PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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10月31日──【特設会場】真面目な話を不真面目な格好で

 

 

 迎えた10月31日の水曜日。つまりはハロウィン。

 まだ午前中ということもあり、周囲にはかぼちゃなど小物の装飾が溢れかえっているものの、人通りは多くない。

 にも関わらず、ハロウィンらしく仮装として“着なれない服装”に袖を通した璃音と自分は、ベンチに腰かけていた。

 

「はぁ……」

 

 璃音がため息を吐く。

 自分はそこそこ楽しんでいるけれど、彼女はそうでもないらしい。

 

「どうしたんだ?」

「確かに許可は出たし、“男女逆転ショー”に参加するって話は聞いてたよ? 聞いてたケドさ、まさかこうなるとはって……」

「けれどさっきの話を聞くに、事の発端は自分たちだったじゃないか」

「いや、それについては文句ない……ワケじゃないけど……ってか、ほとんどキミのせいじゃなかった!?」

 

 口をへの字に曲げながら、彼女は納得いかなさそうにつぶやく。

 

「その不機嫌そうな顔、一層“らしい”な」

「それはヤめて……クるから」

 

 何がそんなに気に入らないのだろうか。

 ”ビシっとした白スーツに身を包む璃音”は、“カツラを被った自分”を見て、もう一度ため息を吐いた。

 

「逆に、なんでそんなにノリ気なの?」

「いや、面白そうだから」

「……思い出には残るだろうケドさぁ」

 

 こういうのは違うかなって。と璃音は言う。

 どうにも気が乗らないらしい。

 

「何がそんなに嫌なんだ?」

「そんなの決まってるでしょ!?」

 

 ベンチから立ち上がり、彼女は叫ぶ。

 

「この“男装”と!」

 

 片手は自身の平坦になった胸に置き。

 

「キミの“女装”が!」

 

 片手はこちらを指さして。

 

「普通に似合っちゃってるコトでしょ!!」

 

 ……そこなんだ。

 どうして似合っちゃいけないのだろうか。

 

 

──少し前──

 

 

────>アンティークショップ【ルクルト】。

 

 

「今日、青年たちにお願いしたいことは1つ……2つ……」

「増えてません?」

「纏めちゃえば1つだけど、細かく言った方が良いかと思ってね」

 

 お店のカウンターに座りながら店主のユキノさんが優雅に笑っている。

 対面に立つ璃音と自分といえば、その笑みの底知れなさにぞっとした。

 

「まず、青年たちには今日の夕方に行われるお祭りに参加して欲しい」

「確か、男女逆転ショー、でしたよね?」

「ああ、少年に聞いていたかな? 話が早くて助かる。まあハロウィンらしい有り触れた仮装ショーさ。とにかくそれに一参加者として出てほしいのさ」

「それは分かりましたけど、残りのお願いっていうのは?」

「それもハロウィンらしいことだよ。久我山少女」

 

 ユキノさんの目が、自分と璃音を順に見つめる。

 

「君たち2人は、あるデザイナーが作った衣装を着てほしいんだ」

「衣装……それも、自分たち専用のですか?」

「ああ。2人が以前、お互いの男装姿女装姿について話し合っていたと話題になっていてね。それを聞いたとある近所のデザイナーが奮闘した結果、君たちに着てもらいたい衣装が完成したんだ。それを着てほしい」

「「?」」

 

 何のことだ?

 自分たちがお互いの男装や女装に話していたって?

 そんな話、した記憶……

 

「あ」

「え、心当たりあるの!?」

「あ、ああ。前に璃音の変装について話した時……」

 

 

────

 

「それとも何? わたしには男装が似合うって言うの?」

「……悪くないんじゃないか?」

「……なんか、カチンときたかも」

 

────

 

「……でも、キミも女装似合いそうだよね」

「そうか?」

「え、なんで食い気味で反応を!?」

 

────

 

「そのうち、自分が女装して、璃音が男装して1日過ごしてみるか」

「何の罰ゲーム!?」

 

────

 

 

 言われてみれば、確かにレンガ小路でそんな会話をした気がする。

 どうしてその一瞬しか話していない内容が、彼女の、そしてそのデザイナーさんの耳に届いているかはとても大きな謎だけれど。

 

