PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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5月31日──【杜宮高校】フウカと白野

 

 

 

──朝──

 

 

 

 2人の男子生徒の会話が聞こえる。

 

「はえー……もう5月終わりだよ」

「6月かぁ。特になにもねえよな。梅雨くらい?」

「だな。てか梅雨ももうそろそろじゃね。沖縄とかだともう梅雨入りしたって聞くし」

「あ、そういや関東は“6月5日”から梅雨入りって予報出てたわ」

「マジかぁ。雨降ると部活が内練になってつまらねえんだよなあ」

「空気もジメジメしてて、良いことねえよな」

 

 雨の日はシャドウの動きが活発になるという。

 外に出れないことの苛立ちや、雨に濡れるストレスなどが関係しているらしい。まあ確かに、普段できていることが出来ないのだから、イライラも募るか。自分は水泳部に所属しているから、水温が下がり過ぎる以外で直接的な被害を受けないだろうが、野球部サッカー部テニス部を始めとする諸外部活は大変そうだ。

 

「ま、仕方ねえだろ。その分、“雨の日に勉強すると集中できて効率が良い”じゃねえか」

 

 確かに、雨音が良い感じに集中力を高めてくれる。以前図書館で勉強したときは良かった。

 勉強だけじゃない。ただ本を読むだけでもいい感じにのめり込めそうだな。

 

「え、そうか? 感じたことねえけど」

「……そういやお前の部活、雨の日もレインコート着て走らされてたな」

「……雨なんて嫌いだ」

 

 

 何部かは存じ上げないが、大変そうな部活だ。頑張ってほしい。

 ……学校へ急ごう。

 

 

 

──昼──

 

 

────>杜宮高校【教室】。

 

 

 ……なんか、食欲がないな。

 

 

「大丈夫かザビ、顔色が悪いぞ」

「……サブロー」

 

 珍しい人に話しかけられるものだ。彼とは起動殻の1件で話はしたものの、そこまで仲良くはない。クラスの中ではダントツに親しい方だが。

 

「保健室に行け。いざと言う時に満足に戦えぬ者に、戦士を名乗る資格はないぞ」

「名乗らないし。いったい自分は何と戦ってる設定なんだ」

 

 人の心かな、とか思った。口に出さないが。

 とはいえ、普段そこまで話さないクラスメイトに心配されるレベルで調子が悪そうに見えるらしい。委員長の少女にも同様の声を掛けられ、保健室へ行くことに決めた。

 確か、1階の端だったな。

 

 

────>杜宮高校【保健室】。

 

 

「失礼します」

 

 

 扉が閉まっていたので、一応ノックしてから入る。

 普通の空き教室に、薬などが入った棚とソファー。あとはベッドが3つあり、その合間合間にカーテンが設置されている。

 先生は……どうやら居ないみたいだ。中に入って待っているとしよう。

 

「あら?」

 

 そうして入った自分を、聞こえるはずのない声が出迎えた。驚き、慌てて振り返る。勿論そこに居たのは、幽霊などではなかった。

 中には誰も居ないように見えていたが、どうやら違ったらしい。

 一番廊下側に位置するベッドの脇。カーテンで仕切られていて見えなかったが、中に入ることで角度的に目が合ったのは、既知の間柄にある女子生徒の姿。

 

「確か、岸波君、だったわよね。時坂君の友達の」

「貴女は」

 

 その声の主は、赤いリボンで髪を纏めた3年生。

 空手部主将の寺田 麻衣先輩だった。

 

「お久しぶりです、寺田部長」

「ええ、久し振り。その節は感謝しているわ」

「いいえ、何とかなって良かったです」

 

 郁島さんの一件は、一時的な不登校ということで処理されることとなった。前回同様、体調不良で入院していたという設定でも良かったが、流石にこの短期間で2回入院するのは上京している彼女にとって宜しくない。まあその理由を自宅引き籠りに替えたところで何も解決はしていないのだが、これには本人の強い希望もあったという。

