PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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4月28日──【月下の庭園】きっと勝てないから

 

 

 

 

 

 「ソラーッ!」

 

 時坂が少女の名を叫ぶ。

 

 

 彼女は、いや、彼女たちは立っていた。

 それでも、向けてくる表情には差がある。

 片や、バカにしたような笑顔、片や、泣きそうなほど悲痛な顔。

 目尻に涙を溜めた辛そうな面持ちの少女は、ゆっくりと口を開く。

 

「コウ、センパイ……なんで」

「決まってんだろ!」

 

 彼は彼女を庇うように前に立ち、もう1人と敵対するように向き合った。

 

「助けに来た!」

 

 

 溜まっていた涙がこぼれる。

 彼女は、何をそこまで追い詰められていたのだろう。

 それを知る為にも、もう1人に話しかけなければ。

 

「初めまして。相沢さん……で良いんだよな?」

『ああ、転校生……何しに来たの、邪魔しないでくんない? 時坂も、玖我山も、帰国子女も』

「邪魔するも何も……何をしてるんだ?」

『別に。ただ教育してるだけ』

「教育……ねえ」

 

 先輩の背中を見て、安心感から涙を流す少女を見た後に、その言葉が信じられるわけがない。

 

「相沢の言う教育ってのは、後輩を泣かせるもんなのかよ」

 

 それを、時坂が指摘する。

 自分は先輩というものに縁の少ない人間。自分が何を言ってもそれは、一般論にしかならないだろう。

 だから、彼に任せる。

 

『泣いてるのはその子の勝手。私の指導は間違ってない』

「勝手だろうが何だろうが、相手を泣かせるのが正しいのかって聞いてんだ!」

『勿論。言ったことは間違ってないから』

「……そうかよ」

 

 これはきっと、一縷の望みをかけた彼の問い。

 相沢さんがそう思い込んでいることは、前もって推測できていた。

 ……多分、違ってほしかったのだろう。違うならきっと、説得しやすかっただろうから。

 

「まあ、気持ちは分からなくもねえよ。オレだって昔同じこと思ったからな」

『はっ。同じこと?』

「“コイツには勝てねえ”って。“コイツの眩しさは、自分にないものだ”って」

『……っ!』

 

 かつて同じ感情を抱き、未だに解決しきれてない彼は、自分が得たもの以上のことは言えない。

 “距離を置き、時間の経過で受け止めきれた”彼と同じ対策は取れない。

 

『思ってない……アタシはそんなこと、思ってない!』

「そうだな。正確には、感じ取ったんだろ。で、思わないようにしてた。認めないようにしてた。眩しい光から、目を逸らしてたんだ」

『ち、ちが──』

「言えるのかよ、オマエは。武道家の相沢千秋は、それを否定できるのかよ!」

 

 だけど、時坂自身の後悔を伝えることはできる。

 問題自体に気付かせることが出来るのは、後々になって気付けた、彼だけだから。

 

 諦めなかった自分が、諦めてしまった璃音にきっかけを与えられたように。

 向き合うことができた彼が、彼女にできることがあると、信じている。

 

「なあ相沢、お前にとって武道ってなんだ? 今のお前、武道が好きか?」

『──』

「言えねえだろ。だって、ソラから目を逸らすってことは、武道から目を逸らすってことだもんな」

 

 郁島さんの輝きは、才能の一言に収まらないと、彼は言っていた。

 武術しか見てない目、その真っ直ぐさ、心から楽しむ姿勢こそが、眩しいのだと。

 取り組む姿、意欲、武に挑もうという姿の理想。なるほど確かに、そこから目を背けるということは、武術自体を見ないことに他ならない。

 ……時坂。相沢さん。

 

「でもよ、目を逸らしながらも関わってられたのは、きっと武道が好きだったからだろ。……オレには、出来なかった」

『武術が、好き……』

「コウ、センパイ……」

「なあ、岸波、玖我山、こういうの何て言うんだろうな」

 

 何て言うのか、って?

