実名出しても良かったんだろうか……?
「「あ」」
朝、1階の共有玄関を抜けると、数日前にもマンション前に立っていた少年を見掛けた。
たった今引き返して来た所なのが気になるが、声を掛けてみようか。
「やあ、今帰りか」
「いや、その声の掛け方は可笑しいでしょ」
「……確かに」
「……はぁ」
何だコイツ、といった目を向けられている。
正直、自分も目の前に同じような人間が現れたら、同様の反応をするだろう。本当に申し訳ない。
「で、何か用?」
「?」
「丁度暇になった所だし、面白い話でもあれば聞いてあげるけど」
面白い話、面白い話か……ないな。
だが、正直にないと言ってしまえば、そのまま帰ってしまうだろう。
ここは……逆に聞いてみるのが良いんじゃないだろうか。
「どうせだし、歩きながら話そう。面白いことがあったら聞くぞ」
「いや、聞くの僕。……って、何勝手に学校に行くことにしてるのさ。止めてよね、今日は休むって決めたんだから」
「いや、決めたって……この前も家に引き返してただろう。出席日数とか、大丈夫なのか?」
「ま、まだ余裕あるし」
言い淀んだ。本当に大丈夫なのだろうか。
「あまり学校に行かないと、親御さんに心配を掛けるんじゃないか?」
「──アンタに何が分かるのさ。ほっといてよ」
ピクッと何かに反応した後、一瞬で冷静さを取り戻した彼は、そのまま振り替えることなく部屋へと戻っていった。
……地雷を踏んだか?
だとしたら多分、親御さん、もしくは心配という単語に反応したのだと思うが……って、駄目だな。異界攻略の癖でつい推理しそうになってしまう。自分はカウンセラーでも探偵でもないのに。
取り敢えず、今回もコンタクトは失敗。
次は取り敢えず、名前くらいは聞きたいものだ。
──午前──
「今現在、世界が英語を共通語とした国際化の流れにあるのは、皆も知っての通りだと思う。実際、世界の著名な観光地周辺なんかは、ほとんど英語でやり取りができるほどだ。日本はその中でも、少し劣っているかもしれない。これは単に、英語と日本語の文体が離れすぎていることにも起因するんだろう。英語に近い言語……例えばフランス語などは英語と近いせいか、観光地としても有名な首都──パリに行くと、基本的に英語で会話がなんとかなる」
まあ、海外旅行に必須なのは、楽しむ気持ちとジェスチャーくらいなものだが。
そんなことを、英語の授業で佐伯先生は言う。
それで良いのか、英語教師。
「そうだ。フランスとアメリカで思い出したが、1つクイズを出そう。──じゃあ、岸波」
「?」
クイズ?
何だろうか。
……というかクラスの視線が痛いな。璃音はこっち見ないし。何かあったのだろ──と、今は問いに集中しなければ。
「フランスの首都──パリを走るメトロの駅名に使われている、アメリカ歴代大統領の名前はどれだか分かるか?」
パリの駅名に、アメリカの大統領……?
偶然とかじゃなくてか?
いや、クイズにされるからには偶然大統領と一致したとかではないんだろう。きちんとした理由があるはず。
そうだな。
──Select──
ジョージ・ワシントン。
エイブラハム・リンカーン。
>フランクリン・ルーズベルト。
──────
ルーズベルト元大統領、か。
わざわざフランスがアメリカ大統領の名前を駅名にするとしたら、かなり重大な理由がなければあり得ないだろう。
ワシントン初代大統領もリンカーン元大統領も偉大だし、まったく理由が思い浮かばないというほどではないが、それでもルーズベルト元大統領には敵わないだろう。
ルーズベルト元大統領とパリの間には、微妙に関係があるのだ。
「正解だ、よく分かったな。ルーズベルトが大統領を務めたのは、第2次世界大戦の最中だ。その大戦中、アメリカを含む連合軍によって引き起こされた1つの出来事に、パリ解放が含まれている。その功績を讃えてか、パリには彼の名にちなんだ名称を、通りと駅にそれぞれ付けているみたいだな」
よかった。合っていたらしい。
周囲から感嘆の声が聴こえてくる。
「ちなみに、他にパリメトロの駅名として付けられた人物としては、イギリスのジョージⅤ世や、芸術家のパブロ=ピカソ、数学者のガスパールなどか。まあフランスにゆかりのある偉人たちが付けられていると思ってくれ」
などってことは、もっと他にもいるんだろう。
少し興味が出て来たな。他にどんな人がいるのだろうか。
「まあ旅行などに行った時、こういう地名なんかも注目してみると面白いかもしれないぞ、という話だ。日本にもなぜこの地名が、といった例が存在するから、遠出する機会があれば調べるのも予習として良いかもな。……さて半分社会のようにもなってしまったが、雑談もここまで。授業を再開するぞ」
えー。という声が半分。やっとかという反応が半分。
