PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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4月28日──【月下の庭園】“センパイ”

 

『諦めた……諦めた、ですって!? うるさい五月蝿いッ、分かったようなことをォッ!』

 

 彼女は彼女の持論を力で押し通す為に、戦闘体勢を取る。

 歪んだ正義で体を膨らませ、文字通りの異形と化すことで。異界の主に相応しい姿として、彼女は顕現した。

 何がそこまで彼女を駆り立てるのか、自分には分からない。

 

『我は影、真なる我。理解なんていらない。同情なんてされたくない。そんなもの、求めてないッ! どうして放っておいてくれないの、私が何したって言うのよ!』

 

 ──自分たちは、読み足りなかったのかもしれない。

 推測はできたはずなのに、しっかりと意識していなかった。

 それは、彼女の本心に“弱い私を知られたくない”といった、他者の理解を拒む強い心があったこと。

 当然だ。勝ちに拘るということは、負けを恥じるということ。無意識のうちだとしても、自身の醜さを悟られたくないと思うのは自明な結論だ。

 そう、自明。わかりきっていたこと。頑なな拒絶から、察せられたはずなのに。

 同調と拒絶を使った説得は、こちらの独りよがりだったのかもしれない。

 

『良いわ、証明してあげる。チアキ()の強さを。一人でも大丈夫、他の人なんて関係ない。チアキ()の正しさは、私が決めるってね!』

 

 ……いいや。

 だとしても。取った手段は間違いではないと断言できる。

 時坂が、璃音が理解を示さずにただ一方的に正論を突きつけていれば、彼女の主張は乱れなかった。本心は慌てて、暴力に訴えたりしなかっただろう。

 彼女自身が見て見ぬフリした(知らなかった)ことだから、自分たちが知って、突き付ける必要があった。

 その過程があって漸く、自分たちは“対等”な場で気持ちをぶつけ合える。

 

 それにしても彼女の思う強さ、か。

 彼女がそうまで拘る強さとは、何なのだろう。

 力か。欲したことはある。戦いたいと願ったことも。

 けれども自分は、自分の力を理解しきっていない。できること、できないことも、まだまだ知れていないのだ。自分についてだけじゃない。自分たち3人の強みだって、まだ分からない。

 彼女は、相沢さんは、自身の力をすべて知っているのだろうか。知った上で、ある物に固執しているのだろうか。それを聞いてみたい。

 

 だから、ぶつけていこう。自分たちの不完全で未熟な力を。彼女の中だけで完結した力と、競わせる。

 

「行こう、皆」

「応!」「うん!」

 

 サイフォンを構え、ソウルデヴァイスを呼び出す。

 

 今までと違い、敵は大型。その一撃一撃は重く、また挙動も複雑だ。

 見下すような目付き。肥大化した手と顔。頭部にはヘルメットのようなガード。肘や膝といった関節にはサポーターらしきものが付いている。

 しかし、空手部の練習を覗いた時に、それらの装備は見ていない。

 何を思って、あのシャドウはその道具を着けているのだろうか。

 

「時坂、戦いながらですまないが、質問していいか?」

「ああ、良い──うおッ!?」

 

 答えようとしてこちらを向いた彼の隙を攻めようと、シャドウの拳が迫った。

 大きい為少し速度が遅いこともあり、なんとか体勢を崩す程のダメージは負わないで済んだらしい。

 

「危ねえ危ねえ……で、なんか思い付いたのかよ」

 

 話しかけるタイミングを間違えたせいで怪我しそうになったのに、時坂は一切責めてこない。

 彼の人の良さ感じた。これも1つの強さだろう。

 自分もより頑張らなければ。

 

「少し気がかりがあって。……璃音、少し気を引いてくれ」

「オッケー!」

 

 撹乱の為、速度を上げて飛び回る璃音を尻目に、シャドウの容姿について時坂に尋ねる。

 少し悩んだあと、彼は答えた。

 

「あの容姿か。サポーターは、子どもとかが着けるイメージだな。ほら、頭は特に危ねえだろ?」

「子ども……」

 

 つまりあのシャドウは、子どもの姿のまま大きくなった、と?

 ……子どもの頃に戻りたいと願っている? 何故……ああ、そうか。もしかしたら。

 

「ああ、大丈夫だ。なにか得た気がする」

「そうか、じゃあ戻るぜ」

「いや──璃音、一旦仕切り直から戻ってくれ!」

「オッケー! ……ちょっと疲れたから、丁度良かったかも」

「悪いな。“シルキー”、【ディア】」

 

 彼女を呼び戻し、回復術を掛ける。

 小さい癒しの力だが、体力の回復にはなるだろう。

 

「璃音、時坂、自分に支援系を!」

「? ああ、来やがれ──“ラー”、【ラクカジャ】!」

「“バステト”、【スクカジャ】!」

 

 少し身体が軽くなり、自分に防御力上昇(ラクカジャ)回避・命中率上昇(スクカジャ)が掛かったのを感じ取る。

 これで防御に回りやすくなった。

 

