本格登場の柊さんですが、原作に比べてやや軟化してます。それでも譲らない所は譲りませんが。
理由なき改編ではないので、ご了承ください。理由が書かれるのはいつになることやら。
「“タイプ・ワイルド”。ペルソナ使いの中でごく稀に見る特異体質。該当する人物は、無知であること。また空白であること。が条件なんて言われているわ。何者にでもなれるし、何者にもなれない。個のないと言われる人間が当てはまりやすくもあるわね」
自分の能力らしきそれを理知的に、頭良さそうな言葉を使って御高説してくれているのは、昨日異界に現れた女子生徒──
どうやら美月と同じく、昔から異界に触れてきた人間らしい。
その知識と経験あってか、すごい説明だ。
よく分からないけれども。
「あー、すまん柊、もう少し簡単に言えねえか?」
頭を掻きながら、時坂が尋ねる。
隣に座る璃音も、無言で強く頷いていた。
取り敢えず自分も頷いておく。
自分たち3人を見て、ふぅ、と重そうなため息を吐いた彼女はしかし、再度説明の為に口を開いた。
「……例えば時坂くん、貴方が1年間ステイツに強制留学させられるとしましょう。まず、英語は話せる?」
「正直、お前レベルじゃ話せねえな。現地に行って伝わる気はしねえ」
「だとしたら、どう? 1年もの間、家から出ずに引きこもるかしら?」
「いや、流石にそこまではしねえが。まあ話せるように努力はするんじゃねえか」
「どうやって?」
「あ? そりゃあ……誰かと話したりして、教わったりするだろ」
「そうね、私が他所の国へ行ってもそうするわ。英語の話し方だけじゃない。その土地柄、住人の雰囲気、ルールやマナーに至るまで、多くの人と会話し、関わり、会得していくでしょう?」
あくまで例え話だけれど、ともう1度前提を口にし、彼女は言っていることが理解できるか、と視線で問いを投げる。
自分はまあ何となく分かってきた。が、時坂は未だに眉を寄せている。
「ああ。だが、それとワイルド能力ってやつの間に、何の関係があんだ?」
「ワイルドというのは、さっきの例であげたステイツに無知な時坂くん同様、“色々な知識や力の不足を他者との縁で解決できる人間”を指すのよ。その力はまさに周囲の影響で、善にも悪にも傾く。それだけじゃなくて──いえ、なんでもないわ。とにかく、危険性は伝わったかしら」
最後、何を言いかけたのだろうか。
しかしなるほど、厳しい目を向けられた理由は腑に落ちた。
自分の力へ抱かれた警戒心。
異界からの離脱を提案するのも当然だ。爆弾を抱えて戦場を歩く戦士は居ない。
柊さんが異界に現れた後、一時撤退することが決まった。
女子生徒の救出は急ぐべきではあるものの、必ずしも急務というわけではないらしい。まだ余裕があるから、先に片付けておくべき事を済ませましょう、とのことだ。そうして翌日となる今日、学校の空き教室を借りて話し合いが行われている。
主な議題は、やはり自分の力と存在。彼女のいう危険性を払拭してもらえれば、この場を治めることはできそうだ。
できればついでに、柊さんの持つ知識を聞いておきたい。どうして巻き込まれた少女がひとまず安全と言えるのか、などは知っておいて損がないだろう。
しかし、ワイルドというペルソナ能力。
ベルベットルームでアメーリアは説明していた。無限の可能性を持ちつつ、埋もれやすい才であると。
無限。数値としての限度がないだけではない。プラスにもマイナスにも振り切れる可能性があるのか。
自分の周囲に嘘・偽りを吹き込んでくる人間が居ないと信じたいが……用心は必要かもしれない。
しかし、人と付き合うのに疑ってかかるのもどうか。
やはりその人をよく見てから仲良くなるべきだろう。
「なあ柊、百歩譲ってさらりとオレを貶したことは置いておくとしても、だ。さっきから酷え言い様だが、いくら編入生だとしても、その例とは違って岸波にも無知無力ってわけじゃねえだろ。少し話したくらいだがマトモで真面目なヤツだってことは分かる」
「う、うん。そうだよ! 変だったのは自己紹介の時くらいで、確かに個性は感じられないけど、色々相談にも乗ってくれたし、あたしを助けてくれたときだって……!」
「まあ岸波くんの無個性さについては敢えて言及しないけれど、自己紹介の噂は私のクラスまで届いているわ。えっと確か……フランシスコ・ザビくんだったかしら」
「触れないでくれ……!」
何故そこで自分の攻撃へと走るんだ。
真面目な話ではなかったのか……!
