何気に異界がオリジナルになってましたが、さして重要な部分ではありません。原作と数が合わなかったので。
異界を探索する前に、所用を済ませておきたい。と、自分は1人図書室を訪れた。
言わずもがな、期限の当日となった本の返却だ。
「はい、ありがとうございます」
テスト期間を含む2週間だったが、両方とも読破して返すことができた。
今回読んだのは、“季刊・ミリタリーマニア”と“日本妖怪の伝説と奇譚――室町・平安編”。2冊ともかなり奥深かった気がする。
特に関心を惹かれたのは“季刊・ミリタリーマニア”だろう。ロマンと言って勧められただけあった。特集が組まれていた“
さて、無事に返却も終えたことだし、次の本を借りようかな。
以前時坂を通じて関わった、未返却本騒動で回収された本の中には、未だ読めてないものがある。“3年F組・金鯱先生”と“世界のグローバル企業”の2冊だ。
“3年F組・金鯱先生”は国語科のタナベ先生が返却し忘れていた本で、熱血教師の金鯱先生が担当するクラスの生徒たちを変えていく物語。かなりの人気作らしい。
“世界のグローバル企業”は確か、3年の先輩が借りていたもので、タイトル通り世界各国を代表する資本家や社長たちの努力と活躍が描かれている本だ。世間に疎い自分には持って来いの本だろう。
……うん、次はこの2冊だな。受付のコマチさんに、今回は借りられるか尋ねる。
「あ、少々お待ちください。……ありました。丁度今は誰も借りてませんので、お貸しできますよ」
「本当ですか。良かった」
場所を教えてもらい、取りに行く。再度受付に渡しに行って、手続きを済ませた。
「それでは、こちらの2冊の返却期限は2週間後ですので、“6月5日火曜日”までの返却となります」
「分かりました。ありがとうございます」
「いえいえ、ご利用ありがとうございます。あ、そうだ。そちらが読み終わった後などでよろしければですが、月ごとのおススメコーナーなどもぜひご利用ください」
「おススメコーナー?」
あちらです、とコマチさんに案内されて、その棚の前に立つ。
確かに、今月のおススメ! と綺麗な文字で書かれたポップが出ていた。
「良いポップですね」
「はい、3年の図書委員の子が作ってくれたんです! あそこに座っている──」
遠くから紹介されたのは、いつぞやのテスト期間で悠々と読書していた女生徒。
今日も黙々と本を読んでいる。
……あ、男子生徒に声を掛けられた。少し嫌そうな顔をしているな……大丈夫なのだろうか。
「……ああ、演劇部の」
「演劇部?」
「ええ、最近よく来るのよね。スカウト……のようなものなのかしら。シズネさん、美人だから」
シズネ、というのか。
確かに彼女は遠目に見ても、独特な落ち着いた雰囲気を醸し出しているように見える。そういった要素を劇に活かしたいなら、演劇部が声を掛けるのも分からなくはない。
……あ、去って行った。
「断られたみたいね」
「そうですね」
そしてまた読書を始めるシズネさん。
何と言うか、変わった人だ。
「っと、そろそろ行かないと。失礼します」
「あ、引き止めてしまってすみません。さようなら。気を付けて帰ってくださいね」
すっかり長居してしまった。
早く集合場所へ行こう。
────>杜宮記念公園【ベンチ】。
「段取りはどうなってるのかしら?」
異界を前にして、柊が問いかけてくる。
今日の目的は、連携が上手く取れるかを確かめること。
したがって目標は、中間地点まで進行、といった具合か。慣れない内は疲労も溜まるだろうし。臨機応変にいかなくてはならない。
……まあ、その辺は大丈夫かもしれないが、そのテストも兼ねているしな。
「なるほど。時坂君と久我山さんは質問あるかしら?」
「ねえな」
「あたしも大丈夫」
「そう、じゃあ向かいましょうか。──岸波君」
「ああ」
顕現した異界に突入する前に、“例のアプリ”を起動する。
『──確認しました。それでは、ナビゲーションを開始しますね』
「「……んん!?」」
穏やかな声の発生源は、自分のサイフォン。
それを聞き届けた自分と柊は、さっそく異界へ突入した。
────>ソラの異界【有閑の回廊】。
この異界に入るのは、発見時以来、2度目のこととなる。とはいえ前回は入っただけで殆ど進んでいない。実質今回が初探索だ。
