誤字報告を頂きました。誠にありがとうございます。
ペルソナを原作のクロスオーバー元の1つとして使用しているのにも関わらず、技名を度々間違えるという失態。以後、気を付けます。
また何処か見つかりましたら即刻直しますので、協力していただけると助かります。
日曜日の早朝。サイフォンを起動し、ぼやけた視界で時間を確認すると、まだ5時。日の出から1時間も経っていない。
違和感があると思ったら、そんなに早い時間だったのか。
とはいえ、もう一度眠るほどの睡眠欲はない。まあたまには良いかと、そのままサイフォンを弄る。
ふと、メイン画面の端に配置された新しいアプリケーションに目に留まった。
見覚えのないアイコンは、昨日追加インストールされた《X-Search System “Echo”》というサーチアプリ。異界の発生を調査できる、摩訶不思議技術の結晶だ。ちなみに、最初のXが
このアプリがインストールのは昨日。郁島さんが基点と推測される異界が発見された後のこと。
これを使って異界を探す必要性は、今はない。しかし、それとはまた異なる所で重要な役を任されたことを思い出した。
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「前回同様、探索指揮は岸波君に一任するつもりよ。今回は私も探索に参加するから、私も含めて4人班として指示を出してもらうわ」
「自分が?」
「柊がやるんじゃねえのか?」
前回はまだ分かる。自分の力の見極めるや、その他多くの意図を隠して巡らせていたのだろう。
だが時坂の疑問が尤もだ。見極めのはずの1度目を終え、かつ経験者である柊さんも加わった状況下で、自分がその役割を担う必要性が分からない。彼女が行うのが最も合理的でかつ安全だと思うが。
「岸波君の力は便利な反面、活かすことが最も困難よ。探索中にペルソナや技がどんどん増えるし、仮にすべてを活かすなら、すべてを把握している本人の判断が必要不可欠。だといって、それをいちいち確認するというのも手間だわ」
「なら、遊撃という形で自由に動かしても良いんじゃないか?」
「戦術として組み込めるものとそうでないものは、運用のメリットに大きな差が出る。遊撃運用するとしても、どのタイミングで、何をするかが分からなければ、陣形が乱れることもあるから。かといって指揮下にない文字通りの遊撃隊なんて、最早他勢力みたいなものだわ」
……もしかすると、話の根幹にあるのは、柊さんが自分へ向ける信頼度の低さなのかもしれない。
例えば彼女が作戦を立てていたとしよう。自分がそれを読み取り、力添えできるような存在なら、遊撃を認められていたのではなかろうか。
単に柊さんは、自身が周囲をチームとして率いた際、別動隊とした岸波白野の行動が、作戦妨害や遂行阻止に繋がる可能性を危惧しているように思える。
考えてみれば当たり前だ。柊さんからすれば自分は、初戦闘から一か月足らずの新米。信頼より心配が勝るに決まっている。何があってもフォローできる体勢を、彼女なりに選んだのだろう。
「逆に岸波君をリーダーとして据えると、岸波君だけが気付ける最適解へと向けて人を動かし、最短で盤を詰められるようになる。これが、現段階での理想ね」
「自分の思う、最適解」
「尤もそれを的確に見極め、判断するには、相応の修練を積む必要があるけれど」
求めるものは最適解のみ。
ただ単純に答えを出すというなら、柊さんは勿論、他の2人にだって出来るだろう。
その中で自分を選んだのは、自分が流動的な切り札を持っているから。
つまり自分に求められているのは、多種多様な手札、戦法。判断力。すべてひっくるめての経験といった所か。
……まずは自分自身が取れる戦法の理解と、周りの戦い方の把握だな。
「……暫く鍛練に付き合ってくれると助かる」
「勿論よ、成功を確実なものにする為なら、助力は惜しまないわ」
平然と言い切る柊さんが頼もしい。どちらにせよ、今回は彼女の戦い方などを見て調整する時間が必要だ。あと気にするべきは、救出期限だな。
「今回の異界攻略、期限は?」
「前回同様、最大で20日よ。多めに見積もっても“6月7日”までに救出すべきね。万全を期すのであれば、5月中に異界を攻略する目途が付いていることが好ましいかしら」
「なら“今月中”をひとまずの目標としよう。そうは言っても勿論、なるべく早くで。さすがにそんな長期間欠席させる訳にもいかない」