「その様子だと思い出したみたいね」

「ええと……まあ……」

「ベ、別にやりたいとは言ってないンですケド!?」

「ああ、意思は正直どうでもいいんだよ。大事なのは、その話を聞かれていて、衣装をすでに用意してあり、2人がその衣装を着て参加するプログラムがある、ということさ」

「「!?」」

 

 どうやら、拒否権はないらしい。

 

「あ、あの……それももしかして、許可が」

「ああ、大丈夫。聞いているかは分からないけれど、久我山少女が所属するアイドルグループも、同じイベントに参加予定だからね。同じステージではないけれども、詳細は話してあるよ。当然了承済みさ」

「なんで!?」

「……さすがの根回しだ」

 

 どこまで伝手があるのだろうか。

 アンティークショップの店主でありながら、洸や自分にバイトを紹介するなど、彼女の持つ人脈の広さは本当に尊敬できる。

 

「とにかく、頼んだよ。お2人さん。なに、ただ人数を増やすために参加するだけ。そう気負わなくて良いから」

 

 

──現在──

 

 

 周到に根回しされると逃げられなくなることを体験できた自分たちは、晴れて仮装をし終え、ベンチに腰を掛けていた。

 ちらり、と璃音の姿を見る。

 普段頭の上で結っている髪は、一度すっかり下ろされた後、首の後ろあたりで1つ結びされている。

 少し大人っぽい。というか、大人しく感じる。髪を上で留めていた時は明るく感じたというのに、どうして髪型一つでこうも変わるのだろう。

 ……自分も髪型を変えれば、印象に残りやすいだろうか。……まさか、今がチャンスなのか?

 

「璃音!」

「え、ナニ、急に」

「自分、どうだ?」

「……え? ……別に、普通」

 

 普通らしかった。

 せっかく仮装しているのに。

 

「逆になんで違和感ないのかがすっっごいナゾなんだけど」

「璃音も男装に違和感ないぞ」

「ケンカ売ってる?」

「……褒めてるんだけどなぁ」

 

 どうやら璃音は男装を褒められたくはないらしい。

 けれども、本当に似合っていると思う。

 白いピシッとしたスーツは、大人しい印象を得た璃音にとてもよく映える。これで声が低かったら、本当に男性に見えていたかもしれない。

 

 対する自分も、まあ違和感がないということは悪くないのだろう。

 地毛と同色の長髪カツラを被り、多少メイクを施された上で、胸にほんの少しの詰め物をし、どこのものか分からない女性用制服を身に纏っている。

 初めて履いたスカートは、11月を目前に控えたハロウィンの今日では、とても寒く感じる。タイツで足を露出している訳ではないといえ、それでもだった。

 

「なあ、璃音」

「今度はどしたの?」

「女性って大変なんだな」

「……?」

 

 首を傾げた彼女だったが、自分の手がスカートを弄っていたのを見て、ああ……と納得したように笑った。

 

「そうだよ。女の子はいつだっておしゃれとか可愛さのために努力してるんだから」

「気づけて良かった」

「なんなら、そのままステージに立ってみる? アイドルの気持ちも分かるカモ?」

「……せっかくだし、やってみるか」

「ちょっ、急に前向きにならないでよ!!」

 

 焦ったように止めてくる璃音。

 ……ステージと言えば。

 

「そういえば璃音は今日、出ないのか?」

「え」

「ステージ。SPiKAも出るって言っていただろう」

「あ……」

 

 目線が、徐々に下がっていく。

 何かを考え込んでいるみたいだ。

 そしてまた浮かび上がった顔には、あきらめたような笑みが張り付いていた。

 

「いやいや、こんな格好じゃ出れないでしょ。ただでさえ休んでいるのに、遊びまくってると思われちゃう」

「ハロウィンを楽しんでいる姿を見られるのは、ファンとしてもありがたいんじゃないか?」

「そういうものかな。……うーん、でも、まだ、良いかな……」

 

 表情は、晴れない。

 ステージに立つのを躊躇う理由が、何かあるんだろうか。

 

「……ねえ、聞きたいことがあったんだ」

 

 少し間を置いて、彼女が神妙な顔つきで、自分へ問い掛けた。

 

「どうした?」

「キミは、どう思ってるの? あたしの復帰について」

 

 復帰。

 先日みんなで話した際に話題となった、璃音の回復状況について。

 

