「もうすぐ暑くなってくる頃合い、水分補給はしっかりしないとねェ。夏に水分と言えば、野菜かな。夏野菜。これについて……それでは岸波」
マトウ先生に指名されて立つ。
ここ最近はなかったから気が緩んでいた。そんな油断を見透かしているかのような、思慮深い目でこちらを眺めている。
夏野菜……野菜か。そういうのって家庭科の分野じゃないのか?
「夏野菜と言われて思い浮かぶものはあるかい?」
「トマト、きゅうり、ナス、あとは……ピーマンとか」
「ああ、違いない。それではその中だと……茄子についてがいいねェ、クク……それでは質問だ」
さっきの質問じゃなかったのか。
「秋茄子は嫁に食わすな。という言葉があるのは知っているかい? なぜこの言葉が生まれたのか、理由、分かるかな?」
言葉は聞いたことがある。だが、日常生活で聞く言葉ではないし、そもそも何で知っているのかも微妙なところだ。おそらく何かの本で読んだのだと思うが……
──Select──
>夏の野菜だから旬を過ぎてて危ない。
秋の茄子の方が美味しいから。
秋茄子が何かの比喩になっている。
──────
まあ、秋茄子が何かの比喩、ということはないだろう。何の例えになるんだ、という話。
「残念、違うねェ」
違ったらしい。なんのための夏野菜の下りだったんだ。
……だます為か!
「茄子は確かに夏野菜だが、夏に育てた場合、栄養価を成長の対価で消費していく。代わりと言わんばかりに水分ばかりを多く含んでしまい、味が落ちてしまうんだ。反面、秋は暑さが酷くなく、落ち着いて成長できる茄子は、本来の栄養やうま味を落とすことなく実になる。だから秋茄子の方がおいしいと言われる。だから“おいしいものを嫁に渡すんじゃない”。という解釈になるのが通例だねェ」
「せんせー、通例ってことは、違う例もあるんですかー?」
「クク、良い質問だ。秋茄子は嫁に食わすな。はさきほど言った通り、嫁に贅沢をさせるなといった意味がある。その一方で、秋茄子が蓄えた栄養価の中にカリウムがあり、それが利尿効果となって体温の低下を引き起こしかねないから“女性、特に妊婦には食べさせない方が良い”、という解釈もされている」
まあ、カリウムの利尿効果はともかく、よほどの量を食べなければ体温低下を引き起こさないけどねェ。なんて雑談を締めた。
……理科、もう少し勉強しようか。いやでも、今の範囲的には生物だよな……? 関係はないんじゃ……でも、関係なくても学んでいればいつか役に立つかもしれないし……
「ああ、夏野菜については家庭科の試験で行い、秋茄子については類題を国語で出す、という話は聞いているかな。両方とも試験範囲表に特筆してあるから、今度目を通しておくと良い。クク……それでは授業を再開しよう」
一部の生徒が寝た。
……いや凄い度胸だな。決して見習うつもりはないけれども。尊敬もうらやみも凄さだけれども。
まあ何にせよ、勉強する理由ができた。
試験まであと2週間あまり。しっかりと詰めていこう。
──放課後──
────>杜宮高校【教室】。
さて、残るは空ただ1人。さっそく1階の教室へ行こう。
────>杜宮高校【1階廊下】。
「空、今大丈夫か?」
「え、はい。大丈夫ですよ! ひょっとして、これから行きますか?」
「いや、息抜きでもどうかって」
「え、でも……大丈夫なんですか?」
「日程的にはまだ余裕あるからな」
「……分かりました。岸波先輩を信じます」
つい最近、似たような会話を柊としていたため、断られるかと少し身構えてしまった。
だが良かった……真面目な後輩に気を使わせながらも断られたらつらい。
「あ……岸波先輩、そういうことでしたら、ちょっとお願いが」
「お願い?」
「以前の、アスカ先輩のお誕生日会で話していた、罰ゲームのことです」
やや言いづらそうに話す空。
そういうことなら、話を聞こう。
今さらだけど、こうして後輩に頼られるのは、どんな形であれ嬉しいものだから。
「なにをすれば良い?」
「ここではちょっと……少し付いてきてもらえますか?」
「いいけど、何処へだ?」
「ふふっ、家庭科室です!」
────>杜宮高校【家庭科室】。
第2校舎にある家庭科室。主に家庭科の授業や、料理研究部、手芸文芸部が使用している場所だ。
ここに何の用があると言うのだろう。
「今日はここを使用している両部活ともにお休みです。先生に教室の鍵は借りてきたので、何の問題もありません」
向かうまでの時間で説明してくれる空。
でも残念、説明してほしいのはそこじゃない。
やがて家庭科室に到着し、空がポケットから鍵を取り出す。
鍵が古いのか、少しガチャガチャと弄ったものの、無事に開いた。
「ちょっと待っててください!」
入るやいなや、一目散に冷蔵庫へと駆けだす空。
喉でも乾いていたのだろうか。
「えっと……あった! 岸波先輩、ささ、こちらのお席へどうぞ!」
冷蔵庫の一番近くにある机に誘導され、椅子に座らされる。
机を挟んで対面に立った空は、両手を身体の後ろに隠し、笑顔を浮かべたまま。何かを持っているらしい。飲み物じゃなかったのか。
いったい何が始まるんだ?
