PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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4月26日──【空き教室】報告会

 

 

 

──朝──

 

 ──>杜宮高校【通学路】。

 

 

  雨の中、傘を指している女子高生たちの声が聞こえてくる。

 

「ハァ、雨とかマジ最悪……」

「そう? アタシは雨の後の方がヤ」

「……あ、花粉?」

「そーそー……マジ一生止まないで欲しいわ」

「うわガチじゃん、めっちゃ大変そー」

 

 花粉……花粉症か。

 四月下旬でも結構いるんだな。

 ……自分は、なりたくないものだ。

 

 

 

 

 

 ──放課後──

 

 

 ──>杜宮高校【空き教室】。

 

「それじゃあ、昨日出た情報を整理していくわね」

 

 柊さんが先陣を切って話し出す。

 座席は一昨日と同様の配置。

 取り敢えず自分は、前もって黒板横に居座ることにした。

 

「まず私と玖我山さんから、2年生へ聞き込みした結果を纏めるわ。相沢さんだけど、仲良くない人でも察せられるほど機嫌が良くないというか、何処と無く違和感を感じさせるレベルには追い詰められていたようね」

「相沢さんの友達に聞いて回ったケド、結構はぐらかされてたみたい。というか、本人がその不調? を認めたくなさそうだったとか」

 

 黒板に、『Aさん、気持ちを受け入れられていない』と書く。

 それを見て、全員が頷いた。

 

「黒い感情って、認めたくないもんね」

「だろうな。相沢自身がマジメなことも影響してんだろ」

「強くて真面目だけれど、突如湧いた想いに、自分を律しきれなかった。そんな所かしら」

 

 つまり、『逃避』と。

 

 しかしこれでは、どこまで行っても悪循環だ。

 郁島さんを見るほど悪感情が湧いて、それを誤魔化す為に叱責して。

 けれど、想いを誤魔化すということは、自分を正当化してしまうということ。

 だから気付かない。どれだけ相沢さんが郁島さんを傷つけているのかを。

 そして、その傷を付けたが故に、郁島さんは相沢さんに近寄ろうとする。

 必然的に、また黒い感情が生まれ。という繰り返し。

 

 その一方で、問題となるのが。

 

「郁島さんの対応についても、問題があったのかしら」

「「「……」」」

 

 問題、と言ってしまいたくなかった。

 時坂は勿論、時坂の想いを聞いた自分も。

 そして、璃音も。

 

「私でも、そうすると思う」

 

 玖我山 璃音は、郁島 空の態度に同調を示す。

 会ったことも言葉を交わしたこともない2人だが、ひたむきに何かへ向き合い続けられるという点で、意見を代弁できるまで感情移入していた。

 

「怖いけど、聞かなきゃ先に進めない。自分に悪いところがあるなら、直して改善したい。勇気はいると思うけど、そのセンパイを尊敬してるなら、それ以外に踏み込む理由は要らないかな」

 

 力強い意見だった。

 はたしてその行動を実際にとれる人間がどれだけ居るだろう。

 仲介人も使わず、堂々と正面から、『私のどこを直せば、先輩と仲良くなれますか』なんて聞けるだろうか。『自分のどこが嫌いですか』なんて、顔を見て問えるだろうか。

 

 その気丈さ、思想は尊い。

 けれども、こと今回においては、恐らく逆効果だったのだろう。

 

「多分相沢さんは、自分の中で向き合う時間を多く取らないといけなかったんだ。なのに、郁島さんは真逆の行動を取ってしまった」

「だから、“拒絶”しちゃったのかな……」

「そこまでにしておきましょう。この話は推測が混じりすぎていて、結論が的はずれになる可能性が高いわ」

 

 柊さんが両断する。

 そうだ、今しているのは情報の整理。この話題については郁島さん側も相沢さん側も想像で気持ちを語っているので、事実がまったく含まれていない。

 ……次の話題に移った方が良さそうだな。

 

「時坂くん、色々と聞いて回った時、1年生たちは郁島さんについて何か言っていたかしら?」

「昨日報告した以上のことは何もねえ。そもそも言わせてもらうなら、会ってまだ1ヶ月のヤツら同士で、そこまで踏み込んだ話をしていると思うか?」

「あ、確かに!」

 

 成る程、言われてみれば、上京してきた郁島さんに知己の友人はいない。

 古くからの彼女を知らない以上、この短い時間で友人になったとはいえ、元気ないなぁ程度にしか思わないだろう。

 

