PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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6月25~26日──【教室】璃音の大事な日。

 

 

 ──夢を見た。

 多くの人に力を借りて、前へ進む青年の夢だ。

 

 異形の怪物から退いた岸波白野がまずしたことは、調査。

 時に制服姿の少年と話し、時にいつか敵対する少女と話し、時に大人と話し、時に対戦相手本人とも話して、彼らはついに答えへと至る。

 ……その過程で、なんか気になるメモを持っていた瞬間もあったが……まあ忘れよう。

 

 1つ、1つと問題を解決していき、やがて刻限は目の前に。

 

 未だに晴れぬ葛藤を抱えたまま、岸波白野はエレベーターへ乗る。

 死なないためだけに。

 生き残るためだけに。

 だが、彼らが相手取るのは、無垢。無知ゆえの残酷さ。それを下すということは、1回戦の時よりも難しい。

 1回戦では、結末()を理解していないものの、何のために戦っているかを理解している友人と戦った。

 2回戦では、結末も理由もはっきりしている人と戦った。

 そしてこの3回戦では、どちらも不透明な少女と戦おうとしている。

 

 それでも、負けることは許されない。

 敗北とはすなわち、、足を止める(死ぬ)ことと同意義だからだ。

 

 ──少女を倒した後、彼はしっかり、少女たちと向き合った。

 向き合って、話して、後悔を残さないように吐き出させる。

 そして、涙ながらに消えゆく少女の姿を見送り──岸波白野は、こんなシステムに、心底嫌そうな顔をした。

 

 その後の帰り道、思い悩む岸波白野は少年や少女の話を聞く。

 いずれ彼らとも戦う時が来るだろう。いつか来るはずの時は、目の前かもしれない。その日のことを考えるだけで、胃の中身を戻しそうなくらいに苦しかった。

 

 自分になく、彼らにあるもの。

 “誇れる理想(戦う理由)”を見つけたい。

 

 せめて誇り高き彼らと相対した時は、空っぽの自分でありませんように。胸を張って戦える何かを持っていなければ、確実に足が止まってしまうだろう。

 それは、岸波白野にとっての最後の希望。今は見えも感じれもしない、たった1つの残された道。

 この道の先にそれが見付かると信じ、岸波白野は今日もまた、無理矢理足を動かした。

 

 

────

 

 

 ……今のは。

 

 頬を涙が伝う。

 相も変らぬ、誰も救われぬ夢。救われようとしている人が居ない夢だった。

 “生きる為”と自分に言い聞かせて奪った、3つ目の命。

 そうやって生き残った自分さえ救うことができないまま、夢のなかの彼(キシナミハクノ)は歩き続ける。

 か細い背中で、3人の命を背負いながらも。

 支えてくれるパートナーは、1体。かけがえのない相棒のみ。

 もっと多くの仲間がいれば、きっとここまで辛くなかったんじゃないか。そんなことを考えられる自分は、きっと恵まれている。

 色々な意見を聞いて、色々な話をして、そうして少しずつ、背中の荷物を落としていく。

 キシナミハクノの必要なものは、きっとそういう対等な仲間としての人間だ。

 夢の登場人物はいずれもいつしか敵対する関係。協力はできても仲間にはなれない。

 なら、どこにキシナミハクノの救われる道が残っているというのか。

 

 ……これ以上は考えたって仕方がない。

 それにしても、自分はなんでこんなに連続した夢を見続けているのだろうか。

 

 

 

──放課後──

 

 

「あら岸波君、どうかしたの? 異界へ向かうなら、一度教室に集まりましょう」

「いや、そういうのではなく、息抜きというか、遊びというか」

 

 作戦会議翌日の放課後、異界攻略に赴く前に、それぞれのメンバーと個別の時間を持ちたいと思っていた自分は、まず目に入った柊に話しかけた。

 

