あけましておめでとうございます。
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──昼──
「あれ、岸波って11時30分休憩だよな?」
同級生にそう声を掛けられる。
あらかじめサイフォンにメモしておいた今日の予定を開くと、確かにその時間帯から別の色に分けられている。
言われてみればそろそろだ。
「代わるぜ。休憩行って来いよ」
「良いのか?」
「ま、どうせ客も来ねえしな。少し早いくらい問題ないだろ」
チラリ、と彼が周囲に目を向ける。
昼前だというのに、ポツポツとお客さんが入っている程度。
他のクラスに比べると、好調とは言い難い流れだ。
「それじゃあ……」
簡易で作った仕切りの奥、バックヤードに戻り、着ぐるみを脱いで渡す。
そのまま畳んであった制服の上着を広げ、袖を通した。
あっという間に元通りだ。
ほんの数時間だったというのに、制服に対する不思議な安心感を覚えながらも、廊下へと出る。
一応クラスから与えられた自分の休憩時間は、11時30分から14時までとなっている。
そこから部活の方に参加する時間を捻出するのだけれど、X.R.Cメンバー全員の時間を調整してくれた祐騎曰く、自分は11時30分~13時に参加すれば良いとのこと。
なので休憩として使えるのは13~14時の実質1時間。お昼ご飯なども含めて、だ。
まあそこは約束相手にも共有してあるから大丈夫だろうけれど、念のため再確認のメッセージだけは送っておこう。
さて、まあおそらく何があるわけでも無いけれども、部室へ行くとしよう。
ついでに部室に居座っているであろう祐騎を、自身のクラスへ送り返しておかないと。
──午後──
「ゴメン、お待たせ!」
「いや、全然」
人波を搔い潜って、璃音が隣にやってきた。
昨夜唐突に誘ったというのに時間の都合をつけてくれただけでもありがたいというものだ。
むしろ無理に調整してもらって、彼女のスケジュールを慌ただしいものにしてしまったのではと思う。それを思えば1分や2分のずれなど、気にすることはない。
「誘ってくれてアリガトね! 遅れた身で言うのもアレだけど、時間ないし行こっ!」
「ああ」
「行きたい場所とかある?」
「気になっているのは、やっぱりX.R.Cのみんなのクラスとかだな。全部は回れないだろうけれども」
「そうだね。……行けても3クラスかな。どこを回る?」
「璃音は行きたいところとかないのか?」
「あたしもみんなのクラスくらいだから大丈夫!」
なら、良いかな。
さて、どこを選ぶとしよう。
──Select──
>おばけ屋敷(1年)。
ポップコーン屋。
おばけ屋敷(2年)。
縁日。
占い&プラネタリウム。
──────
確か祐騎のクラスは、飾りつけなどの雰囲気を重要視したお化け屋敷だったはず。
ここに行こう。
敢えてもう1件のお化け屋敷に行くのも有りだとは思うけれど、どうしようか。
──Select──
ポップコーン屋。
おばけ屋敷(2年)。
>縁日。
占い&プラネタリウム。
──────
志緒さんの所の縁日なら、食べ物も売っているかもしれない。
まあ無くても楽しめることだろう。
あともう1件はどうしようか。
──Select──
ポップコーン屋。
おばけ屋敷(2年)。
>占い&プラネタリウム。
──────
想像が付きにくいという観点から一番興味がそそられるのは、美月のクラスの出し物だった。
2人で行って盛り上がるのかは分からないけれど、覗いてみる価値はあるだろう。多分。
回る出し物は、1年のお化け屋敷、縁日、占い&プラネタリウムの3箇所で良いだろうか。
──Select──
>良い。
考え直す。
──────
「よし、決めた。まずは祐騎のクラスから行こう。その待ち時間次第で、志緒さんのところで、美月の所って流れで」
「オッケー! 四宮クンのクラスって何してるトコ?」
「お化け屋敷」
「………………そっか」
テンションがガタ落ちした。
苦手なのだろうか。
まあ実際怖いかどうかは、近づいて中の雰囲気味わってもらってから判断してもらおう。
────>杜宮高校【1階・お化け屋敷前】。
……特に何事もなく終わって出てきてしまった。
「思ったより反応なかったな、璃音」
「え、怖がってるトコが見たかったってコト!?」
「いや、そうではないけれども。見ている最中終始何か考え込んでなかったか?」
