6月4日──【マイルーム】空の興味
夢を見た。
時間に追い詰められる青年の夢だ。
自分に対する不信は募り、それでも刻一刻と期限は迫りくる。
長い年月をかけて築いたものなど持たぬ自分が勝ち残っていいのか。生き残っていて良いのか。
そんな自問を繰り返しつつ、生存本能の自答を受け、彼は今日も進み続ける。
そうして青年は、ある幼い少女と会った。この少女が次の相手らしい。
無邪気そうに笑う幼女に青年も少し警戒の度合いを下げ、求められた遊びに付き合い始めた。
暫くして遊びが終わり、気付けば文字通り2人に増えていた少女は、何か大事なことを話し出す。
青年は語りの中に違和感を得て、直後に表情を恐怖に染めた。
彼の前に、赤き異形のカタチが立ち塞がる。
死の恐怖が目にした青年を襲った。
迷わず撤退を始めた青年を、少女たちは追わない。
どこまでも無邪気なまま、彼女たちはそこに居る。
前門の異形、後門の刻限。
打破する以外に道はなく、彼はまたもパートナーと共に戦うことを決意する。
願いも覚悟も抱けず、しかし死ぬわけにはいかないと止まらない青年だが、彼はもう知っている。経験で分かってしまっている。戦うということは、勝つということは、背負うということだと。
しばらく前に同い年くらいの青年を下し、つい最近に老兵を下し、今度は幼気な少女まで下そうとしている。
死なせた相手の願いを背負えるか。
殺してしまった相手の覚悟を超えられるか。
自身が生きる為に
無機質な檻の中で朽ちた彼らを見て悼むだけ、というわけにはいかない。事実としっかり向き合わねばならない。自分がいったい何をしているのか。何を得て、何を失っているのかを。
────
目を開ける。眩い日差しが差し込んでいて、思わず顔を背けた。
布団の中、覚醒しきらない意識のまま、先程まで見ていたものに思いを馳せる。
「……」
また、あの不思議な夢を見た。いつぞやの続き。人を殺し、背負う自覚が生まれた、生き残りたいだけの青年の物語。
たかが夢、と一蹴することはできない。こういうのを身につまされる、と言うのだろうか。
夢を持たぬ
夢を持たぬ
そこにあるのは環境の違いのみ。根本的な問題は何も変わっていない。結局のところ岸波白野には、人生を経て培ってきた理想や信念がなく、辿り着きたい果てや夢がない。
「夢、か」
最近、考えることが多くなった。
郁島さんの異界で、彼女のシャドウに対し、目標が違うとか将来が考えられていないとかいろんなことを考え、突き付けた。
本当に、どの口が言っているんだ、である。
だが一方で、夢を持っていない自分だからこそ、“夢とは志高いものである”と考えたからこそ、彼女が本当になりたいものを感じられたんじゃないかと思う。
……なんか思い返すと恥ずかしくなってきたな。
学校へ行こう。
──午前──
「急な代行だから仕方ないけど、休み明け最初の授業が数学っていうのは、みんな大変だと思うんだ」
九重先生は苦笑いしながら、抱えていた教科書などを机に置く。
月曜日の1時限目。もともと社会の授業であったここが、何の理由か数学に変更された。その知らせはショートホームルームで伝えられ、当然上がった生徒たちの不満の声に、佐伯先生も苦笑い。だがその後、誰かが呟いた「いや、現文よりマシだわ」という言葉に、周りの生徒たちが確かにタナベ先生よりかは良いかと納得している姿を見て、ひっそり悲しくなったものだ。良い先生なんだけどね。空回りすることが多いだけで。
「だからテスト……って言ったら大げさだけど、軽く先週の復習から入るよ! 順番に答えて言ってね」
座席は出席番号順。あ行の先頭男子生徒が絶望的な顔をしたのをちらりと確認した九重先生は、逆に最後尾から順に回答してもらおうとして──その危機を超直感で察知した末席の生徒が向ける懇願の視線に、九重先生も困惑する。
「じゃ、じゃあ1番の人から行こうかな」
先頭の男子生徒が崩れ落ちたものの、先生も今度は手を止めずに問題を出していった。
「うん、よくできましたっ! 次、岸波君」
「はい」
「8を二進法で表すと?」
「1000です」
「わあ、即答だね! 凄い、正解だよっ!」
たまたま覚えていた内容だが、褒められると嬉しいな。
「じゃあ次、久我山さん」
「は、はい」
「15を二進法で表すと?」
「え、えーっと」
……どうやら困っているようだ。
どうしよう、手伝おうか……?