「あ、そっか。郁島さんは4月にも異界関係で連続無断欠席あったし、ちょっとヤバいかも」
「前回のは恐らく何かしらの形で対処されているはずだけれど……そうね、少し考えてみるわ」
「考えてどうにかなる問題なんだ……」
唖然とする璃音。今の発言を深読みするなら、学校の出席程度、どうとでもなるということだ。
そんな邪推を、柊さんは受け流す。肯定も否定もしない。
「それでは、今日は解散にしましょう、以後、異界へ挑むタイミングは岸波君に一任するわ」
「……分かった。少し時間は貰うけど、さっきも言った通り、なるべく早く行動していこう」
「オッケー、あたしの方も個人でもう少し調べてみる!」
「オレも色々当たってみるつもりだ」
「心強い。それじゃあ、明日からまたよろしく」
────
突入のタイミングは自分が計るよう指示を受けている。
自分に出来ることは、全員が絶好調で挑める時期を探り、必要があれば各自に働きかけていく、といった程度だろう。
また、まだ不足している情報もあるはずだ。色々な場所を回ってもいいかもしれない。
「まあとにかく、今日の予定は──」
確認しようと考えた時、サイフォンが着信を知らせてきた。
個人チャットだ。
送信者は、美月。
『岸波くんは先輩と同学年と後輩だったら、どれに一番魅力を感じますか?』
「…………」
突然なにを、と言いたかった。もしも相手が時坂や璃音なら、遠慮なく聞いただろう。
だが美月は唐突に意味のない文を送ってくるような人間ではない。
友人とはいえ、わざわざサイフォンで雑談をする程の間柄ではなかった。
しかし、魅力、魅力を感じるときたか。
…………駄目だ、質問の意図がまったく分からない。
……と、取り敢えず答えなくては。
先輩と、同学年と、後輩。正直、身分や年齢、所属に魅力は感じたことはないが、無理にでも答えを出すなら、出すなら──
「…………」
──後輩、かな。
『後輩ですね、分かりました。柊さんにも伝えておきます』
……何で!?
──昼──
──>【駅前広場】。
今日は、柊さんと会う予定だ。使える技や戦い方などを直に見せてもらう約束をしている。
だというのに、心の底からここに来たくなかった。言うまでもなく朝の一件が故だが。
……結局何だったのだろうか、あれは。
「さて、柊さんは……」
居た。【オリオン書房】横の通路に立っている。
声を掛ける直前、柊さんはこちらを向いた。その表情を読み取ることはできない。
待たせた不満や、美月からの連絡に関する鬱憤なども見えないが……どうだろうか。
「すまない、少し待たせた」
「いいえ、大丈夫。それより、準備は万全かしら」
「ああ」
回復道具はもちろん、サイフォンに装備できる付属品は一通り持って来ている。恐らく不足するということはない。
それにしても、良かった。対応も普通だ。安心して今日1日を共にできる。
「ああところで、年下趣味の岸波君」
「……えっ、いや、あの別に年下趣味というわけでは」
「貴方の趣味嗜好にあったプレゼントを用意したわ」
「……プレゼント?」
ひどい中傷をされた。まあ自分の言ったことだから間違ってはないのだろうが。
サイフォンを出して、と言われたので、ポケットから取り出す。どうやら物ではなく、何かのデータを送ろうとしているらしい。
少し容量の大きいシステムの受信が始まった。ダウンロード完了までの所要時間は、30分程度と表示されている。
「受信段階で30分なら、展開して起動するころには日が沈んでそうね。種明かしは後のお楽しみにして、早速本題に移ってもいいかしら」
「……ああ」
彼女にすべてを明かす気がないなら仕方ない。
移動を始めよう。
──>異界【忘却の遺跡】。
最初に戦い方を教わった異界だ。
けっこう頻繁に来ていた為、懐かしさなどは特にない。
「柊さんは確か、氷属性のペルソナを持ってるんだよな?」
「ええ。──来なさい、“ネイト”!」
胸前にサイフォンを持って来て、華麗に指を振り抜く。スライドされた画面に、“Persona”の文字列のみが表示された。
柊さんの長い茶髪が逆巻きはじめ、彼女の背後に大きなシルエットが浮かぶ。
全体像は人間の女性に近い。特徴は雄々しさあふれる獅子のような顔付き。
それでいて手に持っているのは、片手に機織道具、片手に碇マークのようなもの。それでいて腰には杖が掛けられていた。戦闘的なのか家庭的なのかどっちなんだ。