「……それは……」
お化け屋敷に着いた際、前には2組が並んでいた。
5分ほど待って中へと案内される。
出てきた人の様子や中の声を聞く限り、悲鳴らしきものも聞こえていたし、結構反応自体は良さそうな感じだった。
でも確かに、実際通ってみた感じ、思ったより怖くはなかったかな。
どうしてだろうか。
「いやほら、上から人が脅かして来たり、這いまわるようにして追いかけられたり、急に視界が狭くなったりとか、色々な仕掛けがあったじゃん?」
「あったな」
「追いかけられるのも、見た目が不気味なのも、あたしたちはホラ、普段割と経験してる方だから……」
「……なるほど。確かに慣れていたか」
不気味なシャドウにも普段から追いかけまわされているし、角を曲がった瞬間に命の危険があるのも割とざらにあるからな。
特に今回のような暗いシチュエーションが余計に作用してしまったのかもしれないけれども、無駄に警戒心を働かせ、出会いがしらの事故に気を配るようになってしまった。
その状態だから、自分たちはあまり驚いたりできなかったのかもしれない。
「職業病だな」
「びっくりなところに活かされちゃった。今後お化け屋敷のロケとかあったらどうしよう」
「そこは逆に冷静な反応を貫けばいいんじゃないか?」
「まあ音で驚かしてくる系以外は多分イケそう」
「音は駄目なんだ」
「結構過敏な方だし! アイドルですから!」
音をメインに置いたコウやアスカのお化け屋敷に行ったらどうなっていたんだろうか。気になる。
「でもホント、悲鳴上げずに済んだのは良かった……カナ? 喉痛めないし。どっちかっていうと今回は、おばけ屋敷より美術館に来たような気分で回っちゃった。この塗りとかメイクとかどうやったんだろ? ってね」
「……こんなことを聞くのはあれだけれども、楽しめてた、のか?」
「? まあ一緒に回ってたし、あたしは楽しかったケド……そっちはつまらなかった?」
「いや、自分も割と装飾とかに目を奪われてたから面白かった」
「ならヨシってことで! 次行こっ!」
そう言って少し前を歩き、階段へと足を向ける彼女。
まあ楽しんでくれているなら良いか。
────>杜宮高校【3階・縁日会場】。
まるでここだけ夏祭りか、と言わんばかりに盛り上がっている。
人がたくさんだ。
「あ、スーパーボール掬いがある!」
「射的のようなものに、くじ引きのようなものもある」
まさにミニ縁日。
実際に見るのは初めてだけれど、得ていた情報通りのものだ。
遊べる屋台や食べる屋台が並び、人がごった返している。
こんなところで味わえるなんて、思ってもみなかった。
「何からやろう」
「……何か目が輝いてる」
わくわくし過ぎたみたいだ。
ひとまず目に入った屋台をすべて挑むほどの時間はなかったので、スーパーボウル掬いと輪投げをやることに。
しかしどちらも、大していい結果は出せなかった。
少し肩を落としたとはいえ、何か掴めそうなものはあったので、また次の機会があればもう少し上手くできるだろう。
気を取り直して、次。
遊び以外のコーナーに目を向けた。
……一際目を惹く屋台が、1つある。
「あれは……チョコバナナ屋……?」
「……創作バナナ屋って書いてあるね」
気のせいか、緑のバナナや青いバナナも見える。
どうやら好きな味をオーダーできる一方で、多少割安でランダムバナナを販売しているらしい。
案内板曰く、料金を払ってその場でくじを引き、引いた札に書かれている味のバナナを持ち帰るシステムだそうだ。
既知のおいしさを取るか。
未知のおいしさを求めるか。
「璃音」
「なに?」
「あれのランダム、どうだ?」
「イイね! 動画で撮ってあげようか?」
「……え、動画? いや、璃音も一緒に買わないかって」
「あ。あたしの分の話だったんだ。……ウーン」
顔を顰めて悩む璃音。
数秒悩んだ結果、彼女が出した答えは。
「……やろう! これもいい思い出ってヤツでしょ!」
いい思い出になるかはこの後次第だけれど。
まあ乗り気になってくれたようで何よりだ。
1人だったら普通のを買っていたところだった。
2人でお金を払い、くじ引きのボックスに手を伸ばす。
中に入った紙を1枚拾い上げると、そこに書いてあったのは。
「マンゴー……?」
バナナ、マンゴー……?
それは甘さに甘さを足しているのでは。
いや、それ自体はチョコバナナも同じか。
合う、のか?