だが、不満の声は笑って受け流して、佐伯先生は教科書の英文解説に入った。
しかし、地名か。
日本国にもそういう面白い地名なんかもあるのだろうか。
そういった一風変わったものもいつかは調べてみたいな。時間に余裕が出来てからになるだろうから、今暫くは難しいが。
──放課後──
『悪いハクノ、今大丈夫か?』
帰り支度をしていると、サイフォンが鳴動した。
どうやら洸からの着信だったらしい。
『大丈夫だ、ちょうど帰るところだったから。なにかあったか?』
『異界関連でちょっとな。詳しくは後で説明するから、商店街の豆腐屋まで来てくれねえか?』
『分かった、少し待っていてくれ』
しかし、放課後に洸から連絡があるなんて珍しいな。何だかんだ言っていつもバイトや人助けとかで忙しそうだし。
察するに、今回のもその類だろうか。前回の本回収みたいな……早く行こう。
────>杜宮商店街【豆腐屋前】。
豆腐屋前、とは言われたが、どうやら店主に聞かせたい内容ではないらしい。
集合こそ手押し車の前だったが、その説明は少し離れた民家の近くで行われた。
「なるほど。つまりその無くなった“ラッパ”が異界に落ちていないか確認したいわけだな?」
「ああ。とはいえ確証のない話に全員を付き合わせるのは悪いしな。行きてえ異界も攻略済で程度が知れていて、ハクノが居れば属性相性で不利な相手でも対策ができんだろ。ラッパの形状は覚えているから、見付けるのにも苦労しねえはずだ」
正直、柊に声を掛けなくて良いものか迷ったが、行ったことのある異界だというならまあ大丈夫だろう。誰かと戦闘訓練をする要領と同じだ。
ならば、さっさと済ませてしまおう。
「よし、さっそく行くか」
「おう、そうこなくちゃな!」
──
結果として異界攻略は驚くほどスムーズに進み、あまり時間を掛けずに終点へ辿り着くことができた。
「おお──」
豆腐屋の店主が喜ぶ姿を遠目に確認する。どうやら本当に彼のモノだったらしい。
……本当に大げさなくらい喜んでいる。まあ、事情を聴いてみれば当然の反応のようにも思えるが。
異界攻略の最中、洸から軽く教えてもらった。失くしてしまったようにも思えるラッパを、必死に探している理由を。
最近代替わりして店主を継いだ彼──タカヒロさんが受け継いだ、豆腐屋の魂とも呼べる必需品。それが唐突に手元から失くなったのだ。慌てるし、仕事に身も入りきらないだろう。
まあ何にせよ、見つかって良かった。
洸と目が合う。タカヒロさんとも視線が交わった。
笑顔で手を振ってくる。どうやら、洸が何かを伝えたらしい。
取り敢えず会釈しておこう。
暫くして、洸がこちらに駆け寄ってきた。
袋を腕に下げている。
「ほら、お礼だとよ」
「? ……ああ、ありがとう」
確認するようにタカヒロさんの方を向くと、またもさわやかな笑顔で手を振ってくれた。
ありがたくもらっておこう。
「学校の外からも依頼を受けるんだな」
「ん? ああ、まあな。依頼は全部いっぺんにユキノさんから流されるし、知っちまった以上流石に放っておけねえだろ」
というか、よく気付くものだと思うが。
学校みたいな狭い場所ならまだしも、市全体なんてかなりの広さだ。誰が困っていて誰が緊急かなんて区別つけられるわけがない。
「しかし今日は本当に助かったぜ」
「とは言うが、実際自分要らなかったんじゃないか? 相性不利でもあの程度、洸の実力なら軽く蹴散らせると思うが」
「1人でやると柊がうるせえからな」
つまり、自分を呼んだのは柊に心配掛けない為、と。
最初からそう言えばいいのに。
「しかし、放っておけない、か」
「は?」
「いや、洸が今言ったじゃないか。放っておけないって。随分なお人好しだと思ってな」
「……別に、そういうんじゃねえよ。オレは……オレは、ただ──」
そうして、やはり言葉を失くす洸。
帰り道、続きの言葉を待ってみたが、別れるまで何もなかった。
踏み込んだおかげで少し、時坂と心の距離が近付いた気がする。
……帰って豆腐を食べよう。
──夜──
“手芸入門編”の残りを読む。
後半は、実際に作る工程の図解が乗っていた。
お試しキットを使って練習をしてみる。
……“ビーズブレスレット”が完成した!
アクセ作りを通して、魅力と根気が上がった気がする。
思いの他面白かったな。道具や知識を増やせばもっと多くのものを習得できるようになるかもしれない。余裕があったら買ってみよう。
……だんだん趣味に使いたいお金が増えてきたな。もっと色々考えなければ。優先順位とか。
まあ今日はもう遅い。そろそろ寝よう。
コミュ・魔術師“時坂 洸”のレベルが4に上がった。
────
魅力 +3。
根気 +2。
────
風向きが悪くなる、コミュランク4~5。
洸くんが一番乗りとは……いやまあ順当でした。