──朝──
「ハァ、眠っ……」
マンションから出た所で、同じ制服を来た男子を見掛けた。
ここに住んでいる子だろうか、あまり見ない後ろ姿だが。いや、6月に入って夏服に変わったからかもしれない。
首にヘッドフォンを掛けた少年は小さく伸びをした後、数秒固まって、ボソっと何かを呟く。
「めんどい、やっぱ今日はいいや。かーえろ」
「あ」
急に振り返った少年と目が合う。
「なに、何か用?」
「いいや、特には。……帰るのか?」
「別にどうしようが僕の勝手でしょ。ま、学校なんて行ってもツマラナイしね」
そんじゃ、と手をひらひらさせながら去って行く少年を見送る。
止めた方が良かっただろうか。
……次の機会があれば呼び止めてみよう。
──放課後──
さて、今日はどうしようか。適当に何処かへ行っても良いが……ん?
「待ちかねたぞジュン、では行くか」
「あはは、うん。急がないと売り切れちゃうかもしれないしね」
「うむ、学校さえなければ朝から並んだものを……ここは、自分の天命を信じるしかあるまい」
ひと際大きな声に目を向けてみれば、クラスメイトのサブローと時坂の友人である小日向 純が会話をして、一緒に帰ろうとしていた。
なんだろう、あまり接点なさそうだったが。
今の自分の度胸なら、2人の会話に割り込むことが可能だ。
暇だし、大丈夫そうなら着いていっても良いか聞いてみよう。
────>七星モール【入口】。
七星モール。杜宮市内の大型ショッピングモールだ。前を通りかかったことや、案内されたことはあっても、入ったことは今までなかった。
来たいとは思っていたんだが、なかなかきっかけがなかったし、特別用事があるわけでもなかったからな。そもそもどんなお店があるのかもよく分かっていないし。
「ほう、ではザビにとってこの聖地は初となるのか」
「そうなる」
……聖地、なのか?
「そっか、じゃあ軽く案内しようか?」
「自分としては願ってもない提案だけど、良いのか?」
「ああ。だが、先に買い物を優先させてもらうぞ」
文句なんてないに決まっている。自分は付いて来させてもらったのだから。
────>七星モール【アニメイト杜宮店】。
彼らの用事があるのは、アニメショップだったらしい。
店に近づくなり、すぐさまレジへと駆け寄るサブロー。少し言葉を交わした店員が棚の方へ消えると、サブローは膝を付いて天を仰いだ。
「フ。フフッ……あった。あったぞ……」
「……?」
「あはは、欲しかったものが無事手に入ると分かって喜んでるんだよ。今はそっとしておこう」
そっとしておくか。
少しして戻ってきたサブローは大きめの袋を持っており、満足そうな表情を浮かべていた。
「何を買ったんだ?」
「“魔法少女まじかる☆アリサ”という伝説的アニメのノベライズ版だ。それも店舗限定の特装版かつ、この早期購入者限定の精巧なフィギュア! どうだ、凄まじかろう」
凄まじいのはサブローの情熱だと思うが。
少し押され気味で話を聞くと、どうやら少し前まで放送していて、大ヒットで終えたアニメーションの初公式ノベライズらしい。
大人気商品で、予約すら困難だったらしいが、何より大変だったのが早期購入者限定の特典だというフィギュアの入手。店舗ごとに限られた数しかなく、購入者優先──予約者でも手に入るか分からないといったものだとか。
なるほど確かに、急いでいたのも分かる。
ただ1つ、気になるとすれば。
「それって、子ども向けアニメでは?」
金髪の女の子が、魔法少女として悪と戦う。といった内容のもののはず。そういうのって、小学生とかが見るものかと思っての発言だったのだが。
「はは……」
「……!」
苦笑する小日向。目つき鋭く、肩を震わせるサブローを見て、どうやら自分は虎の尾を踏んだらしいと察した。
「良いか、ザビ。そもそもだな──」
「お疲れ様」
サブローがお手洗いに席を外した時、小日向が労いの言葉とともに缶ジュースを持ってきた。
「すまない。いくらだ?」
「ははっ、良いよお礼なんて。今日付き合ってくれたお礼だからさ」
付き合わせてもらったのは自分なんだが、どうやら断固として奢るつもりらしい。
少し釈然としない気持ちのまま、受け取った缶のプルタブを引く。
「でも、何で今日、着いて来ようと思ったの?」
「別に、大したきっかけがあるわけではないけど」
自己紹介を改めて軽く行い、現状についても何となく説明する。特に、趣味や夢がないといった内容を重点的に。
そして、それを探していることを説明。その他にも、以前サブローには機動殻について教えてもらったことがあるし、ちょうど今日暇だったから声を掛けたのだと。
「そっか。岸波君は、自分を変えようとしてるんだね」
「小日向?」
「僕も岸波君と同じで、外から来た人間なんだ。とはいえけっこう前に引っ越してきたんだけどね。まあ、そういうわけで少し親近感を覚えていたんだけど、今日実際向き合ってみて、岸波君は僕よりもよっぽど強い人だと確信したよ」
そんなことはない。
自分は、誰かに、何かに背中を押されて歩いている身だ。強いなんてもっての外。
「僕には、自分を変える勇気はなかった。それでもコウ達が居たからなんとかやって来れたって感じ。少なくとも、自分から誰かの輪に飛び込んでいくなんて、僕にはできない」
そのどれもが、自分にはできなかったものだと、彼は笑顔を少し曇らせつつ答えた。
彼には彼の思う強さがあって、悩みがあるのだろう。
少しだけ、小日向のことが分かった気がする。
────
我は汝……汝は我……
汝、新たなる縁を紡ぎたり……
縁とは即ち、
停滞を許さぬ、前進の意思なり。
我、“正義” のペルソナの誕生に、
更なる力の祝福を得たり……
────
「待たせたな、ジュン、ザビ。それでは話の続きといこう」
「……取り敢えず、ザビって呼ぶの、止めないか?」
その後、話が一段落した時、小日向の提案で、モール内の各お店を回ることにした。
色々な道具が揃いそうなところだった。特に、衣装が作れるお店や、模型店、ミリタリーショップなど、幅広く扱っている。聖地と呼ばれるのも何となく察することができた
今日は少し時間が押してしまっていたので、解散することにした。
また明日にでも改めて来よう。
──夜──
今日は久し振りに勉強をしよう。
……自主学習が本当に久し振りな気もしていたが、実際はそんなこともない。中間考査が終わって間が空いたわけでもないし、次の期末考査だって1ヶ月以上先。
だがそんなもの、他者より劣っている自分が勉強しない理由にはならないだろう。
……なんとか集中して取り組めた。
コミュ・正義“小日向 純”のレベルが上がった。
正義のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。
────
知識 +2。