ここには──郁島 空が起点となった異界には、“遊び”があるという印象があった。
以前までに訪れた異界はすべて、重々しくかつ壮大で、緻密。異界とはこういうものだと考えていたし、皆も同意見だったようだ。
だが、この異界にはそれがない。息苦しさも、寒々しさも感じず。あるのは非現実性と若干の開放感。
故に自分たちは、感じ取れた開放感を“遊び”と表現し、そのような呼称──有閑の回廊と名付けた。
発生する異界は、起点となった人物の心理に影響される。
その事実を柊に明かされ、時坂は絶句し、璃音は納得した。その正反対の反応は、郁島さんに対する理解度の差だろうか。
「それじゃあ行きましょうか」
「…………ってイヤイヤイヤ、ちょっと待って!?」
「どうした璃音」
「どうしたも何も、さっきの何!!」
「さっき?」
呼び止められたが、何が気になっているのか分からない。
首を傾げていると、璃音は自分のサイフォンを指差した。
「それ! さっきなんか声が出てたでしょ!?」
「……ああ」
サイフォンの画面を全員に見えるよう表にする。
そこには、“1人の少女”が写っていた。
『……あ、皆さんこんにちは』
紫色の髪。華奢な身体。どこかの学校の制服の上に白衣を纏う女生徒。
『私は異界ナビゲーションAI、間桐サクラ。サクラと呼んでください』
「異界、ナビゲーション?」
「って、何だ?」
『私の仕事は先輩たちのサポート。異界深度からの探索率計測や、敵シャドウのデータ収集などが主な役割です』
その説明は、一昨日彼女本人から聞いた。
曰く、とある異界対策派閥が開発したもので、人口知能を用いてシャドウや異界の探索、観測をするアプリケーションプログラム。
ちなみにAIの名や容姿は自由に選べ、“
せっかくですし岸波くんの好みを反映させようと思ったのですが、というのが問い詰めた美月の反応だった。まあそれは良いとして。いや良くないけれど。
「今後、探索には彼女も協力してくれることになった」
『皆さん、よろしくお願いします』
「おう、よろしく」
「う、うん……うん? ええっと、よろしく」
璃音は少し怪しいけれど、一応全員受け入れられたようだ。まあまさか反対を喰らうなんて考えてもいなかったが。
ふと、視線を感じて横を向く。
柊が何やら怪訝そうな顔で、自分をじっと見つめていた。
「……岸波君、その呼び方って」
「なにか?」
「……どういう風に扱うかは個人の自由、か。いいえ、何でもないわ」
少し気になるが、まあ、何でもないなら良いか。
さて、それじゃあ探索開始と行こう。
道中、璃音と時坂は頻繁に桜と話していた。
とても高度な技術が使われているのだろう。基本的なことについては何でも答える。
ただその回答は事実のみを言い表すものであって、彼女自身の感情だとか、そういったものは一切含まれていない。
画面の中に顔があり、その目を動かすようにカメラを通して自分たちや異界を観察・記録しているらしい。現在の状況や、全員のコンディションについては、聞くだけで確認できるようになった。これはとても大きなことだろう。
画期的だ。
聞けば柊たち専門家はみな同様のアプリを使用しているらしい。AIの設定はまちまちだが。中には顔を出さずに音声も機械音声に寄せた形で使っている人もいるとのことだ。
柊も画面に顔こそ映らないが、女性の声がするAIを使用している。美月のは知らない。教えてくれなかった。
そういった経緯でスムーズに進むようになった異界攻略だが、勿論それだけが順調な理由ではなかった。
柊の加入によって連携の幅が広がり、より自由になったこと。属性の弱点を突きやすくなったこと。挙げれば結構な要素があるだろう。
というか皆、戦闘の変化に対して慣れるのが早すぎだ。自分は未だ少し戸惑っているのに。
なにかコツとかあるのだろうか。
時坂に聞いてみよう。
「コツ? まあ呼吸を読めばいけるだろ。どっちかっていうと皆がオレに合わせてくれる感じだから、特に気にしたことがねえな」
「呼吸を読む?」
「入りやすいタイミングを作ったり、一瞬『来そうだな』って感じがするっつうか……」
結構感覚的な話だった。
参考にするのは難しいかもしれない。
璃音に聞いてみるか。
「え、わたし? うーん、ダンス合わせるみたいにリズム取って、後はみんなの動きやすいタイミングを見計らって……みたいな?」