ネイト、と言ったか。聞き覚えがあるようなないような……今度調べてみよう。
「使用可能な技は、
……恐らくだが、自分たちの成長に合わせた能力を開示しているのだろう。彼女が今明かしたデータは、自分たちの実力と大差ない。
だが、そこを突っ込むべきでないのは分かった。わざわざ本気を出してもらう訳でもないし、何より彼女が隠した方がいいと考えたなら、そうなのだと思うから。
「ソウルデヴァイスは、“エクセリオンハーツ”。細剣型で、近接戦闘が中心になるわ」
フェンシングの剣を、両側から持ちやすいように変形させたような持ち手の細剣だった。
自身が言うように、中距離も戦える時坂の“レイジングギア”に比べれば、刀身が細く短く、しかし鋭そうに見える。
「早速実戦といきたいのだけど、準備は?」
「大丈夫だ、行こう」
自分のソウルデヴァイス、フォティチュードミラーを展開する。
まずは軽く、5体くらい倒せればいいか。
やはり根本的に、経験者である彼女は身のこなしからして違う。
探索の1つを取っても無駄がなく、動きも洗練されている。攻撃の合間合間に隙が少ないばかりか、初めて合わせる自分の打撃に間髪いれず続き、華麗な連撃を繰り広げていた。ペルソナ攻撃にしてもほぼ同じ。
共通して、まずは弱点を見抜くことに尽力し、相手への優位を与えないような容赦のない立ち回り。
時坂の怯える理由がなんとなく分かってしまった。この前は見捨てて悪かったと、今なら少しだけ思う。
目標数のシャドウを倒し終えた彼女は、納刀するような動きでサイフォンにエクセリオンハーツを収納。
その行動まで見届けると、思わず感動の声が漏れた。
「凄まじいな……」
「ありがとう。一応、前線で戦ってきた身だもの。おふざけで名乗れる程、対シャドウ案件のプロの職は軽くないわ」
対シャドウ案件。名前の通り、シャドウが発生する事件で、ペルソナ使いが対処に当たらなければならないものなのだろう。
しかし、以前美月の話にもあったが、本当に杜宮以外でも起きているのか。
「柊さんはどれくらいの期間その案件とかに関わっているんだ? きっかけとかあったのか?」
「……それを知ってどうするの?」
明らかな拒絶の色を、返答に含ませられた。同時に、軽くではあるものの敵意のようなものを向けられる。こんなに明確なものは最初の邂逅以来だろうか。
どうやら、踏み込んで欲しくない所に立ち入ってしまったらしい。
己のルーツを明かしたくない。これもまた、信頼感の低さだろうか。
「良い機会だから言っておくけれど、興味本位で首を突っ込むのは止めなさい」
睨み付けるように、彼女は言う。
「岸波君と久我山さんはそれぞれが持つ力の特殊性に、“様々な者たちの思惑”が重なって、経験を積ませるべきという結論に至ったに過ぎないわ。ひとまずの安定を得て“表”の日常に帰りたいなら、“裏”は覗かないに越したことはない」
様々な者の思惑。自分たちが力を付けることが何かしらの得につながると考えている人たちが居る。その人たちのなかに柊さんが入っているのかは分からないが、自分たちの与り知らぬ所で、幾度となく協議されたのかもしれない。
そんな中で恐らく、柊さんは自分たち一般人を巻き込むのに、もともと反対だったのだろう。
彼女の言葉はまるで、哲学者ニーチェの主張に通じている。関わり続けることで、失われるものがある、とでも言うかのごとく。
「さもないと、戻れなくなるわよ」
いや、そう言っているのだ。きっと彼女は、自身が“成り果てた”存在だと認識している。その理由も比重も分からないが、異界対策は彼女にとって、自分に考え付かない程に重い意味を持っているのかもしれない。
表と裏。
現世と異界。
生物と異形。
平穏と戦闘。
前者の中で生きたいなら、後者は関わらないに越したことはないもの。それら2つは本来相容れない。すべてが終わって見ないフリというのは、そういう意味で正しい選択なのだろう。
だが、自分にそれが出来るかと問われれば、答えは否だ。
仮に彼女が先達として、自分らを元一般人を引き返させる義務を負っていると思い込んでいるとしても、その思いには答えられない。
「自分が力を付けているのは、自衛の為じゃない。誓ったからだ」
「何を?」
「“悲劇から目を逸らさない”ことと、“出来ることをする”ことを」
