──朝──
雨が降る火曜日の通学路。
見知らぬ男女の話し声が聴こえてくる。
「雨強いね……」
「大丈夫? 濡れてない?」
「うん、ありがと」
仲良さそうだった。
「でも、やっぱり雨って嫌い。ゴールデンウィークまでに止むと良いけど」
「そうか、俺は好きだけどな、雨の日。静かで“勉強も捗る”し」
「勉強かあ……そういえば“中間考査”まで1月切ってるんだよねえ」
「ああ、“14日”からだな」
「うう、2週間しかない……」
「一緒に図書室で勉強するか?」
「……仕方ないかあ。良い機会だし、同じ成績になるくらいまで色々教えてあげる」
どうやら男子の方が勉強家らしいが、女子の方が優秀らしい。
……学校へ行こう。
──放課後──
月が変わってもやることは変わらない。定期試験まで約2週間。毎晩勉強しているとはいえ、まだまだ物足りない。
……用事もないことだし、勉強して帰ろうか。
まだ2週間前だし、図書館も空いているだろう。
──>杜宮高校【図書室】。
図書室を訪れのは2回目。案内してもらった時が初めてで、実に半月ぶりの訪問だ。
室内に勉強机は複数あるが、それらすべては一階にある。つまり入った直後に利用状況を察せられるわけなのだが、そしてその殆どが埋まっているようだった。
残り少ない空席の1つを急いで確保。勉強道具を出してから、周囲を見渡してみる。
まだテスト2週間前だから、と油断したが結構混雑していた。少し認識が甘かったらしい。
とは言え、勉強している人だけではない。普通に読書中の人もいる。姿勢を崩さず、黙々と集中して読み続けるのは、一人の女子生徒だ。
見ただけで分かる。読書家なのだろう。普段から図書館を使っていそうだが、テスト前だけ混むことをどう感じているのか。勉強の雰囲気に屈しないで、やりたいことを貫いてもらいたいものだ。
……っと、他人の事ばかり考えてないで、勉強しなければ。
雑音が少ない。
紙を捲る音と、ペンが走る音。後は時たま訪れる静寂の中に、雨音が混じっているくらいか。
良い感じで集中できる……!
──勉強がとても捗った。
とても良い時間を過ごせたと自負している。テスト期間じゃくても積極的にここで勉強したいくらいだ。予定のない雨の日はここを利用していこう。
──夜──
流石に勉強し疲れた。気分転換に何かしたいが、手頃な道具がない。
……せっかく図書室に居たんだし、本などを借りてくれば良かったか。
バイト代が入ったら1冊くらい流行り本を持っておきたいかも。
ベッドに横たわりながらそんなことを考えていると、来客を知らせるインターフォンが鳴った。こんな時間に誰だろうか、と扉まで歩く。
「はい」
『こんばんわ、北都です。今お時間よろしいですか?』
「……少し待っていてください」
夕飯時は過ぎているが……いったい何の用だろうか。首を傾げつつも鍵を開けた。
聞けば分かるだろう。
「こんばんわ、美月」
「こんばんわ。夜分に失礼します」
「……上がっていくか?」
「いいえ、すぐに済みますので」
そうか……ならせめて手短に進むよう努力しよう。立たせたままというのは申し訳ない。
しかしよくよく見れば、こんな時間だと言うのに彼女は制服姿だ。
ひょっとして今帰りなのだろうか?
「……忙しそうだな」
「そうでもありませんよ」
どうやらまだ頼ってもらえる程には信頼してもらえないらしい。
当たり前か。自分はまだ何も成してない。
……せめて、“秀才級”と称される程の知識や、“起き上がり小法師”と噂される根気、“善人”と呼ばれる優しさを持ち合わせている必要がありそうだ。
「本日訪れたのは、生活に不自由していないかという確認と、目標の達成具合の確認の2件がありまして」
「不自由なんてない。とても良くしてもらっている。十分すぎるくらいだ」
「そうですか、それは良かった。以前話していたアルバイトはどうなりましたか?」
「なんとか目処が立ちそう。あの時は相談に乗ってもらって助かった」
「大した助言は出来ていませんが、そう言ってもらえると嬉しいですね」
……しかし、目標って、どれだろうか。
色々立てすぎて思い出せないが……美月が関係していたもの、というと。
「確か、同学年で他クラス。自分とは所属する部活の異なっている人たち5人と連絡先を交換することだったな」
「ええ。とはいえ岸波くんの部活動は新入生と同じ扱いになったので、未だ何処にも所属していません。ですので、今回は他クラスの生徒と交換できたか、という所でどうでしょう」
「ああ、少し待ってくれ」
だとすると交換したのは……璃音と美月は駄目か。この2人が最初だったが、見事に条件から外れている。
次に交換したのは、時坂と柊さん。この2人は大丈夫。
……あれ、これだけか?