「ふふっ、失礼したわね。つい面白かったものだから」
「え、面白かったの?」
璃音が聞く。それ以上追求する話題じゃないと分かってくれ。
「ええ、とても」
そう思ってくれるのは嬉しい。嬉しいが、答えなくていい。話を進めてくれ。
「……話を戻すぞ、柊」
「……ええ、そうね。ザビ──岸波くんが」
「「戻りきってない」」
大丈夫か、コイツ。
だがまあ柊さんも、自分と時坂の訝しげな視線を受けて、流石に反省したようだ。少し頬が赤い。
「こほんっ。岸波くんを酷評する理由、ね。そんなもの、本人が一番理解できているのではないかしら」
「……まあ、そうだな」
「岸波?」
良い機会だから、話しておこう。
璃音にも、説明してこなかったと思うし。いや、美月が説明している可能性もあるが。
「自分は所謂、記憶喪失というものを体験している。ここに編入するまではずっと入院していたし、そもそも目が覚めたのは1年半前。それまでは
「「「──」」」
まあ、そういう反応にな──らなくないか? 普通。
いや、時坂と璃音が黙るのは分かる。いきなり記憶喪失云々言われたら戸惑うだろう。
ただ、既知の事柄を確かめるかのように訊ねてきた柊さんが驚くのは、どうしてか。
「ザ──岸波くん」
「ちょっと待って、またザビって言おうとしなかった?」
「気のせいよ。それより岸波くん、1つだけ尋ねて良いかしら」
「……? ああ、構わないが」
ありがとう、と目を伏せ、彼女は腕を組んでから問う。
「目覚めたのが1年半前なのは分かったわ。なら、眠ったときが何年の何月で、場所が何処かは把握している?」
少し、考えてみる。
はたして自分は、いつそんな処置をしなければならない事態に置かれたのか。
無論記憶がないため、自分の知識に遡れる限度はある。
だが、普通その説明はされているだろう。起きたときか、現状を説明するときにでも。
おおよその時期は聞かされている。今から約10年前。それが自分が凍結された頃。
では何故。何故自分は眠らなければいけなかったのか。
通常、コールドスリープをするメリットは、直す技術が確保された年代で治療を受けることができるようになることだ。
しかし、だとしたら自分は何の病気で凍結し、どういう経緯で目覚めたのか。
目覚めた以上、完治はしているはずだが。
「……すまない、分からない」
「……そう、一応聞いておくと、入院していた病院はどこの系列?」
「? 北都グループだけど」
「…………なるほど、ね」
北都という名に、僅かな反応を示した。
北都といえば生徒会長、北都美月の名前が第1に思い浮かぶ。
やはり、異界に関係ある者同士で親交があるのだろうか。
「岸波くん」
「? まだ何か?」
「ごめんなさい」
そんなことを考えていたら、急に柊さんが頭を下げてきた。
「知らなかったとはいえ、話しづらいことを話させてしまって」
「……知っていたんじゃなかったのか?」
「その、あまりに経歴が空白だったから、うしろめたい過去でもあって消したのか、偽造工作の一環かの2つの線を考えていたのだけど」
ただその空白は寝ていたが故のもの、と。
確かにまあただ経歴が書かれていなければ、疑ったとしても、正確な理由を突き止めるには難しいだろう。というかどうやって調べたのかが気になるが、まあいい。
「こちらこそ、勘違いをさせて無用な心労を掛けたみたいだ」
「……今日はここまでにしましょう。明日また、今後のことについて話し合いの席を設けたいのだけれど」