「リズム?」
「えっと、上手くは言えないケド……こう……足の動かし方とか踏み方を見て、なんとなく察するというか」
アイドルとして培ったセンスだろう。ダンスを合わせるみたいに、か。凄い観察眼だ。
自分には他所から転移できる経験がない。一応やってみる価値はありそうだが、彼女が長年かけて身に着けたものが自分にすぐできるだろうか。いや、難しいだろう。
……これといった連携の取り方の基礎が、皆にあって自分にはない。
もしかして、あまり連携を取った戦闘に向いていないのだろうか。
「まあでも岸波も最近、イイ動きするようになったじゃねえか」
「うんうん! 鏡の動かし方とか、すっごい様になってきたと思うよ!」
だとしたらそれは、たまに見る“夢”のお陰だろう。
この鏡を美しく使う模範例を見たのだ。扱いが上手くならなければおかしい。
もっと華麗に。もっと滑らかに。
もっと見て、もっと努力すれば、きっとできるはずなのだ。
「……」
『深度おおよそ25%。前半の折り返し地点です』
桜が告げる。
「いやーホントに分かるんだ」
「っつうことは、今日の目標まであと半分か」
「ああ、気を引き締めていこう」
ここの異界は、全体的に疾風属性の敵が多い。
故に、
「“シーサー”【ジオ】!」
……まあそれらを使えるのは手持ちにシーサーしか居ないが。
本当に目覚めてくれて良かった。
「よっし! 次行こ、次っ!」
鍛練なんだし、今日のゴールが見えたので、そろそろ皆にもペルソナ攻撃を積極的に使ってもらおうか。
──そんなことを、考えている時だった。
『ずっと、頑張ってきた……』
声が、響いて来る。
「え、何、今」
「静かにッ!!」
柊が叱責した。
その迫力に、自分を含めて驚いていた全員が閉口する。
『いつだって、空手が傍にあって。強くなることが、楽しくて。競って勝てば、とても嬉しい』
これは、まさか……郁島さんの?
いや、だとしてもどこから。
『なのに、どうして? どうしてみんな、わたしを──』
声が、途切れた。
「柊、今のは」
「間違いないわね。郁島さんの、心の声よ」
「心の……」
「異界を形成する感情が強ければ強いほど、その残滓はあちこちに残るわ。物だったり、声だったりね」
心の声。心情の吐露。これが、人の悩みが空間を構成するということ。
自分たちのいる場所は正しく異世界だけど、同時に他人の心でもあるのだ。
それを、忘れてはいけない。
「こうして聴こえる声は、必ず何かのヒントになるわ。奥に行けば行くほど問題の核心に触れることになり、同時にシャドウの警戒度や暴走度も上がっていく。注意して進みましょう」
それは、言ってしまえば心の防衛機能のようで。
“自分たちのしていることは、意見の押し付けである”。4月の終わり、美月と話した際に口にした言葉を思い出した。
郁島さんも、必死になって、
本心を後押ししているのがシャドウであり、理性の手助けをしようとしているのが、自分たち。
……自分たちがすることは、絶対正しいこととは言えない。
つらい、辞めたいと言う彼女を、もう1度立ち上がらせる行為なのだから。
だから自分たちは、自分たちのしようとしていることを理解していないといけないのだ。と思う。
まだ。もっと考えられるはずだ。
もっと人と関わり、悩みを見抜く目を養いたい。
そうすれば、きっと。きっと、誰も“夢を諦めずに済む”から。
『深度おおよそ50%。約半分が攻略完了です』
その後、郁島さんの声は聞こえないまま、目標地点まで到達した。
「今日はここまでにしよう」
「……そうね、続きはまた後日、としましょう」
「……ああ」
「オッケー」
ここで攻略を引き上げることに、時坂は不満そうだ。それでも口には出さずに、指示に従おうとしている。
まだ日はあるんだ。急ぎたい気持ちは全員一緒だが、焦ってミスをすれば本末転倒。無理せず確実に進めていきたい。その意識は、今のところ共有できているように思う。
『あ、探索を終えるんですね? 分かりました、本日の探索を終了します。皆さん、お疲れ様です!』
桜の声が響き、現実世界への帰還が開始された。
一応明言しておきますと、間桐サクラは健康管理AIではありません。お弁当を渡してくれることもありません。