PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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6月13日──【杜宮記念公園】噂が加速するが当人は何も知らずに泳いでいるだけの1日。

 

 

 早朝、少し急ぎ足でフロントを通り抜けようとしたら、進行方向の先で1組の男女が言い合いをしているのが視界に入った。

 

「ほらユウ君、早くしないと遅刻しちゃうよ」

「だーもう五月蠅いなぁ、まだ全然余裕だって!」

「でも周りに同じ制服着た人いないし」

「寧ろ居られた方が困るんだってば……」

 

 すまない、いつぞやかの少年、同じ制服の男子生徒がいま後ろに居るんだ。

 加えてその入り口以外でこのマンションから出る方法を自分は知らない。

 だからその、本当にすまない。

 

「おはようございます」

「あら、おはようございます」

「…………!?」

 

 口をぱくぱくと開ける少年。会うのは3度目だったか。

 今日はいつもより元気が良さそうに見える。言い合いも白熱していたし。

 そういえばこの女性は誰だろうか。

 親、ではないだろうし、君付けで呼ばれているから近親者ではないのかもしれない。

 

「……恋人は大事にするんだぞ」

「…………はぁ!?」

「やだユウ君、恋人と間違われちゃった。お姉ちゃんまだ高校生くらいに見えるかしら」

「いや否定しなよ! 何喜んでんだよ!!」

「え、もしかして大学生の方ですか?」

「あら嬉しい。でもごめんなさい、これでも社会人なんです」

「なるほど、お若く見えますね」

「ありがとうございます」

「って何呑気に話してんだよ! センパイも!」

 

 ユウ君につっこまれ、そういえばと思い出す。

 結構ギリギリの時間だった。

 

「すみません、このままだと遅刻してしまうかもしれないので」

「あ、引き止めてしまってごめんなさい。えっと、貴方のお名前は?」

「いや何聞いてんの!? 早く仕事行けってば!」

「自分は岸波 白野です」

「センパイも返すなって! ああもう揃いも揃って呑気すぎるでしょ!!」

「私は四ノ宮 葵です。では岸波さん、ユウ君をお願いします」

「ああ。急ごうユウ君」

「まったく。──って誰がユウ君だ!」

 

 

────>杜宮高校【1階入り口前】。

 

 

 少し急ぎ目で歩きながらの登校。

 最初はユウ君が何やら騒いでいたが、何を悟ったのか特に何も言わなくなった。

 ……そういえばユウ君が何年生か聞いていなかったな。

 尋ねようとして振り返ると、

 

「ほんとサイアク。これだから学校なんて……」

 

 なにやら呟くユウ君は、こちらを気にすることなく階段前を左折していった。1階の教室、つまり1年生らしい。自分をセンパイと呼んでいたことにも納得である。

 ……いやそもそも、何で自分の学年を知っているんだ?

 まあ考えたところで当然答えは出ず。

 次会った時に聞けば良いかと保留して、自分は2階の教室へと向かった。

 

 

──午後──

 

 

────>杜宮高校【教室】。

 

 

 

「六月も半ば。段々と気温が上がってくる頃だねェ。今は梅雨だし、毎朝天気と気温、湿度は毎朝確認しておいたほうが良い」

 

 理科の時間、今日もマトウ先生は怪しく笑っている。

 それにしてももう梅雨か。雨が多く降り、ジメジメとした日が続く時期だ。

 梅雨前線、というものが関係しているらしい。正直な所よくわかっていないが。

 

「気温で思い出したが……クク、岸波」

「!? は、はい」

「そう構えることはない、誰もが見たことのあるものについてのクイズだ」

 

 なんだ、そうなのか。

 気温について、ということで身構えたが、一般常識的な話なら大丈夫な可能性もある。なんとかなるかもしれない。

 まったくマトウ先生も人が悪いな。

 

「小学校の時、校庭に百葉箱はあったね? 百葉箱を設置する際のルールで、正しいものが何かは知っているかい?」

「……」

 

 見たことはきっとあるが、見覚えがないんですが。

 

 

──Select──

  扉を南向きにする。

  地面から丁度1メートル離す。

 >周囲に植物が生い茂っている。

──────

 

 

 残念ながら小学校の記憶がないので即答はできない。できるのは推測だけだ。

 というかそもそも百葉箱って何だろう。話の流れ的に気温が測れるものらしいが。

 取り敢えず地面からの距離が丁度1メートルというのはないだろう。1メートルに限定する必要がない。地形的な影響で熱の溜まり方も違うから、もっと上げる必要のある地域だって出てくるだろう。小学生が対象だというなら、3・4年生の平均身長辺りの高さにでも設定しておけば、手入れも楽そうだし。

 仮に扉が南向きだと、日が差し込んでしまう。直射日光で熱を持ち、本来の気温より高い温度を観測してしまうかもしれない。

 よって答えは周囲の環境だ!