…………いや、待て。確か昨日、時坂の友人3人とも連絡先を交換したはず。
そして彼らは全員、同じクラスではなかった。多分。何処のクラスかは分からないけれど。
「今数えてみたけど、丁度5人だな」
「そうですか、おめでとうございます。お祖父様にも連絡しておきますね」
「……丁度、5人」
「? どうされました?」
「いや、意外と少なかったなって」
「そうですか? 2週間なら十分だと思いますけれど」
確かに5人と交換できたが、逆にその5人を除くと、交換しているのは目の前の美月と同級生の璃音のみ。なら、この結果は決して良くないと断言できる。
本当なら同じクラスの方が仲良くなれるはずなのだが……自己紹介での掴みさえ失敗しなければ、もっとよくなっていたのだろうか。
「……あの、大丈夫ですか?」
「……ああ」
無言の気まずさが場を支配する。
あまり自分から口を開く気分でもなかった。
「さて、それでは今月の目標を決めましょう」
「自分たちで決めて良いのか?」
「ええ、岸波くんの意思が一番大事ですから」
……そうだな、そうしてもらえるとありがたい。
「例えば今回の内容を進歩させたものや、時期に沿ったものなどどうでしょう」
「時期……」
もうすぐ中間考査だ。その順位などを目標とするというのも良い気がする。
「テストの順位について考えたいんだが、何か良い目標とかあるか?」
「そうですね……初めてということもあるので、自信があるなら上位3割、なければ半分くらいの順位を目指すのはどうでしょう」
「……半分で」
杜宮高校第2学年の1クラスは大体30人。
AからDまで4クラスなので、120人
つまりは60位を目指せば良いのか……努力すればまだ、何とかなるかもしれない。
「目標、これだけで良いのか?」
「物足りなく感じますか? 確かに一押し欲しいですね。追加で、“他学年の生徒と合計5人分の連絡先を交換をすること”というのはどうでしょう」
目標2つか。
良いかもしれない。他人との交流を深める、ということは重要だろう。もうすぐ部活動も始まることだし。
「それで行こう」
「分かりました。それではそのように。定期試験、頑張ってくださいね」
話し合いを終え、立ち去っていく美月の背中を見送る。
今月も頑張らなければ。
────
──5月2日(水) 放課後──
────>杜宮高校【図書室】。
「ありがとうございました」
図書室で本を借りる。
今日も勉強しようと思って訪れたが、机が埋まっていたので断念。気分転換用の本だけ借りて図書室を去った。
さて、今日はこれからどうしようか。どこかで勉強するのも良さそうだが。
……ファミレスなどで勉強するには、注文せずに居座るための度胸が少し足りない。
教室で自習しようにも、まだクラスメイトが残っている。
……仕方ないが、帰るとしよう。
──夜──
今晩も勉強だ。
自分がどれほど出来ているのかは分からないが、少なくとも授業には追い付けた。
あとはしっかり復習することと、問題集を解くことくらいだろう。
そういえば、試験にはどういった問題が出てくるのだろうか。
……同じクラスの璃音に聞いてみよう。
『テストの出題? うーん、そもそも授業に出てることが少ないから何とも言えないけど、教科によっては自分で応用問題作る先生たちとかいるみたい』
『それって対応できないんじゃ……』
『そうだよね……他にも色々話を聞いてみた方が良さそう。そうだ、時坂クンと柊さんを誘って勉強会とかしない? 特に彼なんかそこら辺詳しそうだし』
『なるほど……じゃあ日程調整して誘ってみるか』
時坂に連絡してみる。
来週以降なら取り敢えず空いているらしい。ただ、早めに決めないとバイトが入るらしいので、候補日が決まり次第連絡して欲しいとのことだった。
次に柊さんに確認。
最初はとても渋られたが、なんとか了承を得られた。ゴールデンウィークは何処かに遠出するらしいから無理、それ以降なら大丈夫とのこと。
2人の都合と璃音の予定を含めて、【来週の水曜日】に勉強会を開くことにした。
……一緒に机を囲んだ時に恥ずかしくないよう、しっかり勉強しよう。
知識 +5。
>知識が“そこそこ”から“物知り”にランクアップした。
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ミツキの“対等な”友人のハードル、知識・根気・優しさが一般的に見ても優れていて、かつ将来性がないといけないみたいです。
一応弁解させて頂きますと、現状でも主人公──ミツキ間は友人関係が築かれています。それでも、良識の範囲で包み隠しをしない間柄になるには、足りないものがあるということです。
これを満たしていないと、卒業後は連絡を取り合わない程度の友人になることでしょう。