「じゃあ目新しい情報はないのね?」

「そうだな、後は……入学して少し経った頃、記念公園の辺りを茶髪の先輩と走っているソラを見た1年が居たな」

「そう、それは貴重な証言ね。……所で、何でその情報を昨日共有しなかったのかしら?」

「……さて、何でだろうな」

 

 忘れていたのか、重要だと思わなかったのか。

 そもそも時坂自身は、件の2人が出会った当初に仲良くしていたことを知っていた。それも報告を忘れた理由かもしれない。

 だからといって、庇うなんてことはできないが。

 

「今後は気を付けて頂戴」

「分かった、皆もすまねえ」

「気にしないでくれ」

「良いよ良いよ、挽回してこ!」

 

 ともあれ、これが現状の1年生に対する調査結果。

 2年生の分と合わせて、収穫した情報の半分くらいは纏め終えたか。

 

「なら次は、空手部についての説明か」

 

 自分と柊さんで調べたことだ。

 寺田部長から仕入れた部内の空気などを話す。

 その上で、柊さんが分析した結論は、“最悪一歩手前”。

 

「正直に言ってギリギリね。もし悪意が伝播して、郁島さんが追い詰められてしまった場合、状況がより厳しくなる。相沢さんの本音としっかり向き合い、説き伏せ、事態を収束させる必要があるわ」

「どういうこと?」

「複数の異界が連鎖的に、同時に発生するということよ」

「「「 !? 」」」

 

 複数の、異界。

 多くの形成者がいれば、多くの異界が生まれる。

 だが、そんな簡単に生まれるものなのだろうか。

 

「『赤信号を待っている時に誰かが歩いていった、私も行ってしまおう』。『誰かが宿題を写してる、私も写させてもらおう』。……そして、『コイツには何をしても良いんだ、私もやっちゃおう』。例を挙げたらキリがないでしょう。そういった話よ、これは」

「なに、それ……」

「周囲に流され、意思をなくすってことか」

「それは、本来抱いていた想いとの隔離。“自分を維持すること”への諦めよ。あまり使って良い表現ではないけれど、そう考えれば異界が発生するのも道理じゃないかしら」

 

 あくまで彼女の言ったことは、一例に過ぎない。

 同じような状況でも我慢できる人は居る。押し留まれる人は、確かに居る。

 けれど、周囲がそれを当然のように行っている時、人は何処まで平常心でいられるか。

 

 

 ……仮にそうだとして、人間とは、そこまで悲しい生き物だろうか。

 

 そんなことは、ない。

 

 

 目立たないだけで、ルールを守ろうとして居る人は多いはず。

 だって、そういった行動が目立つのは、人がルールを守ることを善として歩めているからだ。

 郁島さんについても、学校のどこにも味方がいない訳じゃない。

 時坂を始めとして、部長の寺田先輩、1年生の友人、時坂の祖父さん。1日調べただけで4人も見方になれるであろう人たちが探せたのだ。

 きっと少しでも噛み合えば、状況は劇的に良くなる。

 その為にも、異界をきちんと攻略しなければ。

 

 

「報告を、続けましょう」

「……だね。男子2人が出てった放課後の収穫について、教えてくれる?」

 

 報告の最後は、自分と時坂の男子コンビ。

 内容は、伊吹に聞いたことと、時坂の考え。

 それらすべてを、直に共有する。

 

 

 

「なるほど」

 

 各々が調べたもの全てを出し尽くし、黒板にもある程度のキーワードが記された所で、柊さんが口を開く。

 

「……岸波君、貴方に問うわ。この情報量で、異界に乗り込めるかしら?」

「なぜ自分に?」

「今回の異界探索は、貴方に指揮を取ってもらおうと考えているからよ」

 

 自分が、指揮を?