 ……ああ、そうか。時坂は引き出したんだ。彼女の自覚を。

 認めたくないと言っていた彼女に、認めさせることができた。

 なら後は、自分たち全員が力を合わせて話していこう。

 時坂が、相沢さんが出会うべきだった答えを。

 

「負けず嫌い、なんじゃない? 先輩として上に立ちたいのに、武道家として誰より高い所に居たいのに、立てていない。その現実から、逃げようとしてる」

 

 玖我山が答える。

 負けず嫌い。先輩風。ナチュラルな上から目線。

 迷わず断じた璃音に、相沢さんの影が噛み付く。

 

『──武を噛ってない、部活にも入ってない玖我山に、何が!』

「芸能界だって日々競争の世界なの、あたしだってそこで生き抜いてきた。帰宅部だからって嘗めないでよねっ! ……まあでも、あたしはそんなに悪いことじゃないと思うよ、その感情自体。上下関係を意識するのは競争社会における1つの礼儀だし、負けず嫌いなことも勝ち抜くのに必要な要素だし」

『何が言いたいのよ!』

「……何が言いたいんだと思う?」

 

 分からないで話してたのか、と内心でツッコミを入れる。時坂もなにか言いたげだ。

 大丈夫だろうか、このまま話させておいて。

 ……まあ、大丈夫だろう。多分。

 

『なに、私の考えを認めてくれるとか?』

「ゴメン、それはないかも。後輩を泣かせてる時点で、その感情は行き過ぎかな。……上手くいかずにイライラするのは、痛いほど、分かる。けど、それを慕ってくれる後輩にぶつけるのは、違うんじゃない?」

『……言わせて、おけば……ッ!』

 

 絞り出すように、璃音は言う。

 上手くいかずにイライラ、か。璃音自身、あの時のストレスは多大なものだったろう。それでも彼女は、周囲に当たり散らさず、自分の中で処理しようとしていた。

 ……ああ、そうだ。彼女はそこで一度、折れてかけている。引退という熟語が執拗に追ってくる中で、誰にも明かせないまま、一人夢を終わらせようと。

 その点は同意できるのだろう。尤も、他人に重荷を押し付けることを嫌う璃音から見れば、彼女の心情には同調できても、彼女の選択に理解は示せない。

 

『だから何!? 間違ってたとして、何なのよ! こうするしかないじゃない!!』

「こうするしかない、か。……ウン」

 

 璃音は何かに納得した後、自分に顔を向けた。

 

「ここから先は、キミの番。諦め、間違えたアタシにも、過去に悔いた時坂クンにも言えないことを、言ってあげて」

 

 喉元に、剣を突き立てる権利があると、彼女は言う。

 

 相沢さんの影は言った、『こうするしかない』と。

 ──ああ、その言葉は、違う。

 だって、それしか見てないから、そう思うんだ。

 それ以外を見落としてしまっているから、そう思ってしまうんだ。

 それが可能性を縛る言葉だということを、諦めから生ずる言葉だということを、自分は知っている。

 

 

 時坂は暴いた。

 武術が好きな心──“好きなもので負けたくないという欲”。

 武術から目を逸らす自分──“関わりを避けるべきと断じた理性”。

 本能と理性が解離した状態、その根幹を。

 

 璃音は暴いた。

 過剰な上から目線──同じ土俵に立てば優劣がはっきりしてしまうから上に立つ。

 負けず嫌い──戦う以前の問題だと濁して、本能が悟った負けを誤魔化す。

 頓珍漢な行動の理由、攻め立てるべき彼女の間違いを。

 

 

 さあ、息を吸え。

 

 彼女の喉に突き立てるのだ、その諦念を斬る剣を。

 

 そう、一言で言えば。

 彼女が諦めたものとは。

 諦めるべきでないものとは。

 

 

──Select──

 

 >お前は、競い合うことを、諦めただけだ。

 

──────

 

 

 

 


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