 

「クク、正解だ……常識問題だったかねェ」

 

 いや、常識がなくてすみません。

 

 璃音が不安そうな表情でこちらを見ていたが、当たって良かった。彼女も安心したように溜息を吐いている。

 やはり記憶がない、ということはこういう時に周囲を気遣わせてしまうのかもしれない。あまり大っぴらにしないようにしないと。

 

「周囲に植物が無ければならないのは日差しの反射や雨滴の跳ね返りの抑制が目的だ。そういった芝や自然植物などを育成したところを露場と呼ぶ。ちなみに気象庁のアメダス観測所の露場は,だいたい平均的な一軒家の敷地面積の半分、70㎡以上の面積を確保しているらしい。見たことのある人はいるかい?」

 

 サブローが手を挙げた。

 何にでも精通しているな、彼。

 

「フム、今後とも精進するように。それじゃあ授業を再開しよう。クク……」

 

 

──放課後──

 

 

「ねえ、今日時間ある?」

「……あれ、璃音か」

「? そうだけど……さては寝起き?」

「いや、そういうわけじゃない」

 

 放課後、珍しいことに、薄紫色の髪をポニーテールに纏めたアイドルが話しかけてきた。

 ……答えるのに間が空いたのは、まだ教室には結構な生徒がいるから。人目をまったく気にせずに話しかけてくるとは少し予想外だ。

 視線を集めるよりも重要な用事があるのだろうか。

 

「部活が終わった後なら」

「え、部活入ってたの? 何部?」

「水泳部」

「……似合うような似合わないような」

 

 なんとも微妙な反応を返された。水泳の似合う男と似合わない男の差とは。

 一応自分の名前的には水っぽいと思うが。岸からも波からも白からも海は連想できるし。

 だとしたら印象、見た目的な話か?

 璃音は自分のことを平凡だと思っているらしいから、そこかもしれない。

 

「まっ、野球とかサッカーよりは似合うかも」

 

 暗に団体競技に向いていないと言われているような気がする。

 気のせいだと思いたい。

 

「ちなみに向いているとしたら何部だと思う?」

「んー……新聞部とか、パソコン部とか」

「文化系か」

「囲碁とか将棋も強そうだけど、似合うかって言ったらビミョーかも」

 

 やはり花がないからだろうか。競い合う部活や矢面に立つ部活なんかはあまり彼女のイメージに沿わないみたいだ。

 ウーン、と首を傾げて考えている彼女に、もういいと告げる。これ以上聞いてもダメージが蓄積されていくだけだろう。

 早くどうにかして平凡というイメージから脱却しなければ。

 

「ま、予定あるならイイヤ。また今度ね」

「え、良いのか?」

「ウン、その様子だと、あまり出てないんでしょ、部活」

「……まあそうだが」

 

 他に色々とやっておきたいことがあるしな。

 一通り片付いたら積極的に参加したいところだが。

 簡単に引き下がった所を見ると、緊急の用ではなかったらしい。ますます何故話しかけてきたのか分からなかった。

 まあ、彼女の要件よりも優先させてもらったことだし、今日は集中して部活に励むとしよう。

 

 

────

 

 

────>クラブハウス【プール】。

 

 

「お、岸波来たのか!」

「ハヤト」

 

 まだ部活は始まっていない。しかしかなりの人数が揃っていて、数人はプールの中に入っていた。

 話しかけてきた男子もその1人。世話焼きでまじめなハヤトだ。

 

「泳げるようにはなったのか?」

「補助なしじゃまだ無理、あっても微妙だが」

「まあ流石にこの短期間じゃ無理か。じゃあ大会には間に合わないな」

「大会?」

「ああ、もう少ししたら部内の選考会が始まるんだ。でも流石に泳げないと……」

 

 水泳部は春・夏・秋に大会があり、それに向けた選考会を毎回行うらしい。

 1週間かけて3本の希望種別タイムを計る。その中のベストスコアとアベレージを見て、大会の出場者を決めるのだとか。

 泳げない自分にはまだ縁のない話だ。

 

「応援している」

「おう、サンキュ。次は一緒に競おうぜ!」

 

 自分も泳げるようにならないと。まずはビート板を使って、息継ぎに慣れる所からだな。

 

 

 

 

 

