──>杜宮高校【教室】。
「少し待ってくれ岸波、これを渡しておく」
担任の佐伯吾郎先生に呼び止められ、紙を1枚手渡される。
そこには、“部活希望表”と書かれていた。
そういえば先週の金曜日、来週渡すと言っていたっけ。
「どうだ、決まったか?」
「そうですね、候補は絞れてきましたけど」
もう1度くらい見て回りたかった、というのが正直な所だ。
見学だけでもこの後行ってみようか……って駄目だ、調査をしなければ。
……ん? 待て、部活希望か。……これは使えるかもしれない。
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──>杜宮高校クラブハウス【武道場】
「こんにちは、少し宜しいですか?」
柊さんが武道場の扉を開き、声を掛ける。
放課後、柊さんと二人で共に空手部を訪れた。
郁島さんと関係の深い時坂には1年の教室を、璃音には相沢さん関連で2年の教室を回ってもらっている。
まだ、これといった情報は得られていない。
自分も2年生を回ろうかと思ったが、知り合いが少ないことと、璃音の同伴ができないことは分かっていたので、こちらに回った。
空手部に知り合いは居ないものの、自分には編入生としての立場がある。多少変な探りを入れても、入部興味ということで流せるだろう。
そんなことを考えながら待っていると、空手部の人たちの中から一人の女生徒が出てくる。
柳色に近い髪を赤いリボンで縛る、凛々しい女性だった。
「あら、貴女は確か2年の柊さん……よね。そちらは……」
「2年の岸波。編入生です」
「ああ、噂の編入生くん……そう、初めまして。私は
「はい。……って、すみません、噂って?」
「なんでも2年生に、最初の挨拶でかましてきた大物が編入してきて、我が校が誇るアイドルが毒牙に掛かったとか」
「ふふっ──」
「笑うな柊さん。先輩も、その噂は気にしないでください。大物でもないですし、毒牙にも掛けてません」
部長、ということは3年生だろう。部を纏めている人に話を聞けるのは大きい。
スイッチが壊れたように、止まらない笑いを抑える柊さんを無視し、彼女と話すことにした。
「実は先週の部活体験に参加できず、お話を聞きたくて来たのですが」
「そう。でもごめんなさい。今日は女子の活動日で、男子は明日なの」
「そうなんですか。あ、でも、出来れば少し教えてくれませんか。空手部全体としてどういった目標で活動している、とか。どんな雰囲気で活動している、とか」
実際、男子が活動していたら、女子の雰囲気はどんな感じですか、と流れで聞くこともできただろう。しかし女子に直接聞いても、「何故そんなことを?」と訝しげになられて終わりだ。
なので細かいことは気にせず、男女合同の部活という枠組みで話を進める。
細かいことを聞く為に、同好会というカードを持ち合わせているものの、出来るだけ切らないで済ませたい。付け焼き刃の嘘ほど、見抜かれやすいものもないからだ。
ちなみに、同好会については申請中である。昼休み、美月に頼んだばかり。十中八九通るだろうが、申請内容は“生徒同士で行うお悩み解決。もしくはその予兆の調査”である。……気が付いた時には生徒会の下部組織として数えられている気がする。
「そうね……空手部としては、男子女子ともに目標はインターハイ出場。特に女子は、期待の新人の入部が内定しているし」
「内定?」
「入部を決めてて、4月の頭から練習へ参加してくれてるのよ。ほんと、周りの良い刺激になっているわ」
恐らく、それが郁島さんだろう。
事前に時坂から聞いた話では、郁島さんは玖州の方で名の知れている“郁島流”という流派の師範の娘らしい。本人も武道が好きで、かつ類い稀な運動神経を持つ天才型。性格は礼儀正しく、正に武道家向きだとか何とか。
周囲に影響を及ぼすのも、才能の一部だろう。いや、才能というよりは、性格かもしれない。
こんなに才能ある少女が努力しているのだからもっと頑張らなければ、となるなら、それは彼女のひたむきな面が周りを活性化させているということだ。
それを、才能の一言で片付けるべきではない。天才が天才と認められるのはその才を活かせるよう努力してきたからに他ならないのだから。
尤も、及ぼすのが良い影響だけなら、話自体も良い話で終わったのだが。
そうは問屋が卸さないのを、自分たちは既に知っている。
「そうなんですか、とても素晴らしい後輩さんなのですね」
気付けば笑い地獄から復活していた柊さんが、話に加わった。
その顔に喜はない。どちらかといえば哀──心配するような表情だ。
「でもその……変な話、いさかいとかは大丈夫ですか? 私も以前通っていたミドルスクールで、そういった事例を見たことがありますから。日本の諺にもある、出る杭は打たれる、に近いものが」
探りを入れる柊さん。自分にも同じ体験があると言って不審に思われないように手を回している。