 でも、経験者である柊さんが行った方が、効率が良いのではないだろうか。

 

噂に聞く程度の存在(ワイルド能力者)。その戦いぶりがどの程度なのか、実際に後ろで見て判断したいというのもあるわ。加えて、その力に求められるものは、判断力や統率力、協調性。貴方の力の成長の為にも、私のことを気にせずに挑戦して欲しいの」

「成長……」

「やってみて、くれるかしら」

 

 そこまで言われたら、やってみたいと思う。

 自分の力を役立たせることが、できるなら。

 

「……分かった」

「決まりね」

 

 柊さんが腕を組みつつ、クールに頷く。

 

「ちょっと待ってくれ。後ろでってことは、戦闘自体にも参加しねえってことか?」

「ええ、そのつもりだけど……私が居ないと時坂君は不安かしら」

「違えよ! ただ、岸波の負担が大きいんじゃねえかって。異界探索の回数も少ないのに、いきなり初心者の指示なんかやらせても良いのか?」

「問題ないでしょう。逆に最初から戦況を俯瞰できるようになっておけば、後々別の訓練をする必要がなくなるわ。先日行ってもらった特訓で、貴方たち3人の力量差も僅かになったはずだから、ちょうど良い機会なのよ」

「……岸波、本当に良いんだな?」

「ああ。不安なのは分かるが、やらせてくれ」

 

 貴重な経験だ。

 失敗が許されないことも分かっている。

 それでも、やったことがないからとか、自信がないからとか言って諦めるようなことは、したくなかった。

 

「大丈夫じゃない? この前も色々指示飛ばしてくれたし。アタシは、信じて戦える」

 

 璃音の言葉が、純粋に嬉しい。尤も彼女の場合、自分の指示以外で戦ったことがないから、視野が狭いというのもあるのだろうが。

 それでも、そこまで信頼してくれるなら、全力で応えたい。

 

 

「……オレも別に信じてねえわけじゃねえよ。……岸波、この力と背中、お前に預けるぜ」

「……ありがとう」

 

 拳を合わせるジェスチャーを交わして、彼の信頼を預かった。

 

「さて、改めて聞くわね、岸波君。この情報だけで、異界に突入する覚悟はある?」

 

──Select──

 >ある。

  まだない。

──────

 

「了解したわ。突入のタイミングは貴方に任せる。準備ができ次第、みんなに声を掛けて頂戴。くれぐれも、期限は守るように」

 

 頷きを返す。

 そして、3人の顔を見渡した。

 柊さんはクールに、時坂は真摯に、璃音は熱く、こちらを見ている。

 全員がやる気を持ち、真面目なことが、視線だけで伝わってきた。

 この3人となら、できる気がする。

 

「みんな、よろしく頼む」

「「「応!」」」

 

 

 

 

 

────

 

 報告会解散後のこと。

 白野と璃音が立ち去った後の教室に、時坂と柊が残っていた。

 

「なあ柊、お前、何を企んでるんだ?」

「何かしら、突然」

 

 柊は少しだけ驚いた。

 まさか、こんなに真っ直ぐ追求してくるとは思わなかったのだろう。

 その動揺を完璧に隠している辺りは、流石、裏の世界の専門家と言って良い。

 

「脅威度のある異界を利用して訓練させるなんて、お前らしくもない。まだよくお前のことは知らねえけどよ、普段だったら、もっとこう……冷静に、冷酷に、迅速に、淡々と解決させようとするんじゃねえかってな」

「……」

「……」

 

 時坂の問いに、柊は応えない。

 しかし、応えない彼女を時坂も逃がさない。

 数秒の沈黙の後、彼女は口を割った。

 

「……ふぅ、良く見てるわね、時坂君。私に気でもあるのかしら?」

「……おまっ!? 人がマジメな話をしてんのに!」

「冗談よ。けど、そうね、ヒントをあげるなら、『これは私の意思でもあるし、他の誰かによる要望でもある』。つまり、妥協案の1つね」

「は? それはどういう……」

「話はここまで。取り敢えず貴方には特に関係のないことよ。誰の迷惑になることでもないから、安心して攻略に行って頂戴」

 

 僅かながらも答えを得られた時坂が気を抜いたこともあり、弛緩した場の空気に便乗して退散しようと、柊の足が歩き出す。

 時坂はその背中に追及を掛けようとして、しかし、喉元で止めた。

 

「…………まあ、なにかあったら話してくれ。専門家のお前自身でやった方が早いってのは分かってるが、相談ならいつでも乗っから」

「ええ、もしその機会があったらお願いするわ」

 

 それは奇しくも、白野と美月が交わしたものと同じ約束。

 優秀で、溜め込みがちな少女を手伝わんとする、男子の優しさだった。

 尤も、それが彼女たちにとって必要だったか否かは、当分分からない事なのだが。

 

 




 時坂くんと柊さんは原作であった異界探索時に1度話し合っているから、軽々と議論をすすめていきます。一方で璃音と白野は控えめ。勝手が分からないので様子見、といった感じですかね。

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