──Select──
1007。
>1111。
9999。
──────
「……あっ、1111です」
「うんうん、正解だよっ! 8が1000、16が10000だから、その1つ前は1111だね。みんなも分かったかな?」
教室の色々な所から、2通りの感想が返ってくる。
そんな中、璃音が口の動きだけで、ありがと助かったよ、とウインクしながら告げてきた。多分。それを読み取る力は自分にないが、きっとそう言ってくれているはず。
ちゃんと読み取ってくれて良かった。気にするな、と軽く手を振っておく。
「うーん、じゃあ少し詳しく復習しよっか。みんな教科書を開いて」
そうして少しずつ、復習という形で授業は進む。
授業が終わったあと、みんな口を揃えて、今日の数学は楽だったね。と談笑していたが、果たして今日最期の授業が数学なことを覚えている人はいるのだろうか。
──放課後──
────>【杜宮記念公園】。
「あれ、岸波先輩?」
「空か。昨日ぶりだな」
「はい、昨日ぶりですね! 今日はどうされたんですか?」
どうされたも何も、どうもしないから出会ったんだけどな。ただの帰宅途中だ。
……そういえば、当たり前のことだが、空は自分の家を知らないんだよな。
自分の暮らしているマンションを指差し、軽く説明する。
「そうだったんですね! 私もよくこの辺りに来ているので、見掛けたら声を掛けてください!」
「ああ」
そういえば、異界の発生場所について調査している時に、そんな話を聞いたな。よく先輩とトレーニングに来ているのだと。今日もその一環なのだろうか。
「空は自主練か?」
「はい、といっても軽いものですけれど。まだ部活に参加する許可は出ていないので」
一応入院していた身だ。退院しても2、3日は安静に、ということらしい。安静にと言われているのに運動しているのはどうかとも思うが、まあ自分のことは自分がよく知っているか。
「そういえばここ、天気の良い日なんかは朝から夕方まで、誰かしら運動しているような気がするな」
「そうですね、景色も良いですし、湖が隣にあるので涼しいというのもあるかもしれません。わたしとチアキ先輩も、お気に入りの練習場所として使っています」
……相沢さん、か。
「その後、どうだ、相沢さんとは」
「ぁ……あはは、そうですね、最初は少しだけ、何を言おうか悩んだんですけど。でも、お見舞いに来てくれた先輩たちが、本当に心配してくださっていたのを感じられて、自然と元通りになれたと思います」
「そうか」
「ご心配をおかけしてすみません」
「いや、何もないなら良かった。でも、また何かあったら相談してくれ。これからは一緒に戦っていく仲間だから」
「……はい!」
花が咲くような笑顔を向けて、元気に答えてくれた空。この様子だと、本当に心配する必要はなさそうだ。まあ、洸と璃音が事後処理のようなことを買って出てくれたので、あまり心配はしていなかったが。
「……なんか岸波先輩って、コウ先輩と似てますね」
「たまに言われる」
「やっぱり! ……あ、あの、宜しければ先輩たちが出会った話とか、聞いても良いですか?」
「ああ、別に構わないけど」
多分、そのくらいなら怒られないだろうし。
その後は彼女の小休憩に合わせて、4月からのことを一通り話した。
体験を共有することで、空との距離が縮まったような気がする。
────
我は汝……汝は我……
汝、新たなる縁を紡ぎたり……
縁とは即ち、
停滞を許さぬ、前進の意思なり。
我、“戦車” のペルソナの誕生に、
更なる力の祝福を得たり……
────
日が暮れたので帰宅するらしい空を見送って、自分も家へと戻った。
──夜──
「しまった」
図書室で借りた本の返却期限は、明日。
しかし2冊のうち1冊しか読み終わっておらず、残りは手付かず。どう頑張っても明日の放課後までに読み終わることはできない。
「……もう一度借りればいいか」
もちろん、待っている人が居なければ、だが。
取り敢えず、行ける所まで読んでしまおう。
“3年F組・金鯱先生”。国語科のタナベ先生お勧めのシリーズ本の第一話。
熱血教師の金鯱先生が担当するクラスの生徒たちを変えていく物語らしい。
金鯱先生が相手をするのは、進学率が低迷している進学校。そこにある問題児クラスの1つ。31人だ。
まずは話を聞こうと接触するものの、心を開いてくれる生徒は少ない。話したとしても、皆当たり障りのない返事ばかり。適当に躱されて、それで終わりだ。
必死に生徒と向き合おうとする金鯱先生の情熱に、優しさと根気を感じる。
3分の1くらいしか読み終わらなかったが、続きの気になる本だ。
また借りられればいいけれど……まあ、明日になれば分かるか。
今日はもう寝よう。
コミュ・戦車“郁島 空”のレベルが上がった。
戦車のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。
────
優しさ +1。
根気 +2。
────
面白くもなんともなかったので、選択肢回収はなし。1007は1000に7足しただけですし、9999は10000から1引いただけなので。両方10進数で考えてるっていうあれなので指摘も似偏りますし。
空のアルカナについては3択ほどありましたが、他に戦車の該当者がいなかったので戦車に。