「理解しあい、学びあい、関わりあうこと。得られた経験が、価値」
先程、征十郎会長が言っていた言葉を、美月が淹れてくれた紅茶を飲みながら反芻する。
──人は生きている限り、自分の価値を磨き続けられるのだ。
彼はそう言った。
前を向いて生きること、人と関わることを恐れてはいけない、考え方の違う人間こそが付き合うべき相手だ、など、色々な解釈の仕方がある。
「ふふ、お悩みのようですね」
美月が声を掛けてきた。
が、実際のところそうでもない。
「……たぶん、自分の中で答えは出ている」
「あら」
「ただひたすらに、前へ。今の自分が持つ価値なんてたかが知れているから、偶然とはいえ、将来を見出だしてもらった以上、それに応えるだけだ」
「……」
自分の中に漠然とあったものを、順番に言葉にしてみる。
前へ。前へ。諦めることはしたくない。立ち止まってはいたくない。
停滞を拒む言葉ばかりだ。
「1つ勘違いをなされているようなので、口出しをさせてもらいますね」
「勘違い?」
何を、だろうか。
「貴方に価値を見出だしたのは私達ですが、それを見せたのは、他ならぬ貴方です、岸波君。貴方が私達に出資させる程のものを見せたから、今の環境があるんです。偶然見出だしてもらったなんて言い方は、適さないかと」
「……そうかもしれない」
「どちらにせよ、今後の過ごし方次第です、価値を磨くのも落とすのも。ただ、私──北都美月個人としては、岸波君に友人として共に居てもらえることを望んでいます」
だから、頑張ってください。という目だ。
言葉には出していない。けれどそう言っている。
言われなくても、自分は努力をしよう。
やりたいことと、やるべきことが重なっているのだから、やらずに後悔したくない。
……良い感じで覚悟が決まったものの、1つ困ったことがある。
視界の隅で、お嬢様……と感極まっている雪村さんには、どうすれば良いのだろうか。
美月もさすがに困っているよう様子。
顔を見合わせて笑いだしたのは、仕方のないことだろう。
それからは、少し雪村さんや、征十郎さんについて話した。
特に、征十郎さん。思っていたよりも優しい方だ。こちらのことをよく考えているのが分かる。
大グループの会長を務めるのも納得の風格だった。
良いお祖父様ですね、と言うと、頑張りすぎるのが心配ですけれど、と返される。
最後に祖父と愛娘とで気遣いあう会話があったが、けっこう仲の良い親族らしい。
気付けば、けっこうな時間が経っていた。
紅茶のお代わりも尽きたところで、話題もなくなる。
これからどうしようか。もう充分に交遊は深まっていると思うが。
「……せっかくだし、校舎を見て回っても良いか?」
「宜しければ、案内しますよ?」
彼女の申し出に、少し悩む。
たしかに、初めて巡る場所だ。普段過ごしている生徒から話を聞けるのは大きいだろう。
「……せっかくだし、よろしく頼む」
「ふふ、分かりました。補習を行っている教室の前では、できるだけ静かにして通りましょう」
「ああ」
学校──教育機関を自由に覗くのは、これが初めてのことだ。自分の持つ記憶上では、だが。
固くて冷たい廊下を、ゆったりと歩き続ける。
さすがに1つ1つの施設すべてを説明はしないが、それでも多くの場所を巡った。
普段は騒がしいらしい空き教室、集中して勉強している補習室、電子機器の並ぶ端末室、吹き抜けで解放感のある図書室や、学校内活動が盛んな部活の部室、昼食休憩や談笑をしている学食、空気の張り詰めた武道場、見晴らしの良い屋上。
第一校舎、第二校舎、クラブハウス、第一校舎と戻ってきて、今再びの生徒会室。
少し紅茶の香りが残っている。
「どうでしたか、一通り回ってみて」
「良かったよ、色々な話が聞けたことだし。生徒がいたらまた変わるのだろうが、雰囲気や環境も大まかには把握できたと思う」
「そうですか、それは良かった」
ああ、本当に良かった。
その中でも、特に良かったのが。
「美月が周囲をよく見ているのも分かったし。好きなんだな、学校が」
自分がそういうと、美月は少し驚いたような顔をした。
そんなに驚くようなことを言ったかな、と考えるが、すぐさま表情に力が戻る。
困ったように、それでいて嬉しそうに、笑いながら彼女は応えた。
「……ええ、生徒会長ですから」
彼女が道中で語った内容は、普段の状況、休日だとまたどう変わるのか、最近そこでどんな出来事があったか、など。
日常的に情報を集めていないと分からないことや、そのエピソードに居合わせる教師生徒の背景も色々把握していないと感じ得ない理解を示していたりなど、彼女が普段いかに学校を考え、生徒を理解していたのかが伺えるものだった。
生徒達の代表である生徒会長、北都美月が穏やかな笑顔で語れている。ということが、この上なく大事なのだろう。
尤も、少し話しただけだが、美月自身、マイナスの感情をあまり表に出さない類いの人間な気はするが。あまりイライラしながら説明する姿が思い浮かばない。
「……どうしました?」
「何でもない、なんでも」
「……?」
小首を傾げる彼女。
話題を逸らそうとするが、あまり上手いものが見付からない。
残された手は、1つしかないみたいだ。
「……そろそろ、帰るとするか」
逃げ。逃走である。
「そうですか、私は少しやることがあるので、ここでお別れですね」
「分かった、今日はありがとう」
「いえ、私も良い息抜きになりましたので」
それはつまり、息抜きをしたくなるような状況にあったということだろう。
自分に時間を取らせて良かったのだろうか。いや、本人が良いと言っているのだ。深く追及すべきではない。
「何か会ったときは呼んで、できる限りで力を貸す」
「……ふふ、その時はよろしくお願いしますね、岸波くん」
たぶん、そう積極的には来ないだろうと思いながら、そんな約束を交わす。
教室を出た後で、なるほど支え甲斐がありそうだな、なんて苦笑いが出る程に、彼女の返答は届いてこなかった。
美月は嘘を吐いていない。彼女は恐らく頼るだろう、頼るべき何かがあれば。
だが同時に、何か頼れるようなことでもあれば良いですけど。なんて考えていそうな顔をしていた。
さてさて生徒会長とは
全世界共通の表ボス。味方にするか倒すかしないと物語が進まない。
東ザナだとミツキですが、P3だと処刑先輩、P5だと世紀末覇者先輩がこれですね。どちらもボスの風格あるナー…
え、Fateのレオ会長? 会長職だとラスボス感が足りな──
え、なら裏ボスはって? 優しい人とか、ほら、怪しいじゃないですか。
特にファルコム作品の眼鏡とかはもう……うむ。作中、駅前広場の書店にも「眼鏡は怪しい」とかいう本ありましたしね。