 そもそも彼女の戦う理由は、2つあった。

 1つは自分たちと似ていて、誰かの笑顔を護る為のもの、またはそうあるべきアイドル像を貫くため。

 もう1つは、自身の力を制御すること。自分もそこまで詳しく聞いたわけではないけれど、そもそも出会った当初の璃音の悩みが関係してくる。

 

 

────

 

「歌に心を込める。音に意思を乗せる。いつからかあたしは、これらが苦手になった。心が昂れば昂るほど、“それ”は起きやすい」

 

「最初は、病院のベッドを切り刻むような鎌鼬が起きた。次に、機械が異常をきたすようになった。変な音が聞こえるようになった。変な声がするようになった」

 

────

 

 

 それは、彼女のシャドウが現実世界に影響を与えていたからだという。しかし、普通であればシャドウが何のきっかけもなく現実世界に実害を及ぼすことはない。

 その理由こそ、いまだに解明していないけれど、1つ分かっていることがある。

 シャドウとは心の奥底に潜む自分の人格。それでも自分が向き合うことのできず、普段は押さえつけているもの。

 普段は見ないようにしているものと向き合うことで、シャドウはペルソナへと姿を変え、自身の意志の力として振るうことができるようになる。

 つまり、ペルソナが十全に扱えていれば、シャドウが暴れることは基本的になくなる。ペルソナを上手く扱えるということは、自分とよく向き合えているということであり、かつ心を制御できているということになるからだ。

 回復とは、その制御がしっかりと行き届いていることを指すのだろう。

 

「璃音がそもそも病院に通っていたのって、何を見ていたんだ?」

「何を見ていた……かはよく分からないけど、よくヒアリング受けたり、カウンセリングされたりしてたかな。メンタルコントロールってやつ?」

「それが、うまくいっているって判断されたってこと?」

「うん。もう暴れる心配は無さそうって。まだ完全じゃないケドね」

 

 それも、あと1回通えばおそらく大丈夫と診断されたらしい。

 まあペルソナ能力や戦闘の様子を見ても分かるように、彼女はもう十分に戦える強さを得ている。

 春に1人縮こまっていた少女ではない。

 仲間とともに成長し、戦い続けてきたのだ。

 その日が来るのは、必然だっただろう。

 

「あたし、どうするべきかな」

「璃音……」

「ねえ、キミは、あたしに“どうしてほしい”?」

 

 何かを期待しているような目だ。

 自分は、なんて答えるべきだろうか。

 自分は彼女に、どうして欲しいのだろうか。

 

 

──Select──

  一緒に戦ってほしい。

  アイドルに戻ってほしい。

 > 自分で選んでほしい。(要コミュランク5)

──────

 

 

 今の自分なら、はっきりと言える。

 彼女に選択権を突き返すと。

 久我山璃音を、彼女の出す答えを、信頼しているから。

 

 彼女はよく、自分のことを分かっているように振る舞うことがあるけれども、それは自分だって同じだ。

 自分だって、彼女のことは分かっている。

 

 彼女の憧れの正体を、彼女の原点を知っている。

 

 彼女が望まれていることを、彼女が望んでいることを知っている。

 

 彼女が“あの日”語ってくれたことを、自分はいつだって覚えているから。

 

 

「璃音なら、大丈夫だ」

「何が?」

「誰に言われるまでもなく、自身の中の願いに沿ったものを選べば、きっと最良の選択ができる」

「……あたしの中の、願いに沿った」

 

 胸に手を当てて、彼女は目を伏せる。

 それでもまだ見つかないのか、晴れない表情のまま、目を開けた。

 ……まあ、時間は必要だよな。

 

「そういえば、その次の通院っていつなんだ?」

「……え? 取り敢えず学園祭が終わるまで放課後出れないから引き延ばしてるよ。片付けの日は午前授業だから、その日の午後に行こうかなって」

「なるほど。それじゃあ、もう少し考えてみたらどうだ? 今は目の前のことに集中しよう」

「……キミの女装に?」

「ああ、璃音の男装に」

 

 少し間を置いて、それもそうだね。と彼女は表情から力を抜いた。

 悩むことは、いったん止めたようだ。

 

「……それじゃ取り敢えず、今日のイベント乗り切って、文化祭も乗り切っちゃおっか!」

「ああ、その意気だ」

 

 いざとなれば、何か力になれるよう、準備しておいてもいいかもしれない。

 今は取り敢えず、彼女の言う通り、イベントを乗り切ることに専念しよう。

 

 

 






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