PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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 刑死者コミュ 前回までのあらすじ。

 経験を積むことで、将来の選択肢が増えるという佐伯先生。若かりし頃の彼も色々な経験をし、夢や目標を抱いていたらしい。
 しかしながら、まだ心を開いてくれていないのか、彼はあまり積極的に自身の話はしてくれなかった。



10月16日──【N】佐伯先生と経験 2

 

 

 色々と頭を悩ませるような話を日中にしたため、少し疲労が溜まっている。

 とてもではないけれども、勉強する気分にはなれなかった。

 

 それでも、せめてもの抵抗として、勉強場所を移すことで集中力を取り戻そうと外に出る。

 やはり静かで集中ができ、勉強のためにとどまる場所と言われて思い浮かべるのは、喫茶店だろう。ファミレスでは店内が訪れた人たちの話し声で、思考が妨げられる可能性もある。

 そこで、頻繁にお世話になっており、仲間の1人、柊 明日香の下宿先でもある【壱七珈琲店】にお邪魔しようとした……のだけれど、どうやら外から見る限り、満席のようだ。

 中には自分と同じく高校生らしき人たちもいる。みんな、考えることは同じらしい。

 

 ほかに喫茶店は……と考えて、次に思い浮かぶのは【蓬莱町】。カフェバー【N】。

 この時間帯は昼間と違い、アルコールの提供も始まっている。

 けれども、それでも店内は総じて落ち着いた雰囲気だ。

 音楽も集中するのに向いた、落ち着いたものが流れている印象がある。

 なんとなく自分が大人になったような錯覚を得つつ、開いた問題集に取り掛かった。

 

 そのまま、適度に飲み物を注文し、席を独占していて迷惑となっていないかを探りつつも、1時間弱ほど居座った頃。

 ふいに、本日何度目かの来客を知らせる音が店内に流れた。

 

 最初は特に気にしていなかったけれども、耳に入った声が知人のものによく似ていたため、振り返って姿を確認する。

 視界に入ったのは、やはり見覚えのある姿。

 

「佐伯先生」

「ん? ああ、岸波」

「こんばんは」

 

 英語の教師であり担任の、佐伯 吾郎先生の姿があった。

 そういえばここは彼もここのカフェバーを行きつけにしている。

 今日遭遇するとは考えていなかったけれど、そういえば今日はここで夕食を取るという火曜日だったか。

 

「勉強か? 熱心だが、こんな時間にここに来るのは感心しないぞ」

「すみません。なかなか集中できなくて、環境を変えてみようかと」

 

 素直に答える。

 まあ、教師として以前に、大人として、アルコールが提供できるお店に学生がいることを見逃すのは忍びないのだろう。

 彼はカウンターに置きかけた荷物を手に取り直し、こちらの席へ向かってきた。

 そのまま、対面の席へと腰かける。

 

「良い心掛けだが、あまり頻繁に行う手としては推奨できないな。あくまで劇薬として認識しておくといい。勉強習慣というものは、場所にも結びつくものだ」

「……勉強習慣」

「ああ。時間帯、場所、サイクル、格好など、すべてを結び付けていくことで、効果を増幅させられる。より成果を出したいのであれば、環境づくりも意識するといい」

 

 それは、アスリートのもつルーティーンのようなものを構築した方が良い、ということだろうか。

 確かにルーティーンに期待される効果は多い。いつもと同じ環境を作り出すことで、集中力を上げることや、精神を落ち着けること。練習の時の成功を思い出すことでポジティブさを引き出すことなど。専門書ではないものから学ぶ効果だけでも、かなりのものがある。

 推測するに、この環境ならば集中できるという状況を作成することが大事、だと言いたいのだろう。確かに普段の勉強の効率を考えるのならば大きい。

 

「それって、実際のテストとかにも役立てる方法とかありますか?」

 

 アスリートは練習の時と同じパフォーマンスを発揮するためにもルーティーンを組んでいると聞く。同じように、テストにもそれが活かす方法があるか、聞いてみることにした。

 

「役立たせるも何も、普段の勉強がものを言うのが、テストというものだろう」

「……それはそうだ」

 

 返ってきた回答は、思わずそう言ってしまうほどにその通りだった。

 聞く前に思いつかなかった自分の失態だろう。

 

「……ふむ。時に岸波、テストや試験というものは、どういった力を図られているのか、考えたことはあるか?」

 

 佐伯先生が、唐突に質問を振ってきた。

 意図は分からないけれども、それに対する適切な答えを、自分は持ち合わせていない。

 

「テストの種類によって違うのでは?」

「ああ。なら、高校の中間や期末考査については、生徒に何が求められていると思う?」

 

 

──Select──

  主体的に真面目に取り組む姿勢。

 >得た知識の定着。

  教わったことをかみ砕き。応用させる力。

──────

 

 

