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『ゴメン、今日の放課後は時間あるかな?』
昼休み、ご飯を食べていると、サイフォンが振動した。
送信者は久我山璃音。
……そういえば、先週も何か自分に用事があるような素振りを見せていた。もっと早く、こちらから声を掛けるべきだったかもしれない。とにかく、今日の放課後は璃音と一緒に過ごすか。
快諾の返事を送り、サイフォンをしまう。
さて、それじゃあ今日の予定も決まったし、ご飯を──
──ガタッ!!
「ど、どうしたのリオンちゃん、急に立ち上がって」
「ふ、震えてるよ……? 風邪? 保健室行く?」
「~~~~~っ! だ、大丈夫、大丈夫だから!!」
急に大きな音が響いて来て驚いたが、どうやら璃音が急に立ち上がった所為らしい。どうかしたんだろうか。
『大丈夫か、具合が悪いなら日を改めても良いぞ』
心配なのでこれくらいは送っておこう。
「いや何で!?」
返ってきたのは悲鳴だった。
──放課後──
授業が終わり、鞄の中に教科書を詰めていると、身体の後ろで手を組んだ璃音がこちらにゆっくり歩いてきた。
「あ、あのさ、今日は……」
「ああ、どこに行く?」
「~~っ!」
? 急にガッツポーズし始めたが、何なのだろうか。
「どうした?」
「え、ああ、ウン。まあその……ほら、先週から全然捕まらなかったから」
「そうか?」
「そうだよ! 木曜も金曜も授業終わるなりすぐ出てっちゃうし!」
「……そういえば」
確かに木曜は早くスケボーがしてみたかったし、金曜はTシャツのデザインをいち早く持っていきたいと焦っていた。
そうか、それは悪いことをしたかもしれない。
「でもそれなら、今日みたいに連絡してくれれば」
「……良いから、いこっ!」
……まあ確かに、ここで話しているのも時間が勿体ないか。
会話なら歩きながらでもできる。移動を開始しよう。
────>ブティック【ノマド】。
「来たかった所って、ここか?」
「ううん、ここはついで」
ついで?
「せっかくだし、男子の服でも選んでみようかなぁって」
「……自分の?」
「そ。こんな機会じゃないとこういうの出来ないし、キミが適任だったからさ」
「適任……」
どういう意味でだろうか。
璃音が自分に抱いているイメージといえば……認めたくはないが、平凡、という言葉で片付く。つまりその……平凡だからできる、ということか。
「さっぱり分からない」
「ふふっ、良いから大人しくしときなさいって。アイドルにコーディネートしてもらえるなんて、ファンだったら……ず、ず……必髄ものなんだから!」
「……垂涎?」
「…………どっちでも良いでしょ! ほら、さっさとコッチに来る!」
まあ確かに、喜んでもいいところだろう。身近にアイドルが居なければ、絶対にしてもらえない経験だ。
でも少し、本当に少しだけ複雑でもある。自分の力で彼女には“平凡じゃないこと”を認めてもらいたかったから。おしゃれだってそうだ。何よりもまず、自分のセンスであっと言わせたかった。
まあ今日は、勉強させてもらうとしよう。
きちんとした服を着れば、平々凡々な自分から脱却できるということが証明できるなら、それもまたいい経験となるはずだから。
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「うーん、地味、かなぁ。次」
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「なんかピンと来ないなぁ。次」
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「あれー……? ま、まあ、次……」
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「ううううっ……………次」
────
「……うん、止めよっか」
「……璃音」
「いやー……──っていうかホラ、そろそろ本題に入りたいし、そろそろ出よ、ねっ!」
……ちくしょう。
────
────>カフェ【壱七珈琲店】。
強引に店外へと追い出され、次に連れてこられたのは近くの珈琲店。
ここに下宿している柊はいない。今日はシフトではないらしい。
「この前の誕生日会は盛り上がったネ!」
「ああ、そうだな」
そういえば、前回訪れたのは柊の誕生日と空の歓迎の合同会の時か。
とても楽しかった。みんなでわいわい騒ぐ、というものの楽しさを、初めて知った気がする。
こうして友人と1対1で楽しむ、というのもとても良い時間だ。しかしああいう風に大勢で集まる機会ももっとあれば良いな。
「特に最初のアスカがキョトンとした顔! 写真に撮っておけば良かったなー」
「自分は後ろ姿しか見ていなかったが、そんなにレアな表情だったのか?」
「ウンウン、目がぱっちり開いてて、口が半開きになってた。本当に可愛かったんだって!」
「そうなのか。自分も見ればよかったな」
「損したねー……ううん、こっちが得したってカンジかな。ホント、協力してくれてアリガト!」
朗らかな笑みを、彼女は浮かべる。人を
……それが言いたくて、わざわざ?
恐らく違うだろう。お礼だけだったら、もっと早く言いに来ているはずだ。少なくとも久我山璃音は、そういうのを後回しにする人間には見えない。
だとしたら、本題はこの後だろう。
「それでさ、どうだったの?」
「何がだ?」
「あれからアスカと仲良いみたいじゃん。後押しした身としては気になってて」
「後押し?」
「忘れられてる!?」
……ああ、そうか。そもそも彼女が勇気を出して、柊に声を掛けたのがきっかけ。その時に自分と柊の間にも約束が生まれて、気軽に声を掛けて良いのだと感じたのだ。
まああの後柊との間にも色々あったからな。ペルソナでの戦闘を見せてもらった後、厳しめな忠告を受けて、彼女の優しさを知り。彼女の協力者と話すことで、普段見えていなかった面も知り。
彼女と仲が良い、と断言できるほど彼女を知っていないし、共に過ごしたわけでもない。しかし、もっとこの人と向き合っていこう、というように思えるようになった。
そしてそれは間違いなく、
「璃音のおかげだ」
「──え」
「璃音が勇気を出して声を掛けてくれたから、歩み寄れるようになった。本当に助かったよ」
「……そっか」
最初は驚いたように小さく開けた口を、今度は横に広げて。
「そっかぁ」
心底嬉しそうに、弧を描かせた。
「じゃああたしも、アスカともっと仲良くならないと!」
「ああ、お互い頑張ろう」
もっとも彼女なら、すぐに仲良くなれると思うが。
その明るさ、優しさは、人を惹き付けられるものだ。
これが、アイドルの素質か。
少し、璃音のことが分かった気がする。
────>レンガ小路【通路】。
「それじゃ、今日はアリガト」
「いや、こちらこそ。楽しかった」
「楽しかった……?」
「? 何で驚く?」
何か変なことを言っただろうか。
ひょっとして、つまらなかったとか?
と思ったら、璃音は急にしゃがみ込んだ。
「え、あれ、まって。……え。ひょっとして今日のって……あ、ああああああ……」
「え、どうした」
「……う、ううん、何でもない」
「何でもないって、そんな」
「何でもないの! じゃあね!」
……走り去ってしまった。
顔が赤かったが、大丈夫だろうか。まだ21時前だし、帰れないということもないだろうが、少し心配だ。
……念のため連絡入れておこう。
大丈夫か、と。
『大丈夫、アリガト。あたしも楽しかったよ、今日ので・え・と』
コミュ・恋愛“久我山璃音”のレベルが2に上がった。
────
恋愛コミュって総じて恋愛雑魚のイメージ。
いやでも、女教皇ほどでもないか……うん。
あ、一応言っておくと、璃音に恋愛感情はありません。今の所。
まだコミュランク2ですし。
……え、こいつまだ2なのか。