ペルソナ使いとなったあの日、諦めることを拒絶した。
自分の生を繋げてくれたものに感謝するために。自分の生に意味を見つけることを。
その想いは、今でも変わらない。
自分に出来ることをし続ける。それこそが、自分がここに居る理由の証明につながると思うから。
「だからすべてを解決するまで、起こり得る災いからは目を背けないし、現状にだって満足しない。自分は無力だから、力を付けて、力を借りて、やれることを増やす」
無力。今の自分には殆ど何もできない。
買われているのは将来性、未来の価値。タイプワイルドという特異なペルソナ能力と、その他何かを期待されて、今この自分は存在出来ている。
見出された恩に応えるには、そうなる以上の努力をしなければならない。
1人で出来ないことがあれば、誰かの力を借りて。それでもできなければ、一緒に努力してでも、自分は──
「……はぁ。どうせそう答えるであろうことは分かっていたけれど、どうして時坂君といい岸波君といい、杜宮の男子は……」
呆れたように、しかしほんのわずかに口角を上げて、彼女は額を手で押さえた。
時坂とも同じような話をしたのか。その言い方だと、彼も自分と同じように言って関わり続けることを申し出たのだろう。
「私の意見は変わらないわ。裏の事は裏の人間に任せて、幸せな日々を送って欲しい」
「柊さんの思うそれは安定した日々かもしれないが、それが自分にとって幸福とは断言できない。理想を切り捨てて得たもので、満たされるとは思えないから」
「なのでしょうね。……とても度し難いけれど」
唇をかむ彼女は、数秒黙った。
まるで自分の中の意見を押し殺すように。
「取り敢えず、当分の間は力を貸すわ。どちらにせよ、力を付けてもらわないことには肝心な時の自衛すら出来ないもの」
「ああ、ありがとう、柊さん」
「礼は要らないわ。あと、柊で良いわよ。時坂君もそう呼んでいることだし、指示を出すのに単語は短いほうが良いでしょう」
「……じゃあ柊、今後ともよろしく」
「ええ、長い付き合いにならないことを祈っているわ」
その後も用心しつつシャドウを倒し続け、連携を強化していく。ある程度の動きや特徴、得意パターンを確認した自分たちは、日が暮れる前に解散することに。
「少し言い過ぎたかもしれないけれど、覚えておいて」
別れ際、柊は謝罪とともに念を押すように言う。
日常に戻りたければ、必要以上に関わろうとしないこと。関わるべき存在と関わらなければならない存在は、似たようで違うのだということを。
「辛くなったら、いつでも言って頂戴、それじゃあまた」
最期に掛けた言葉は、心配する気持ちだった。
自分が頑なに聞き入れないが為に厳しい言い方をしているものの、彼女の根は善良なのだと思う。
少し、柊のことが分かった気がした。
────
我は汝……汝は我……
汝、新たなる縁を紡ぎたり……
縁とは即ち、
停滞を許さぬ、前進の意思なり。
我、“女教皇” のペルソナの誕生に、
更なる力の祝福を得たり……
────
……自分もそろそろ帰ろうか。
──夜──
何かを忘れている気がする。
果たして何だったかと思案しつつ、椅子に深く腰掛けた。
宿題は、今終わらせたところだ。テスト明けということもありそんなに難しいものはない。
いや、課題の難易度なんて今はどうでもいい。大事なのは、この違和感。
何となく気を紛らわすものが欲しくて、サイフォンを手に取った。ロックを解除する。
「……なんだ、このアイコン」
朝もそうだが、夜もまた見覚えのないアイコンが追加されていた。
朝は単純に寝ぼけていて忘れただけだったが、こちらは本当に覚えていない。
今日あったことと言えば……ああ、朝のメールの件か。
そういえば異界に入る前は、何かしらの大容量データを受け取っている最中だったが、もしかしてこれが?
アイコン画像は、薄桃色の背景に学校のようなシルエット、それと大きな“桜の花びら”。
アプリ名は“AI-Navi-S”。
起動の為、アイコンをタッチ。
認証を終え、画面に映ったのは──
コミュ・女教皇“柊 明日香”のレベルが上がった。
女教皇のペルソナを産み出す際、ボーナスがつくようになった。
────
何が浮かび上がったんですかね。
ちなみに主人公が後輩を選んだのは、身近にいる人に当て嵌めていったら、一番後ろめたくなかったからです。付き合いの深い後輩ってまだいないので。