「ははっ。まあそうだな。知識が付いているかどうかと、勉強に真面目に取り組んでいるかを確認したいというのが、学校の、そして世間の思惑だろう」

「世間?」

「学校での成績はその人がどれだけ頑張ったかを評価する方法だ。ゆえに、進学や就学の際、審査する側はその結果を判断材料に加える。だからこそ、学校は、大人は試験には真面目に取り組んでほしいと思うわけだ」

「なるほど」

 

 つまり、試験で良い結果を出せれば、将来有利になるから。ということだろう。

 ただ、結果だけを重視するのであれば、努力の内容とはまた別のところで、優劣というものが付いてしまう。

 偶然取った80点と、必死に頑張った70点に、どうして絶対的な優劣が付いてしまうのだろうか。

 それはとても、悲しいことのような気がする。

 あきらめないのは自己満足だけれども、諦めなかった人には、報われてほしい。

 

「試験で結果を出せなかった人は、評価をされないんですか?」

「そうでもないぞ。岸波は1学期の通知表を確認したか?」

「はい」

「学校の成績は、試験の点数だけで決まるものじゃない。授業態度、意欲、課題提出率、積極性、諸々を込みで、教師は生徒を採点している。仮に試験で良い点数が取れなくても、普段の頑張りが伝わってくれば、良い成績は付けられるものだ。まあ、点数が良ければもっと評価は高くなるがな」

「……なるほど」

 

 そういえば、1学期末に貰った成績表には、色々な項目があった。多面的に見てくれている、ということなのだろう。試験の結果が奮っていない自分の成績が可もなく不可もなくだったのは、そういった授業以外の頑張りが伝わらなかったということか。

 

「でも、評価されるために頑張るって、何か違うような気がする」

「……いいことを言うな、岸波」

 

 満足げに頷く先生。

 そんな、認められるようなことを言った覚えはない。

 しかし、学校の1教師である彼が、自分の考えをどう評価するのかは、少し気になった。

 

「以前、経験は大事だと話したことは覚えているか?」

 

 その問いに、記憶を探ってから、首肯を返す。

 確かアルバイトの話をした際に、過去の経験が今の先生を形作っている、といったことを話してくれた。

 

「それは勉強についても同じことだ。良いか? 勉強を頑張ると考えるな。勉強の習慣づけを頑張るんだ」

「?」

「いざというときに集中ができない。こつこつと作業を進められない。立てた計画を実行できないなど、大人になってから苦労することは多々ある。だがそれらは、学生時代のお前たちが机に向かった時間で、ある程度は解消できる」

 

 その経験値を蓄えろ。と彼は言う。

 すべては、未来に対する投資なのだと。

 

「試験前に急いで詰め込む勉強しかできない人間は、期日直前になって仕事を仕上げるような人間になる。勉強しようと思った時に趣味に逃げる人間は、相手が仕事になっても同じことをする。結局、学生時代に作り上げた習慣というものが、大人になってからも活きてくるんだ」

「だから、習慣づけを頑張れと?」

「ああ。学校の試験の結果も、授業態度とかもそのついでで良い。そこがしっかりしている人間は総じて取り組み方が良く映り、評価も上がるし、最初に言った通り試験の結果もでやすいだろう」

 

 

──Select──

  試験対策は無意味?

 >学校での評価はおまけ?

  学校では習わないことだらけだ。

──────

 

 

「ああ。……ああいや、これは流石にオフレコで頼む。仮にも教師が言う言葉ではないからな」

 

 付け加えるようにして出てきた言葉。

 間違いなく、1人の大人としての言葉だったが、試験の結果がついでで良い、というのは、確かに学校の先生らしくないかもしれない。

 だが、そういうことなら。

 

「ここにいる自分たちは、教師と生徒ではないはずだ」

「?」

「ただオフで、行きつけのお店で会っただけ。そうでしょう?」

 

 だから、教師として言った言葉とは考えません。と。

 せっかくの言葉なのだから、佐伯先生に不利益をもたらすような結果には、絶対にしない。そう誓える。

 

「フッ……そうだったな。どうにも“らしい”指導をしてしまいそうになったが、今ここでは、そういう間柄でもないか」

 

 いろいろな人と関わる機会が欲しい、という自分の要望に、先生はリスクを抱えてまで応えてくれているのだ。

 そういう間柄。教師と生徒としてではない。経験や知識を教えられる大人と、何も持っていない子ども。という関係性が、この場には相応しいのだろう。

 

「先生の学生時代の話とかも、もっと聞いてみたいです」

「……そうだな。何か参考になる話でもあると良いが」

 

 そこから、少し彼の昔話を聞いた。

 以前であれば、誤魔化されていたかもしれない。

 少し佐伯先生との間にあった壁のようなものが崩れてきた気がする。

 

 

────

 

 

「気を付けて帰るんだぞ」

 

 先生はそのまま残ってお酒を飲むらしい。

 いくら教師と生徒という関係性で会っているのではない、と言ったって、自分の前では流石に飲めないよな。と思い、素直に帰ることにした。

 

 




 

 コミュ・刑死者“佐伯 吾郎”のレベルが4に上がった。


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