「うーん、身体が沈み過ぎてる。脚で普通もっと水飛沫が跳ぶもんだが」

 

 指導係の人が頭を抱えている。

 不器用で申し訳ない。

 

「ちょっとほかの人の泳ぎを見学してみようか」

「はい」

「隣は……お、ハヤト君だね」

 

 目を凝らしてスタート台を見てみると、確かにハヤトがいた。

 丁度いいから彼の動きを参考にしよう。

 

 膝を伸ばしたまま腰を曲げ、手をつま先の近くへ。

 そして次の瞬間、跳んだと思ったらすぐに鋭く着水した。

 数秒の水中移動。原理はどうやっているかわからないが、身体がクネクネ動いているように見える。真正面からだと分かりにくい。

 そして浮かび上がると、まずは両手を同時に回し、イルカのように跳ねながらレーンを進んでいく。

 ……すごい勢いだ!

 あっという間にこちら側のサイドに近づき、水中でくるりと回りながら壁を蹴って、引き返していく。

 ……なんというか、一瞬だったな。それに、上からだといまいち何をしているかがわかりづらい。

 

「どうかな、何か掴めた?」

 

 

──Select──

  いや、凄すぎてあまり……

  ばっちりです。

 >イルカの気持ちになれれば……

──────

 

 

「なれれば?」

「……何でしょうね」

「じゃあとりあえずイルカの気持ちになってやってみようか」

「えっ」

 

 

 

 溺れた。

 

 

 

────

 

 

「死ぬかと思った」

「ははっ、お疲れ」

「ハヤト、笑い事じゃないんだが」

 

 何でそんなさわやかに笑っていられるんだ。

 

「溺れるっていうことは怖いことだっていうのが分かっただろ? 泳ぎっていうのはそれを回避するための術でもあるんだ」

「……それで?」

「それだけだが」

「…………」

 

 まあ、いいか。

 それより、どうしたらうまくなれるだろうか。

 せめてハヤトの動きを横から見れたら良いんだけど。

 

「ハヤト」

「なんだ?」

 

 

──Select──

  自主練に付き合ってくれ。

  水中カメラ持ってる?

 >イルカと並走してくれ。

──────

 

 

「なんでだよっ!」

「いや、イルカにカメラ付けて撮りたいから」

「まずイルカにカメラを付けてもブレが激しいだろうし、コース破壊するだろうし、イルカ連れてきてもそんな速さで並走して泳げねえし……ってそもそもイルカを連れてくるって何だ!?」

 

 駄目か。妙案だと思ったのだが。

 なら、自主練に付き合ってもらえるだろうか。

 

「自主練? まあその程度ならむしろ喜んでって感じだ」

「ありがとう」

 

 爽やかに笑うハヤト。思ってもみないほどの快諾だ。

 最初からそう言えば良かったな。

 

「しかし嬉しいな。そんなにやる気があるなんて」

「そうだろうか。やる気のあるなしというより、やって当然って感じだが」

「やって当然、か。そうか、そうだよな……」

 

 静かに、考え込むように黙るハヤト。

 何を考えているのだろうか。

 

「……ああ、悪い。なんでもねえんだ」

「……そうか」

 

 話したくないなら、踏み込むべきでないだろう。

 でも、何か抱えていることがあるのも確かなようだ。

 解決すると良いんだが。

 

 

 少しハヤトのことが分かった気がする。

 

「ほら、今日はもう帰ろうぜ」

「ああ」

 

 家に帰ろう。

 

 

──夜──

 

 

────>【マイルーム】。

 

 

 今日は読書をしよう。

 あまりにも手芸へ興味が傾いた結果、先に1冊読み終わってしまったが、よくよく考えてみれば期限付きのこちらが最優先に決まっている。

 という訳で、“3年F組・金鯱先生”を読むことに。

 

 物語は終盤、 金鯱先生と3年F組の生徒たちは、互いに涙を流しながら想いの丈を語る。

 それはこれまでに培ってきた絆の言葉だった。

 生徒のことを想い、彼ら彼女らの真の幸福を願う先生と、願われているからこそ道を譲らない生徒たちのやり取りに心を打たれる。

 何があっても自分の信じる正解へと進み続ける根気と、互いを思いやる不器用な優しさを強く感じた。

 

 本を閉じる。

 “3年F組・金鯱先生”を読破した!

 

 

 ……今日はもう寝よう。

 

 

 




 

 コミュ・剛毅“水泳部”のレベルが3に上がった。
 
 
────
 

 優しさ +1。
 根気  +4。
  
 
────


 謎のイルカ推し。


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