「弱点を探す。自分が前に出て守るから、2人は属性攻撃を! タイミングは任せた!」

 

 鏡を誘導し、シャドウの拳を受け止める。

 重い。けれども、受けきれないほどじゃない。気さえ抜かなければ、体勢を崩すこともないだろう。

 できるだけ大振りをさせるように立ち回る。しかしそれは、わざと隙を見せるということだ。そうそう何度も上手くいくはずがない。

 

「奏でて、“バステト”!」

 

 空間が歪む。璃音の放った念動攻撃(サイ)だとすぐに気付いた。

 シャドウが攻撃を外した隙に直撃する。

 

 どうだ、と様子を伺おうとした。

 しかし、想像よりも怯まない。

 それどころか、攻撃が──

 

「岸波!」

 

 ──シャドウの拳が直撃し、数歩分後ろへ飛ばされる。

 読み違えた。属性相性が悪いとまさかここまで効かないとは。

 

「くそっ!」

「──ッ!」

 

 すぐさま2人が前衛として動き出し、戦線が交代させられる。

 足に力が入らない。なんて様だ。

 だが──それならそれで戦い方はある。

 

「……“タマモ”……【エイハ】ッ!」

 

 効いた、が効果が薄い。

 

「岸波、先に回復しろ!」

「っ、いや……まだ行ける」

 

 前線を保ってもらう時間は貴重だ。なら、少しでも可能性を潰しておくべきだろう。

 立ち上がるのは、いつでも出来る。休むのだって簡単だ。

 だが、頑張るのは、ここしかない。

 

「【アギ】!」

『うああああっ!?』

「「効いた!?」」

 

 大きく仰け反り、倒れたシャドウを見て、身体に活を入れる。

 ここだ、このタイミングで立たないでどうする!

 

「……行こ、う、突撃する!」

「「り、了解!!」」

 

 全員がソウルデヴァイスを構え、お菓子に群がる蟻のようにシャドウの回りを囲む。

 連携も何も取らず、全力を叩き込むように畳み掛けた。

 それでも、シャドウは倒しきれない。

 

『くっ……何なの、その力は!』

 

 その力。彼女をそこまで追い詰めたもの。

 自分たちが、戦える理由。自分たちと彼女の差。それは、単に。

 

「……これは、向き合った結果で得たものだよ、相沢さん」

 

 少なくとも、自分も璃音も、自身と向き合うことで戦う力を得た。

 自分は無力さと、璃音は夢と向き合った。時坂もきっとそうだと思う。

 しかしそれは本心と向き合わず、武道からも目を逸らした彼女の、持ち合わせないものだ。

 

 自分の言葉が勘に障ったのか、或いは単純に、弱点を突かれないようにする為か、狙いを自分に絞って猛攻を仕掛けてくる。

 ……ああ、本当に、相沢さんのシャドウが火属性弱点で良かった。頑張った甲斐があったというものだろう。

 

「決めるぞ、時坂」

「ああ──飛びやがれ、“ラー”! 【アギ】ッ!」

 

 時坂のペルソナ、ラーの属性もまた、火。

 ダブって残念とも思った属性が、予想外な所で活きてくれた。

 

『そ、そんなッ!?』

「さあ、畳み掛けよう!」

 

 殴って、殴って、ただ殴る。鏡を使ってひたすら殴打。

 今度こそ仕留める。

 全員がその一心で、ソウルデヴァイスを振りかざしていた。

 その想いが、届く。

 

『まさか……私が……チアキ()の強さが……』

 

 大型シャドウとしての形が崩れ、相沢さんの等身大となった影がそこに残る。

 結構な辛勝だったが、自分たちは力を示せたらしい。

 

『これが、向き合う力……?』

「ああ。それで、相沢さん。これは──」

 

──Select──

 >子どもの頃の君が、持っていたものだ。

  これから身に付けていくものだ。

  君が目指すべき力とは違うものだ。

──────

 

『……は?』

 

 防具とは、敵と純粋に向き合う時に着けるものだ。

 過小評価してたら着けず。過大評価してたら戦わず。

 相手を倒したいと願い、同じ土俵で諦めずに闘い抜く為にも、それらを装着する。

 彼女の本心は、その在り方のままで居ることを望んでいたのかもしれない。

 

「先輩になって、重荷を背負ったと感じてたんだろう。何にも囚われず、ただ好きな空手へ没頭できていた頃に戻りたかった。そう、子どもの時のように」

『……ああ、私にも、そういう時期が……あったなぁ。あの頃は、楽しかった』

「それを思い出せただけでも、十分だろう」

 

 

「ねえ、相沢さん──」

 

──Select──

  空手は、好き?

  君はどうなりたい?

 >相沢さんにとって、力ってなに?

