由はない。初日だし、無理は禁物だが、臆病になるほどでもなかった。
「はい、行きましょう!」
挑戦的な、武道家としての彼女が答える。
気合が入っているみたいだ。
当然か、大型のシャドウと戦うのは、これが初めてのはずだから。しっかりとフォローしないと。
接近すると、大型シャドウが具体的な形状を持った。
近いもので言えばあれは……オニか?
だとしたらもっとも警戒すべきは、物理技……とカウンター。
しっかり見極めなければ。
「大型シャドウね……岸波君、指示を!」
「洸と柊で安全を確保! 空はペルソナで物理技、璃音は属性攻撃!」
「“ラー”!」「“ネイト”!」
指示から間髪入れずに、洸の“
「“セクメト”──【アサルトダイブ】!!」
「奏でて、“バステト”!」
「“スザク”、【フレイ】!」
空のペルソナ、セクメトの放った、範囲は狭いが威力の強い打撃系技が入り、仰け反ったところに璃音の念動攻撃が。自分の核熱攻撃が入る。
しかし、どれも効きはするものの、会心の一撃、という程ではな──って攻撃!?
「ぐあっ……」
「大丈夫!?」
「あ、ああ……次、璃音が支援で残り3人は属性攻撃! 回復は後で大丈夫!」
「了解──ッ!」
手ひどい反撃を受けたものの、最初に安全を確保しておいたため、1撃で沈むことはなかった。寧ろもう1発までなら耐えられそうだな。
そんなことを考えつつ、次の指示を出す。
あまり戦闘を長引かせたくはない。決定打とできる攻撃が見つかれば良いけれど……無理そうだな。
……結局、璃音の範囲回復が無ければ敗走もあり得るところまで長引いてしまった。
相手に弱点などはなく、完全な実力での勝負。
属性を気にしなくていい分、気は楽になるかもしれないが、それでも警戒は怠るべきではないということだろう。
そんなことを考えつつ、後方に消える柊を見送り、仲間たちに声を掛けることにした。
「空、どうだった、初めての強敵は」
「強かったです……思いっきり正拳突きした時なんか、入った感覚はあっても、極めて有効打といえる形にはならなくて……」
「確かにそこはその辺のシャドウで得づらい教訓だな」
自分が何を上から言っているのかと自問したが、そもそもこういう役目の柊が居ないので、仕方なくこのまま続行することにした。
「苦手か?」
「いえ、次はもっと上手くいけると思います」
「……そうか」
思ったよりはっきりと答えが返ってくる。まだ戦意を失ってはいないようだ。
洸と璃音は……平気そうだな。普通に話していた。
「なあハクノ、柊何処に行ったか知らねえか?」
ああ、その話か。
けっこう自然と歩いて引き返して行ったから、自分以外誰も気付けなかったのだろう。
「知ってる」
「ドコ?」
「まあすぐに戻ってくると思う」
「ふーん」
少し訝しげに自分の顔を見上げてきたが、何かを納得したのかすぐに離れて行ってしまった。
「待たせたわね」
そんなやり取りを繰り返すうちに、件の彼女が戻ってきた。
──もう1人、この場にいるはずのなかった男子生徒を連れて。
「──ああ、紹介するわ。四宮祐騎くん、自称迷子よ」
「いや自称迷子ってなんだよ」
四宮 祐騎。まあ今更呼び方を変えるのも変だし、ユウ君でいいか。
夏服用の制服の下、閉じられていないシャツの下には、緑色のTシャツを着ている彼の姿が。人違いかと思ったが、トレードマークのヘッドホンは同じものだし、本人だろう。
……なぜ、という質問は無粋か。きっと、追いかけてきたんだろう。
彼は、どこか憔悴しきった顔で、絞り出すように声を上げた。
「そ、そんなことより……ここは一体何なんだよ……! 僕は、いや、ボクの姉さんは何に巻き込まれたのさ!」