PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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6月27日──【マイルーム】空の恩返し、始まり

 

 

「もうすぐ暑くなってくる頃合い、水分補給はしっかりしないとねェ。夏に水分と言えば、野菜かな。夏野菜。これについて……それでは岸波」

 

 マトウ先生に指名されて立つ。

 ここ最近はなかったから気が緩んでいた。そんな油断を見透かしているかのような、思慮深い目でこちらを眺めている。

 

 夏野菜……野菜か。そういうのって家庭科の分野じゃないのか?

 

「夏野菜と言われて思い浮かぶものはあるかい?」

「トマト、きゅうり、ナス、あとは……ピーマンとか」

「ああ、違いない。それではその中だと……茄子についてがいいねェ、クク……それでは質問だ」

 

 さっきの質問じゃなかったのか。

 

「秋茄子は嫁に食わすな。という言葉があるのは知っているかい? なぜこの言葉が生まれたのか、理由、分かるかな?」

 

 言葉は聞いたことがある。だが、日常生活で聞く言葉ではないし、そもそも何で知っているのかも微妙なところだ。おそらく何かの本で読んだのだと思うが……

 

──Select──

 >夏の野菜だから旬を過ぎてて危ない。

  秋の茄子の方が美味しいから。

  秋茄子が何かの比喩になっている。

──────

 

 

 まあ、秋茄子が何かの比喩、ということはないだろう。何の例えになるんだ、という話。

 

「残念、違うねェ」

 

 違ったらしい。なんのための夏野菜の下りだったんだ。

 ……だます為か!

 

「茄子は確かに夏野菜だが、夏に育てた場合、栄養価を成長の対価で消費していく。代わりと言わんばかりに水分ばかりを多く含んでしまい、味が落ちてしまうんだ。反面、秋は暑さが酷くなく、落ち着いて成長できる茄子は、本来の栄養やうま味を落とすことなく実になる。だから秋茄子の方がおいしいと言われる。だから“おいしいものを嫁に渡すんじゃない”。という解釈になるのが通例だねェ」

「せんせー、通例ってことは、違う例もあるんですかー?」

「クク、良い質問だ。秋茄子は嫁に食わすな。はさきほど言った通り、嫁に贅沢をさせるなといった意味がある。その一方で、秋茄子が蓄えた栄養価の中にカリウムがあり、それが利尿効果となって体温の低下を引き起こしかねないから“女性、特に妊婦には食べさせない方が良い”、という解釈もされている」

 

 まあ、カリウムの利尿効果はともかく、よほどの量を食べなければ体温低下を引き起こさないけどねェ。なんて雑談を締めた。

 ……理科、もう少し勉強しようか。いやでも、今の範囲的には生物だよな……? 関係はないんじゃ……でも、関係なくても学んでいればいつか役に立つかもしれないし……

 

「ああ、夏野菜については家庭科の試験で行い、秋茄子については類題を国語で出す、という話は聞いているかな。両方とも試験範囲表に特筆してあるから、今度目を通しておくと良い。クク……それでは授業を再開しよう」

 

 

 一部の生徒が寝た。

 ……いや凄い度胸だな。決して見習うつもりはないけれども。尊敬もうらやみも凄さだけれども。

 

 

 まあ何にせよ、勉強する理由ができた。

 試験まであと2週間あまり。しっかりと詰めていこう。

 

 

──放課後──

 

 

────>杜宮高校【教室】。

 

 

 さて、残るは空ただ1人。さっそく1階の教室へ行こう。

 

 

────>杜宮高校【1階廊下】。

 

 

「空、今大丈夫か?」

「え、はい。大丈夫ですよ! ひょっとして、これから行きますか?」

「いや、息抜きでもどうかって」

「え、でも……大丈夫なんですか?」

「日程的にはまだ余裕あるからな」

「……分かりました。岸波先輩を信じます」

 

 つい最近、似たような会話を柊としていたため、断られるかと少し身構えてしまった。

 だが良かった……真面目な後輩に気を使わせながらも断られたらつらい。

 

「あ……岸波先輩、そういうことでしたら、ちょっとお願いが」

「お願い?」

「以前の、アスカ先輩のお誕生日会で話していた、罰ゲームのことです」

 

 やや言いづらそうに話す空。

 そういうことなら、話を聞こう。

 今さらだけど、こうして後輩に頼られるのは、どんな形であれ嬉しいものだから。

 

「なにをすれば良い?」

「ここではちょっと……少し付いてきてもらえますか?」

「いいけど、何処へだ?」

「ふふっ、家庭科室です!」

 

 

  ────>杜宮高校【家庭科室】。

 

 

 第2校舎にある家庭科室。主に家庭科の授業や、料理研究部、手芸文芸部が使用している場所だ。

 ここに何の用があると言うのだろう。

 

「今日はここを使用している両部活ともにお休みです。先生に教室の鍵は借りてきたので、何の問題もありません」

 

 向かうまでの時間で説明してくれる空。

 でも残念、説明してほしいのはそこじゃない。

 

 やがて家庭科室に到着し、空がポケットから鍵を取り出す。

 鍵が古いのか、少しガチャガチャと弄ったものの、無事に開いた。

 

「ちょっと待っててください!」

 

 入るやいなや、一目散に冷蔵庫へと駆けだす空。

 喉でも乾いていたのだろうか。

 

「えっと……あった! 岸波先輩、ささ、こちらのお席へどうぞ!」

 

 冷蔵庫の一番近くにある机に誘導され、椅子に座らされる。

 机を挟んで対面に立った空は、両手を身体の後ろに隠し、笑顔を浮かべたまま。何かを持っているらしい。飲み物じゃなかったのか。

 いったい何が始まるんだ?