「じゃあ放課後に、またここで。時坂と璃音も良いか?」
「ああ、明日なら大丈夫だぜ」
「うん、オッケー!」
「じゃあそういうことで……」
「ああ、少し待ってもらえるかしら。時坂くん、ちょっと」
時坂を手招き、教室から出ていく柊さん。
聞かれたくない内容らしい。
取り敢えず、璃音と話すか。
「璃音は自分の過去を美月に聞いてなかったんだな」
「まあね。他人に訊くものでもないし。……でも、あたしの本音を説得する時に言ってたことが、やっと分かった気がする」
「本音を?」
「“試せることがあるなら、試してから諦める”。そうだよね、手探りでも何でも、進めるだけマシ。止まっちゃったら、何にもできない」
経験者の言葉って、こんなに重いんだね。
彼女は力なく笑った。何故そんな表情をするのかわからなかったけれど、彼女が話してくれるのを待つしかない。
「お待たせ、もう帰っていいわよ」
柊さんが、教室の扉から顔を覗かせた。内緒話は終わったらしい。
しかしそんな彼女へ、時坂がジト目を向ける。
「おい、何がもう帰っていいだよ」
「あら、何か問題でも?」
「……もういい、早く行けよ柊」
「じゃあ、あとは頼むわ、時坂くん」
そんなやりとりに璃音と2人首を傾げつつ、去っていく女子の背中を見送る。
「あー、岸波と玖我山、この後暇か?」
「ああ」
「大丈夫だよ、何かするの? また異界に挑むとか?」
「まあ、当たらずとも遠からずってとこか」
時坂は呆れたように笑う。
これから言うことは内緒だぞ、と。
「柊に頼まれたんだよ。昨日沈静化した異界を使って、私が時坂くんに教えたことをそのまま2人にも教えてあげて、って」
「そんなことを」
「自分で言えば良いのにね」
「まあ、直接言うのが気恥ずかしかったんだろ。あとは岸波にさっきの話をさせたってのもあるかもな。オレが言うことでもねえが、柊にも悪気があったわけじゃねえと思う。どうか許してやってくれねえか?」
「許すもなにも、別に気にすることないのにな」
「「いや、それはムリ」」
無理らしい。
そうか無理なのか。
出来る限りフランクな説明を心掛けたんだが、どうやらまだ自分には話術のスキルがないらしい。
「何にせよ、時坂が鍛えてくれるということで良いのか?」
「おう。まあそんな訳だ、行くとしようぜ」
ちなみにこの後、柊さん家の明日香さんは生徒会室に乗り込み、会長とリアルファイトした。
──なんてことは当然なく、詳しい事情を聞きに行きましたとさ。ちなみにミツキとアスカの仲は原作に近いです。険悪一歩手前。あれ、雰囲気悪いかも、レベル。
ワイルドについて
ワイルドが無個性ということは決してない(某でありますロボ娘、某ナナコンを見て)。無垢というのはあるだろうけれど。
なら何故無個性と言われるか。
それは個性を感じ取られる程、人を寄せ付けていない、人を受け入れていないからかと。コミュを築く前は仲良い人が居ないため、自分を見せる必要もなく、結果周囲からは無個性と断じられるのでは、なんて考えています。
故に、言葉を話させると淡々としている印象でも、中ではしっかり考えている白野くん。コミュが深まれば個性が滲み出る……かも。アニメ版ほど個性的なのは無理ですけどね。
アスカの序盤で言った、「それだけじゃなくて──」の後について。
ここは語るまでもない。探偵が先か事件が先かと同じですね。