「大丈夫かしら。期限のこと、しっかり頭に入っている?」

「ああ、大丈夫だ。余裕はある」

「そう……」

 

 少し考え込むような素振りを見せたが、やがてゆっくりと首を振る。

 

「ごめんなさい、今はそういう気分になれないの」

 

 提案は受け入れられなかったらしい。

 まだあまり仲が深まっていないからかもしれない。何か、より仲良くなれるきっかけでもあれば、また対応も変わりそうだが……仕方ないので、彼女と話すのは攻略が終わってからにしよう。

 さて、どうするかな。

 

「お、ハクノじゃねえか。何してんだ?」

「洸、ちょうど良かった」

「は?」

 

 まだ特別仲は深まりそうにないけど、普通に遊びに行こう。

 どこへ行こうかな。

 

「蓬莱町行かないか?」

「唐突だな。別に構わねえけど、何しに行くんだ?」

「映画でもみようかなって」

「へえ、なんつうか、ハクノにしては意外だな。と思ったが、そういやハクノは意外性の塊だったか」

「どういう意味だ」

「何をしても納得って意味だろ」

 

 釈然としない。

 

「ほら、行かねえのか」

「……行く」

 

 納得はできないが、まあ、遊べるなら良いかと思った。

 今日はなんの映画がやっているかな。

 

 

────>蓬莱町【シアター】。

 

 

 初めて来たので、受付の人に利用システムを聞くと、どうやら学割なるものが使えるらしく、毎月1つ、学生は半額で指定の映画を見れるらしい。

 今月見れるのは、“漢の世界 THE MOVIE ~~”だ。

 なんとも度胸の鍛えられそうな映画である。

 

「おい、まさかこれ見るのか?」

「ああ、お得だし。嫌か?」

「……いや、まあたまには良いか」

 

 後頭部をがしがしと掻き、財布を取り出す。

 料金を払って、いざ視聴。

 

 

 

────

 

 

「すごかったな……」

「ああ、あれが漢の世界か……」

 

 もはや溜息しか出なかった。

 真の漢とは何なのか。何を以て漢なのか。

 それを突き詰めていく映画。男友達と見に来なければ、この良さは共感し合えなかっただろう。

 

「「……カッコいいな」」

 

 聞けば、書籍である漢の世界シリーズを一本に凝縮した話が、今の映画だったらしい。

 これは原作も読んでみたい!

 

「また来ようぜ」

「ああ!」

 

 

 思わぬ掘り出し物に恵まれて、いい経験ができた。

 

 

──夜──

 

 

 今日は本を読もうか。最近バタバタしていて読めていなかったし。

 それにもうすぐ試験。読んでいる暇などなくなってしまい、また延滞してしまうかもしれない。

 テスト前には綺麗な身体になっていよう。

 

 “エジプト神話の偉大なる神”。

 残るページはあと少し。寝落ちなどをしなければ、今日中に読み終わるだろう。

 

 読書中、気になる名詞が出て来た。

 “セクメト”。空に目覚めたペルソナの名前も確か同名だったはずだ。

 偶然、ということはないのだろう。

 人間に対する不信・嫌悪の感情を抱いたラーの眼球から生まれ、復讐者として降り立った女神。多々あってその憎しみは取り除かれ、復讐の女神以外に死神、守護神や戦いの神としての性質も併せ持つようになった。

 実はラーが最高の神としての立場を捨てるきっかけとなったのがセクメトの暴走だとも言われている。

 調子に乗り過ぎてはいけない。自分の見付けた答えを過信してはいけない。この本から得られる教訓は、そういった自戒の類だった気がする。

 

 

 “エジプト神話の偉大なる神”を読了した。

 

 

 

 

──6月26日(火) 放課後──

 

 

────>杜宮高校【教室】。

 

 

 洸とは遊べた。柊は無理そうだ。

 ともすると残りは、空と璃音か。

 

 

 璃音は……いた。

 直接誘うよりは、サイフォンの方が良いか。相も変わらず人混みができているし。

 