対して寺田先輩も柊さんの顔を見て、心配させていると思ったのか、苦しそうに応えた。
「……正直な話、ないとは言い切れないわ。女子は今少し、雰囲気良いとはいえないもの。でも男子は別よ、そういった話は聞かないから、安心してくれて構わないわ」
「そうですか。……その、何て言って良いか分かりませんが、頑張ってください」
「ありがとう、ごめんなさいね」
良くない雰囲気。“郁島さんを排除しよう”という動きはあったみたいだ。
出る杭は打たれる。つまり、憧憬を抱けない程高い才能は、恨み妬みを引き寄せてしまうと言う話。
それが複数人からのものであるか、個人からのものであるかまでは、聞き出せない。しかし、この事実を内部にいる人から聞き出せたのは大きい。
実際その事実は重大であるものの、重要ではない。相沢さんはあの時、確かに叫んでいたのだ。
『──あんたさえいなければ、こんな思いをしなくて済んだのに!』と。その意味の一端を確かめられた。
つまりは、嫉妬。
相手の才能に恐怖を抱き、遠退けようとした。そんなところだろうか。
取り敢えず、これ以上は踏み込みづらい。
一旦引き返そう。
「ああ、そうでした、寺田先輩。私たち、同好会作るんです。文化系で」
「あら、そうなの?」
「ええ、名前は決まっていませんが、身の回りで起きた不思議なことが起きてないか調査したり解決したりする会です。まったく関係ないことでも悩み相談など承ってますから、困ったことがあれば是非相談に来てください」
「……そうね、これ以上ひどくなるようだったら、相談しようかしら。いつか柊さんが体験したっていうミドルスクールの話も聞かせてくれる?」
「ええ、お茶を用意してお待ちしています。では、私はこれで。岸波君はどうする?」
「自分も失礼します。ご相談に乗っていただき、ありがとうございました」
「いいえ。それじゃあ私も部活に戻るわね」
武道場から出る際に一礼して、扉を閉める。
掛け声のような、大きな声が響いてきた。
「さて、それじゃあ報告しましょうか」
柊さんがサイフォンを開く。
集めた情報は1つ1つ迅速に報告し、的確に共有すべし。昨日決めたルールの1つだ。
『空手部の聞き込みが終わったわ。目立った情報は入ってないけれど、女子空手部のなかに郁島さんを快く思わない人が居たのは事実だそうよ』
その書き込みを確認して、柊さんに頷いてみせる。
自分に追記するようなことはない、と。
『じゃあオレも報告だ。ソラのクラスで聞いた話だが、最近ソラの様子がおかしかったらしい。聞いてみたら、大好きな先輩とうまくいかなくて、と落ち込んでいたって教えてくれたぜ』
『大好きな先輩……ということは、元々仲が良かったということ?』
『だろうな。そういやオレも4月頭に2人が話してるのを見かけたが、険悪そうな雰囲気じゃなかったぜ。頼れる先輩とそれにくっついてく後輩って感じだった』
『……そういうことは早く言ってくれるかしら』
『スマン、今思い出した』
まったくもう、と呆れた様子の柊さん。
まあ、思い出してくれて助かった。そういうことにしておこう。
『みんな早いね』
璃音のレスポンスが入った。
2年の情報はどうか、と身構える。
『2年生はまだ調査中。手に入った情報といえば』
……?
『いえば?』
反応がないので、聞き返す。
どうかしたのだろうか。
『あ、ゴメンゴメン。えっと、キミの自己紹介、2年生では完全に広まってるみたいだね。ザビとかザビ男とかって呼ばれてるみたいだよ』
『聞かなきゃ良かった』
心底後悔してる。そんなことわざわざ報告しなくて良いのに。
ほら、隣で柊さんがまた笑いを必死に堪えているし。
『ちなみに3年生にもひろまっているあわ』
『いるあわ?』
『失礼、広まっているらしいわ』
そんな震えた手で打つから間違えるんだ。
いけない。一刻も早く話題を変えないと、柊さんが使い物にならなくなってしまう。
『それで、この後どうする?』
『あたしはもう少し2年の調査を続けるつもり』
『オレは……そうだな、剣道部にでも聞いてみるか。空手部の隣で練習してるの見たことあるし』
『なら私は玖我山さんに同伴しようかしら。岸波君は剣道部の方へ着いていってくれる?』
『分かった』
『じゃあ岸波、スマンが本校舎一階の階段まで来てくれ』
『了解した』
サイフォンを仕舞う。
さあ、もう一仕事だ。
「じゃあ柊さん、また」
「ええ、くれぐれも無茶はしないで頂戴。何か分かればすぐに連絡をして」
「ああ、そちらも」
2階に上がる柊さんを見送り、本校舎を見据える。
時坂との待ち合わせ場所に向かおう。
初組み合わせの2人。何となく、道中雑談とか一切してなさそう。
原作より多少マイルドとはいっても、完熟ゆで卵か半熟ゆで卵かの違い程度しかない。けっこう違う気もするが、シナリオ的には茹でられてさえいれば、良いのです。
次回の組み合わせは雑談が増えそうですねえ。