皇帝コミュ 前回までのあらすじ
一刻も早く世話になった育ての親たちに恩返しがしたい志緒さん。試作や改良を試みるも、進捗はいまいち。一人前と認められ、蕎麦を打てるようになる日はまだ遠そうだ。
月曜日の夜。未だ放課後の会議の答えは思いついていない。
気分転換に出かけるのも良いかもしれない……少し出歩くとしよう。
────>杜宮商店街【入り口】。
商店街まで足を伸ばした。
そのままアーケードを抜けて、神社へ行ったら帰ろうか。
そんなことを考えつつの行動だったのだけれど、その道すがら、【蕎麦屋≪玄≫】の前で、志緒さんに出会う。
「志緒さん」
「!?」
自分の声掛けに、よほど驚いたのだろうか。
志緒さんは飛ぶようにして距離を取った。
「……って、岸波か」
「こんばんわ」
まあ、商店街とはいえ、外は暗い。明かりが付いていないお店もちらほらある中で、いきなり声をかけられたら驚きもするだろう。
彼は取った距離を戻しつつ、原付の近くへと戻った。
外にいて、原付に鍵が刺さっている。ということは、これから配達なのだろうか。
「出前か?」
「ん? ……あ、ああ。そうだな。これから配達だ」
言い淀んだ?
いや、気にしすぎだろうか。
何やら先ほどから、どうにも彼らしくない……気がしないでもない。
なんて言うべきだろうか。覇気がない、が今の彼の状態に一番近いかも。
理由を聞ければ力になれるかもしれない。
……どうしようか。
──Select──
>素直に聞き出す。
かまをかける。
情に訴える。
──────
今の“戦士級”の度胸があれば、直接ぶつかることが可能だろう。
「何があったんだ?」
「……何のことだ」
「とぼけられるとでも?」
「……はっ。いい目をするじゃねえか、岸波」
一瞬目を合わせ、口角を吊り上げる志緒さん。
だが、浮かべた笑みは長く続かない。
「だが、駄目だ」
「……一応聞いておく。理由は?」
「俺の問題だからだ」
「だから関わらせたくないと?」
「ああ。そういうことだな」
そこまで取り乱しておいて、それはないだろう。という想いを胸中に抱えつつも、飲み込む。
確かに問題は起きているのだろう。志緒さんもそこは否定していない。
しかしながら自分はその問題について無知だ。
知ったところでどうにかできることかも分からない。
そもそも志緒さんが何に困っているのかも、分かっていないのだ。
本当に1人で乗り越えられないものなのだろうか。
1人で乗り越えるべきものなのだろうか。
頭の隅から湧き上がってくる疑問は、そのようなものばかり。
原付にまたがる彼。
その背中には、先ほどまではなかった活力が見える。
「まあ、だがなんだ」
「?」
「心配かけたのは分かった。すまねえな」
「別に。友人の身を案じることくらい、普通だろう」
「……そうか。……そうだな」
まだどこか違和感はあるけれど、なぜか元気は出たらしかった。
さて。このままだと志緒さんはそのまま配達に出てしまうだろう。
その前に、気になることを聞いておくべきかもしれない。
──Select──
>危険性はないのか?
それも恩返しか?
自分に気を使っているか?
──────
何に悩んでいるにしろ、その悩みは肉体的もしくは精神的苦痛を伴ったりしないだろうか。
肉体的に痛みのある行為……例えば喧嘩とかであったら、加勢することくらいはできるかもしれない。まあソウルデヴァイスを現実に持ち込めないのであれば、若干戦力不足さは否めない。
とはいえ、外見以外はとてもまじめな志緒さんが、入試もしくは就活前にそういうことで成績や内申点を減らされることもないだろう。
「危険性……ってのがどういうのを指してるかは分からねえが、1つ言えるとすれば、危険をなくすためにこれから動くってことくらいか」
つまり、なんだろうか。
リスクの管理? いや、そうすると最初の驚き様に説明がつかない。
いま思い返してみると、あれば単純に何かを恐れ、回避するような運動だったように思える。
その推測が正しければ、彼はこれからの用事について、警戒心を上げる必要があると判断したということだ。
……駄目だ。分からない。次の質問にいこう。
──Select──
>それも恩返しか?
自分に気を使っているか?
──────
志緒さんと自分の共通点。恩返しを目標としていること。自分の場合は、美月たち北都グループに。志緒さんは育ての親であり、蕎麦屋の師匠に。
そのための色々な努力を、自分は見てきた。
今回もわざわざ仕事の合間を縫って対応している。もしかすると、恩返しの一貫だったりするのだろうか。
「まあ、現状では違うな。最終的にはそれも、恩返しの要素に含まれてるかもしれねえが、今意識してそれをしてるわけじゃねえ」
「長く続けていれば役立つかも、ということか?」
「いや……まあ表現が難しいな。とにかく、そういうものだと思ってくれ」
恩返しとは何ら関係のないこと。つまり、仕事とは関係のないことでも問題ということだ。
……ますますよく分からない。
最後の質問に移ろう。
──Select──
>自分に気を使っているか?
──────
「どういうことだ?」
「勝手に遠慮した結果、協力の申し出を断ってる、なんてことはないか。という意味だ」
「いいや、そんなことは一切ねえな。単純に、手前の尻拭いをするだけだ。ほかの奴の力を借りるつもりは元々なかった」
「そうか」
どうやらそこに関しては余計な質問だったかもしれない。
まあ、正しくても面と向かってそうだと言える人間はいないだろうけれども。
「さて。そろそろ俺は行くぞ」
原付に跨り、鍵を回す志緒さん。
原付がうなり声を上げ始めた。
「ほかに何か質問は?」
「……いや、大丈夫だ」
「そうか。……まあ、なんだ。お陰様でいい気分転換になったぞ」
それじゃあな。と原付を走らせ、彼は道へと出る。
その背中を、しっかりと見送った。
今回の件で志緒さんと心は近づいた気がするけれど、その一方で謎が増えてしまった。
とりあえず彼が明日も無事であることを願いつつ、今日は帰ることにした。
コミュ・皇帝“高幡 志緒”のレベルが4に上がった。