『璃音、今日暇か?』

『うーん、ヒマと言えばヒマかも! 行きたいところはあるけどね』

『行きたい所?』

『ウン、一緒に来る?』

 

 ……今日は璃音に着いていってみよう。

 

『ああ、行く』

『それじゃあ、校門の前で待ち合わせね』

『そんな目立つところで良いのか?』

『大丈夫大丈夫、多分』

 

 そんな甘々で良いのか、アイドル。

 まあ、彼女が良いと言うなら……まあ自分にも少なからず被弾はあるだろうけれども、覚悟していくしかない。

 

 

────>杜宮高校【校門前】。

 

 

「やっほー! 待った?」

「いいや、そんなに」

「そか、じゃあさっそく移動するけど、大丈夫?」

「ああ」

 

 大丈夫でないものがあったとしたら、尋常でない敵意を向けられている背中くらいなものだ。

 

「それで、どこへ行くんだ?」

「あれ、言ってなかったっけ」

 

 言われてないぞ、と首を横に振る。

 

「あ、あはは……ゴメンゴメン。そんな大した用事じゃないんだけど、【スターカメラ】に行きたいんだ」

 

 【スターカメラ】。駅前広場にあるもっとも大きい電化製品屋だ。自分が先日テレビとDVDデッキをセットで購入した場所。

 そういえば無料配送を頼んだのが3日前。そろそろ届いているかもしれない。夜の時間帯を希望してはいるから、今日受け取りになる可能性もあるのか。……楽しみだ。

 

「なんでまたスターカメラに」

「むむ、ひょっとして、今日が何の日か、知らない?」

「今日……?」

 

 

 6月26日。果たして何の日だろうか。

 

──Select──

  璃音の誕生日。

 >露天風呂の日。

  スターカメラの特売日。

──────

 

 

「え、そうなの?」

「ああ、6月26日を(ロク)(テン)()(ロク)って書いて、6をロ、2をフと読めば、ロテンフロになるの分かるか? 語呂合わせらしいんだけれど」

 

 伊達に温泉旅館でアルバイトをしていない。雑学は教育係の先輩から教えられているため多いのだ。滅多に使う機会がないが。接客の時くらいか。

 

「……あ、ホントだ。すっごい……──てそうじゃなくて!」

 

 どうやらここでもそんなに役に立たなかったらしい。

 活かしきれずすみません、先輩。

 まあでも、一瞬だけでも感動してもらえたので嬉しかったです。ありがとうございました先輩。

 

 やはり人とたくさん話すことは良いな、と実感したひと時だった。

 

「……それで、何の話だったか」

「だから! なんで【スターカメラ】に行くのかって話っ! 露天風呂の日だとしても【スターカメラ】に行く必要はないでしょ!」

「温泉の素が安売りしているとか」

「お風呂から離れて!」

 

 息を切らしてツッコミを入れた璃音。怒っているというよりは楽しそうだが、確かにここら辺が引き際だろう。

 

「それで、答えは?」

「フン、着いたら嫌でも分かるんだから。それまで教えないよーだ」

 

 なんて、茶化した口調で言いながらも、少しだけ、ほんの少しだけ真面目な眼をして応えた彼女。きっと付き合いを重ねていなければ見逃していただろう。

 何かあるな、少しだけ、気を引き締めて向かうことにした。

 

 

────>【駅前広場】。

 

 

 スターカメラの前にやって来たが、この頃には答えに気がついていた。

 

 デジタルサイネージが流す広告。映っているのは、隣を歩く少女を含んだ5人のアイドルたち。

 “今日”新発売するCD。そのPR動画である。

 

「へっへーん。凄いでしょ」

「ああ……本当にな」

 