「じゃじゃーん!」
後ろでくっついていた両手が離され、前の方へと向かってくる。
空の両手に載っていたのは、クッキーだった。
「クッキー?」
「はい。調理実習の時間に作ってみたんです。同好会のみなさんにって。日頃の感謝の気持ちです!」
「! ありがとう。待っていてくれ。すぐに皆を……」
「いえ、その前に、岸波先輩に食べて感想を教えてもらいたくて……」
「?」
どういうことだろうか。自分に?
つまりまずは自分だけに、ということだろうか。
──Select──
食べる。
怪しむ。
>隠れて皆を呼ぶ。
──────
「って、ダメですってばッ!」
恐ろしい速さでサイフォンを回収された……!
「別に毒とか入っているわけじゃないので、安心してください」
「毒見じゃ、ないのか?」
「そんなわけないじゃないですか!」
机を思いっきり、バンッと叩かれる。想像もしなかった大きな音に、身体がビクッと跳ねた。
悪気はなかったのだが、怒らせてしまったらしい。
まあ、理由は良いか。食べてほしいというなら、食べよう。
「……でも、罰ゲームなんだよな?」
「はい。罰ゲームは、それを食べてもらって、本当に正直な感想を言う、というもので、どうでしょう」
「正直に?」
「包み隠さず、思ったことをお願いします」
「……そういうことなら」
「……では、どうぞ召し上がれ!」
匂いは……普通か。
さて、どうやって食べよう。
──Select──
一気に。
>少しずつ。
やっぱり食べない。
──────
多分、一気にガツンと行くのはただの死にたがりだ。
自分の本能が訴えている。少しかじるだけに留めておけ、と。
……いや、でも、空が料理できないなんて話は聞いたことがないな。
そう思いながらも、端の方を口に含んだ。
「……」
「どう、ですか?」
「……うーん」
正直、美味しくはない。というか、マズいと言っても良いだろう。好みの味ではないという訳ではなく、単純になんか……こう、好きになれない味だ。
問題は、それをストレートに言うかどうかだけれど。
──Select──
>マズい。
美味しくない。
好きな味ではない。
──────
罰ゲームの内容を持ち出してまで味見をお願いしてきたのだ。覚悟はあるだろうし、こうなることだって想定しているはず。
なら、何を求められているのかはまだ分からないけれど、せめて素直になるべきだ。
「あはは……そうですよね」
とても傷ついているが、だが同時に、少し嬉しそうだ。
さて、しっかり目的のヒアリングをしよう。
「それで、どうしたんだ?」
「お礼の品を作った、というのは本当なんです。ただ、どうしても美味しくできなくて。家事が得意そうなアスカ先輩やリオン先輩には話しづらいですし、コウ先輩にはその……まあとにかく、岸波先輩に頼るしかなかったんです」
「なるほど」
「……その、出来れば美味しくできるまで、味見に付き合って頂いても良いですか? 罰ゲームの範疇は越えてしまうんですけど……絶対、美味しいのを食べて頂きたいので!」
「それは、自分で良いのか?」
「できれば、男性の視点でも意見が欲しいんです。同じく恩人である岸波先輩にお願いするのは心苦しいですが、なんとかお願いします!」
……努力しようとしている姿を、無下にはできない。
それに、やはり先程も思ったけれど、頼られるのは結構嬉しいから。
「分かった。自分で良ければ上達するまで付き合うよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」
頭を全力で下げる空。ここまで必死な子に付き合わないなんて、そんな薄情なことできるわけがない。
「まず、渡すものを決めるので、一通りの味見をお願いします!」
「……一通り?」
「はい。何か変でした?」
「……いいや。大丈夫だ」
そうか、クッキーを作ると決めていたわけじゃないんだな。
思ったより長くなりそうだ……が。
エプロンを巻いて、意気込みしている彼女を見ていると、まあ乗り掛かった舟だしな、と思えてくる。自然と、頬が上がった。
──その日の帰宅は生徒帰宅時間ぎりぎりまで続き、夕食が要らなくなった程度に、お腹がいっぱいになった。
──夜──
ピンポーン、と呼び出し音が鳴る。
『こんばんは、お届け物です』
「はい」
オートロックを解除して、運送業者を招き入れる。
荷物の見当はついている。遂に来たかと、興奮を抑えきれていない。
待つこと数分、次に鳴ったのは、部屋の前で押すインターホン。
『お荷物お持ちしました』
つなぎ服の男性は、大きな段ボールと中くらいの段ボールを置いていく。
判子を押し、帰っていく男性の姿を見送ってから、自分は居間へと段ボールを運んだ。
数分が経って、開封し終える。
ついに念願のテレビが手に入った!
設置を終え、配線もつなぎ終える。
電源を入れると、無事に映像が浮かび上がった。
実際DVDを借りたりするのは後日になるが、その時がとても楽しみだ。
コミュ・戦車“郁島 空”のレベルが2に上がった。
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知識 +2。