次の異界攻略は2日後──金曜日ということに決めた。このことは既に3人へと伝えてある。
正直自分の都合で言ってしまえば、今週中に目途を立ててしまいたい。来週からは補習授業があるらしいので、まとまった時間は取りづらくなるだろうから。補習が毎日何時まで行われるかは分からないけれど、そんな短時間で済むことでもないはず。
ということで、ひとまず2日間の休暇である。
勿論、無為に過ごすつもりはない。今日は水泳部の活動日。身体を休めるという主旨には反してしまうが、適度な運動ということで見逃してもらおう。
────>クラブハウス【プール】。
実のところ、実際に水の張られたプールに来ることは初めてだ。学校見学の際はオフシーズンだったので注水していなかったし。
見て得た感想としては、広い。間近で見るとこうもコースとは長いモノなのかと驚く。
あと、水が綺麗だと感じた。誰かが水中で動くたびに、水面に映る天井のLEDがゆらゆらと揺れる。ここまでよく反射するんだな。
気になることとしては、独特な匂いがするくらいか。まあ嫌という訳ではない。
「お、来たな岸波」
名前を呼ばれた。振り返ると、水泳部所属の2年生、ハヤトが水着姿で立っている。
「水着届いたのか」
「ああ、今日からプールで練習して良いらしい」
「そうか。……岸波は確か、泳げないんだよな?」
「泳げないというか、泳いだことがない」
「マジか」
驚かれたが、確かに経験としては異質かもしれない。
小学校や中学校で行われる体育のカリキュラムには、水泳も入っているとのことだ。謂わば水泳は必修科目。泳ぎの可否は置いておくとしても、経験の有無から違うとは思われなかったのだろう。
さて、どうするか。説明するのにも時間が掛かるし。
「……まあ、プールがない学校も存在するだろうから、そういうものなのか。よし、分かった!」
どうやら勝手に納得してくれたらしい。説明の手間が省けて良かったと思うべきか、誤解させたことを謝るべきか。無論後者だろうが、誤解は後に解いておこう。今は部活動中だ。
「初心者は一番端のコースを使うことになってるけど……指導係がまだ来ていないな。先に準備運動しておくか」
という訳で、準備運動を開始する。
念入りに身体をほぐしておかないと。水中で痙攣などを起こしたら、今の自分では恐らく復帰できない。
隣で体操を行うハヤトの見様見真似で全身を伸ばしていき、時たま注意されながらも準備を終える。
「……指導係、来ないな」
「そうだな」
「まあ来ないのは仕方ない。急用が入ったのかもしれない。先に出来ることを始めておこう。岸波は顔を水に付けることはできるか? 風呂とかでやったことあるだろ?」
ない。
え、みんなそんなことしているのか。
残念ながらあまり風呂に入るという習慣を持ち合わせていない。水道代もタダじゃないから、基本はシャワーだ。
でもそうか、そういう地道な努力が必要なら浴槽にお湯を張ってみよう。息を止める練習もでき、肺活量のトレーニングになるだろうし。
「多分できる」
「オッケーだ。帽子とゴーグルも……持ってるな。よし、じゃあビート板使ってバタ足の練習でもするか」
「ビート板? バタ足?」
尋ねてみると、丁寧に教えてくれた。
ビート板とは、とてもよく水に浮かぶ板のことで、それに手や上半身を置くと沈まないよう支えてくれるらしい。
浮かんだまま、足をバタバタさせて推力にするのがバタ足。泳ぎとは手と足の動きを駆使して進んでいくらしいが、その中でもまずは足の動きを覚えないと、下半身だけ勝手に沈んで行ってしまうのだとか。なぜ上半身は後回しなのかと聞くと、肺に空気さえ入っていればあまり沈まないからじゃないか、と返答された。
やはり色々と覚えることがありそうだ。
練習の準備を色々と整える。
まだ指導担当の人は来ないらしい。
「ハヤト、こうして付き合ってくれるのはとても有り難いことだが、ハヤト自身の練習は良いのか?」
「まあ、見過ごす訳にもいかないからな。同じ部の仲間なんだし、遠慮するなよ」
「ありがとう」
「気にするなって」
ビート板を持って、さっそく水中へ。
全身がひやりとした感覚に包まれた。少し体を動かすと、微力ながらも押し返そうとする力が働いてくる。
本当にビート板って浮かぶのか、試そうと思い水に押し込んだ。
押し込めば押し込むほど抵抗が強くなり、やがて自分の手を弾いた板が、自分の顎へと反逆してきた。
「ぐっ!」
「いや、何やってるんだ……」
好奇心の為せる技だ。とだけ答えておく。
さて、気を取り直して。
まずは引っ張ってもらいながら、足を動かしてみる。
膝は伸ばして。大きくより細かく早く。といった助言をもらいながら、バタ足の基礎を習っていった。
中でも難しかったのが、息継ぎ。顔を上げる時に足が下がってしまったり、バランスを崩してしまうことが多々ある。
それでもなんとかビート板から手を放さずに、プールを渡りきった。
「よし。今やってる動きを、1人でビート板を使わずに出来れば大丈夫だ」
「なるほど」
案外疲れる。良い運動になりそうだ。明日は筋肉痛だろうが。
「水泳っていうのは、鍛えれば鍛えるほどタイムが答えてくれる。岸波もしっかり練習に励んでくれ。泳げるようになったら、一緒に競おうな!」
「ああ、その時を楽しみにしている」
練習の成果が結果に反映される。つまりハヤトはとても練習を大事に感じていて、勤勉に取り組んでいるのだろう。
ハヤトが水泳を好きな理由を知った。
──それから数分後、正式な指導係の先輩がやって来た。部活動に放課後の時間を費やす。
まだしっかりと泳げるようにはなっていないが、ビート板ありならなんとか半分ほど泳げるようになった。
水泳を通して、根気が大きく上がった気がする。
「よし、今日はここまで!」
……部活が終わった。
帰ろう。
──夜──。
────>【マイルーム】。
夕食を済ませ、風呂を洗い、焚く。湯が張られるまで、少し時間が空いた。
今日は読書をしようか。昨日借りた、“世界のグローバル企業”から読もう。
……世界各国で、手広く活躍する企業の成り立ちや経営理念などについて、1つ1つ掘り下げる形で取り扱っている。
特に日本国を中心に探してみると、知っている名前で“北都グループ”の名前があった。他にも“南条コンツェルン”など、多くの企業が世界進出しているらしい。
……さすがは大企業。経営理念からして惹かれるものを感じる。
現代社会のカリスマに触れることで、自分も魅力が上がったような気になった。
また、少し社会情勢に対する知識を得られたことも大きい。
本には続きがあるようだ。また後日、読むことにしよう。
さて、そろそろ入浴の準備が整っただろうか。
身体はしっかり解しておかないと。自分で自身をマッサージとかした場合、効果はあるだろうか。何にせよ、やらないよりマシか。筋肉痛を残す訳にはいかない。
コミュ・剛毅“水泳部”のランクが2に上がった。
────
知識 +1。
根気 +2。
魅力 +2。
>魅力が“無個性”から“好青年”にランクアップした。
────
適度な運動とは。
休暇中に筋肉痛の原因を作るとかコヤツ……
余談。
Q.もしも最初に『まずは各自適当に泳いでみろ』と水中へ放り出された場合どうなりますか。
A.イゴりかけます。
足つくからって舐めたらアカン……水泳初心者は本当に気を付けてくださいませ。