 【スターカメラ】店内を覗けば、いつもの平日に比べて結構な数の人間が並んでいる姿を見ることができる。

 地元出身の璃音が居るから、というのもあるだろうが、それでも確固たる人気だった。こうやって目で見てよく実感する。彼女が人にとり囲まれるのはクラス内、学校内だけでなく、世間中であるということを。

 

 

「CDが発売された日はさ、できるだけこうして眺めてみるようにしてるんだ?」

「どうして?」

「みんなが、どんな顔で買うのかなって」

 

 どんな顔、か。

 欲しいものが手に入ったという笑顔、ではないのだろうか。

 

「うんまあ、笑顔を見に来てるって言っても間違いじゃないんだけどさ……なんて言うのかな」

 

 ウーン、と悩む璃音。

 彼女は、あっ、と【スターカメラ】へ目を向けた。

 

「ほら、今のお客さん」

「出て来た人か?」

「そそ。スーツ姿の人。あの人を見ていると、わざわざ定時で上がって買いに来てくれたのかなぁとか思うの」

「……?」

「中高生が来たらこの為にお小遣い溜めてくれたのかなぁ、って思うし、親子のお客さんなら、こどもに聞かせたい歌だと思ってくれているのかなぁって」

 

 つまり。

 

 

──Select──

  人気を喜びたい?

  買う人の想いを知りたい?

 >期待を確認したい?

──────

 

 

「期待の確認、か……たしかにそうかも。こうやって期待されているところを見れば、いやでも次頑張ろって気になるしね」

「なるほど」

「まあ、人気を噛み締めたいっていうのもあるし、わたし達が想いを込めた歌を、どんな想いで受け止めてくれるのかも知りたいなって」

「ちなみに新曲には、どんな想いを?」

「言葉にすると難しいんだけどさ……何かを失っても人は前へ進まなくちゃいけないし、何かを失うとしても人は選ばなきゃいけない。だから、今の一瞬一瞬を全力で、楽しく生きようって。そんな歌かな……」

 

 何かを失っても、何かを失うとしても、か。

 夢で見ている話の岸波白野(カレ)も、そんな感じだったか。ただ前に進むことだけは許されている、とでも言うかのごとく歩み続けるということは、逆に前へは進まなければいけないということ。そして、常に選択を迫られている。命の選択を。自分か、相手か、どちらを生かすのかを。

 勿論、璃音たちSPiKAにそんなつもりはないだろう。

 曲名は……“Seize the day”。日々の価値とか、日常をつかみ取るとか、平和を取り返すとか、そういう意味のタイトルだろうか。英語赤点だから自信ないな。

 

──Select──

  璃音の居る所で買う。

 >璃音のいない所で買う。

  買わない。

──────

 

 

 ……解散したあとにでも買ってみるか。

 

「あ、キミにも1部あげようか? もちろんサイン付きで。プレミアだよ? 売ったら絶交だけど」

「結構です」

「ぐっ……手ごわい」

 

 サインは、まだ貰わないって決めているから。

 せめて璃音が、全力のステージを、何の気兼ねもなくパフォーマンスし終えることができるようになったら、その時にもらうとしよう。

 そこは、応援している仲間としての意地である。

 

 

「……よし、満足! じゃ行こっか」

「どこに?」

「どこって……キミが誘ってきたんでしょうに。まったく、アイドルをあんま自由に連れまわせると思ったらダメだからね!」

 

 そういえばそうだった。

 せっかくだし、何処かへ寄ってから帰るか。

 人の目につかない場所がいいな。

 

「肝に銘じておく」

「よろしい。じゃ、エスコートよろしくネ?」

 

 

 璃音と日が暮れるまでお茶をした。

 

 

 

──夜──

 

 

 さて、今日は勉強するか。

 期末考査も近いし、念入りにやっていかなければ。

 

 




 

 コミュ・恋愛“久我山 璃音”のレベルが3に上がった。


────


 知識  +3。
 度胸  +2。
 優しさ +2。
 魅力  +3。


────


 漢、それはエターナル……

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