 

「じゃじゃーん!」

 

 後ろでくっついていた両手が離され、前の方へと向かってくる。

 空の両手に載っていたのは、クッキーだった。

 

「クッキー?」

「はい。調理実習の時間に作ってみたんです。同好会のみなさんにって。日頃の感謝の気持ちです!」

「! ありがとう。待っていてくれ。すぐに皆を……」

「いえ、その前に、岸波先輩に食べて感想を教えてもらいたくて……」

「?」

 

 どういうことだろうか。自分に?

 つまりまずは自分だけに、ということだろうか。

 

 

──Select──

  食べる。

  怪しむ。

 >隠れて皆を呼ぶ。

──────

 

 

「って、ダメですってばッ!」

 

 恐ろしい速さでサイフォンを回収された……!

 

「別に毒とか入っているわけじゃないので、安心してください」

「毒見じゃ、ないのか?」

「そんなわけないじゃないですか!」

 

 机を思いっきり、バンッと叩かれる。想像もしなかった大きな音に、身体がビクッと跳ねた。

 悪気はなかったのだが、怒らせてしまったらしい。

 まあ、理由は良いか。食べてほしいというなら、食べよう。

 

「……でも、罰ゲームなんだよな?」

「はい。罰ゲームは、それを食べてもらって、本当に正直な感想を言う、というもので、どうでしょう」

「正直に?」

「包み隠さず、思ったことをお願いします」

「……そういうことなら」

「……では、どうぞ召し上がれ!」

 

 匂いは……普通か。

 さて、どうやって食べよう。

 

 

──Select──

  一気に。

 >少しずつ。

  やっぱり食べない。

──────

 

 多分、一気にガツンと行くのはただの死にたがりだ。

 自分の本能が訴えている。少しかじるだけに留めておけ、と。

 ……いや、でも、空が料理できないなんて話は聞いたことがないな。

 そう思いながらも、端の方を口に含んだ。

 

 

「……」

「どう、ですか?」

「……うーん」

 

 正直、美味しくはない。というか、マズいと言っても良いだろう。好みの味ではないという訳ではなく、単純になんか……こう、好きになれない味だ。

 問題は、それをストレートに言うかどうかだけれど。

 

 

──Select──

 >マズい。

  美味しくない。

  好きな味ではない。

──────

 

 罰ゲームの内容を持ち出してまで味見をお願いしてきたのだ。覚悟はあるだろうし、こうなることだって想定しているはず。

 なら、何を求められているのかはまだ分からないけれど、せめて素直になるべきだ。

 

「あはは……そうですよね」

 

 とても傷ついているが、だが同時に、少し嬉しそうだ。

 さて、しっかり目的のヒアリングをしよう。

 

「それで、どうしたんだ?」

「お礼の品を作った、というのは本当なんです。ただ、どうしても美味しくできなくて。家事が得意そうなアスカ先輩やリオン先輩には話しづらいですし、コウ先輩にはその……まあとにかく、岸波先輩に頼るしかなかったんです」

「なるほど」

「……その、出来れば美味しくできるまで、味見に付き合って頂いても良いですか? 罰ゲームの範疇は越えてしまうんですけど……絶対、美味しいのを食べて頂きたいので!」

「それは、自分で良いのか?」

「できれば、男性の視点でも意見が欲しいんです。同じく恩人である岸波先輩にお願いするのは心苦しいですが、なんとかお願いします!」

 

 ……努力しようとしている姿を、無下にはできない。

 それに、やはり先程も思ったけれど、頼られるのは結構嬉しいから。

 

「分かった。自分で良ければ上達するまで付き合うよ」

「本当ですか!? ありがとうございます!!」

 

 頭を全力で下げる空。ここまで必死な子に付き合わないなんて、そんな薄情なことできるわけがない。

 

「まず、渡すものを決めるので、一通りの味見をお願いします!」

「……一通り?」

「はい。何か変でした?」

「……いいや。大丈夫だ」

 

 そうか、クッキーを作ると決めていたわけじゃないんだな。

 思ったより長くなりそうだ……が。

 

 エプロンを巻いて、意気込みしている彼女を見ていると、まあ乗り掛かった舟だしな、と思えてくる。自然と、頬が上がった。

 

 

──その日の帰宅は生徒帰宅時間ぎりぎりまで続き、夕食が要らなくなった程度に、お腹がいっぱいになった。

 

 

 

──夜──

 

 

 ピンポーン、と呼び出し音が鳴る。

 

『こんばんは、お届け物です』

「はい」

 

 

 オートロックを解除して、運送業者を招き入れる。

 荷物の見当はついている。遂に来たかと、興奮を抑えきれていない。

 

 待つこと数分、次に鳴ったのは、部屋の前で押すインターホン。

 

 

『お荷物お持ちしました』

 

 つなぎ服の男性は、大きな段ボールと中くらいの段ボールを置いていく。

 

 判子を押し、帰っていく男性の姿を見送ってから、自分は居間へと段ボールを運んだ。

 

 

 数分が経って、開封し終える。

 ついに念願のテレビが手に入った!

 

 設置を終え、配線もつなぎ終える。

 電源を入れると、無事に映像が浮かび上がった。

 実際DVDを借りたりするのは後日になるが、その時がとても楽しみだ。

 

 

 




 

 コミュ・戦車“郁島 空”のレベルが2に上がった。



────


 知識  +2。



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