 時坂と柊さんが事情の軽い説明と、その対処について協力を促す為にお見舞いへ赴いた際、少し逡巡したらしい郁島さんはそれでも、『あまり心配してくれた人に嘘をつきたくありませんので。自宅ではないですけど、引き籠っていたのは事実ですし』と病気案を突っ撥ねたらしい。

 

 ……そういえば退院予定日はもうすぐだったな。確か……そう、“6月3日”だ。

 

「マイちゃん、その人は?」

 

 ふと、声が聴こえてくる。自分の位置からは見えないが、そこに誰か居るのだろうか。

 寺田先輩が居るベッドに近づく。遮られていて見えなかった利用者の姿が、漸く見えた。

 黒髪をツインテールに結ぶ、垂れ目な女子生徒。

 

「ああ、ごめん。前に話した同好会の岸波君、2年生よ。岸波君、こっちは私の友達で、同級生のフウカ」

「フウカです、よろしくね」

「岸波です。よろしくお願いします」

 

 寺田先輩に紹介され、互いに頭を下げる。

 先輩の同級生ということは、フウカ先輩も3年生だ。

 印象としては、どこか儚げな少女、とでも表すべきだろうか。

 笑みを浮かべているが、どこかに影がある。少し、見ていて不安になる感じ。

 ベッドから身体を起こしているものの、顔の血色はやはり優れていない。おそらく彼女は体調不良なのだろう。

 

「それで、岸波君はどうしてここに? ケイコ先生なら今呼び出されて、グラウンドの方に出てるけど」

 

 ケイコ先生は保健体育で保健の授業を担当している教師だ。他の先生と違って担任を持っている訳ではないらしく、基本は保険医としてここに居るらしい。

 あまり授業は多くないので、数えるほどしか会っていないが、色気のある黄土色っぽい髪の30代女性だったはず。

 しかし外出中か。運が悪かったとしか言いようがない。ソファーに座って待っているとしよう。

 

「まあちょっと食欲がなくて。周りにも体調が悪そうと言われたので、薬を貰えないかな、と」

 

 端的に答えると、フウカ先輩は、少し心苦しそうな表情で口を開いた。

 

「残念だけど、保健室で薬を処方することはできないの。取り敢えず座っていて。マイ、先生を探して、ベッドを使っても良いか聞いて来てくれないかしら」

「ええ、分かったわ。岸波君は、少しソファーに……いえ、もし辛くなければ、私の代わりにここに座っていてくれる? 先生に確認が取れ次第、連絡を入れるから」

「……はい、すみません、お願いします」

 

 保健室って、薬を出してくれる所じゃなかったのか。

 でも確かに、消毒液とかならまだしも、風邪薬なんかは人によってだいぶ変わるだろうし、下手をしたら拒絶反応が出るかもしれない。難しいのだろう。

 フウカ先輩の横から立ち上がり、保健室を小走りで向かってくれる寺田先輩を見送る。

 ……この椅子にでも、ってことは、フウカ先輩の隣ってことだよな。良いのだろうか。

 

「あ、ごめんなさい。別に気にしなくていいの。ソファーに座ってゆっくりしてて」

 

 フウカ先輩はそう言って、ソファーを進めてくる。

 けれど、言い直してまでわざわざ座ることを勧めたということは、寺田先輩は自分に、彼女の話し相手になってもらいたかったのではないだろうか。

 

「……いえ、フウカ先輩さえ宜しければ、話し相手になってくださいませんか」

「でも、そっちの方が座り心地良いよ?」

「人と話してる方が気が紛れますから。あ、でも自分風邪の可能性もあるから」

「……ううん、咳も出ていないみたいだし、その心配はしていないよ。それじゃあ、話し相手、お願いできるかな」

「ぜひ」

 

 寺田先輩が座っていた位置に代わって座り、他愛無い世間話をした。

 

 

 共通の知人である寺田先輩についての話から、先輩と知り合った経緯、所属している同好会についてなど、最近の内容から昔に遡る形で回想していく。

 気が付くと自分ばかり話していた。

 それだけ彼女が聞き上手ということなのかもしれないが、退屈していないだろうか。

 