まあそれは食べてみれば分かるとして。
「璃音はなんだった?」
「……………………ラムネ」
長い沈黙を持った後に、絞り出された回答は、考えるまでもなく合わなそうだなというもの。
璃音がすごい微妙な顔をしている。
「えっと、交換する?」
「イヤ。それはフェアじゃないじゃん。引いたからにはあたしが食べる……ケド」
「けど?」
「……美味しそうだね、マンゴー」
「1口交換しよう」
「……それって、それはそれで……いや、うん、お願いシマス」
ちなみにマンゴー味は美味しかった。
ラムネはまあ……おいしいとまではいかなかった。個人的に。
────>杜宮高校【3階・占い&プラネタリウムの館】。
こういうのも、アリかなぁ……と口で強がる璃音に自分のマンゴーバナナを差し出し、次の目的地へ。
着いた教室は、暗かった。
教室自体にあまり光が入ってきていない。カーテンは閉じている。ただでさえ暗めなのに、教室中央には半円を描くように暗幕まで敷かれている。
また、教室の四隅には机4つ分ほどのブースが。教室の入口に、『まずは教室四隅の占いブースへお立ち寄りを』と書かれているので、そちらが占いコーナーなのだろう。
とするとやはり、中央の球体がプラネタリウムか。
「取り敢えず、占ってもらおう」
「だね」
取り敢えず四隅にある占いの席で、空いているところに適当に座る。
「ようこそ占いの館へ」
「「よろしくお願いします」」
ブースに座っていたのは、女性の先輩だった。
見覚えはない。というより、フードを被ったローブ姿だから、室内の暗さも相まって顔がちゃんと見えていない。
「まずはお2人の生年月日をこちらに」
そう言って占い師の生徒がこちらに紙を2枚渡してくる。
……誕生日?
「すみません。自分、誕生日分からないんですけど」
「え?」
「あ、そっか」
そこらへんは自分も北都グループに聞いていない。というよりは、もう分かる人が誰もいないのだ。
元々病院にあれば良かったけれども、出生病院がどこかも分かっていない。両親はもちろんおらず、友人知人の影もない。誰が生年月日を知る術はなかった。
「うーん、じゃあ残念だけど無理ね。力になれないわ」
「えっ」
「だって私たち、文化祭に向けて星占いの勉強をして物を揃えただけで、本職の占い師じゃないからね。星占い以外は習得できていないのよ。こっちのお題は取らないから、ほら、この通り! プラネタリウムだけで許して!」
まあ元はと言えば自分のせいだから、自分としては構わない。
璃音がどう思うかだけれど。
「璃音はそれでも良いか?」
「うん、全然大丈夫」
「じゃあそうしようか」
そうして2人、席を立つ。
再度謝ろうとした先輩を手で制し、逆にこちらが謝ってからブースを離れる。
それにしても、こうして突きつけられると、その度に少し考えてしまう。
自分が、恐らく思っているよりも多くのものを失っていることを。
考えたところでどうしようもないのは、分かっているけれども。
「……大丈夫?」
璃音が顔を覗き込んでくる。
「大丈夫」
自分に言い聞かせている答えを返す。
前を見るしかないのは、分かっているから。
それに、もう前ほど焦っていない。
今の自分は、ここまで半年近くを色々積み重ねてきた結果の存在。
“半年分の価値”を持った岸波白野だ。
他でもない、今隣にいる人も、普段一緒にいる人たちも、そうした日々の中で育まれた縁の結果。
だから大丈夫。大丈夫なはずだ。
自分は前に進んでいる。
「大丈夫だよ。だから、入ろう」
「……ウン」
そうして入って見たプラネタリウムは、綺麗で、だけど天井がとても低かった。
────>杜宮高校【2階廊下】。
「今日はホントありがとね。誘ってくれて」
教室の近くに戻ってきて、彼女はこちらへと向き直った。
「ねえ、どうして今日誘ってくれたの?」
──Select──
>一緒に過ごしたかったから。
回ったら楽しそうだと思ったから。
なんとなく。
──────
「……そっか」
なら良いか。と笑う彼女。
何が良いのかは分からないけれど、きっと何か納得できたのだろう。
「次からもう少し早く言ってね」
「それは気を付ける」
「……まあ今回裏で骨を折ったのは四宮クンだけどね」
そうか。X.R.C全員の休憩時間を調整したのは祐騎だったしな。
祐騎にも悪いことをしてしまった。
後でお礼の品でも差し入れよう。
「それじゃあまた、文化祭が終わるまで頑張ろう」
「だね。お互い頑張ろー!」
そうして約束が終わってからはまたクラスの業務に戻り、1日を終えた。
今日は金曜日。いわば学内向けの学園祭なので、本番は明日となる。
本日結局奮わなかった売上も、明日一気に巻き返すかもしれない。
だから、今日は帰ってしっかり休もう。
おそらく次は別作品の更新になるので、こちらは9日くらいを目途に更新する予定です。