──────

 

『チカラ……それは、勝つこと』

「そう、じゃあ、君の人生において、勝つことがすべてなの?」

『……』

「いや、そうじゃねえだろ」

 

 自分の問いに応えたのは、回答を渋った相沢さんではなく、過去に同じ傷を負った青年だった。

 

『……時坂』

「勝つことは大事かもしれねえ。けどよ、武道ってのは勝ちだけじゃねえことくらい、誰だって知ってる。そして、人生が武道だけじゃねえってことも、皆知ってんだろ」

 

 礼があって、筋があって。色々なものが武術には必要だ。

 ただ力のみを求めることを、武とは言わない。

 そう、時坂は振り返って語る。

 オレに語れることじゃねえけどな、と苦笑しながら。

 

「それによ、上級生って言ったって、気負う必要なんてねえんだ。オレらには、オレらにしか示せねえモンだってある。皆が1年間、別々の道を歩んできたんだ。得た強さだって十人十色だろ。それを1つ1つ示してけば良いんじゃねえか?」

『そんなもの……』

「相沢について聞いて回った時、皆口を揃えて言っていたぞ、『真面目だ』。『面倒見が良い』。ってな。そういうのって自然と分かるもんだ。お前は、お前らしく努力し続ければ良いんだよ」

 

 ああ、その通りだ。

 ここ数週間の相沢さんの様子を伺った際、答えてくれた人たちは皆口を揃えて、『最近少し変だ』と言った。つまりそう思われる程に、彼女は周囲から“そういうことをしそうにない人”と認識されていたということ。

 例え裏にどんな思惑があったとしても、彼女の在り方は周囲に称賛されるものだったのだ。

 

『そんな……でも、今さらいつも通りなんて出来ない! こんな酷いことをしてきて、どの面下げてしろって言うの!?』

「出来るさ。……お前のことをまだ、センパイと呼んで慕ってくれる後輩がいるなら、まだ遅くねえよ。逆に、慕ってくれてる限りは、オレ達の“センパイ”は貫かねえと、だがな」

 

 己が歩いてきた道を他人に示していき、後を行く彼らの道を見通しの良いものへと変えていく。それが時坂の持つ先輩観のようだ。そしてそれを貫くには、信じてくれる後輩と、今まで得たものを開示する勇気が必要だと言う。

 聞き込み調査をして回った日、共に道場へと向かう階段で彼が溢した言葉を覚えている。今語った内容を実行できなかった彼が悔いていることも。

 そうだ、誇れることなんて何があるかは分からないけれど、それでも自分の背中を見る人が居るなら、恥ずかしくないよう努力できる。それは、負けず嫌いの彼女にだって共通する想いのはずだ。

 

「相沢さん──」

 

──Select──

 >君はまだ、諦めたままでいたい?

  向き合う準備はできているか?

──────

 

『…………諦めてた、か。本当に、そうみたいだね。チアキ()としたことが』

 

 相沢さんのシャドウが──彼女の本音が、ゆったり歩き出す。

 そして、自分達の後方に居た郁島さんの前へと立った。

 

『ごめん、みっともない先輩で、ごめん、ソラ』

「い、いえ……センパイ、その……」

『ははっ、まだチアキ()のこと、センパイって呼んでくれんだ』

 

 そうして、彼女の本音(シャドウ)はゆっくりと光を放ちながら消えていく。

 

『ソラ、私、頑張るから。ソラが自慢に思えるセンパイになれるように、頑張るから』

「チアキ、センパイ……」

『アンタらにも、迷惑掛けたね、ありがとう』 

 

 最後にこちらへ微笑んで、彼女は異界の天へと昇っていった。 

 

 

「良い笑顔だったな」

「ああ……」

「うん……」

 

 何となく、終わったことを感覚が理解した。

 そのまま3人で静かに笑い、時坂とは拳を付き合わせ、璃音とはハイタッチをする。

 

 何と表して良いか分からない感情──多分、達成感だろうか。上手く処理できずもどかしい気持ちになっている所に、すべてを後ろで見届けていた彼女が近付いてきた。

 

「還ったわね……」

「……そういや途中すっかり忘れてたが、柊、居たんだったな。マジで一言も喋らねえから忘れてたわ」

「まったく、郁島さんを下がらせて守ってたのは誰だと思ってるのかしら。それに、言っておいたでしょう、今回の件は貴方たちに全て任せる、と」

 

 その約束をした柊さんが口を開いた、ということはつまり、今回の事件は終幕したと考えて良いのだろうか。

 

「還るって?」

「シャドウが在るべき所へ戻ることよ。恐らくもう大丈夫、今回の件は経過観察を残して終わりね。細かい説明も反省も明日にして、まずは郁島さんを安全な場所に運びましょう」

 

 言うと、彼女は郁島さんに肩を貸した。

 そういえば途中から彼女を意識せず戦ってしまっていたように感じる。余波なども存在するし、攻撃が当たったら大惨事だっただろう。そういうことからも柊さんは守っていてくれたのかもしれない。反省点しなければ。  

 

「取り敢えず一言……いえ、二言だけ言っておくわ」

「「「?」」」

「お疲れ様。それと、少し台詞がクサいんじゃないかしら」

 

 ……おお。

 労われたと思ったら、すごい疲労感を背負わされた。

 たった一言で疲れを認識させるなんて、さすが柊さんだ。

 

 

 

 

 ……さあ、帰ろうか、杜宮へ。

 

 

 


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