「すみません、自分ばっかり」

「良いの。私はそんなに話せる程話題を持ち合わせていないから、今日だって3時間目の途中からここにいるし」

「……そうですか」

「ごめん、困らせちゃったかな。ただ少し、体が弱いだけだから。気にしないで」

 

 少し空気が沈み、次の言葉を焦りながら探すも、めぼしい思いつきもなく。

 自分にできたのは、ただ目を伏せることだけだった。

 いくら口を開こうと、不思議な感情が言葉を遮ってしまう。

 

 その沈黙を破ったのは、振動音。無機質ながら、その音はよく響いて来る。出所は、フウカ先輩の鞄の中。

 サイフォンを取り出し、操作するのを目で追う。

 送られてきた内容は、自分の為に動いてくれている寺田先輩からだった。

 

「マイちゃんから、『先生あと5分もあれば戻る』って」

「あ、本当ですか。代わりに、ありがとうございますと伝えてもらっても良いですか?」

「もちろん」

 

 またしても、彼女は儚く笑うのであった。

 

 

 病弱体質。

 保健室に籠りがちな生活。

 

 ああ、なんか抱いていた感情の正体が分かった。

 

 その環境はどこか、去年までの自分の事情に近い。リハビリ続きでろくに外出もしなかった、目覚めてからの数か月間と。

 勿論、同列に扱うのは申し訳ないだろう。自分は今こうして不自由なく動けていて、彼女はまだそうでないのだから。

 だからこそ、軽い言葉を掛けたくなかった。適当なことを言おうとしたつもりはないけれど、それでもその場で浮かんだだけの言葉を送るのだけは、したくなかったのだと思う。

 

 

「先輩、連絡先教えてくれませんか」

「? 良いけれど、どうしたの?」

「特には。でも、何か凄いこととか面白そうなこととかあったら、報告したいなって。余計なお世話かもしれませんが、もし自分の報告で興味が湧いたら、身体の調子がいい時とか、通院帰りとかにでも、一緒に回りません?」

 

 例えば、病院の先生から外出許可が下りたとしても、自分は特にやりたいことなどなく、行きたいところも無かった為、ただ散歩して日陰で読書するだけの日々だった。高校復帰と言う目標もあったし、それどころでなかったというのもあるが。

 あの時、行きたい所の1つでもあれば、色々変わったのだと思う。

 そんな経験から出た提案だった。

 

「……嬉しい。そんな風に誘われたの、マイちゃん以来だと思う。私で良ければ、ぜひお願いしたいかな」

「よかったです。それじゃあ」

「うん」

 

 連絡先を交換する。

 

 

────

 我は汝……汝は我……

 汝、新たなる縁を紡ぎたり……

 

 縁とは即ち、

 停滞を許さぬ、前進の意思なり。

 

 我、“死神” のペルソナの誕生に、

 更なる力の祝福を得たり……

──── 

 

 

 その後すぐに保健の先生がやって来て、一番奥、グラウンド側のベッドを使わせてもらうことになった。

 昼休み以降、下校時間まで休み、やがて放課後になる。結局午後の授業には1つも参加できなかったが、仕方ない。璃音にでもノートを写させてもらおう。

 そう思っていたら、放課後、佐伯先生先生とクラス委員長のチヅルさんが荷物を持って保健室を訪れてくれ、その際、彼女のノートのコピーも譲ってくれた。職員室でコピーしてくれたらしい。軽く目を通したが、どの教科も丁寧に纏められていて、さすが委員長といった感じだった。

 一緒にやってきた佐伯先生は、今日の分の補習は免除する、とわざわざ直接伝えに来てくれたらしい。

 ただそうは言っても、その分の課題は週末に出すらしい。勉強になるから嬉しいと伝えれば、2人とも、感心したように笑ってくれた。

 

 

 そんなこんな帰宅し、そのまま就寝。5月の最終日が終わる。

 なんとも締まりの悪い1日だったように思うが、まあそもそも、月の終わりが良い感じに締まった所で何だという話だが。

 まあ、来月も頑張っていこう。

 

 

 

 




 

 コミュ・死神“保健室の女子生徒”のレベルが上がった。
 死神のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。




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